第62話 十五日目(昼) 爽やかイケメンは二次元だけだと思ってた……。




 ――不老永寿の神薬。


 この薬を飲んだ者はそれまでの人生の中で自身が最も能力を発揮出来る年代の肉体へと変化し寿命が無くなる。


 但し、未来の年代への変化は出来ない。あくまでの"これまでの人生の中で"という制約があるので、若い時に使うのは避けた方が良いらしい…………と、言うお説教に近い言葉を俺は隣に立つリディに言われていた。


 いや、ごめんって言ったじゃん!!

 寿命が無くなるならリディ達とずっと居られるかなって思っただけで……あ、はい。ちゃんと大人になってから貰います!!


 そして寿命が無くなりはするが、それで不死になった訳ではい。心臓を貫かれれば死ぬし、毒や病気と言った外的要因で死ぬのは変わらないからだ。

 不老不死ではなく不老永寿だったのはこれが理由だったりする。まあ、寿命が無くなる時点で破格ではあるんだけどね。


 何よりこの薬はその名の通り神の薬……簡単に手に入らないどころか、現世では手に入らない。

 何故ならばこの薬の制作手順の中に"神力を少々……"なんて言う巫山戯ている様にも見えるものがあるからだ。いや、なんだよ少々って……塩コショウか? 途端に薬品が調味料に見えてきてしまう……うん、考えるのはやめよう。


 そんな訳で、使い所を見極めなければ見た目は子供、精神は大人状態になってしまい、それがなくとも一度飲んでしまえば寿命で死ぬ事は出来なくなってしまう。


 だからこそ、ミムルはオーエンさんに"選択"と告げてから不老永寿の神薬を渡したのだ。

 若さと引き換えに、永劫の人生を歩むことに後悔しないか? その確認を取る意味も込めて。



 まあ……オーエンさんは迷うことなく飲み干していたけど。



「迷う事はありません。これでリリィと永遠に過ごせるというのなら……只人から外れる事になろうとも、儂はリリィの隣を選びますぞ!!」


 オーエンさんの隣に並ぶリリィさんが呆れる程の清々しさ。真剣な顔でそう告げたオーエンさんはその場に立ち上がり、コルクを抜き落として中身の黄金色の液体を飲み干した。


 そして不老永寿の神薬の効果は直ぐに目に見える形で現れる。


 いくら鍛えているとは言え、老化には逆らう事の出来ないのか細く僅かに背の曲がったオーエンさんの身体が白い光に包まれると、見る見るうちに背筋は伸び体格も変わり始めた。


 身長は俺よりも高い180cmは優に超えているであろう高さ。筋肉が衰えやせ細って見えていた姿はそこにはなく……身長に見合った筋肉がしっかりと付いた事で身に纏っていた黒い服がピチッと肌に張り付いていた。

 髪色は変わらず灰色で髪型も短く切り揃えられたままではあったが……その見た目はもう初老には見えない。


 爽やかな雰囲気を漂わせた20代前半と言った感じのイケメンが、優しい笑みを浮かべてリリィさんの事を見下ろしている。

 ……おい、明らかにリリィさんの顔が感動とは違った意味合いで真っ赤になってるぞ。イ、イケメンの破壊力が半端ないっ!!


「オ、オーエン……だよね?」

「ああ、勿論。君の約束を破り、亡くなった後も君をずっと愛し続けていた愚か者のオーエンは儂の事だ」

「…………はぅ」


 ちょっ……声も爽やかなのは反則じゃないですかね!?

 リリィさんの左頬に自身の右手を添えながら、愛おしそうにリリィさんに愛を囁くオーエンさん。そんなオーエンさんの破壊力は凄まじく、その仕草と言葉にハートを鷲掴みされたリリィさんは恋する乙女の表情で小さく呻いていた。無理もない。地球でも出会った事がないくらいのイケメンだからなぁ。


 これの何が恐ろしいって、神薬の効果はあくまで肉体を若返らせただけという事だ。

 それはつまり、今目の前で絶賛リリィさんに愛を囁き続けているオーエンさんの素のポテンシャルがこの超絶イケメンだったという訳で、その上で物腰か柔らかく尚且つ戦うことも出来る……高ハイスペックなキングオブイケメン。


 オーエンさんの若い頃がこんなにも破壊力があるとは思わなかった……さぞかしモテたんだろうなぁ。

 でも、オーエンさんは誰にも靡くことなく今日まで生きてきた。


「――愛しているよ、リリィ。もう、あの時の様な悲しみは味わわせないと……この身に誓うよ」

「うぅ……私も愛してましゅぅ……」


 それは、今目の前で繰り広げられている光景からわかる通り、成人前に亡くなってしまったリリィさんを忘れる事が出来なかったから。


 何十年も変わらず愛し続けた想い人に出会えたんだ。リリィさんは茹でダコみたいになってて気を失いそうだけど、今日くらいは許してあげて欲しい。


 周囲のみんなもオーエンさんの変わりように驚いていたり、目の前で繰り広げられている逢瀬に苦笑を浮かべていたりしているが、誰もそれを止めることは無かった。


 それは知っているから。

 今日、知ってしまったから。


 オーエンさんの過去を。

 どれ程にリリィさんを愛していたのかを。

 どれ程にこの瞬間を待ち望んでいたのかを。


 だから周りは何も言わずにしょうがないなあと見守っている。

 …………ちょっとだけリリィさんが大丈夫なのかは心配ではあるけど、それこそ介抱はオーエンさんに任せよう。


「――ふぅ……喜んでもらえてよかった〜」


 俺が2人の逢瀬を微笑ましく眺めていると、いつの間にかリディの反対側に移動してきていたミムルが疲れた様子でそう呟いた。

 ミムルの後方にはマルティシアの姿もあり、マルティシアは俺と視線が合うとにっこりと笑みを浮かべて軽く会釈をしてくれた。


「もう女神様モードはしなくていいのか?」

「うんっ! やる時はキチンと、終わったら素の状態に。此処ではリラックスした状態で過ごすって決めてるからねっ」


 マルティシアに会釈を返しながらミムルに声を掛けると、楽しそうに笑いながらそう返された。

 そんなミムルの頭を優しく撫でつつ、俺は視線をオーエンさん達へと戻す。


「…………あれ、いつまで続くかな?」

「あはは……。10分くらいで終われば良い方…………かな?」


 …………うん、俺もそんな気がしてる。


 教会でやる事はもう無くなったわけだし、中断していた歓迎会を再開したい所なんだが…………とりあえず、リリィさんが耐えきれなくなって気を失うまでは待とうか。


 俺を含めた複数人から「ぎゅるる」とか「くー」とか、腹ぺこの大合唱が聞こえてきたしね?





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