第42話 十五日目 ち、近う御座います……お嬢様。




「ふぅーん……神の力に巻き込まれて森の中へ、その後は一人で修練を続けてオークを狩り続けていた、ねぇ? まあ、創造神様の庇護を受けているのなら可能なのかしら?」

「あー、はい。創造神様には感謝しています……」

「……嘘ではなさそうね?」


 や、やりづらい……。




 あの後、話しにくいからと言う理由でノアと席替えをする事になり、何故か左右にレオニスとアリシアが俺を挟むようにして両隣に座った。

 あの、近くない? 別にもう逃げないよ?


「……(ニヤリ)」

「……(ニコッ)」


 くっ……いい笑顔しやがって! 何が何でも逃がさない気だなこの二人!!


 そして俺はどう足掻いても逃げる事は出来ない状況の中で、フレイシア様に自己紹介とオーク・キング討伐に至るまでの身の上話をする事となった。


 当然ながらまだ話すべきではないと判断した事については口を噤む。例えば俺の職業名とかオリジナルスキルとかの話はまだしないでおいた。

 アリシアとレオニスにはなるべく返事をし易いタイミングで話を振り同調してもらい、フレイシア様の前では"創造神ミムルルート様から庇護されている魔法が得意な異世界人"という立ち位置でしばらく振る舞う事にする。


 ついで、という訳ではないが桜崎さんの紹介も途中で挟み、彼女が愚かな一人の騎士のせいで大変な目に会ったという話もしておいた。


「――ネル。お父様とお母様にマコの受けた被害について説明しておいて。後、騎士団長にも事情を説明して件の騎士を連行してきなさい。お父様とお母様なら背後関係の有無を徹底的に調べあげると思うから」

「かしこまりました」

「……ふぅ。まさかオーク・キング討伐の裏でそんな事が起きてたなんて思いもしなかったわ。マコも大変だったわね?」

「い、いえ……大樹くんが助けてくれましたので……」


 ちょっとだけ機嫌が悪くなって焦ったけど……。まあ、俺達に対して怒っている訳ではないだろうから良いんだけどさ。

 桜崎さんの事も気遣ってくれてるし、アリシア達から聞いたフレイシア様の話は嘘ではないようだ。


「それにしても、貴方はどうして街に来なかったの?」

「……お金を持っていなかったので、街に入れるか分からなかったからですかね。後は、一人だった俺からすれば右も左も分からない未知の場所だったので、この世界の人達がどの様な規則で暮らしているのか不明だったというのも要因の一つです」

「……普通なら魔物の蔓延る森よりも人が暮らす安全な街を選ぶものだと思うけど?」

「あー……それは俺の個人的な気持ちの問題です。俺は元の世界で人から嫌な事をされて生きてきた人間なので、知らない人が沢山居る場所よりもただ倒せば良い魔物しか居ない森の方が過ごしやすかったんです。幸い食べ物や飲み物も創造神様から頂いていましたし」


 実際、転移した直後は街に行くつもりなんてなかったからなぁ。ここの領主の娘であるフレイシア様には申し訳ないけど、悪徳領主の可能性も視野に入れてたから街とか村に行くのには慎重になっていた。

 流石にフレイシア様に面と向かって、もしも悪徳領主だったら〜とかは言えないので言い回しは変えたけど。


「ふぅん? まあ良いわ。それじゃあ、貴方はあの過酷な森で魔物を倒しながら生活して来たという訳ね? だからこそ、オーク・キングも倒す事が出来た……合ってるかしら?」

「オーク・キングの件は本当に運が良かったです。今まで使った事のなかった魔法を試したら討伐出来ただけなので……現に魔法を使った直後は鼻や目から出血するくらいの反動がありましたから」

「えっ……」


 あ、しまった……。

 そう思った時には手遅れで、後ろに控えていた桜崎さんの方を見ると両手を口元に当てて顔を青くしながら俺を見ている。レオニス達も驚いた表情をしており、シェリルに関して言えば……顔は隠れていて分からないけど、どことなく怒っている様にも感じられた。


【シェリルノートは魔法の研究者です。恐らくますたーが出血した事を知り、危険な魔法をお試し感覚で使った事に関して思う所があるのでしょう。私も当時の事を思い出すとムカムカします。】


 そ、その節はご心配をお掛けして申し訳なく……。

 魔法に関して詳しいからこそ、強大な魔法を使う事で生じるデメリットにも詳しい訳か。俺の魔法を見て興奮してたから、てっきり多少の危険は受け入れられると思ってたんだけど……どうやらマッドではないタイプの研究者だったらしい。


「あら、広範囲に及ぶ大魔法でも発動したの? 大魔法を一人で発動しようとした未熟な属性魔法士が、血を吐いて倒れた……なんて話は聞いたことあるけど」

「いや、そのぉ……なんと言いますか……」

「まだこの世界に来て日が浅いのに、無理したらダメよ? そもそも貴方、レベルは幾つなの?」

「あー、ナイショということ「?」…………41です」

「はぁっ!?」


 フレイシア様から凄みのある笑みを向けられて現在のレベルを白状すると、隣に座っていたレオニスから声が上がった。


「いくらオーク・キングを討伐したからってそんなに上がられねぇだろ? オークも殲滅したからか……?」

「そうだとしても、こちらに来てからまだ20日も経過してないですよね? 異世界からの来訪者にはレベルが上がりやすくなる恩恵があるとマコ達から聞いていましたけど……」

「大樹くん……そんなにレベル高かったんだ……うぅ、私はやっと15になったばかりなのにぃ……」


 いや、桜崎さんも十二分に凄いと思うけど……俺の場合はミムルの守護があるから、桜崎さん達の倍の早さで成長できるだけなんだよなぁ。


「それにしても来訪者の恩恵は驚異的ね……私はレベル40になるのに2年も掛かったわ」

「……フレイシア様。特殊な恩恵を持つマコ達を除いて、僅か2年でレベル40に到達してしまう事がどれ程非常識なのかご理解していますか?」

「あら、時間を掛けてダンジョンに潜る様にすれば誰でも出来ると思うわよ?」

「……貴族のご令嬢がダンジョンに足繁く通うのが問題なんですけどね?」


 アリシアの言葉にフレイシア様は返事をすることなく視線を逸らした。

 自分が変わってるっていう自覚はあるんだな……。


「冒険者歴12年の俺がレベル63だ。それも10歳のガキの頃からコツコツとレベルを上げ続けてやっとだぞ? ハッキリ言うが、お前の成長速度はおかしい。身体は平気なのか?」

「羨ましいと言う気持ちはありますが、それよりも急激なレベルアップによる副作用は計り知れないと思うので心配です……無理はしていませんか?」


 お、おぉ……なんか、こっちの世界に来てから優しい人達に囲まれ過ぎてちょっと照れる。


 しかし……。


「…………レベルアップによる副作用?」


 な、何ですかそれ?

 そんなのあるの?


「あら、知らなかったの? レベルアップを繰り返す度に私達の体はそのレベルに見合う動作を行えるまでに最適化されるのよ。一日に2~3レベル程度ならそこまで気にならないけど、短い期間で大幅なレベルアップをすると体の最適化が間に合わなくなり、体の最適化が完了するまでの間は動く度に激痛が走る筈よ?」


 私がそうだったからと、フレイシア様がレベルアップの副作用について教えてくれた。

 フレイシア様の場合は一日にレベルを10上げた段階で、歩く度に身体中を刃物で切り付けられる様な痛みに襲われたらしい。


 おっと? 確かオーク絶対滅ぼすマンになっていた時にかなりレベルアップしてたよな?


「えーっと、オーク殲滅で16レベル上がって、その後にオーク・キング討伐で10レベル上がったから……に、26レベルかー……」

「……貴方、16レベルも上がった後にオーク・キングを討伐したの?」

「あ、はい。そうですねぇえっ!?」


 俺が記憶を思い出しながら話していると、フレイシア様がいきなりテーブルの上に膝を乗せて四つん這いになり、俺の方へと顔を近づけて来た。


 か、顔ちっさっ!? まつ毛長い!! てか近い近い!!

 幸い体のラインがでにくいドレスだったからえっちぃ展開にはならなさそうだけど……な、なんすか?


「あ、あのぉ……フレイシア様?」

「――貴方、レベルが26も上がったのよね?」

「え、あ、はい。そうですね?」

「痛みは感じなかったの? 私が経験したあの痛みは耐えられる様なものじゃないと思うんだけれど?」

「い、痛みですか……? あー、そう言えば俺『痛覚耐性』のスキルがあるんですよ。それのおかげですかね?」


 フレイシア様、フレイシア様。

 そんな事よりもお顔がとても近う御座います……。


 視線を左右に向けて見るがレオニスは下手くそな口笛を吹いてそっぽ向いてるし、アリシアは瞳を閉じてティータイムを楽しんでいた。

 ダメだ! 公爵令嬢が相手だとこの二人全く役に立たない!!


 しまいにはフレイシア様は俺の両肩に手を置いて、更に顔を近づけてくる。

 やばいやばいやばい! それ以上は危険ですお嬢様!! ちょっといい匂いとかし始めてるから!!


「……つまり、貴方は幾らレベルが上がろうとも『痛覚耐性』の効果で副作用は軽減されるのね?」

「た、多分そうだと思います……あと、近いです」

「そして創造神の恩恵によってレベルの上昇速度も上がっている……中々の逸材だわ」

「お、お褒めに預かり光栄です? あと、近いです」


 その後もフレイシア様からの質問は続いた。

 流石にスキル構成とかステータス値を教える事はなかったけど、美少女が顔を近づけ来るもんだから動揺してしまい『自然回復力上昇』と『状態異常耐性』を持っている事をバラしてしまった……意思が弱すぎるぞ、俺……。


 ちなみに、質問が終わったキッカケはフレイシア様に"ネル"と呼ばれていた若いメイドさんが戻ってきた事。

 部屋にネルさんが戻ってきて早々『……何をしているんですか? 旦那様と奥様がこちらへいらっしゃいますので、お戯れはお控えください』と言ってくれたのだ。


「……チッ。仕方がないわね」


 思いっきり顔を顰めながら舌打ちしてたけど、フレイシア様は何とか元の位置に戻ってくれた。


 うわぁ……美少女って舌打ちしても可愛いんだなぁ。

 未だドキドキとしている左胸に手を添えつつ、俺はそんなことを思うのだった。





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