第55話 十五日目(昼) 悲しみの涙は喜びの涙になった日。







 side オーエン大司教



 会わなくても平気だと……強がりを言うのは簡単だった。

 それを誰にも見せることなく、常に仕事と戦いに身を投じてさえいれば、それは容易いこと。


 しかしながら、10年、20年、30年が経とうとも……儂が愛したのは世界でたった1人だけ。

 どれほど身分の高い者に求められようと、どれほど美しい女性に求められようと……どうしても忘れる事が出来なかった。


 今でも好きな食べ物は……リリィが作ったキノコと野菜のスープ。

 今でも好きな場所は……リリィと2人で見つけた村を見下ろすことの出来る大樹たいじゅがある丘の頂上。


 今でも目を瞑れば鮮明に思い出せる。

 幼い頃から共に居たリリィとの日々を、愛した彼女との記憶を……忘れる事なんて出来なかった。


 リリィの死後は将来を考える事さえ難しかった。

 無様に、愚かに、見苦しく……泣きながら創造神様に祈る日々。


 "もう一度だけ、リリィと会わせて下さい"


 叶うはずのない願いだが、それでも儂は諦めきれなかった。


 旅を重ね、教国に赴き、大司教にもなれた。

 こんな儂を師と呼ぶ未熟な弟子達も出来て、儂の人生は……もうすぐ終わる。


 それでも尚、創造神様に願うことは変わらない。


 もう一度だけ、リリィと会いたい。


 何年経とうとも、彼女との約束は守れなかった。

 リリィよ……許しておくれ。

 儂には君以上に素晴らしいと思える女性は居ないのだ。


 儂の両親も、君も両親も既にそちらへ向かった。

 残るは儂の命のみ。

 まだまだ迎えは来そうにないが、もう少しだけ待っていておくれ……。




 そんな時に出会ったのが――創造神様によってこの世界へと招かれた転移者の者たちだった。







 ♢♢♢







「これはもしや……教会?」


 今日は驚く事の連続だった。

 創造神様の寵愛を受けし御方……ダイキ・オオエダ様との出会いから始まり、この不思議な空間への転移まで。本当にオオエダ様は規格外の御方だ。


 そして何よりも驚きなのが……現在、儂が置かれている状況である。


「じゃんじゃじゃーんっ! 凄いでしょ〜? ここにはね、私が一生懸命作った神像が置かれてるんだよ? 教国に置かれてるチンケな像とは比べ物にならないくらい凄いんだからっ!」

「……ミムルルート様、信者の前でその様な発言は控えるべきかと」

「え〜? だってさぁ、ぶっちゃけ私は教国の偉い立場に就いてる子達は嫌いなんだもんっ。あ、オーエンくんみたいに純粋に私の事を信仰してくれている子達は好きだよ? でも、教国で枢機卿とか名乗ってるあの子達は私の名前を使って悪さばっかりするから嫌い! …………もう神像取り上げちゃおうかな?」


 ――――よし、大司教の地位は即刻捨てよう。いっその事、枢機卿達を粛清しに向かった方が良いかもしれない。


 まさかこの様な……創造神様と大天使様から直接聞かされる形で教国の黒い噂の真実を知る事になろうとは思ってもみなかった。

 現世にある創造神様が直接置かれたと伝わる神像を見る為ならばと思い教会に所属したが……やはり失敗だったな。


 儂はすぐさまその場で跪き、精一杯の謝罪を行う事にした。


「そ、創造神様の御心を汲み取ることが出来ず、教会に所属する形となった事をここにお詫び致します!」

「うぇっ!? あ、謝らなくていいんだよ? オーエンくんが敬虔な信者だって事は知ってるし、その…………(き、聞いてたりもしてたし)」


 最後の方は聞き取れはしなかったが、どうやら創造神様の御怒りを買う事態にはならなくて済んだ様子。

 更にはこんな儂の事を創造神様が敬虔な信者と認識してくださっているという事実を知り、儂はこのまま天に召されても構わないと思ってしまっていた。


 ふっ……リリィに良い土産話ができそうだ。


「ミムルルート様、そろそろ中へ入りませんか?」

「あっ、そうだね! そういう事だから、オーエンくんも立って立って!」


 跪く私に対してそう仰られた創造神様は、眩しいくらいの笑みを浮かべながら目の前にある教会の正面へと向かって歩き出しそれに続く様にして大天使様も歩き出した。

 ここで遅れてしまってはそれこそ失礼にあたると思い、儂も直ぐに立ち上がり御二方の後を追う様にして足を進める。


 近づけば近づくほどに、この空間にある教会の素晴らしさが伝わってくる。

 教国の中核に存在する教会本部の様な豪華飾りもない普通の建物に見える。しかしながら汚れなどは一切なく手入れが行き届いているのがよく分かり、その異様に感じるほどの清潔さが神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「……本当に素晴らしい教会ですな。叶うのであれば、教国の大司教など今直ぐにでもやめてこちらでお世話になりたいくらいです」

「あははっ! 大樹くんにお願いしてみれば? きっと二つ返事で許可してくれると思うな〜!」

「ふふっ、そうですね。大樹様なら直ぐに許可して下さると思います。仕事に関しては殆どありませんので、基本的には大樹様達のお世話やこの教会の細かな管理業務になってしまいますが」

「ほっほっほ、それはそれは……とても楽しそうな仕事内容ですな」



 ほんの冗談のつもりで申し上げた事だったが……確かにあの御方なら許してくださりそうだ。

 後ほど本当に頼んでみるのも良いかもしれないな。


 その様に私が考えていると、教会の入り口と思われる閉ざされた扉の前へとたどり着いた。

 ……そういえば、儂はなぜ教会へと向かう事になったのだろうか?


 確か創造神様から何かお話があるとの事だったと思うのだが……。


「――さて、オーエンくん!」

「はい。なんで御座いましょう?」

「まずは……長い間、私の敬虔な信者で居てくれて本当にありがとう。スキルとして『神託』を授けてからは沢山お願いや依頼をして申し訳なかったと思ってる。でも、オーエンくんの存在は容易に現世へと干渉できない私にとってはとても大切で、本当に助かったよ。ありがとうね?」

「も、もったいなきお言葉を賜る事が出来て、恐悦至極。この老いぼれが創造神様の御力になれたのならば最高の誉れで御座いまする!」

「こらこら、そんなに直ぐ跪く必要はないんだよ? オーエンくんは私にとっては可愛い可愛い私の世界で生きる子供なんだから」

 

 まさか、創造神様から直接感謝される日が来ようとは……これ程に誇らしく思える事は他にはないだろう。

 儂の努力を見てくださっていた。儂の存在が創造神様の助けとなっていた。それは信仰を捧げる信者としては最高の栄誉である。


 創造神様に諌められてしまったので立ち上がるが、できる事ならば創造神様への最大限の感謝としてこの場で平伏させて頂きたいくらいだ。

 ……今日の夜のお祈りは一時間程追加だな。


「ごほんっ! まあとにかく! 私はオーエンくんの真面目さに助けられ、とっても感謝している訳なんです! なので……そんな私から、オーエンくんが一番喜んでくれるかなって思うプレゼントを用意しました!!」

「な、なんと!? そ、創造神様が儂にですか!?」

「えへへっ! まあ、私一人では絶対に叶える事ができなかった事なので、胸を張って”私が全て用意した”なんて言えないんだけどね。今回のプレゼントはね? たまたま起きたハプニングと、突然訪れた奇跡が重なった結果の産物なんだ。私は全てを知っていて、その機会を設けただけ……それでも良ければ受け取って欲しい」


 そう話し終えて直ぐ、創造神様は儂に背を向けると正面にある大きな扉をゆっくりと開いていくのだった。


 儂はただその光景を眺めながら、直前に創造神様から伝えられた話を頭の中で反芻させる事しか出来ずに居る。


 そして創造神様からお聞きしたお話に対してロクな回答を見つけることが出来ないまま…………閉ざされていた扉が開き切ってしまう。


「――さぁ、入ろうか」

「はい……オーエン、行きますよ?」

「はっ……申し訳ありません、直ぐに向かいます!」


 教会内へと進む創造神様のお姿に目を奪われていると、大天使様から声を掛けられてしまう。

 儂はこれ以上、御二方に迷惑を掛ける訳にはいかないと思い直ぐに後にと続いて歩き出すのだった。


 教会内部は照明による明かりはついていない様子ではあるが、まだ昼を少し過ぎた時間である事もあって陽の光が再奥に飾られたステンドグラスや所々に設置された窓ガラスから入り込み十分に明るい。

 現世では貴重で高価なガラスがこんなにもついていたとは……それにふと流し見ただけでも分かる程の透明度。儂はここまで美しいガラスを見た事はないぞ?


 それに、創造神様と大天使様が横にずれて下さった事でわかったのだが、もの凄く目を惹かれる物が正面奥に存在している。

 再奥にあるステンドグラス、その手前にある像はもしかしなくても神――ぞ、う…………。


「あっ……」


 神像をよく見ようと視線を上から下へ動かした事で、先客と思われる人物が居る事に気がついた。


 そして……その人物の顔を見て、儂は先ほどまでの興奮が一気に鎮火していった。

 

 揺れる金色の髪はあの頃よりも長く、そして輝いている様に思える。

 その声音はあの頃よりも落ち着きがある様に思えるが……それでもこの胸に懐かしさを抱かせるのには十分だった……。


 背中には小さな純白の翼が生えてはいるが、間違いなくその姿は……っ。


 そう、なのだろうか?

 これは、現実なのだろうか?


 怖い。

 この全ては儂が何度も願うあまり見ている都合の良い幻なのではないかと疑ってしまいそうになる。


 でも……それでも儂は、これが現実であると信じたい。


 迷うな、オーエンよ。

 お前はいま、その足で立ち上がっているのだろう!?





「…………リリィ、なのか?」



 声が震えてしまう。

 あの時の恐怖も、絶望も、喪失感も、一度も忘れた事はない。

 忘れられないからこそ、儂は目の前に立つ彼女に対して……その名を呼びかけたのだ。



 身勝手な願いだとわかっていた。

 儂のこの願いは、世界平和と比べるのも烏滸がましい独り善がりな願望であると。


 でも…………諦めなくて、よかった…………。



「――――そうだよ、オーエン。ずっと……ずっと会いたかった……っ!!」

「ああっ……リリィっ!! 儂も、儂もずっとお前に会いたかったぞ……っ」



 視界が滲む。

 あの時、フォレストウルフによってリリィを失った時と同じ様に、儂の視界は涙で滲みまともに見えなくなってしまった。


 だが、どうか許して欲しい。

 これは悲しみによる涙ではない。


 死別した愛する者との再会による――――喜びの涙なのだから。








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