第50話 十五日目 お転婆令嬢と、まずはお友達から……。
俺が意識を失っていた時間はほんの十数分くらいで済んだ。
まあ、羞恥心だったり自制心だったり快楽であっりがぐるんぐるんと脳内で暴れ回った結果の気絶だったので、落ち着きさえ取り戻せれば問題なかったのだろう。
そうして気絶から目が覚めた俺は仰向けに寝かされていた様で、視界の先には天井と……桜崎さんの顔が見える?
それと何か重さのあるモノが仰向けになった体の上に乗っている気がする。
「あ、目が覚めたんだね? おはよう、大樹くん」
「おはよう……?」
状況が全く飲み込めていない俺に対して、朗らかな……いや、勝ち誇った様な笑みを浮かべる桜崎さん。
なんでそんな表情をしているのか最初は分からなかったけど、俺の上に乗っかっている何かがモゾモゾと動き始めたのでそっちへ視線を向けた事で、何となくだが勝ち誇っている理由を察する事ができた。
「……起きた?」
「あー、うん。おはよう――シェリル」
「…………むぅ、コイントスで負けた」
んー、やっぱりそう言う事だよなぁ……と言う事は、この後頭部に感じる柔らかさは桜崎さんの太ももか。
要は俺を膝枕できる権利を賭けて桜崎さんとシェリルの二人でコイントスをしていた訳ね?
「いや、2人でなにやってんのさ……」
「…………ん、違う」
「え? 違うの?」
俺の膝枕を賭けの対象にしていた事に呆れていると、シェリルから否定の言葉が返ってくる。
一体何が違うのだろうか?
「……2人じゃない」
「え、2人だけじゃないの?」
「……ん、6人によるトーナメント戦だった。マコが優勝。私は準優勝」
「いや、マジでなにやってんの!?」
思ってたよりも規模の大きな戦いだった!?
そして何故、6人も参加者がいるのにコイントスにした!? 総当たり戦かシード枠を決めての勝ち残り戦しか出来ないだろ……いや、もうジャンケンで済ませろよ。
参加者は桜崎さん、シェリル、アリシア、ノア、ニナ、そしてフレイの6人。
戦いは総当たり戦で、成績が良かった2人による決勝戦による激アツな戦いだったと、俺の体にしがみつくシェリルに教えてもらった。
そういえば、何故シェリルは俺の上に……?
そんな俺の疑問に答えてくれたのは、優しく膝下に乗せられた俺の頭を撫でている桜崎さんだった。
「優勝した私が大樹くんを膝枕出来る事になったんだけど、シェリルノートさんが思いのほか落ち込んでてね? 権利を譲ろうとしても『……それは優勝者の権利だから』って受け取って貰えなくて……それなら、準優勝まで勝ち残ったご褒美として膝枕とは別に出来ることはないかなって考えた結果が……これです」
困った様に笑う桜崎さんによるとそういう事らしい。体も小さいので、寝ている俺の負担にもならないだろうと言う事でシェリルには添い寝の権利が与えられたそうだ。
……シェリルの方が結果的には優勝している様に思えるのは俺だけだろうか?
「おかしいよね……膝枕出来て嬉しい気持ちはあるけど、シェリルノートさんの様子を見てるとそっちの方が羨ましくなってくるよ……」
……どうやら桜崎さん的にも複雑な心境らしい。
うん、だからと言って俺の顔をペタペタ触ったり撫でるのは違うんじゃないかな?
ちょっ……シェリルはシェリルで顔を胸もとでグリグリとしないでくれませんかね!?
そして2人がよく分からない戦いを繰り広げていると、その騒ぎを聞いてこちらへと近づいてくる人影がチラホラと……。
「あ、目が覚めましたか?」
「意外と御早い起床でしたね」
「がうー! フレイおねーちゃん! ダイキが起きたー!」
「……まさか気絶するなんて思わなかったわ。大丈夫?」
……参加者が勢揃いでお出ましの様だ?
いや、見守ってないで1位と2位の争いを止めてくれませんかね!?
♢♢♢
「――気絶させた事は悪いと思っているわ。でも、口付けを交わした事については反省も後悔もするつもりはないわよ? 私はただ、自分の気持ちに従っただけだもの」
目が覚めて漸く体の自由を得た後、ガルロッツォ様とオリエラ様からフレイのした事について謝罪の言葉を頂いた。いや、こちらこそ受け身だったとはいえ未婚のお嬢さんとキスをしてしまい申し訳ないです……お互いに頭を下げ合う構図の完成である。
上記のセリフは、そんな謝罪合戦を終えた俺に対してフレイが口にした言葉だ。
自分の気持ちって……今日出会ってからここまでの間に、惚れられる要素なんてありましたかね?
「あら、好きという気持ちに時間や積み重ねなんて必要ないわ。他人とは異なる特別な強さを見て、『超感覚』の存在を知っても変わらない態度を見て、貴方を取り巻く周囲の人間の表情を見て……私――フレイシア・ルイン・ディオルフォーレはダイキ・オオエダを好きになったの」
「っ!?」
それは、どストレートな告白だった。
俺の正面に立ち、目を逸らすことなく伝えられたフレイからの好意。
うん、恥じらいとかムードとか、そんなの作る意味なんてないと言わんばかりの威風堂々たる姿勢。
男らしいそんな姿を見て、ちょっとカッコイイなと思ってしまった。
そう思っていたのだが……。
「別に今すぐに返事が欲しいとは言わないわ。聞いたところによると、貴方には3人も恋人が居るのでしょう? それが誰でいま何処に居るのかは分からないけれど、話し合いは必要だと思うしね?」
「えーっと……お気遣い、ありがとうございます?」
「気にしないで、ただ、私は貴方に口付けを交わすくらいには本気のつもりよ? だからその……断るにしろ、受け入れてくれるにしろ……真剣に答えて欲しいわ」
告白を終えた後のフレイは微かに頬を赤らめて、その瞳は次第に何処か不安げに視線を彷徨わせ始める。そして最後は明らかに気落ちした様子で俺にそう投げかけてきた。
あまりの変わり様に一瞬だけ演技なのではないかと疑ってしまったが、どうやらそういう訳でもなさそうだ。毛先を弄ったり、キョロキョロと視線を彷徨わせたり……明らかに落ち着きがない様子で演技とは思えない。
そういえばキスをしてきた時も……微かに身体が震えていた様な気がする。
本当は凄く緊張していて恥ずかしかったりしたのだろうか?
【可愛らしいお嬢さんではないですか。あ、ちなみに私やミムルルート、マルティシアは反対しませんよ?】
……ちゃんとみんなで見てたのね? そして恋人である3人はフレイを受け入れると?
【はい。フレイシアの気持ちは本物ですし、ますたーを利用しようとしている感じでもありません。フレイシアの両親についても問題ない様ですし、後はますたーの気持ち次第です。】
俺の気持ちか……。
いきなり過ぎて上手く整理出来ていないっていうのがいまの正直な気持ちだ。
確かにいきなりキスされて驚きはしたけど……男として、ひとりの人間として、こんなに綺麗で可愛らしい美少女に好意を寄せられて悪い気はしない。
彼女が言うように、好きという気持ちに時間や積み重ねは必ずしも必要という訳ではないんだろう。
まあ、それも大分無理をして伝えてくれたみたいだけどな。
先程までの凛とした様子が嘘のようにオロオロとする彼女を見て、思わず笑がこぼれてしまう。
「な、なんで笑うのよ!」
「くくっ……ごめんごめん、今まで堂々としていたフレイがソワソワとしてるのが何かおかしくて」
「なっ……し、仕方がないでしょう!? 私から異性に好意を伝えるなんて……は、初めてだったんだから……!!」
「えっ!?」
ま、マジか……いや、そういえば相手から縁談をよく申し込まれるとは聞いていたけど、フレイからアプローチをしたという話は一度も出てこなかったな……。
「あー、ダイキくん。フレイの言っている事は事実だと、一応私が保証するよ。フレイは『超感覚』というスキルを持っている所為で他人の態度や仕草に敏感でね? これまで良い感じになった異性すら居たことがないんだ」
「我が家には跡継ぎとなる息子が居たから、娘には自由な恋愛をさせてあげようと思っていたのだけれど……貴族以外からの交際も全部断っちゃうから本当に困っていたのよねぇ」
「ふんっ、明らかに身体目当てのいやらしい視線を向けてくる様な男や、公爵令嬢という肩書きを見ている様な男なんて絶対に嫌!!」
……もしかして、肌をあまり露出させない様な服装をしているのはそれが原因だったりするのかな?
それ程までに男を嫌っていたフレイからアプローチを受けるって……何だか変な感じだ。悪い気はしないけど。
……うん、返事は急がなくていいと言う事だけどこれだけは伝えておこう。
「――フレイ」
「っ……な、なにかしら?」
微かに声を震わせるフレイにまた笑が溢れそうになるが、それを必死に堪えて俺は言葉を紡ぐ。
「まずは、俺を好きになってくれてありがとう。フレイの真っ直ぐな気持ち、素直に嬉しかった。正直、俺は驚いてばかりでまだフレイの事を異性として好きだと断言は出来ない……でも、それでもフレイシアという一人の女の子の事を俺は気に入っているし、これからもっとフレイについて知りたいとは思ってる」
「……っ!!」
「だからまあ、先ずは友達から前向きに検討させて欲しい。そしてもっともっとフレイについて知っていって、俺自身がちゃんとフレイを好きだと確信することが出来たら……その時は俺から告白をぉっ!?」
「えぇ……えぇ……!! それでいいわ! 私はだいきを諦めるつもりはないものっ、私の初恋……必ずダイキの心を射止めてみせるわっ!」
前向きに検討。
正直、フレイの見た目も性格も好きになっている自分が居るのは事実だが、まだそれが異性としてのそれに値するかどうかが分からなかった。幾ら好きという気持ちに時間も積み重ねも必要ないとはいえ、そもそもそれが異性としての好意かどうか分からない時点ではどうしようも無い。
だからこそ俺はフレイに直ぐ返事を返すのではなく待ってもらうという、なんとも情けない返事をしたのだが…………そんな俺の返事に対して、フレイは喜色満面の笑みを浮かべて抱き着いてきた。
どうやら彼女的には断られなかった時点で大満足だったらしい。多分、いきなり物事を進めすぎた負い目もあったのかもしれない。
かくして、俺とフレイの関係は友達からスタートする事になったのだが…………正直、このままの勢いでアプローチを続けられるのなら俺はあっという間にフレイに落とされてしまうかもしれない。
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