第44話 十五日目 公爵閣下との話し合い②
「……もしも差支えが無ければ、訓練場でその魔法を見せては貰えないだろうか? オーク・キングの魔石と死体はまだシェリルノート嬢が持っている筈だ。訓練場でオーク・キングの死体を出してもらい、君の発動した魔法の痕跡とオーク・キングの傷口を比較させて貰いたい。立場上、例え親交のある者が連れて来た人物であろうとも事実確認無しに言葉を鵜呑みには出来ぬのだ」
「……そうなりますよね」
ガルロッツォ様が次に声を発したのは、瞳を閉じて数分が経った頃だった。
まあ、言っていることは理解できるし立場上の問題があるのも納得できる。
ただなぁ……あの魔法って無闇矢鱈に使わない方が良いと思うんだ。なるべく被害が出ないように威力を最小限にして地面に向ければ大丈夫かな?
どう思う――リディ?
【おや、今回は事前にちゃんと聞いて下さるのですね?】
うっ……。
【いつも私の意見なんか聞かずに無闇矢鱈に、縦横無尽に、無計画に、無鉄砲に、危険な行動をするのに……嗚呼、私は悲しいです……しくしく……】
うぅっ……明らかにワザとらしい泣き真似だが……何も言い返せない。
何だかんだで言いつけを破ってる負い目もあるし、今はワザとらしい泣き真似だけど――本気で心配してくれているのも分かってるから余計にだ。
【はぁ……まあ、反省している様ですので今回はここまでにしておきましょうか。ますたーはご自身のお身体について無頓着すぎです。ですので、私がますたーの代わりにますたーのお身体を心配すると決めているのです。もしもますたーが申し訳ないと感じて下さっているのでしたら、もう少しだけ……ご自身にも目を向けてください。】
本当にごめん。そしていつもありがとう。
【ふっ、私はますたーの恋人ですから。あ、ますたーの質問に対する答えですが、オーク・キングを討伐する際に発動した威力でという意味でしたら反対です。あんな大規模の時空間魔法はまだますたーには厳しいでしょう。ですので、必要最低限の魔力を込めてでしたら問題ありません。】
必要最低限の魔力を込めてか……でも、あの時は魔力を吸い取られる勢いで持って行かれて、全く制御出来なかったけど本当に大丈夫なのかな?
【それはますたーが考え無しに時空間魔法を使ったりするからです。本当ならば時空間魔法が及ぼす影響や効果、効果範囲を絞る方法などを説明した上で発動訓練をする予定でした。それを何処かの誰かさんが『試してみるか』などと言いだして勝手に使った結果、曖昧な範囲指定と曖昧な威力調節で漠然としたイメージしか出来ず魔法の暴走……本来であれば途中で魔力切れになり強制終了される筈だったのに『並列思考』、『痛覚耐性』、魔力ポーションを使い発動可能領域まで無理矢理持って行った狂気の行動を成し遂げやがりましたのは、一体どこの誰でしょうか?】
た、大変申し訳ございませんでしたっ! 今度からはなるべく、なるべくリディに確認を取ってからにしますので許して下さい!!
オーク・キングを倒すのに必要な威力をどう考えても超えていると思ったら……やっぱり原因は俺だったのね。
その後も恨み言の様にブツブツと俺に不満を漏らすリディに対して何度も謝り続けて、リディの指示を聞いてしっかりと魔力量を抑えるのならば発動しても良いと許可を貰えた。
あの時はアドレナリンがドバドバと溢れて興奮状態だったからなぁ……今後はなるべく冷静さを欠かずにリディの声に反応できるようにしないと。
「どうした? なにか問題でもあるのかい?」
俺が腕を組み考え出してしまったので、ガルロッツォ様は怪訝な表情をしてしまっている。ちょっとリディと話し過ぎたか。
……うん、変に回り道して本来の意図が伝わらなかった本末転倒だし、ディオルフォーレ公爵家の印象も悪くない。ここは正直に話しておこうかな。
そう判断した俺は、自分の職業についてとオーク・キングを討伐した魔法の危険性をガルロッツォ様に伝える事にした。
「……正直に申し上げますと俺の職業はどうやら他の魔法職とは異なる性質を持っているらしく、俺自身が完全に把握しきれていません。そんな状況で貴族様の前で魔法を使ったりして良いものか悩んでおりました」
「ふむ……それはどんな職業か聞いてもいいかい? 当然ながら君の職業、及び君のステータスに関する情報はここだけの秘密にするとディオルフォーレの家名に誓おう。オリエラもフレイも良いな?」
「ええ、もちろんです」
「私も誓うわ。先程教えて貰った貴方のレベルについても同じく、ディオルフォーレの家名に誓って言い触らしたりはしない。約束するわ」
家名に誓うというのがどれくらいの覚悟なのかはちょっと分かりづらかったが……要はここで嘘をついたら『あの家は平気で約束を破る』と後ろ指をさされる事になるって事だよな? 貴族にとってそれは確かに信用問題に関わるか……。
まあ、そこまで言ってくれるのなら問題ないだろう。
「必要か分からねぇが、俺達"炎天の剣"も誓うぜ? 家名はないからパーティー名と――創造神様に誓う」
「わ、私も! 大樹くんの秘密は漏らさないって、創造神様に誓うよ!」
「……ディオルフォーレ家へ仕える者として、公爵家の名に泥を塗るような真似は致しません。私は話が終わるまでは外で待機し誰も部屋に入れないようにしています」
ディオルフォーレ家の全員が秘密を守ると誓った後に、レオニス達"炎天の剣"のメンバーと桜崎さんまでもが誓いを立ててくれた。
創造神様に誓うって、簡単に言っていい相手じゃないと思うんだけど……多分、ミムルは俺達のやり取りも見てると思うよ?
そしてネルさんは外から誰も入って来ない様に見張っていてくれるらしい。俺達へ向けて頭を下げるとそのまま部屋の外へと出ていってしまった。
ここまでお膳立てしてくれたのなら、躊躇うこともない。
俺は自分の職業が"叡智の魔法使い"である事と、その職業を得た事で入手した職業補正とスキルについて説明した。
そして全ての説明が終わる頃には……室内の全員が頭を抱えるか目頭を押さえる様な素振りをしていた。
で、ですよねぇ……だから言うのに躊躇した訳だし。
「ちょっと待って……想定していた範囲を軽々と超える内容に、頭が追いつかない」
これは目頭を押さえるフレイシア様が、ため息の後で発した一言である。
「つかぬ事をお聞きしますが……どの辺りからです?」
「全部」
「……」
「ぜ・ん・ぶ・よ・! "叡智の魔法使い"なんて職業は聞いた事がないし、総魔力量が10倍になるなんて補正も有り得ない。何より、職業によって獲得できるスキルがおかしい。極めつけは魔法の発動方法……本当に想定外だわ」
「そ、そうっすか……」
具体的に何処がおかしいのか聞こうと思って聞いてみたら全部だった件。
「無詠唱で魔法が使えるのは脅威的ね〜? 私は『詠唱省略』と『高速詠唱』を持っているから発動の速さには自信があったのだけれど……流石に無詠唱には勝てないわ」
「『属性魔法(火、水、土、風)』、『時空間魔法』、『完全鑑定』、『魔導書』、『検索』……聞いた事のないスキルもあるが、『属性魔法』を2種類持っていれば高待遇で国に仕える事が出来るぞ? おまけに『完全鑑定』か……『上位鑑定』の更に上があったとは驚きだ」
そして"目頭を押え隊"の仲間であるガルロッツォ様とオリエラ様もフレイシア様に続く様にして話し始めた。
……やばい、脳内思考が"ますたーしゅきしゅき大しゃきクラブ"の人と同じレベル帯だ! 気をつけなきゃ。
それにしてもやっぱりあったんだ――『詠唱省略』と『高速詠唱』。
俺は元々無詠唱だから欲しいと思わないが、もしも無詠唱がデフォルトじゃなかったとしたら喉から手が出る程欲しいスキルだ。
てか、どっちも持ってるって……オリエラ様も十分チートなのでは?
「まあ、只者じゃねぇとは思ってたけどよ……」
「詠唱を必要としない魔法なんて、聞いたことがありませんわ……」
これは頭を抱えたレオニスとアリシアの発言。この二人に関しては今聞かされた事に加えて"リゾート"の事もあるから、フレイシア様達よりも更に衝撃を受けている様に見える。
……そんな二人の様子を見て"頭を抱えるンジャー"とか考えてしまっている俺は末期かもしれない。あ、俺は後から参戦するカラーがいいな。シルバーとかゴールドとかホワイトとか。
この中では桜崎さんくらいにしか伝わらない気がするから言わないけど……いや、桜崎さんにもニチアサネタは伝わらないよな。うん、絶対に黙っていよう。
「……無詠唱にも驚いたけど、その発動形態の異質さも気になる。そもそも詠唱とは無から一を生み出す魔法の発動工程を計算式として記した道標のようなもの。その道標なく魔法を使えるという事は、あなたの魔法は変幻自在。魔法を想像して創造する訓練は必要かもしれないけど、精霊魔法とも違うその発動形態は――"魔法士"にとっては憧れの的。正しく物語に出てくる"魔法使い"そのもの」
そんなドンヨリとした雰囲気の中で、一人だけやたらと興奮気味に早口で話す人物が居る。
いつもは殆ど二言……多くても三言くらいで話すのをやめてしまうシェリルだ。
そういえばオーク・キング討伐の場に居た時も、興味津々に周囲の魔法の痕跡を調べてたっけ。魔法の研究と未知への探求が趣味だって言ってたし、きっと俺の職業がシェリルの琴線に触れる対象だったんだろう。
「……自由自在に魔法が使えるとするならば、あの森でオークが倒された場所に残された異常な魔法の痕跡にも説明がつく。それにオーク・キングの首を一度の攻撃で切り落としたであろう方法についてもようやく仮説が立てられた。まさか伝説上の存在である『時空間魔法』が使えるなんて思わなかった。」
す、凄い早口だ……本当にシェリルなのか? 実はこっそり双子のジェリル(仮)に入れ替わってたりとかしてない?
そんな疑問が湧いてきてしまう程に、シェリルは周囲の人間を黙らせる勢いで言葉を紡ぎ続けていた。
「凄い魔法。直接目の前で見てみたい……あ、でも駄目。あなたが傷つくのは見たくない……。リスクがある魔法なら発動しちゃ駄目」
「そう言えば、貴方は魔法を発動させた直後に目や鼻から血を流したのよね? 大丈夫なの?」
魔法を見てみたいと言った直後にシェリルは先程までの勢いが嘘の様になくなり、見るからに元気を失ってしまった。
そしてそんなシェリルの言葉を聞いて、フレイシア様が心配げに俺を見ていた。
周囲を見渡せば”炎天の剣”のメンバーや桜崎さんなんかも不安げに俺を見ている。
あー……さっき口を滑らせた所為で余計な心配をさせてしまったな。
「大丈夫だよシェリル。フレイシア様もご安心ください。オーク・キングを討伐した際に血を流してしまったのは、お恥ずかしい限りですが……俺が突発的に魔法を発動させてしまい、暴走している魔法に更に魔力を込めてしまった結果の自業自得なんです。しっかりと込める魔力量を調節して発動すれば、自分への負荷はなくなりますから。少なくとも血を流す様な事は起きません」
「……嘘ではなさそうね」
フレイシア様の優しさを垣間見れたのは良い事だけど……こうやってさらっと嘘を吐いているかどうかの確認をしてくるのはやめてほしいなっ!?
俺が知らないだけで便利なスキルなんだろうけど、『超感覚』って『嘘発見器』に改名した方がいいんじゃないか? それとも、フレイシア様が本来の『超感覚』とは違う使い方をしてるだけなのかな?
フレイシア様の前ではなるべく"はい"か"いいえ"で答えられる質問には答えないようにしよう……どこまで効果があるのかは分からないけど。
「ごほんっ……。では、改めてお願いするが――魔法を見せてもらう事は可能か?」
「はい。魔法を見せることに関しては、先程お伝えした懸念事項をご理解の上でという事でしたら大丈夫です。ただ、時空間魔法に関しては未だに完璧な制御は出来ていないので、ご期待に添えるかどうかは分かりませんが……」
ガルロッツォ様からのお願いに対して俺が懸念事項を伝えると、「それでも構わないので見せて欲しい」と言われた。
こうして、俺たちは領主館の敷地内にある身内用らしい訓練場へ移動することとなり全員がこの部屋を出るために立ち上がる。
「さて、では早速移動を――――む?」
ガルロッツォ様が俺達に声を掛けた直後、扉の方から数回のノック音が響く。
ノックに対してガルロッツォ様が「誰だ」と言うと、相手は「ネルで御座います」と答えた。どうやら相手は扉の前で待機していたネルさんらしい。
ガルロッツォ様が入室を許可すると扉が開き、そこから申し訳なさそうな……そして何処か困惑している様な顔をしたネルさんが部屋の中へと入って来た。
「お話し中に申し訳ございません。その、旦那様にお客様がお見えです」
「私にか? 今日は特に予定は入って居ない筈だが?」
「それが急な来訪の様でして、相手がその――オーエン大司教様なのです」
『っ!?』
ネルさんの言葉にディオルフォーレ家の人達を除いた全員がビクリと体を跳ねさせる。
や、やべぇ……街に入る前から今までイベント事が満載すぎて、本来の目的を忘れてた!!
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