ここは地獄か異世界か②

 声のする方向。山の麓へと俺は足を進める。その先では、およそ現代日本では目にすることの無い光景が広がっていた。


「ちょっと待てよ……。なんだい?こりゃあ」


 元は馬車の類いであったと思われる木材の残骸。その傍らには、金髪の美少年が身を震わせていた。

 更に目を引いたのは、その周りをぐるりと取り囲んでいる猿のような化け物達だ。


(ありゃあ、外国人か?そんでこっちは……猿?いや、あれはまるで鬼だ……)


 小学生程の背丈ではあるが人間の子供とも違う。でっぷりと突きだした腹とは対照的に、痩せ細った手足。尖った耳と異様に裂けた口元はまるで、昔に読んだことがある絵巻物に登場した餓鬼そのものである。


「―――!!」


 手にした杖を振り回して、少年は叫ぶ。だが、その声は虚しく響くだけで、猿の化け物の包囲は徐々に狭まっていった。


(何語だ?何て言ってるか全くわからん。だが、この状況。見捨てる訳にはいかんな)


 俺は木刀を握り直すと、一歩前に出る。


「おーい!アンタ!……大丈夫か!?」

「……?――!―――!!」


 依然、言葉の意味はわからない。だが、彼の表情から言わんとしていることは十分に汲み取ることは出来た。


「任せておけ。今、助ける」


 腰を落とし、木刀に手を掛ける。


「ギィ!」

「ギャ!ギャ!」 


 化け物達が奇声を上げると、こちらに視線を移す。そして、爛々と光る六つの目が俺を捉えた。


(相手は三匹……か)


 バール程の大きさの棍棒を手にした三匹の化け物がこちらを包囲するように移動を開始する。俺はその様子を観察しながら打開策を思案した。


(俺の怪我を見て標的を切り替えたな。ある程度の知能はあるようだ。だが、所詮は。付け入る隙はある!)


 数的不利を補う為の最善策。それは、先手必勝。


鞍馬心眼流くらましんがんりゅう抜刀ノ型・飛切とびきり!」


 縮地しゅくちと呼ばれる、古流武術諸派に伝わる独特な歩方がある。体重移動を巧みに利用したその歩方で攻撃範囲の外から滑り込み、遠間から必殺の居合を仕掛ける。それが鞍馬心眼流最速の技、飛切りである。


「ギャア!!」


 横一文字に振るった木刀が、化け物の肩口を捉えた。そこから骨の折れる嫌な感触が木刀越しに伝わってくる。


(チッ!)


 化け物といえど、人形ひとがたをしたモノを殴りつけるのは、気が引けるもんだ。だが、実戦において情け容赦は無用。それが親父の教えだった。

 怯んだ相手に俺は前蹴りを喰らわせた。現代格闘技のような距離を離す為の蹴りではなく、足裏で踏みつけるような喧嘩殺法に近い前蹴りだ。


「ギィーー!」


 体格差もあり、正面の化け物はボールのように飛んでいく。その様子を見た他の二体は僅かに動揺していた。そんな隙を逃す手は無い。


「二匹目!」


 木刀を大きく振り上げると、二匹目の化け物に向かって振り下ろす。が、それは化け物の棍棒によって受け止められた。


(そう。受け止めるしかない)


 機先を制された素人は動揺から身体が硬直する。そんな状態で回避や反撃に移ることはまず出来ない。残された選択肢は防御ガードだけだ。

 予想通り、化け物は棍棒を脳天より上に掲げて防御態勢をとる。それと同時に俺は、がら空きになったソイツの顔面に掌底しょうていを叩き込んだ。


「プギャ!」


 狙ったのは顔の中心に位置する鼻。あらゆる生物の弱点でもあるそこを突かれた猿の化け物は、鼻血と共に後方へと吹き飛んでいった。


「―――!!」


 不意に少年の声が響く。


「おわっ!」


 振り向くとそこには、こちらに飛び掛かってくる最後の化け物の姿があった。

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