第76話 十五日目(夜) 普段優しい人ほど、怒らせるとおっかない。





「え、えっとぉ……何故3人が最上階に?」


 なぜか最上階のフロア……それも、メインベッドルームに居る女子高生3人組。


 良く見れば服装は気絶する前とは変わっており、モコモコ上下セットのパジャマになっている。どう見ても就寝前の格好だ。

 可愛らしいとは思うけど……余計に混乱が大きくなる。


 訳が分からず首を傾げる俺の質問に答えてくれたのは桜崎さんだった。


 桜崎さん……だよな?


「あの後、大樹くんが気を失っちゃってからリディさんに頼んでここに送って貰ったの。今最上階に居るのは私達3人とリディさん、そして大樹くんだけで他のみんなはミムルルート様とマルティシア様に引率して貰う形で"スキル屋"に行ってるよ。あ、ちなみに大樹くんが気を失ってからもう1時間以上経過してて、リディさんは別室で待機して…………聞いてる大樹くん?」

「え? あっ、うん……ちゃんと聞いてる……」


 寝ぼけてて最初は分からなかったけど、桜崎さんの目元を隠すように伸ばされていた前髪が綺麗にギリギリ目にかからないくらいの長さにカットされていた。


 ……髪を切っただけで、こんなにも印象は変わるものなんだなぁ。


 遠くから見ただけでは分かりづらいが、近くで見て触れて親密になり美人だと気づく事が出来る目元を隠していた少女――それが今までの桜崎さんの印象だった。


 それが今では、道端ですれ違う前から見惚れてしまう程の美少女へと変貌している。

 女性のファッション・メイク・ヘアースタイルに疎い俺には髪を切った事くらいしか分からないけど……目元を隠さない桜崎さんは何処か活き活きとしている気がした。


 ――自己防衛の為の封印。


 虐められた過去を持ち、家族に心配掛けてしまった事を悔やんでいた桜崎さん……いや、俺のゲーム友達である"こまちちゃん"。

 立ち上がる事が出来た彼女ではあったが、それは完全復帰という訳では無かったのかもしれない。

 "桜崎まこさん"が"こまちちゃん"だとわかる前のあのバスの中でのやり取りを思い返せば……彼女がどれだけ周囲に強く意識を向けていたのかがよく分かる。


 もう二度と同じ苦しみを味わわない様に、かつては当たり前に晒していた本当の自分を隠して生きて行く事を決めたんだろうか。その心中を測り知る事は……きっと桜崎さん本人にしか出来ないだろう。


 そんな彼女がいま……隠していた筈の自分をさらけ出してくれている。


 ありのままの姿で、友達に囲まれて、楽しそうに微笑む彼女を見れて、俺は凄く嬉しく思えた。



 ただ、ちょっと可愛すぎるなぁ……。

 さっきから中腰気味な体勢で見つめてくる桜崎さんと目が合うだけで、心臓がバクバクと高鳴っている。


 あと、モコモコのパジャマにちょっと問題ありです!!

 上は長袖なのに対して下が太もも丈のショートパンツタイプなのはまあいい。

 ショートパンツがジャストサイズで下着のラインとか、股下の位置とかも丸わかりなのも……うん、視線をなるべくそっちに送らないように紳士の本気を見せて顔を見るようにすれば良い。そう思っていました。


 でもトップス! お前は紳士の敵だ!!


 なんで!? なんでボトムスはジャストサイズなのに、トップスは緩めなの!?

 桜崎さんが中腰になった時に襟元あたりがガバッてっ! 同時にぷよんってちょっと胸元が揺れるのが見えちゃったんだけど!? ありがとうございます!!


 あー、お風呂に入ったら女性は上の下着……ややこしいな? まあ、名称を言うとブラジャーを付けない人が多いって聞いた事があるけど……桜崎さんは付けない派の人間みたいです。


 なぜ断言出来るのかと言うと、俺がベッドの上に座ってて桜崎さんが中腰になった瞬間――緩めの襟元が重力によって下へと垂れ下がり……結構キワドイブブンまで見えてしまったからだ。

 言い訳させてもらうと、彼女の外見の変化に気づいて視線を頭から顎まで動かして行った際に見えただけで、意図して見ようとした訳では無い。


【でも、見たんですね?】


 ええ、それはもう大変綺麗なおむ――ごほんごほんっ!!

 質問に対する回答は控えさせていただきます!

 なのでサラッと誘導尋問みたいな事をするのはやめてください! 訴えますよ!? 絶対に俺が負けそうな気がするけど!


 誓って言うが今は見てないぞ。

 ちゃんと桜崎さんの目を見つめている。

 だから余計にドキドキしてるんだけどね……。


 しかしながら、その僅かな時間の違和感を見ていた人物が1人居た。


「ちょっ……まこ! 胸元あいてるよ!?」

「えっ!?」


 桜崎さんの胸元があいているのに気づいた如月さんが慌てた様子で桜崎さんへと声を掛ける。

 如月さんの声でようやく自分の胸元があいていることに気づいた桜崎さんは、凄い勢いで胸元に両手を持っていき隠し出した。


 隠すのはいいんだけど、ちょっと力が入り過ぎている気がするというか……押し潰した感じからして、意外とお胸が大きいなあというか……。


「大枝く〜ん? 確かに不注意だったまこちゃんにも原因はあるけど〜、あんまりジロジロ見るのはどうかと思うよ〜?」


 くっ……物部さんの視線が痛い!

 そして物部さんの言葉を聞いて、俺が胸を見ていたという事実を知ってしまった桜崎さんは見る見る内に顔を赤らめていき、更に腕に力が入った事でお胸の形も更に変わっ「大枝く〜ん?」……はい、なんでもないです!! ごめんなさいっ!!


 にっこりスマイルの筈なのに何処かおっかない雰囲気を漂わせる物部さんに、俺はベッドの上で正座をして頭を下げる。


 普段ほんわかしてる人ほど、怒らせるとおっかない。


 3人の中で1番怒らせてはいけないのは物部さんなのだと……俺は今日理解する事が出来た。






 ♢♢♢



 





「全くもぅ〜、女の子はえっちな視線に敏感なんだから、気をつけないとダメなんだよ〜?」

「はい、面目次第も御座いません……」


 あれからしばらくの間……と言っても10分くらいだけど。

 桜崎さんが落ち着きを取り戻すまで、俺は物部さんからちょっとした小言をもらっていた。


 本当は1分くらいで終わりそうな雰囲気ではあったんだけど…………まぁ、色々とあって延長することになったんだ。


【……意味深に言ってますが、要はおっぱい星人のますたーが物部愛衣からお説教をされている際に、物部愛衣が腕を組んだ事でその腕の上に乗った胸をガン見していたからですよね?】


 呆れた口調でバラすのやめてもらっていいですかね!? いや、リディの言う通りなんだけどさっ!?


 いや、その…………凄かった。

 普段からなるべく見ないように意識しつつも、それでも大きいなぁとは思ってた物部さんの胸がですね?

 こう、お説教の最中に物部さんが腕を組んだ事で持ち上がって……ぽよんってなったんです!!

 あれは凄かった……マルティシアよりも大きいかもしれない。


 その上、物部さんもブラをしていないのか、物部さんがちょっと動いただけでプルンってなって……柔らかそうに動いてた。

 普段は目線が俺の方が高いから意識すれば視線を簡単に逸らす事が出来たんだけど、今日は目線の先に物部さんの巨乳があって……自然と視線がそこへ向いてしまうんです。


『あれれ〜? まだお説教が足りないみたいだね〜?』


 ……まあ、その所為でお小言が長くなっちゃったんだけどね?

 だが後悔はしていない!! ありがとうございました!!


「大枝く〜ん?」


 あ、ヤバい……また怒られる。


 ゴゴゴ……と恐ろしげな雰囲気を漂わせるにっこりスマイルの物部さんを前にそう思った俺は、空かさず頭を下げる準備をする。

 しかし、そんな物部さんに対して桜崎さんが待ったを掛けるのだった。


「愛衣ちゃん、もうその辺で許してあげよう? 大樹くんの視線はあからさまな訳じゃないし、今回はその……わ、私の不注意が原因でもあるから……」

「う〜ん、確かに大枝くんの視線は嫌な感じではないけど〜……」

「大樹は他の奴らと違うって事でいいんじゃない? 王都では男共がジロジロ見てきて不快だったけど、大樹はあいつらとは違ってまこや愛衣の胸に視線が行くことがあっても直ぐに逸らしたりしてたし」

「まあ、2人が気にしないならこれくらいで終わろうかな〜? 私はまこちゃんが嫌なんじゃないかなぁと思って言っただけだしねぇ〜」

「……ふぅ」


 と、とりあえずお説教からは開放されたみたいだ。

 如月さんには俺が意図的に視線を逸らしてたりしていたのはバレていたみたいだけど……なんか恥ずかしいな。


 まあ兎にも角にも。

 長く感じたお説教は終わったので、これでようやく本題へと移ることが出来る。


「えっと、それじゃあそろそろ3人が"スキル屋"に行かずにこの部屋に居る理由を教えてもらえるかな?」


 俺が気絶してからの事はある程度知ることが出来たが、3人が他の人達と一緒に"スキル屋"に行かずこの部屋に居る理由はまだ分からない。

 それを聞こうとした矢先におっぱい騒動に突入してしまったからなぁ……文字に起こすとバカっぽいな?


 ごほんっ。

 と、とりあえず、その謎を解明する為にも3人に対してこの部屋に居る理由を聞く必要があったのだ。


 この世界に来てから女性が寝室にやって来る場合は……その殆どがえっちな展開になっていた。

 ただ、そういう場合は今までのケースで考えると相手側は全員1人で来ていたと思うし、さっき胸を見ていた事でお説教されたくらいだからえっちな展開にはなる事はないだろう。


 となると……何か頼み事や相談事があったりするのだろうか?

 でも、その場合は急すぎてちょっと内容を予想する事は出来ないな……Ptが足りないとか?


 俺の質問に対して3人は1度だけ顔を見合わせると、代表して桜崎さんが答えてくれる様だ。


「あのね? 私達は大樹くんに――感謝を伝える為にここに入れてもらったの」






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