第57話 十五日目(昼) 小さな女神の悲嘆。




「……ミムル、もう一度言う。どうしてミムルがそんな悲しい表情をしないといけないんだ?」

「そ、それは……」


 俺の言葉に、ミムルは少しだけ後ろへ下がろうとする。

 だが、それを許さない人物――俺の恋人がそんなミムルの背後に立ちその動きを止めた。


「ダメですよ、ミムルルート様」

「マ、マルティシア……」

「私は貴女様の味方です。だからこそお願いします……どうか、逃げないでください。怖いのであれば私がこうしてお支え致します」


 そんなマルティシアの思いを受けて、ミムルはそれ以上下がろうとする事はなかった。そして少しの間、俺たちの間には沈黙が訪れる事になるが……ポツリポツリと、本当に小さな声でミムルは自分の抱いている気持ちについて話し出す。


「私は、この世界を創った神様なの。世界を創り、環境を整えて、何度も何度も工夫して……そうして子供達が生まれて、漸く世界が回り出した。でも、それと同時に世界は私の干渉を受け付けなくなっていったんだ」


 それは、世界の自立の様だったとミムルは言う。

 創造神の先輩とも言える地球の女神様。彼女から”世界はある程度まで発展すると、神による直接的な干渉を嫌がる様になる”と教えられてはいたものの、まさかこんなに早い段階で拒絶されるとは思ってもみなかったと、ミムルは寂しそうに話し続けた。


「私はまだまだ触れ合いたかった。基盤を創って、動物たちと触れ合って、生命の恵を感じていたかった……私が愛した世界に居続けたかった。でも、それを世界は拒絶した。一応、私が現世へ赴いたりしなければ問題はないんだよ? でも、神域から天使族を送り出しただけで天災を引き起こす様になるから、私が現世へと赴く事は出来なくなっちゃった……」

「まさか、そんな事が……」


 ミムルの話を聞いている途中で、本当に小さくはあったがオーエンさんの驚愕した様な声が聞こえてきた。よく見るとオーエンさんの隣に居るリリィさんも同じ様に驚いた表情をしている。

 ミムルが創造した世界で生まれた彼らにとって今の話は、きっと俺には感じ取れない気持ちがあるのかもしれない。

 俺に分かるのは、ミムルが本当に世界を愛していて……そして、突然の自立に戸惑い寂しがっているという事だけだ。


「最初は納得しようとしてたんだよ。これは仕方のない事だからってね? 先輩である地球の女神にも教えてもらってたからなんとか我慢できてた……ごめん、嘘。マルティシアとか地球の女神に対していっぱい愚痴ってた……」

「ふふふっ、懐かしいですね」


 くすくすと笑うマルティシアの言葉に、ミムルは恥ずかしそうに頬を赤らめてしまう。どうやら記憶に強く残るくらいには愚痴っていたらしい。許してもらえるならその時の事を詳しく聞いてみたくなったよ。


「と、とにかく! そうやって愚痴を聞いてもらったりしながら乗り越えようとしてたんだ。自分にはもう陰ながら支える事しかできないんだからってね。でも、やっぱり私には見ているだけというのは辛すぎた……」


 神託を下したり、効果の薄い神像を一つ現在の教国に当たる場所に設置したり、新たな魔法やスキルを考案し世界へと浸透させたりと……沢山のサポートをしていたらしい。

 しかしながら、世界はずっと平和にとはいかなかった。どれだけミムルが良い方にと修正しようとしても、様々な要因によって神託も神像も新たな魔法やスキルも悪用される。なのに自分は世界に深く干渉する事は出来ない。争いが絶えず、悲しみと負の連鎖が続く世界を……ミムルはずっと見てきたそうだ。


「最初の暗黒期は戦争。そして次が戦争によって人口が激減した後に起こる魔物の大繁殖……オーエンくんとリリィちゃんが居た村で起きた様な惨劇が、多くの場所で起きて居たんだ」

「「創造神様……」」

「私は止められなかった。ただただ見ているだけで……なーんにもできなかったっ!」


 上を向き、ミムルは震えた声でそう語る。


「こんなに世界を愛しているのに……ううん、愛しているからこそ悲しかった。悔しかった。そして……世界を創った事を後悔した。私が世界を創りさえしなければ、こんなに多くの命を失わせる事もなかった! 悲劇を生む事もなかった! 私はただ……みんなに幸せになって貰いたかっただけなのに……っ。こんなことになるなら、世界なんて「違うぞ、ミムル」……っ!!」


 苦しむ言うに両手を胸の前で強く握り、もう何も見たくないと言わんばかりにミムルはその瞳を閉じて叫ぶ。

 だから俺は音を立てない様にゆっくりとミムルへと近づいて……そしてその両頬を両手で挟む様にして添えた。


 確かに、世界さえ創造しなければ悲しむ事も、苦しむ事も、こんなに悩む事もなかったかもしれない。


 でも……でもな、ミムル。

 負の連鎖に目を奪われてしまうあまりに忘れてしまっている事が、お前にはあるんじゃないのか?


 お前の気持ちは、聞いている俺まで悲しくなるくらいに伝わってきた。

 だから次は、俺の話を聞いて欲しい。


 根本的な解決には至らないかもしれない。

 俺がお前の全てを救えるなんて烏滸がましい事は言わない。

 だけど今は……今だけは俺の話を聞いて欲しい。


 誰の為でもない、大切な恋人であるミムルの為に送る……俺の言葉を。










――――――――――――――


中々時間が取れず、短くなってしまい申し訳ないです……。

いつもお読み頂き、本当にありがとう御座います。ご感想も全て読んで元気をもらっています\(*´ `*)/

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