目指すはアカシア①

 突然言葉が理解できるようになったことに戸惑いつつも、俺は返事をする。


「あ、ああ。わかるよ」

「良かった~」

(こちらの言葉も理解してもらえたようだな)


 にこやかに笑う少年を見て俺は胸を撫で下ろした。


「おじさん、この国の人じゃないんですね。言葉も聞いたことないし、服装もその……個性的だし」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。そもそもなんなんだこの石?みたいの。これを持った瞬間急に話が通じるようになったんだが……」

「何って、そりゃあ魔法石ですよ?翻訳の魔法が施されてる」

(魔法?なんかの比喩か?)


 彼の言葉に俺は戸惑った。いくら技術の進歩が目まぐるしいとはいっても、手に持っただけで翻訳ができるなど現代科学では絶対に不可能なはずだ。


「すまないが、ここはどこだろうか?」


 もしかしたら俺が知らないだけで、世界にはもうそういう技術はあるのかもしれない。頭を打った拍子に記憶が抜け落ちていて、俺はいつの間にか外国に来ているのかもしれない。


「ここ、ですか?ここはカラマツとアカシアの間の林道で……」

「あー、ちょっとタンマタンマ。もうちょい詳しく」

「?」


 不思議そうな表情を浮かべる少年の言葉を遮ると、俺は根掘り葉掘り彼から情報を聞き出した。


「……えー、つまりだ。ここはシルウァヌス大陸という大陸で、カラマツという村とアカシアという町の間にある林道だと」

「はい!丁度行商人の馬車がアカシアに向かうというのでボクも同行させてもらってたのですが、そこでさっきのゴブリンに襲われてしまったというわけです」

「ゴ、ゴブリン?」


 またしても聞き馴染みの無い言葉。いや、全く知らないわけじゃあない。ゴブリンは若い頃に触れたゲームやら漫画に登場した化物モンスターの名前。まさにファンタジーの産物だ。


(ゴブリンに翻訳魔法、知らない土地……。こりゃあ、アレだな。質の悪い夢でもなけりゃあ、ここは異世界って所なんだろう)


 理屈はわからないが、崖から落ちた拍子にたまたま異世界こちらがわに来てしまったらしい。


(さっきの戦いの感触が、まだ手に残っている。きっとこれは夢じゃないんだろうな)

「はぁ……」

「どうかされましたか?」

「いや、なんか頭が痛くなってきたわ」

「え!?それは大変です!今すぐ治療をしましょう!」

「あ、いや……これは精神的なもので」


 俺の話も聞かずに少年は馬車の残骸を漁りだす。そして、葉っぱの束のような物を取り出すと、それを手早くすり潰した。


「はい!薬草です!これを患部に塗れば痛みは引くと思いますよ」

「ああ、ありがとう。でもいいのか?その馬車、行商人の持ち物なんだろう」

「大丈夫ですよ。皆さんゴブリンに襲われたと同時に一目散に逃げちゃいましたし、これはダンジョンに落ちてる宝箱みたいなものです!」

「結構図太いんだな、アンタ……」

「いやぁ。それほどでも」


 褒めてない。と言いかけて言葉を飲み込む。この調子では話が一向に進まないと感じたからだ。


(さて、これからどうしたものか……)


 頭の傷に薬草を塗りながらそんなことを考えていると、目の前の少年がこちらをじっと見つめてきた。


「なんだ?」

「いや、まだ自己紹介がまだだったな~と思いまして。ボクの名前はククリ・クルール。ククリって呼んでください。冒険者になるために田舎から出てきた魔法使いです」


 フンフンと鼻を鳴らしながら手にした杖を振り回すククリ。しかし、魔法使いに冒険者か……。もはやその辺りに突っ込むのは野暮ってものだろう。


鞍馬巌くらまげんだ。いや、そっちに合わせるならゲン・クラマってところか?」

「ゲンさんですね」

「ところで、ククリ……くん?はアカシアとかいう町に行くんだよな?」

「はい」

「実は俺、頭を打ったショックで記憶がハッキリしないんだ」


 初対面の人間に嘘をつくのは心苦しいが、『俺は異世界から来た』なんて言っても信じてもらえないだろう。

 人の良さそうな彼は俺の話を信じると、大きなリアクションをとった。


「ええっ!?それは大変ですね!」

「ああ。だからさ、一先ずはそのアカシアまで一緒に同行させてもらってもいいか?」

「勿論!ゲンさんは命の恩人ですから!」


 ククリは筋肉の薄い胸板をドンと叩くと、快く俺の提案を受け入れてくれた。


「それから、ボクのことは『ククリ』で構いません。なにせ、恩人で歳上なんですから」

「そうか、ありがとうよ。ククリ」


 俺の言葉を聞くと、彼は屈託のない笑顔をこちらに向けるのだった。


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