第54話 十五日目(昼) むかしむかしの悲劇が喜劇に変わる日。
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――むかしむかし、まだまだ各地で戦争や魔物による被害が絶えなかった時代の話。
そこは名もない小さな村でした。
ボロボロの木材で村の周囲を覆っただけのハリボテの壁。
畑は村人達が協力し合って耕し、収穫物は村人で分け合えば僅かな備蓄分しか残らない程の量しか採れない……自給自足で成り立っている小さな村。
贅沢なんてする余裕もありません。
偶に村で暮らす大人の男性達が森で鹿や猪を狩ってきた時に宴をするのが小さな楽しみ……そんな村です。
ですが、それでも村は幸せでした。
元々が教国を嫌い創造神様の信者達を追い出していた帝国から何とか逃げ出すことのできた、信仰を捨てきれなかった人達の集まりです。
家族の垣根を越えて村全体の結束力は一般的な村とは比べ物にならない程に強く、情に厚い村でした。
そんな貧しくも幸せが溢れる村には、後1年で成人を迎える年頃の若い2人の男女が居ました。
同い年という事もあり、赤子の頃からいつも一緒だった2人。
互いを支え合い、笑い合い……いつしか好き合う様になっていた2人。
村の人からも微笑ましく見守られていた2人は、成人を迎えたら夫婦になる約束を交わしていました。
信心深い家族に育てられ、誰に言われるでもなく創造神様の信者となっていた2人は毎朝並んで祈りを捧げます。
"今日を迎えられた事に、心から感謝致します。どうか、私達の生活を見守っていてください。"
5歳の頃から始めた祈りは健康である限り欠かすことなく続けられ、どちらかが怪我や病気で動けなくなっている場合は、早く治ります様にと付け加えるのを忘れません。
それが互いを想い、神への信仰が深い2人の日常でした。
貧しくてもいい、退屈でもいい、例え変わらない日常が続いたとして……2人で居られれば幸せ。
そう思っていました。
――しかし、現実はそう上手くいきません。
村に1番近い森で起こった魔物の大繁殖。
しかも運の悪いことに大繁殖を起こした魔物はフォレストウルフと呼ばれる足の速い魔物で、森から離れた場所にあった筈の村に次々とやって来て村人を襲いだしたのです。
村の男達は村の周囲に設置された木壁の隙間から槍を突き刺し必死になって応戦しますが、応戦できる人数を超える数のフォレストウルフが襲って来て乱戦状態に陥ってしまいました。
それでも男達は奮闘しました。
木壁を超えるフォレストウルフを懸命に倒し、戦えない者を守る為に必死になりました。
そしてそこには、年若い2人のうちの1人……日々の訓練を怠らず大切な人を守ると誓っていた少年も混じって居たのです。
少年は自分の両親と恋人である少女とその家族を1箇所に集めて隠れるように指示を出してから、フォレストウルフの討伐に参加しました。
普段の狩猟とは違う特殊な環境下での戦い、負ければ自分のみではならず、大切な人達まで失う事になる。
そんな緊張感を常に抱えながら戦いに身を投じた少年は、全神経を目の前に居るフォレストウルフに研ぎ澄ませ……噛みつかれ、引っかかれ、突き飛ばされたとしてもめげること無く雄叫びを上げながら戦い続けました。
その結果、村は救われる事になります。
何を隠そう、無我夢中であった少年は自分でも気づかないうちに村を襲っていたフォレストウルフのボスを討伐していたのです。
ボスを倒されたフォレストウルフ達は統率力が失われ、見る見るうちに村人によって討ち取られ数を減らし……最終的に残った数匹は怯えた様に村から逃げ出しました。
そこで漸く死闘とも呼べる戦いを終わらせることの出来た少年は……満身創痍の身体を引き摺るようにして歩き出しました。
向かったのは愛する者たちが待つ避難所と化した自宅です。
ボロボロで、血だらけだった少年を制止させようとした大人もいましたが、それでも少年の足は止まることなく進み続けました。
そしてやっとの事で辿り着いたそこには――――壊された家屋と泣き叫ぶ村人達の声が……。
その中心にいるのは自分の両親と少女の両親であり、少女の父親が抱えている人物を見て――少年は走り出します。
身体の痛みも忘れ駆け出した少年が見たものは、身体中が血に塗れた少女の姿でした。
『ご、めんね……』
少年の顔を見て、少女は涙を浮かべながらそう言います。
『でもね……わた、し……まもったよ……たいせつな、かぞく……まも、れた……』
涙を浮かべながら、誇らしげにそう告げる少女。
そんな少女を見つめる少年の目からも自然と涙が流れ出しました。
村へと侵入したフォレストウルフ。
そのうちの数匹が少年の家に押し寄せた際に家族を守ると奮闘したのが少女でした。
誰にも気づかれずに迫るフォレストウルフにいち早く気づき、少女はその身でフォレストウルフの腹部へ体当たりして家族を守ったのです。
しかし、その代償はあまりにも大きかった。
『そんな……神様っ!! 創造神様!! お願いします!! 彼女を助けて……助けてくださいっ!!』
少女の側まで近づいた少年は、とめどなく溢れる涙を拭うことなく天へと向かって叫び続けます。
創造神様は見守る存在であり、決して願いを叶えてくれる万能具ではないと理解していたとしても……それでも少年は神頼みをせずにはいられなかったのです。
そんな少年の叫びを止めたのは……力のない少女の手でした。
『だめ、だよ……? かみさまに、そんなおねがいをしちゃ……かみさまは、わたしひとりのねがいよりも……もっとおおきなねがいを、かなえるべきだから……』
少女は優しく少年の頬を撫でながら、そう言って少年を諭すのでした。
ですが、そんな少女との時間にも終わりはやって来ます。
次第に呼吸が小さくなっていく少女は、もう誰からの声にも返す事はなく、精一杯に声を出し続けます。
家族への感謝と謝罪。
村人へのエール。
そして……少年への最期のメッセージ。
『ねぇ――オーエン。これからも、まいにちいのりをささげてね……? わたしはさきに、おそらのむこうでまってるから……ちゃんと、オーエンをみて……て、あげる……。だから、ね……しあわせになってよ……ぼうけんして、いっぱい……おいしいもの、たべて……せかい……をみて、それで……す、すきなひとをみつけて……さ……っ。ちょっとくやし、いけど……オーエンならきっと、すてきなひとをみつけられるとおもう……から…………うぁっ……ごめ゙ん゙……よわねは、なしってぎめ゙でだの゙に゙……っ! やっぱりむりだぁ゙……わたし、オーエンがすきぃ……だいすき……おとなに、なって……オーエンとけっこん……したかったなぁ……っ』
これが少女――リリィの最期の言葉となりました。
リリィの恋人でおるオーエンは、彼女の死を受け入れるのに苦労します。しかし、やがて折り合いをつけ『今度は君が大切にしていたモノを守る』と創造神様への祈りの最中に誓います。
その後オーエンは村の防衛強化を施し、自分が居なくても十分に防衛が出来ると判断すると次はリリィの願いを叶えるべく世界を巡る旅に出ます。
やがて旅の最中でエムルヘイム王国の防衛戦への参加や、困っている人々の救済活動等を経て――今はエムルヘイム王国を中心に教会のお仕事をしています。
…………そんな彼の日課は毎朝の神へのお祈りと、亡き恋人に対する愛のメッセージ。
今も忘れず愛していると……空の彼方にいるであろう恋人に伝え続けているのです。
♢♢♢
「――――もう、30年以上も経つんだなあ〜」
私にとってはそれくらい……むかしむかしの思い出だ。
「てっきり、10年も経てば忘れるんじゃないかと思ってたのに…………ばか、真面目なんだからっ」
とか言いつつも、変わることなく送られ続けているオーエンからの愛の言葉に……嬉しくて笑顔を隠せない私が居る。
そう、むかしむかしのお話。そこに登場する少女ことリリィは――――何を隠そう私の事だ。
別に人として生き返った訳では無い。
人間としての人生は確かにあの時……フォレストウルフによる致命傷を受けた事で終わりを迎えていた。
あぁ……このまま未練タラタラな状態で終わってしまうんだ……。そう思っていた私だったのだが、人生は本当に何があるか分からない。
「まさか私が――
私の魂を神域で見つけたという創造神様も大層驚かれていた。
輪廻転生の輪から外れた私の魂……本当に理由は分からないらしい。
推測の域を出てはいないが、私の家族が信仰心の厚い家系で私自身も創造神様を信仰していた結果……現世で強い未練を残し他の魂よりも自我がハッキリとした状態であった私の魂が、これまた非常に厚い信仰心の導くままに創造神様の神域へと彷徨い着いたのではないか……との事だ。
かくいう、そう提唱した創造神様ご本人が半信半疑の状態なので確証はない。初めてのケースであり、創造神様には多大なるご迷惑を掛けてしまったので申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「でも、そのお陰で私は――――来たっ!!」
あの時、創造神様が彷徨い着いた私の魂を拾い上げて下さった。そして見習い天使という新たな生き方を示してくれた結果…………私は今日、再会することが出来る。
……なんて声を掛けようかな。
久しぶり?
元気にしてた?
創造神様の寵愛を賜りし御方が保有するこの"リゾート"と呼ばれた空間に設置された教会。
私は教会内部の創造神様の神像が置かれている前で、外へと繋がる大きな扉が開くのを待ちながらそんな事を考え続ける。
……そ、そもそも、私だと気づかれなかったらどうしよう!?
見習い天使になってから与えられた身体は一応生前の見た目を引き継いではいるけど……働きやすい様に死んだ直後から少しだけ成長した姿にして貰っている。
わ、私がリリィだって気づいてくれるかな……掛けるべき第一声よりもそっちの方が気になってきた……。
――ガチャッ……ギィ……。
私が不安がっている間に扉が開く音が教会内へと響き渡る。
ちょ、ちょっと待ってください……! ま、まだ心の準備がぁ……!
「あっ……」
慌てふためく私の視線の先には、創造神様とマルティシア様に連れられたオーエンの姿が映る。
やっぱり老けたね……でも、何度見ても変わらない優しげな瞳。
そんなオーエンの変わらない様子をずっと見守ってきたからか、先程までソワソワと落ち着かなかった心が落ち着きを取り戻していく。
そんな私とは反対に、こちらへと視線を向けたオーエンはその瞳を目一杯に開いてポカンと口を開いている。
やがてゆっくりと私の方へと向かって歩き出したオーエンは、震える声でこう投げかけてきた。
「…………リリィ、なのか?」
色々と考えていた。
久しぶりに会うオーエンになんて返そうか?
でも、実際にこうしてオーエンと再会したら……私の頭の中には、この言葉しか思い浮かばなかったよ。
「……そうだよ、オーエン。ずっと……ずっと会いたかった……っ!!」
あの日、フォレストウルフによって死ぬ事になってしまった日から……36年。
私とオーエンは、こうして再会することが出来た。
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