第58話 十五日目(昼) 女神様が見落としていた、大切なこと。
「……違うんだ、ミムル。そうじゃないんだ」
「そうじゃ、ないって……?」
視線が合う様に両手はミムルの頬に添えたまましゃがみ込み、なるべく優しい声音でゆっくりと聞かせるのを意識してミムルへと語りかける。
「沢山の悲劇を見て悲しむのは当然だ。愛した世界で不幸が起こり、それを見ている事しかできないのは……きっと俺には想像もできないくらいに辛いことだったと思う。でもな……だからって、世界を創らなければなんて思っちゃダメだ」
「でも、私のせいで……」
「違う、ミムルのせいじゃないよ。その証拠に……オーエンさん!」
「はっ! なんでしょう?」
一度ミムルに微笑んでから視線を外し、後方に控えている筈のオーエンさんへと声をかける。
オーエンさんは直ぐに返事を返してくれて、俺の右後方へと移動してくれた。
「思い出させる様で悪いけど……それでもオーエンさんに聞きたい。貴方はミムルの創造した世界で生まれ育ち過ごして来た……自分のこれまでの人生を振り返って、1度でもこの世界を憎んだ事は「ありませぬ」――っ」
ははっ……即答か。
真っ直ぐに俺を見るオーエンさんの瞳には強い意志を感じる。
こんなにも恋人が創った世界を認めてくれている人が居るのが嬉しいよ。
「創造神様。確かに世界はあなた様が憂いておられる様に、戦争や魔物による襲撃が絶え間なく起こり続けました。ですがそれは、我ら人族が原因であってあなた様のせいでは決してありませぬ!」
「オーエンくん……」
「魔物の襲撃が起こり、村が被害に見舞われ……儂は愛する人を失った。あなた様に救いを求めた事もありました。ですが、儂はあなた様を恨んだ事は1度もありませぬ……あれは愚かな人族が人族同士で争い続けた事による災害。責められるべきは、あなた様に与えられた力を悪用した我らなのです」
「ちょっ……オーエンくんっ!?」
俺の両手をそっと外し、ミムルは慌ててオーエンさんの傍へと移動していった。
そしてそんなミムルの向かった先に居るオーエンさんはと言うと……ミムルが居た方向へ向かって頭を下げて、額を地面へとくっ付けている。
それは心からの謝罪。
言葉ではなく先に身体でその気持ちを示す。
何も知らない人が見れば、その姿はとても弱く見えるかもしれない。
だが、この場で全てを見てきた俺には……その姿がとても強くてかっこいいものに見えた。
「頭を上げてよオーエンくん!!」
「申し訳ございません……」
「謝らなくていい! 私は別に何も怒ってないから!!」
「違います……違うのです……儂が謝っているのは……あなた様に――――世界を創らなければ良かったと思わせてしまった事に対してなのですっ」
「え……」
オーエンさんの言葉に、ミムルは分からないと言いたげな表情を浮かべて困惑する。
やっぱり気づいてなかったんだな……自分が思っていた事が、何を意味しているのかを。
「ミムル……今のオーエンさんの言葉の真意が分かるか?」
「…………」
「"世界なんて創らなければ良かった"……それってさ、お前が愛してきた世界を否定する言葉なんだぞ?」
「ぁ……」
オーエンさんが左隣になるようにミムルの正面に移動して、俺は再びミムルへと視線を合わせながらそう言った。
どうやらミムルも、俺の言葉を受けてオーエンさんの謝罪の意味が分かったようだった。その証拠に俺と視線のあっている瞳は微かに震え出し、それに呼応する様に顔色が青ざめていく。
意図していた訳では無いのはわかっている。
だけど、それでもミムルがそう思っていた事実は消えないんだ。だからこそオーエンさんは悲しみ自分達の愚かさを改めて実感し悔やんでいる。
「ミムルにとって、愛する世界に住まう人族が争い傷つく姿は見ていられないくらい辛いものかもしれない。だけど、だからって世界を創造した事を後悔しちゃダメだ。他でもないミムルが、愛した世界を無かったことにしちゃダメなんだ」
「わ、私……そんなつもりじゃなくて! ただ、辛くて……悲しくて……それで……!!」
「分かってる。ミムルが世界を愛していたのはちゃんと分かってるよ」
泣きそうな顔をするミムルの頭を優しく撫でて、俺は何度も何度も分かっていると伝え続ける。
悲しい歴史ばかりを追うあまりにミムルは干渉出来ない世界に嘆き、死に行くもの達を想い自分を責め続けた。
その結果に辿り着いたのが――私が世界を創造さえしなければと言う答え。
世界を創造しなければ惨劇は生まれない。
それこそが最も正しい選択であり、誰も悲しまなくて済む解決策だったと……ミムルは思ってしまったんだろう。
「ただただ申し訳なかった……何も出来ない自分が情けなくて、初めから創造しなければ……無からは何も生まれないから……でも、それじゃあオーエンくん達の事も否定して……っ」
そう。
無からは何も生まれない。
痛みも、苦しみも、悲しみも……そして喜びも。
それを理解したミムルは顔を青くしたまま大粒の涙をポロポロとこぼして「ごめんなさい」と謝り続ける。
ミムルが創造しなければ生まれなかった悲劇がある。
それと同時に、ミムルが創造しなければ生まれなかった幸せも沢山あるんだ。
悲劇だけを見ないで欲しい。
ミムルが生み出してきた沢山の幸せがあるんだってことを知って欲しい。
優しくミムルの頭を撫でながら、俺は心の中でそう願う。
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温かいコメントを送って下さりありがとうございますm(_ _)m
無理のない範囲で投稿させていた抱きますので、どうかこれからも本作をよろしくお願いします……!
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