第49話 十五日目 お転婆令嬢の過激なアプローチ。








 報奨の問題も良い形に片づいて、気を抜いてしまっていた事で起きた凡ミス……"リゾート"の存在を知っているオーディエンス達もあちゃーと額を手で抑えてしまっていた。


 そしてそんな俺達の様子を見て更に興味を示したフレイシア様が、ここが勝負どころだと言わんばかりに詰め寄って来る。

 いや、だから近いです! 距離感バグってんのかこの人!?


 氷と純潔を体現させたかの様な簡素ながらも何処か高級そうなドレス。歩く度にカツカツと良い音が鳴るヒールを履いているのもあって、身長はリディより少し高いくらいになっている。


 確かリディって160cmだったよな?

 『ますたーの身長は175cm……15cmは理想ですっ』とか何とか言ってた気がする……あれってどう言ういみだっだろう?


 そんなリディよりも少しだけ高い身長となっているフレイシア様が俺の側へと近寄り、右手を俺の胸元へと置いて見上げてくる。


 うっ……女性に免疫が出来てなかったらやばかったかも。


 あと少しでキスが出来そうな距離まで詰め寄ってくるフレイシア様はどう見ても淑女って感じはしない。男を惑わす妖艶な雰囲気を纏っていて、それを意図して醸し出しているのがよく分かる。


「あ、あの……フレイシア様? いくら俺から話を聞く為だとはいえ、自分の身体を安売りする様な行動はよくありませんよ?」


 ぶっちゃけフレイシア様ってめちゃくちゃ美人で可愛いから、我慢するのも大変なんですよ!!

 こんな事を日常的にやってるなら、魔性の女と噂されてもおかしくないと思うんだけどなぁ……。

 くっ、妖艶な雰囲気の所為で胸元がドレスでしっかりと隠れているのが尚のことえっちく見えるっ!!


「別に誰にでもという訳ではないわよ? これまでの人生でかなりの数の男に言い寄られて来たけれど、一度も靡いたことはないし私には『超感覚』があったから外見だけで釣られる事もなかったわ。……しつこい奴は斬り伏せてたし」

「最後に物騒な事を言うのやめてくれませんかね!?」


 さっきまでフレイシア様の見えない色香に惑わされそうになっていた心が一気に正常へ戻る。肝が冷えるとはこの事か……味わいたくない体験だったよ!


 ただ、流石にこれ以上近づかれたままだと本当にコロッとフレイシア様に落ちてしまいそうなので……まだ胸元に手が置かれているだけの今がチャンス!!


「ほ、ほら、好きでもないだろう俺に色仕掛けなんかをしなくても、ちゃんと"リゾート"については教えますから!」

「…………」

「だから、とりあえず落ち着いて距離をとりま「口で言っても伝わらない様だから、方針を変えることにするわ」――うおっ!?」


 それとなく離れようとした俺の胸ぐらを掴み、自分の方へと引き寄せてくるフレイシア様。


 は? いや、嘘だろ?

 せっかく離れる事が出来たと思った距離は一気に縮まる事となり、先程と同じ距離に戻ってもフレイシア様の引き寄せる手は止まらない。


 むしろ更に距離は縮まり――――んむっ!?


『〜〜っ!?』

「おい、フレイ! 未婚の令嬢がその様な行動を……はぁ……あんなにお転婆になって、一体どこで教育を間違えてしまったのか……」

「あらあらまあまあっ。縁談を断り続けていたあの子がこんな大胆な行動に出るなんてっ!」

「うぅ……またライバルがぁ〜……」

「…………むぅ」


 俺とフレイシア様の距離がゼロになった瞬間、周囲が一気に騒がしくなるが俺にはそんな騒ぎに耳を傾ける余裕なんてない。


 目と鼻の先には、瞳を閉じたフレイシア様の顔がある。透き通る様なアイスブルーの前髪の奥に見えるまつ毛が、微かに震えているのさえよく分かるほどの距離だ。


 そして何よりも俺の思考を停止させているのは――俺の口を塞いでいる、フレイシア様の唇だ。

 低めの体温と柔らかな感触が唇から伝わってくる。


 えっ……何で俺はフレイシア様からキスをされているんだ!?

 貴族式の挨拶……? そんな訳ねぇだろっ!?


 お、落ち着け……とりあえず、このまま公爵令嬢であるフレイシア様とキスをし続けるのは良くないと思う。

 まずはフレイシア様から離れる事を優先してぇ……って待て待て待て待て!!


「フレイシアさ「フレイと呼びなさい、敬語も要らないわ」――んんっ!?」


 フレイシア様の細い両肩に手を置いて何とか唇を離す事に成功した俺は、固く握られた胸ぐらの手を離してもらおうとフレイシア様に声を掛けるが、呼び方の訂正を求められたあと再びキスされてしまう。


 その後も何度も唇を離して「フレイシア様」と声を掛けようとするのだが、その度に「フレイと呼びなさい」と訂正を求められて再びキスされるというループ状態に陥ってしまった。


 ……もしかして何かフレイシア様――否、フレイが不満に思う様な発言をしたらキスされるルールなのか!?

 や、やばい……頭がクラクラしてきた……。

 絶対顔も赤くなってるし、何度もキスを繰り返して来たからかお互いの唇も湿り気を帯びてきてて……その……リップ音がですね? 非常に艶かしい音を立てて困ります!! …………が、頑張れ俺の理性っ!!


「……ぷはぁっ。わかった! わかったよ、フレイ! これで良いんだろ!?」


 もう相手が公爵令嬢であるとか考える余裕もなくなってきた俺はヤケクソ気味にそう叫んだ。

 とりあえず、これ以上のキスは精神的にも体裁的にも良くないだろうと思い、フレイ自身がそれを望んでいるのなら問題ないと判断して俺は呼び方を変えて敬語もやめた。


「はい、よく出来ました」


 俺が敬語をやめて"フレイ"と呼んだのを聞いて満足そうに笑みを浮かべたフレイは、そっと胸ぐらを掴んでいた手を緩めた。

 よし、これでキスのループから開放された……そろそろ背後から感じる不満気な視線にも耐えられそうになかったから助かった……。


 意外だったのはリディが騒がなかった事だろうか? てっきりヤキモチとか妬かれるかなと思ってたんだけど……まさか軽蔑された!?


【ふっ……今更キスの10回や100回くらいでガタガタ言ったりはしません。何故なら私は既にますたーの恋人であり、キスがおままごとに思えるくらいの経験をたっぷりねっとりしっとりと、それはもう何度も経験して――】


 そういう事を自慢げに語るのはやめようね!?

 聞いてるのは俺だけかもしれないけど、ただでさえ精神的に限界を迎えそうなんだから……追い打ちになりかねない発言は控えるように。


 さて、色々と脱線してしまったがこれで漸く"リゾート"について説明を――


「――私の要望に応えてくれたご褒美よ。私の気持ち……しっかりと受け取りなさい」

「は? ちょっ、待っ――」


 そんな俺の静止の声が届くことはなく、俺は再びフライシア様によって口を口で塞がれてしまった。

 しかも今回はただのキスではなくて……フレイの口先から温かモノが俺の口内へと侵入して来たのだ。


「んんっ……ちょっ、ふれ「いいはらいいかららまっへらはい黙ってなさい」……んん〜っ!?」


 先程よりも力を込めている筈なのに、全く動く事は出来ない……いや、どんだけレベル差があるんだよ!? ちょっと強すぎやしませんかね、フレイ様!?


 というか、それどころじゃない。

 口内をゆっくりと楽しむように弄ぶフレイの舌使いが、俺の思考を破壊してきている……。


 決して上手いとは言えないが、ぎこちない訳でもない。遠慮なく口内へと侵入してくるフレイの舌が、時には歯を、時には上顎を、そして時には俺の舌をなぞる様にして絡んできて――――突然襲い来る快感と羞恥心に耐えきれず、緊張状態が続いていた俺はそのまま意識を手放してしまった。



――"私の気持ち"って……もしかして色仕掛けを仕掛けられていた訳でも、からかわれていた訳でもなかったのかな……?






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