第45話 十五日目 面倒事は、まとめて片付ける事にした。
――ディオルフォーレ公爵邸 奥の間 訓練場。
館の奥にある渡り廊下を進んだ先に石材で出来た壁と壁に付けられた木製の扉。
扉の先は広々とした空間があり、むき出しの地面が続く空間の中央には、石で出来た少しだけ高さのある正方形の舞台の様な物が設置されている。
舞台の四方には上りやすさを考慮してか三段程度の階段が設置されており、俺達は今その階段をのぼり舞台の上に立っているのだが……。
「おぉ……おぉ……!! 貴方様が創造神様の仰っていたオオエダ様でしたか! 世界を創造せし女神ミムルルート様……こんな老いぼれめをオオエダ様へ引き合わせてくださり、誠に感謝致します……! おお、なんと凛々しい御顔立ち、そして洗練された肉体だろうか。お初にお目にかかります。私の名前はオーエン。現在はミムルルート様の信者として教会で大司教の地位を頂いております。以後、お見知りおきを……」
現在、その中央にある舞台の上で俺は短くカットされた白髪の似合う、全身真っ黒な暗殺者スタイルのナイスミドルなおじ様から熱烈な歓迎を受けていた。
うん、とりあえず跪いて祈りを捧げるのはやめてくれないかな?
年上の人を跪かせてるのって、なんか悪い事をしている気がして申し訳なくなってしまう。こういう体験をすると、如何に自分が為政者とか偉い立場とかに向いていないかが分かるよなぁ……善良な人の膝を地面につかせてしまっている罪悪感しかないもん。
もし今後表立ってこういう対応をしなくてはならない展開が訪れたら…………冴木辺りに丸投げしようかな?
【現実逃避はそのくらいにした方がいいのでは? その人、恐らくですがますたーが止めるまで祈り続けると思いますよ?】
……俺もそう思うよ。
♢♢♢
ガルロッツォ様に促されるままに訓練所へと行くと、そこにはガルロッツォ様の指示で訓練所へと案内されているオーエン大司教が既に到着していると知る。
俺達は扉の前で待機していた案内役のメイドさんからその報告を聞き、中で待っているというオーエン大司教の所へと早足で向かった。
大司教なんて凄い役職の人だから、コッテコテの法衣を着ているのかな〜。
なんて考えながら中へ入ったら……そこには暗殺者が立っていた。殺されるかと思った。
いや、だってね……?
一瞬だけだったけど、俺達が入った瞬間凄い殺気が飛んできたんですよ。桜崎さんなんて小さく悲鳴あげて俺に抱きついて来たし。左側がむにゅんむにゅんでした!!
でも、桜崎さんが誰かに縋り付きたくなる気持ちは良く分かる。あれは多分、何人も
オーク・キングよりも強い殺気を浴びる事になるなんて思わなかったぞ!?
そしてオーエン大司教が殺気を漏らしていた原因だが……。
「ほっほっほっ。未熟な弟子達が見つからないと思っておったら、こんな所に隠れていたとはのぅ。そんなに儂にしごかれるのが怖いのか――レオニス」
「いや別に隠れてた訳じゃねぇって!! だからその殺気を抑えろジジイ!!」
どうやらオーエン大司教の殺気は、レオニス達を見て無意識に出していたものらしい。
レオニス達"炎天の剣"の面々をよく見てみれば、桜崎さんよりも顔色が悪い。そして公爵家一行に関しては殺気にあてられる事もなく、オーエン大司教やレオニス達の様子を見て苦笑を浮かべていた。
あの様子からして、これが初めてでは無さそうだな。普通、貴族の前で殺気なんて漏らしたら大問題だろう。オーエン大司教が来てると聞いてガルロッツォ様は何処か楽しげな様子だったし、元々二人は知り合いなのであろう事は容易に想像できた。
あー……俺と桜崎さんはレオニス達の余波を喰らったって訳か。教会に勤めているから温厚な人かと思ってたんだけど、中々にアグレッシブな爺さんだなぁ。
そんな事を考えてながら桜崎さんを宥めていると、先程まで漏れ出ていた殺気が霧散する。
「ふん、元より直ぐに止めるつもりだったわい。どうせここにはお主らとガルロッツォ殿のご家族しか――――むっ!?」
「…………ん?」
「マコ・サクラザキ嬢の隣に居られる黒髪の御方は……もしや!?」
オーエン大司教が公爵家御一行から桜崎さんへと視線を流していき、最後に俺へと視線を向けた直後驚愕の声を上げ出した。
まあ、王都には居なかった筈の転移者らしき人物が目の前に現れたら、そりゃあ驚くか。
「えっと、初めまして。大枝大樹と言います。王都では桜崎さん達がお世話になったそうで……」
「…………」
「あれ、オーエン大司教……様?」
「い、いま……オオエダ・ダイキと、そうもうされましたか……?」
せっかくのチャンスなので自己紹介を済ませようと思い、俺は自分の名前を告げて桜崎さん達を保護してくれていた件に関しての感謝を伝えた。
しかし、俺が自分の名前を告げた辺りから明らかにオーエン大司教の様子がおかしくなり、しまいにはその声を震わせながら丁寧な言葉遣いで名前の確認をしてくるしまつ。
不思議に思っていた俺だったが、直ぐにオーエン大司教はミムルから俺の名前を聞いているという事を思い出し、俺はその事で変に騒がれてはマズイと慌てて声を掛けたのだが…………ちょっと遅かった。
「あ、あの、ミム……創造神様からお話は聞いてると思いますが……って待て待て待てっ!! 平伏すのはやめてください!!」
「おぉ……神よ……この様な機会を与えて下さり、誠に感謝致します……!!」
俺が話す前にあっという間に目の前まで移動してくると、もの凄く綺麗な所作で平伏して頭を下げ続けるオーエン大司教…………マジでやめて!? 公爵家御一行からの視線が痛いんです!!
良く見たら泣いてるし! もうここまで来ると怖いよ!?
オーエン大司教が崇拝してるのはあくまでミムルで、俺はただの恋人なんだから……普通に接して欲しいんだけどなぁ。
その後は公爵家御一行の視線を受けながらも必死に……それはもう必死に、レオニス達にも手伝って貰いながら何とか平伏す状態を止める事が出来た。
ちょっと桜崎さんが怖がってたりしてたから文句のひとつでも言おうと思ってたのに……なんかもう、疲れてしまった……。
♢♢♢
そして現在、オーエン大司教に跪かれなう? な状況の俺です。
さっきリディが言っていた様に、このまま放置すると多分この人……嬉々として祈り続けると思う。何とかしないと。
「あ、あの、オーエン大司教様?」
「私に敬称や敬語は不要です。私は創造神様の信徒。貴方様に敬われる様な存在ではありませぬ」
「いやいや、流石にそんな事はないと思いますけど……じゃあ、オーエンさんって呼ばせてもら……うよ?」
「はっ! 全てはオオエダ様の御心のままに」
や、やりづれぇ……この人、レオニス達が幾ら説得しても全く聞く耳持たないからなぁ。
ちなみに現在レオニス達は公爵家御一行に呼ばれてこの光景……惨状? について説明を求められている。
ただ、レオニス達には恐らく説明出来ないだろう。
一応説明を求められた際の言い訳として、俺が巻き込まれで転移した事と、その結果他の転移者達よりもミムルの加護の力が強い事は話していいとオーエンさんを説得している最中に伝えてある。
後は勝手に公爵家の面々で自己解釈してくれるだろう。
まずは確実に後ろ盾になって貰えるように魔法を見せることが先決だ。
その為にも……さっさとオーエンさんを何とかしないとな。
【その事についてなのですが、少しご相談したい事があります。】
この後どうしようか?
そう思っていた所にリディから念話が届いた。
ご相談って、オーエンさんについて?
【はい。ミムルルートが私やますたーさえ良ければ、オーエン大司教を"リゾート"へ招待したいそうです。】
え、オーエンさんを?
【はい。何やら直接伝えたい事があるとか……ただ、あくまで個人的なお願いなので断っても構わないそうです。どうされますか?】
どうされますかって言われてもなぁ……。レオニス達の師匠で、ミムルの事を崇拝しているみたいだし悪い人ではないだろう。
だから招待するのは全然いいんだけど、今は公爵家の目があるからなぁ。
【ますたー。面倒事は一気に片付けてはどうです?】
……ふむ?
【こちらでの生活をより安全な物にする為に権力者からの後ろ盾を得る事に関しては賛同致します。そしてその相手としてますたーが公爵家を選んだ理由も理解できます。ますたーは徐々に交流を深めてからとお考えのようですが……それには問題があるのです。】
え、問題って?
【ますたー。ますたーは移動速度を早める為に桜崎まこ以外の転移者を"リゾート"へ残しましたが、公爵家の面々に桜崎まこ以外の転移者が何処にいるのかを聞かれたらどうお答えするつもりだったのですか?】
えーっと……それは、その……依頼を受けていて〜みたいな?
【相手は我々が街へと入った際には報告をする様にとお願いしていたのですよ? ますたー達以外に帰ってきていないのは知られていると思った方がいいです。】
う、うーん。
野営の訓練も兼ねて今は森で修行中とか【監督役である"炎天の剣"の面々が不在の状況でですか?】……だよなぁ。まさか目立たずに行動しようとした事が仇になるとは……。
【公爵令嬢であるフレイシア・ルイン・ディオルフォーレは相手の仕草や表情の微かなズレを感知して嘘を見抜くことが出来ます。物事をハッキリと告げる性格も好感が持てますし、ますたー自身も後ろ盾は公爵家にと……そう思っていらっしゃるのでしょう?】
謝る時にはちゃんと頭を下げて謝罪する。間違い間違いのまま隠すことなく正直に話す、竹を割った様な性格。そんなフレイシア様に好感を持っているのは確かだ。
つまり、どうせ後でバレるのならオーエンさんを招待するついでに公爵家御一行も呼べばいい……リディはそう考えてるんだな?
【はい。仮に公爵家の者たちが良からぬ事を企てたとしても、"リゾート"内であれば容易に対処できます。これから始まるダンジョン攻略を円滑に進める為にも、面倒事は最初に終わらせるべきではないかと思いました。】
確かになぁ…………よし、わかった。リディの提案通り公爵家御一行も招待しちゃおうか。
【……私から申し上げておいて何ですが、よろしいのですね?】
まあ、何れはと思っていたし。仲良くしておいて損はなさそうだから。それに……正直に言わせてもらえば、如月さん達が不在な理由を誤魔化せる自信が無い。変に疑われたり怪しまれてから白状するより、最初から説明しておいた方が楽かなって思った。
アドバイスをくれてありがとうな。
【いえ、私はますたーをサポートする為に存在していますから。では、私はミムルルートにオーエン大司教が来ると伝えておきます。】
わかった。よろしく頼む。
……さて、色々とやる事は増えたけど、まずは目先のことに集中だな。
魔法のお披露目をして、オーク・キング討伐の報酬について話し合って、それから"リゾート"の説明をしてご招待。
流れ的にはこんな感じか。
やる事が明確に決まったならば後は行動するのみ!
よし、先ずは魔法のお披露目…………の前にオーエンさんに立ってもらう事からだな。
あれ、もしかしなくてもここが一番の難所だったりしませんかね!?
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