第65話 十五日目(昼) シェリルとの一時、そして……。




 何気なく振り向いた先に居たのは可愛い白いお人形さんで、その正体はエルフの王族であるシェリルノート・メルジュ・オグマリオスだった。


「…………ん、どうしたの?」


 幼さの残る顔立ちでプラチナブロンドの長い髪を持つ少女は、その美しい翠と金のオッドアイでこちらを見つめている。


 フリルが多くあしらわれた白のロリータ系? ファッションに身を包み、よく見ればプラチナブロンドの髪も毛先を少しだけうねらせてすっかりオシャレさんになっている。

 その小さな体格だからなのか、本当にお人形さんみたいだ。


 ほんの少しだけ頬を赤くしたシェリルは小さく首を傾げながら、ぼーっと見つめていた俺に対して声を掛けてくる。


 くっ……シェリル×ロリータ系って破壊力が凄いな。

 ただでさえ素顔を晒した状態のシェリルは美少女だって言うのに、お洒落をしたら更に可愛くなっていてこっちまで顔が赤くなってきそうだ。


「……ん?」

「あ、いや……もう素顔を隠すのはやめたんだなぁって……」

「……ん、此処に入れる人には見せる事にした」


 不思議そうな顔でこちらを伺うシェリルにそう言いつつも、慌てて上体を起こしてサンベッドに腰掛ける。流石に寝転んだまま話すのは失礼だからな。シェリルは気にしなさそうだけど。


 どういう心境の変化があったのかは分からないが、どうやらシェリルは素顔を隠すのをやめたらしい。

 ただ、そう話すシェリルの顔がどこと無く疲れているように見えるのは気のせいじゃないよな? な、何があった……。


「えーっと、なんか疲れてそうだけど……大丈夫か?」

「…………疲れた。癒して欲しい」

「はい?」


 癒して欲しい。

 そう告げたシェリルはトコトコと歩みを進めて俺が足を降ろしているサンベッドの横までやって来ると、俺の正面に立ち両手を俺に差し出すように開いて伸ばして来た。


 これはあれか? もしかして抱きしめて欲しいって事なのか?


 俺がサンベッドに腰かけているので、丁度ではないもののほぼ同じ目線になっているシェリルが徐々に手を開きながらこちらへと迫ってくる。

 うん、多分だけどそういう意味で合っていると思う。


「あー……お疲れ様?」

「……ん」


 ストレートな要求に苦笑を浮かべつつも、労いの言葉を掛けてからシェリルの頭が俺の左肩に来るようにして優しく抱きしめる。

 するとシェリルの方からもぎゅっと力を入れて来たのが分かり、予想が間違っていなかった事に安堵しつつ俺はシェリルの背中をポンポンと軽く叩いた。


 うーん、なんか今のシェリルからは普段香る花の様な香りとは別に良い香りがする。香水でも付けてるのかな?

 そして何より普段よりもお洒落さんなシェリルを抱きしめているという現実にちょっと心臓の鼓動が早くなる。風で僅かに揺れる髪からもシャンプーの良い香りがするし、左耳にかかる吐息が擽ったい。

 今朝みたいな薄着だったらやばかったな……変な所を触らないように気をつけなくては。


 そんな事を考えていると、背中の服をクイクイっとシェリルに引っ張られている事に気がついた。


「ん? どうした?」

「…………膝上」

「……」


 どうやら抱きしめるだけでは足りないらしい。


 鼻先が触れ合いそうなくらいの至近距離で呟かれたシェリルの言葉に苦笑しつつも、俺はシェリルの腰に回していた手を離してからシェリルに前を向いてもらいそっと抱き上げた。

 そして一度サンベッドに深く座り直した後、そのまま膝上にシェリルを乗せてお腹の方へと手を回しぎゅっと抱きしめてみる。


「……ん、もっと強く抱き締めて欲しい」

「かしこまりました……」


 力を少しづつ入れていき、シェリルが「……それくらい」と言う力加減で抱きしめると、シェリルは心地よさそうに目を細めて背中を俺の上半身へと預けてきた。

 太ももを少し開いてその間に座ってもらっているので、俺の負担も少ないので助かる。


 足をプラプラと前後に揺らしているシェリルの様子を見て、なんだか微笑ましく思った。


「それで、どうしてシェリルは疲れた顔をしていたんだ?」

「……ん、フードを外したらみんなが抱き着いてきた」

「あー……」


 その場にいなくても容易に想像出来る光景だな。特に如月さんやアリシア、ノアなんかはシェリルの素顔を見てメロメロだったから。朝食の際もシェリルが人の山に埋もれていく様を見て慄いたくらいだ。


「……しかも、公爵夫人とフレイシアが私を取り合って争ってた」

「えぇ……?」

「……その隙に逃げたら、今度はアリシアとノアに捕まって抱き着かれた。本当に疲れた……」


 ……それじゃあ、俺が抱き着いているこの状況はどうなんだ? って聞くのは野暮なんだろうなぁ。

 そんな事を思いつつも俺はシェリルに「お疲れ様だったな」と言いながら回している手に軽く力を込めて更に密着させる。


 そんな俺の行動にシェリルは嫌がることなく、むしろ自分から体をグイグイと俺に押し付けて来た。この反応を見るに正解だったみたいだ。嬉しそうな顔をしているし良かった良かった。


「それにしても、随分と可愛らしい格好をしてるな?」

「……変?」

「いいや、全然。すごく似合ってると思うし、可愛いと思うよ?」

「…………ありがと」


 あ、赤くなってる。

 普段はフードやローブで身体を隠しているから、あまりお洒落とか出来なかったのかもしれないな。


 シェリルの話によると、どうやらアリシア達を振り切り4階まで逃げてからそこが洋服や化粧品が売っている場所だと気づいたらしい。

 普段は素顔を隠さなければならないという理由で洋服や化粧品を避けていたシェリルだったが、本心を言えばそこは女の子……どうやらお洒落には興味があった様だ。


 並んでいる商品はどれも見た事のない物ばかりではあるけれど、綺麗で可愛らしい物が多くシェリルは周りの目を気にする事も忘れるくらいに夢中で商品を眺めていたそうだ。


「……それで、洋服見てたら後ろから声掛けられた」


 振り返った先に居たのは桜崎さんと如月さん、それに物部さんの仲良し3人組。

 抱き着いてきた如月さんを桜崎さんと物部さんが窘めつつ、3人はシェリルにお洒落に興味があるのかと聞いてきたらしい。


「……興味あるって答えたら、キサラギが誰か見せたい人でもいるのか聞いてきた」

「あー、なんか女子が好きそうな話だな〜」

「……だから私はあなたに見せたいって言った」

「へーそうな…………んっ!?」


 楽しそうに話すシェリルの会話に相槌をうっていたのだが、今さらっと凄い事を言われた気がする。

 そう思い後ろからシェリルの顔を見てみると、頬を赤くしながらも優しげに微笑むシェリルと目が合ってドキッとしてしまう。

 あーだめだ……いちいち仕草が可愛くてこっちの心臓がもたんぞ!?


「……そしたら3人とも凄く驚いてたけど、その後に困った顔をして……最後には応援してくれて、洋服とかお化粧とか髪の毛とか……色々教えてくれた」

「そ、そうなんだぁ……」


 なんで困った顔をしていたのかは分からないけど、どうやら3人ともシェリルの為に色々としてくれたみたいだ。


 うん……仲良くなっているのを聞いて嬉しくは思うけど、先程のシェリルの言葉がずっと頭の中に残ってて集中出来ずにいる自分が居る……3人とお付き合いさせてもらってはいるけど、それでもやっぱり好意を向けられる事には慣れないんだ。

 でも、俺の為にシェリルがお洒落をしてくれたのは事実なんだし、感謝の言葉は伝えないとな。


「シェリル」

「……ん?」

「俺の為にお洒落をしてくれてありがとう。凄く綺麗で可愛いと思ってるし、俺に見せる為に綺麗に着飾ってくれたんだと思うと本当に嬉しいよ」

「……ん、なら良かった。私もあなたに喜んでらえて、嬉しい」


 俺の言葉にふにゃりと目を細めて笑みを浮かべたシェリル。

 そんなシェリルの様子を微笑ましく思っていると、徐にシェリルがお腹に回していた俺の両手に自身の両手を重ねてきて、ゆっくりと俺の両手をお腹から外してしまう。

 もう満足したのかなと思った俺は、何処か寂しく感じつつもシェリルの邪魔をしないように手の力を抜いた。


 そしてシェリルの体から完全に俺の手が離れたところで、この後は地面に降りるのかなと思っていたら……なんとシェリルはくるりと体の向きを反転させて、俺の右の太ももに跨るように座り直した。


 あの……シェリルさん?

 その座り方はちょっとまずいというかなんと言うか……。


「えーっと……シェリル?」

「……ん?」

「いや、この体勢は一体……」


 可愛らしく小首を傾げたシェリルにそう聞いてみるも、特に言葉が返って来ることはなくシェリルはサンベッドに置かれていた俺の両手を掴むと自身の腰に押し当て始めた。


 そして何も言わずにじーっと俺を見つめてくるオッドアイ。その瞳が意味している事を察した俺は何がなにやら分からない状態ではあるものの、シェリルの望み通りに両手を自分の意思でシェリルの腰へと固定する。


 そんな俺の様子に満足したのか、シェリルは頬を赤らめつつもウンウンと納得顔で頷くのだった。


 いや、シェリルさんや……あんまり動くと太ももに感じる感触がですね……くっ、スカートで何も気にせずに跨ってくるもんだからシェリルの太ももの柔らかさがズボン越しに伝わって来てなんかえっちぃです!!


 それにしても、いきなりどうしたんだろうか?

 明らかに積極的な行動を示し始めたシェリルにタジタジしていると、徐にシェリルがその小さな両手で俺の頬に触れて来た。


「……シェリル?」

「…………私はあなたが好き」

「それはまた……唐突な告白だな?」


 なんて、さも普通な感じに返しては居るが心の中はパニックです。

 マジか!? いや、もしかしたら好きでいてくれてるのかな? くらいには考えていたけど、まさかいきなり告白されるとは思ってもいなかった。


 シェリルは普段から俺と一緒にいると抱きついてきたり、手を繋いできたり、すりすりと身体を密着させてきたりと色々とスキンシップが激しめなタイプだったから、それが恋愛的な好意なのかそれとも家族や親友に向けるような好意なのか……イマイチ判断がしづらかったというのもある。


 だが、その分からない状況も今日で終わりみたいだ。顔を赤くしつつも真剣な様子で俺に告白してくれたシェリルを見れば……それがどちらの意味なのかなんて直ぐにわかる。


「……きっかけは初めて此処に招待してくれた日の夜。あの時、素顔を見せて怯えてしまった私を優しく受け入れてくれた日から……私はあなたに恋をしていた。私はこの瞳が原因で周囲から奇異な目で見られてきたから……あなたの優しさが、温もりが、嘘偽りのない言葉が嬉しかった」


 そう言いながら幸せそうに笑うシェリルに……俺は見蕩れていた。

 正直、何故彼女が奇異な目で見られなければならないのか未だに理解ができない。

 こんなにも美しく綺麗な瞳を持つシェリルを受け入れない人間が居ることが信じられなかった。


「……誰がなんと言おうとも、俺はシェリルのその瞳を綺麗だと思う。他の人にはない、シェリルだけの魅力がその瞳に宿っていると思うから」

「……ん、ありがと」


 俺にお礼を言いつつも、シェリルの瞳は微かに震えている。その原因を素早く察した俺は、安心させるように右手を腰から離してシェリルの左頬へと添えた。


「不安にさせてごめん。シェリルの気持ち、凄く嬉しいと思ってる。俺も優しくて可愛いシェリルの事が大好きだよ。もう3人も恋人がいる俺だけど、それでも良かったらお付き合いしてください」

「……んっ! 私も、あなたの恋人になりたい」


 その美しいオッドアイを潤ませて笑うシェリルに、俺はゆっくりと顔を近づける。

 そんな俺の行動で何をしようとしているのか察してくれたシェリルは、俺の頬に添えていた両手を俺の首へと回して目を瞑り唇を少しだけ突き出してくれた。


 そして俺たちは、唇を重ねるだけのキスを1度してから顔を離す。

 目を開けてシェリルを見ると、幸せそうに目を細めて顔を赤らめていた。


「……ん、もう1回……ううん、やっぱり満足するまでする」

「俺としても嬉しい限りだけど、ここは屋上だし誰か来たら恥ずかしいんじゃないか?」


 どうやらシェリルはまだまだ満足していない様で、再びキスを要求してくる。

 だが、場所が場所だったので俺は不満気なシェリルにそう言って諭そうとしたのだが……。


「……問題ない。ここに来る前にリディ様とミムルルート様、それにマルティシア様に相談したから」

「………………へっ?」

「……そしたら喜んで協力するって言ってくれた。リディ様から伝言――『2時間ほど屋上には誰も来れないようにしておきますので、ますたーは存分にシェリルノートを愛でてあげてください』……って」

「…………リディが言いそうな事だなぁ」

「……ん、人が来ることは無い。だから……」


 そこで話すのをやめたシェリルは、首に回していた手を自身の鎖骨の辺りへ持っていくと……そのまま洋服のボタンを1つ外し始めた。


 …………どうやら、キスだけでは終わらないらしい。






 そうしてしばらくの間、俺はシェリルとの時間を存分に楽しんだ。





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