ククリの目的①

 アカシアに着く頃には、すっかり日が落ちていた。それに気付いたククリは早足で町の中に入っていく。


「どこ行くんだ?」

「宿屋です。まずは寝床を確保しないと」

「なるほど」


 アカシアまで一緒に行動する。という約束だったが、何をしたらいいかもわからない俺は一先ず彼に着いていくことにした。


「あの、一晩泊めてもらいたいんですが……」


 宿屋に着くと、ククリは店主に尋ねた。それに対し頭の禿げ上がった小太りの店主は、愛想の良い笑顔を浮かべる。


「あいよ。……で、そっちの旦那も同じ部屋で?」

「あっ、ゲンさ……彼は別の部屋で」


 言いかけたククリを俺は制する。


「いや、俺はいい」

「え?でも」


 薄々気付いてはいた。だが、その事実に向き合わないようにここまできた。だが、それもここまでのようだ。


「金が……無ぇ」

「……そうかい。んじゃ、またのお越しを」


 店主の顔から途端に愛想が消える。そして、俺に対する興味を失ったのか、手元の新聞の様な紙束に視線を落としてしまった。


「いや、大丈夫ですよゲンさん。ここはボクが出しますから。まだ恩も返せてないですし」

「いや!駄目だ!俺のプライドが赦さん!」

「プライドって……」


 困ったような顔をするククリ。だが、俺も言い出した手前引き返せなくなっていた。


「男ってのはプライドが服を着て歩いていると言っても過言ではなくてだな」

「さっきはデリカシーって言ってませんでしか?」

「五割デリカシー、五割プライドだ」

「何ですかその面倒臭い合成獣キメラ!?」

「とにかく、だ」


 俺は小さく咳払いをして、ククリを見る。


アカシアここまでの道案内で十分恩は返してもらった。寝床は俺の方でなんとかするさ」

「でも……」

「大丈夫だって、一晩くらい」


 受付の前で押し問答をする俺達を見かねたのか、先程まで黙りを決め込んでいた店主が口を開いた。


「あの~」

「ん?ああ、すんませんね。すぐ出てくんで」

「いや、そうじゃなくてな。……なぁ、旦那?話は聞かせてもらったがね。旦那がそうであるように、そっちのあんちゃんにもプライドがあるんだろう」

「え?」


 店主は顎でククリを指すと、面倒臭そうに続けた。


「聞けばそっちのあんちゃんは旦那に恩があるそうじゃないか。その恩を十分に返せないってのはあんちゃんのプライドが傷つくんじゃないかい?」

(……確かに、一理ある)


 俺はばつが悪くなり、ククリの顔をチラリと見る。そんな俺の視線に気付いて、彼は照れくさそうに笑った。


「だからよ、旦那。ここは一旦世話になりゃあいいじゃないか。で、後日しっかり稼いでしっかり返す。それが男ってモンよ」

「そうだな……あの、ククリ。さっきは悪かった。すまんが今日の宿代、借りてもいいか?」

「もちろんで……」


 ククリが言い終わる直前。宿屋の扉がガチャリと開いた。そして鎧や兜、胸当てを身に付けた団体がゾロゾロと入ってきた。


「よお、おっちゃん。六人だけど、二人づつ三部屋で泊まれる?」

「おお。ちょっと待ってくれよ……。ああ。丁度アンタらで満室だな」

「嘘?よかった~」

「じゃあ、階段上がって奥の三部屋が空いてるからな」

「ああ。ありがとう」


 鎧を着た団体は手早く受付を済ませると、二階へ上がっていく。店主もその後ろ姿を見送るとこちらに向き直った。


「……すまん」

「え!?」

「申し訳ないが、そっちのあんちゃんと相部屋にしてくれないかね。宿代は一人分で構わんから」

「「…………」」


 そうして俺達はなし崩し的に相部屋に泊まる運びとなったのだった。


「すまんな」

「まあ、しょうがないですよ。それよりボク、流石に着替えたいんでちょっと廊下に出てもらっていいですか?」

「……ああ」


 別に男同士いいだろ。と口にしかけたが、泊めてもらっている手前あまり反論は出来ない。なので俺は黙って廊下に出ることにした。

 それは、廊下に出てすぐのことだった。なんとなくぼうっと通路を眺めていると、先程の鎧の一団の一人が部屋から出てくる所だった。身の丈二メートルはあるであろう巨躯が鎧兜で覆われている。


(強そうだな、アイツ)


 そう思った次の瞬間。彼は自分の兜に手をかけ、それを外したのだった。


(え?)


 一瞬思考が停止する。何故なら、その大男の頭は紛うことなきライオンの頭だったのだから。


「お、おい!ククリ!大変だ!」


 慌てて部屋に飛び込んだ俺の目の前には、二度目の衝撃。


「ククリ、お前……」


 そこには、慎ましい胸をさらけ出しながら着替える彼……いや、の姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る