第43話 十五日目 公爵閣下との話し合い①





 ディオルフォーレ公爵令嬢――フレイシア様からの猛攻が終わり、やっと一息つけた俺です。


 後ろから二名分の視線を感じるが……な、何もやましい事はしてないよ? ホントダヨ?


 それにしても、フレイシア様って結構大胆だよなぁ。初対面の相手にあんなに顔を近づけたりして……普段からあんな感じなのだろうか?

 だとしたら勘違いしてしまう異性が居るのも頷ける。まあ、それ以前に美人でもあるから人目を惹くんだろうけど。


 ただ、守られるのが当たり前になっているタイプの貴族じゃ相手にならないだろう。あの時、フレイシア様に両肩を掴まれていた俺は結構強めに抵抗した筈なのに……全く動けなかった。

 それくらいにはレベルの差があって、強いんだろうなぁとは思う。強くなれたと思ったけど、俺もまだまだって事か。


「……それにしても、見事なスルーっぷりでしたね――お二人さん?」

「……勘弁してくれ。相手は公爵令嬢だぞ?」

「……隠し事をしている時点で胃がキリキリします……王家に喧嘩を売っている気分です」


 援護に回ってくれなかったレオニス達に仕返しとばかりに小声でそんな冗談を言ってみると、疲れを滲ませた声でそう返された。まあ、相手が相手だし……普通に考えて無理だよな。元々本気で助けを求めるつもりはなかったけど。

 相手は公爵令嬢な訳だし、異世界人である俺はともかくこっちの世界で生まれ育ったレオニス達にとっては交友があるとはいえ無闇矢鱈に逆らえない相手だろう。


 とりあえず、"リゾート"の事とかを隠してくれればそれでいいや。レオニス達もそこは理解してるみたいだし。

 バラしたら即退去していただきます。そして俺は引きこもる!


 でも後ろ盾は欲しい。結局は教える事になるのかなぁ。

 本音を言えば俺という戦力を交渉に使えればそれで良かったんだけど……フレイシア様って確実に俺より強いから望みは薄い。

 レベル40まで2年掛かったとかボヤいてたけど、レベル上げを開始したのがレオニスみたいに10歳とかからだったら……レベル40になってから更に6年も経過している事になる。


 公爵領はダンジョンが豊富だし、きっとレベル上げには困らない環境だっただろう。

 それに……絶え間ない努力もしてきたはずだ。


 貴族の使命とか、領主の娘としての責務とか、そう言った要因もあるのかな。フレイシア様からは戦いなれた人の雰囲気を感じる。

 まあ、本人は割とあっけらかんとしているから重い背景とかはなくて、単純に血筋って言うことも有り得るけど。


 馬車の中から見た街の様子も平和そのものだったし、周辺環境も理想的だ。

 後ろ盾になってもらうなら、公爵家が良いなぁと思い始めている。

 後はこっちに向かってきているらしいフレイシア様のご両親を見てからって感じかな?


「――フレイ。入るぞ?」

「――お邪魔するわね?」


 そんな事を考えていると、高そうな服を着たガタイの良い男の人と、これまた高そうなオフショルダーのドレスに大きな青い宝石の付いたネックレスをつけた女の人が扉をノックした後に入って来た。


 おぉ……イケおじと美女。

 異世界の顔面偏差値が高過ぎてサングラスが必需品になりそうだ。


 二人は俺達に笑顔を向けて軽く会釈をした後、フレイシア様を挟むようにソファーに座り俺達と向かい合う形となった。

 そしてネルさんが紅茶をテーブルに置いて下がった所で、イケおじな男の人が話し始める。


「初対面の者も居る様なので自己紹介からしよう。私の名前はガルロッツォ・ルイン・ディオルフォーレ。このオルフェの街を中心とした公爵領を治める貴族で、現エムルヘイム国王の弟でもある。ようこそ、オルフェ街へ」

「ガルロッツォの妻のオリエラです。どうぞよろしく。宜しければ、黒髪のお二人の名前を教えて貰えないかしら?」

「ご丁寧にありがとうございます、大枝大樹です。あ、名前がダイキで家名がオオエダです」

「わ、私は桜崎まこです。な、名前がマコで家名がサクラザキ、です」


 物凄く丁寧な挨拶をされて恐縮してしまいそうになるが、失礼のないように挨拶する事が出来た。桜崎さんもちゃんと挨拶を返していた……ちょっと緊張気味ではあったけど。気持ちは分かる。

 年上だというのもあるけど何より纏う雰囲気がやんごとなき方のそれで、正直返事をするのでいっぱいいっぱいだ。


 しかしながら、言わ終わらせたのはただの挨拶と自己紹介のみ。

 本番はこれからなのでまだまだ休む訳にはいかないのだ。


「君たち来訪者の事情は兄上――国王陛下とオーエン大司教の手紙である程度把握している。色々と苦労して来たみたいだが、この領が君たちにとって安息の地になる事を願っている」

「「あ、ありがとうございます……」」

「ふふっ、そんなに緊張しないで下さいな。ここにはあなた方を貶める様な者はおりませんので」


 す、凄いまともだ……!!

 失礼かもしれないがレオニス達から仕入れた話からして戦闘狂な一家だと思い込んでたので、こんなにちゃんと話が出来ている事が驚きである。『よっしゃ! とりあえず一戦行っとくか!』みたいなテンションで来られたらどう断るべきか……割と本気で悩んでいた。


 国王陛下の存在が急に出てきて萎縮してしまう俺と桜崎さんに、オリエラ様は朗らかな笑みを向けて優しく声を掛けてくれた。

 手紙を書いてたのはオーエン大司教だけじゃなかったんだ……。でも、桜崎さん達が公爵領に来る事になった理由を、国と教会の二方面からちゃんと説明してもらっているのは有難いな。


 傍から見れば俺達の区別なんてつかないだろうし、公爵領へ移って来た面々はまともだって認識して貰えればそれで良い。

 基本的に最初はオルフェの街の周辺でしか活動するつもりはないし、とりあえず”異なる世界からの来訪者は全員悪”なんて勘違いをされなければいいんだ。


「さて、色々と話したい事はあるのだが……先ずは娘のワガママに付き合ってくれて感謝する。そしていきなり呼び出す形となった事を謝罪させて欲しい」

「本当にごめんなさいね? フレイは小さな頃からガルの背中ばかり追いかけていたから公爵領で起きた問題には首を突っ込みたがるのよ~。淑女らしく行動しなさいと常日頃から言っているのに全く聞いてくれなくて……いつの間にか口調だってガルの真似をする様になってしまったのよねぇ。小さい頃はもっと可愛らしく――」

「お、お母様! そういう話は人前でしないでと何度も言っているでしょう!?」

「あら、恥ずかしいと思うのなら常日頃から淑女らしい言葉遣いを意識して過ごしなさいと口を酸っぱくして言っている筈よ? 他所ではちゃんとしているのに、どうして普段から出来ないのかしら? そんなんだから貴女は18歳になっても結婚できないのよ? 縁談だって何度も持ってきてあげたのに全部断ったりして……」

「ふんっ! 身体も心も弱い相手との結婚なんてお断りだわっ!」

「はぁ……何処で間違ってしまったのかしら……。いえ、そう言えば昔から『お父様みたいな強い人と結婚したいです』って言ってたわね……それが今も変わらないなんて、フレイは本当にガルの事が好きなのね~」

「だからっ! そういう事を人前で言わないでって言ってるの!!」


 お、おお……涼しい表情を崩さなかったフレイシア様が顔を赤くして怒ってる。ギャップがあってこれはこれで可愛らしいなと思った。

 ただ、オリエラ様とフレイシア様で会話が盛り上がってしまって俺達が置いてけぼりにされてる。


 俺達に矛先が向かいそうにないのは安心できるが、果たしてただの平民が聞いていていい話なのか分からないからそこだけが不安要素だ。

 しかし、そんな母娘の会話を止めてくれる人物が一人。フレイシア様の父親であるガルロッツォ様だ。


「こらこら、二人とも。親子喧嘩を他人が居る前でするんじゃない」

「も、申し訳ございません……」

「あら、私ったら……ごめんなさい」


 ガルロッツォ様が一言注意するだけで、二人は今さっきまで繰り広げていた言い合いを止めて謝罪の言葉を口にした。


 ……普通の親子喧嘩ってあんな感じなんだな。ウチの場合はもっとドロドロとしてるからなんか他人様の親子喧嘩って新鮮だ。


「話が脱線してしまって申し訳ない。それじゃあ、早速本題へと移らせてもらおうか。まずはオーク・キングの討伐とオーク・キングの誕生によって起こったオークの大繁殖を解決してくれた事に対する報酬についての話だ。代表としてシェリルノート嬢の意見を聞こうと思ったのだが……急用は片付いたと見て良いのかな?」

「…………ん、用事は済んだ」


 ガルロッツォ様の言葉に我に返った俺は余計な考えを直ぐにやめて姿勢を正す。

 本題はオークに関する話から始める様で、代表としてシェリルが受け答えをしてくれていた。


「それはなによりだ。所で、ネルが教えてくれた話によれば討伐者が違うとの事だが……本当の討伐者はダイキ、君で間違いないのかね?」

「――はい。同郷である櫻崎さんとその友人の危機だったので、今までは危険だったので使用を控えていた魔法を使い俺が倒しました」


 う、嘘ではない。

 当時の思考の9割くらいはオークへの私怨でいっぱいだったけど……1割くらいは櫻崎さん達を助ける事を考えていた。


 真っ直ぐに俺を見つめるガルロッツォ様をしっかりと見て俺がそう答えると、ガルロッツォ様は「そうか」と呟いてその瞳を閉じる。


 はてさて、次に返って来る言葉はどんなものなのだろうか?





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