第41話 十五日目 メ、メイドさんだぁぁぁ!!
――フレイシア・ルイン・ディオルフォーレ。
ディオルフォーレ公爵家の第二子で年齢は18歳。
"鬼神"のガルロッツォと"氷獄"のオリエラの才能を正しく受け継いだディオルフォーレ家の星。そんな彼女は二つ名である"氷剣姫"で呼ばれる事も多い。
王都ではその二つ名だけが浸透しており、彼女の美貌と淑女の鑑とも言える所作に王都で暮らす貴族達は目を惹かれ彼女の表面上しか見ていない人が多いらしい。
但し、彼女は縁談の全てを断っている。一度は相手と会うそうなのだが、自分よりも強くない相手には興味無いらしく……一度会う事で貴族令嬢としての勤めは果たしたとその後は丁寧にお断りする様だ。
中には逆上して来る相手も居るそうだが……公爵家に表立って喧嘩を売ることは出来ず、そうなれば人知れず仕返しをしようと企てる。そしてそんな企みは寧ろ彼女の大好物であり、家族の危機という名目を手に入れたガルロッツォ夫妻も参加して秘密裏に処理されるとか。
本人としてはご両親の参加は不服だったらしいけど、そのおかげでご両親の話のみが表に出て、彼女が悪目立ちせずに済んでいるとアリシアは笑っていた。
このオルフェの街では、絶対に怒らせては行けない人の代表格であり悪さをする愚か者は直ぐに排除される。二つ名の"氷剣姫"は、オルフェの街では畏敬の象徴であり、正義の象徴なのだ。
そして、俺はいま案内された広めの談話室にて……。
「じーっ……」
「…………」
"氷剣姫"という物騒な二つ名を持つフレイシア様から、めっちゃ見られている。
いや、なんで!?
玄関先でアリシアと話していたフレイシア様が俺へと視線を向けた時から、廊下を歩いていた時も、この談話室に入った時も、そして今も……ずっと見られている。
お、おかしいな。認識阻害は発動しているし、俺が転移者だとはまだ説明してないから分からない筈なんだけど。
あ、ひょっとして怪しいヤツだから見てるだけかな?
なら後で自己紹介する時に俺の素性を説明すれば大丈夫か……。
現在、俺達はお客様ではあるものの人数が多いので四人だけがフレイシア様の対面に用意された革製のソファーに座っている。
ソファーに座っているのはレオニス、アリシア、ノア、そしてニナの四人。
レオニスは"炎天の剣"のリーダーだし、フレイシア様の父親であるガルロッツォ様に気に入られてて、オルフェへ寄った際は必ず公爵家に顔を出していたから。
アリシアとノアは言わずもがな。フレイシア様と仲が良いとの事なので、寧ろ座らなかったらフレイシア様から文句を言われるだろう。
そして最後の一人であるニナが選ばれた理由は、フレイシア様とフレイシア様の母親であるオリエラ様の二人に気に入られてるから。
『フレイさまとオリエラさまはねー、ニナの冒険を聞いてくれるんだよー? そしたらねー、ありがとーって言ってお菓子くれるのー!』
これは今朝、公爵家について話を聞いていた時にニナが話していたこと。
嬉しそうにそう語るニナの話を聞いて、レオニスとアリシアは頭を抱えていた。
まあ、気持ちは分かる。完全に餌付けされてるよなそれ……。
そんな訳で、ソファーに座っている四人以外は後方で待機だ。
アリシア達にだけ見えるように爽やかな笑顔を浮かべてから、桜崎さんとシェリルの手を繋ぎそそくさと後ろへ逃げた。
ふっ、馬鹿にしたければすればいい!! 俺は面倒事は全力で避ける!!
って、思ってたんだけど……なーんで後ろに下がってからも俺の事を見て来るかなぁ……。
「……あはは、なんか見られてるね。大樹くん」
「……怪しいからかな?」
「……うーん、怪しいと思ってたらそもそも家の中に入れてくれないと思うけどなぁ」
正面を向いたまま、右隣に立っている桜崎さんが俺にだけ聞こえるような小さな声で話しかけてくれた。
そう言われればそうだよなぁ。怪しければその場で問いただせば言い訳だし。あ、そう言えば後ろに避難した時から手を繋いだままだったな。
「……まあ、今のところ大樹くんに危害を加えようとしている訳じゃなさそうだから。様子見でいいんじゃないかな?」
「……そうだね。あと、ごめん。そう言えば咄嗟に手を繋いだままだった」
「……あ、ほ、本当だね? キヅカナカッタナー」
へぇ、桜崎さんって意外と抜けてる所もあるんだな。まあ、そういう俺自身もさっき気づいたばかりだけど。
俺は手を繋いだままだった事を謝り、握っていた桜崎さんの手を解こうと力を抜いた。
これで俺が手を引き抜けば後は簡単に解け……ん? あれ、解けない……?
あ、桜崎さんがまだ力を入れてるからか。どうやら俺が力を抜いている事にまだ気づいてないみたいだな。いつまでも恋人でもない男と手を繋ぐのなんて嫌だろうし、早く教えてあげよう。
「……桜崎さん。もう俺の手の力は抜いてあるから、解いてくれて大丈夫だよ。いつまでも手を繋いでてごめんね?」
「……」
「……桜崎さん?」
「…………」
嘘だろ……さっきまで楽しそうに話し掛けてくれてたのに、急に無視されたんだけど!?
あれれぇ……おかしいぞぉ……? さっきまで普通に会話できてなのになぁ〜?
にぎにぎ……ぎゅっぎゅっ……すすす……。
「……っ!?」
「……ばーかばーか。私は大樹くんと手を繋げて嬉しかったから、もっと繋ぎたいと思ってたのに」
「……え、あ、うん?」
手を繋いでいる事を確かめるように、逃がさないとでも言うように……時に優しく、時に強く握られた俺の右手。それと同じくらいのタイミングでそんな事を言われたもんだから、より強く桜崎さんを意識してしまう。
正直頭の中は混乱しっぱなしで、俺は変に挙動不審にならない様にするのに手一杯だった。
そんな俺の心を弄ぶかの様に、桜崎さんからのアクションは新たな段階へと進み……力が入っていない俺の手の指の間に、桜崎さんの細くて綺麗な指が入り込んで来た。小指と薬指の間から始まり薬指と中指、中指と人差し指、最後に人差し指と親指の間に桜崎の指が入り込みぎゅっと力を込められる。
こ、これって恋人繋ぎだよな?
これまでリディ達ともした事はあるけど、桜崎さんとの奴はちょっとずつ焦らされる様にされたから…………端的に言うと、ちょっとえっちぃなって思いました!! 思春期男子みたいな感想でごめんなさい!!
「……あ、あの、桜崎さん? そういう事は誰彼構わずやらない方がいいぞ? 変な勘違いする奴だって居るだろうし」
……現にここに、勘違いしそうになっている奴がいるから。
しかし、俺がそう言った後も桜崎さんは手を解くことなく、寧ろより強く密着させる様に繋いでくる。
それだけならまだ余裕はあったんだが……。
「……別に誰でもって訳じゃないよ? 大樹くんだから、私は気を許してるの」
「……っ!?」
「……ふふっ。あっ、でも今する話ではなかったね。また今度――次は二人きりで話したいな?」
「……あ、ああ、うん。勿論、大歓迎……です」
桜崎さんの思わぬ返答に変な声が出そうになった。
ちょっ……絡めた指をスリスリするのやめてくれませんかね!?
俺になら気を許してくれるってことはつまり……そういう事?
その真意を聞こうにも場所が場所なので聞くことも出来ないし、桜崎さんからもまた今度と言われてしまったら。しかし、二人きりか……これは自惚れても良いのかなぁ……?
そんなモヤモヤを抱えつつも、俺は何とか意識しないようにと心掛けて大人しく後方で待機し続ける事にした。
「……むぅ」
…………そして、左隣で不満そうな声を漏らすシェリルからゲシゲシと可愛らしい蹴りをくらっている。
右が終わったと思ったら今度は左かよ!!
♢♢♢
人数が多いということでソファーに座る四人以外は後ろに立って控えていたんだが、フレイシア様とアリシア達が当たり障りない話をしている間に玄関先でフレイシア様の後ろに控えていた若いメイドさんが立っていた俺達の分の椅子を用意してくれた。
メイドさんに促されるままに俺達が椅子に座ると、今度は別のメイドさんがワゴンに紅茶やお茶菓子代わりのビスケットの様なものを運んでくる。
そして二人のメイドさんはテキパキと紅茶やお茶菓子の準備を済ませ、テーブルへと置いていく。
テーブルへ設置し終わったら今度は俺達の前に小さな丸テーブルを二つ置いて、そこへビスケットを乗せたお皿と紅茶を人数分置き始めた。
おぉ……てっきり俺達はテーブルから離れてるからナシなのかと思ってた。
「お待たせ致しました。こちらは淹れたてですので、火傷にご注意して下さい」
「ご苦労さま。また何かお願いする時は呼ぶから」
「はい、では私はこれで」
紅茶を運んできてくれたメイドさんは綺麗なカーテシーをしてからワゴンを引いて部屋を出ていった。残った若いメイドさんはフレイシア様の後方に控えて立っている。あの人はフレイシア様のお世話担当なのかな。
それにしても……ほ、本物のメイドさんだぁぉぁ!! テーブルに紅茶とビスケットを乗せたお皿を並べる所作が丁寧で、こんな不審者丸出しの奴にも笑顔で対応してくれるその志にとても感動した。
黒いロング丈の給仕服に白いフリルのエプロン。変に着飾ってはいないけど清潔感があり、相手を不快にさせない程度に施された化粧が魅力的だ。
メイドさんかぁ。
"リゾート"には居ない存在だから自然と目がそっちの方に――。
「……メイドさん、可愛いねぇ――大樹くん?」
「……ソ、ソウデスネ」
おかしいな。さっきまであんなに楽しく会話してたのに、桜崎さんから冷気が漏れ出てた気がする。座った際に手を離していて良かった……掴まれてたらどうなっていたことか……想像しただけでゾッとする。
幸いな事に桜崎さんの方から感じていた冷気の様なものは直ぐに治まったので良しとしよう。
とりあえず、落ち着く為にも紅茶を頂いて――
「――ところで、後ろに控えているフードをかぶった方は何者かしら? ああ、シェリルノートではない方ね?」
「んぐっ!?」
ねぇ、いま紅茶を飲んだところなんだけど!?
さっきまで全く別の話してたよね? 王都の話とかしてたよね!? なんで急に俺の話題になったんだ!?
そう思って視線をフレイシア様の方へ向けてみれば……こ、この女ァ……絶対ワザとだ!!
だって、咳き込む俺の方を見て笑いを堪えてるもん。口元の端がピクピクしてて、微かに体も震えてるし……てか、ニヤけ顔が隠せてないんだよ! お前は悪役令嬢かっ!
「はぁ……。フレイシアさ「フレイよ、アリシア」……フレイ様。彼を揶揄うのはお止め下さい」
「あら、やっぱり男性だったのね。外套に特殊な効果でも付いているのかイマイチ判断がつかなかったのだけれど……まあ、良いわ。揶揄うのはここまでにしましょう。お客様だしね?」
アリシアが疲れを滲ませた声で諌めると、フレイシア様はあっけらかんとした態度でそう告げた。
やっぱりあのタイミングで俺の話題を出したのはワザとだったんですね!
あれ? でも確かフレイシア様って普段は淑女らしく振舞っているって聞いていた様な……。
「そう言えば、今日の嬢ちゃんは余所行きの態度じゃないんだな?」
「――レオニス?」
「……今日のフレイシア様は、余所行きの態度じゃないんですね?」
そんな疑問を抱いていたのは俺だけではなかったらしく、レオニスがフレイシア様にそう言った。よく質問しくれた!! アルムニアに即刻訂正させられてたけど。
「あぁ、その事ね……別に対した理由じゃないわ。アリシア達が仲良さそうに話してたから、隠す必要はないかなって思っただけ。それに……ふふふっ、シェリルノートが手を繋いで誰かと来る事なんて今までなかったから、仲が良い間柄なのは分かったしね?」
……そういえば馬車を降りる時に俺が先に降りて女性陣が降りる時に補助をしたんだよな。最後に降りてきたシェリルとはそのまま手を繋いだままにしていた気がする……だから身元もハッキリしない俺をすんなり通してくれたのか。
「……ん、仲良し」
「あら、珍しいわね? シェリルノートがそこまで懐くなんて。どうしてかしら?」
「……秘密」
「ふぅーん?」
これこれシェリルさんや、仲良しアピールをしたいのは分かるけど抱き着いて来るんじゃありません。そして含みのある言い方をしないでくれませんかね!?
うぅ……フレイシア様から探る様な視線を感じる。これ、もしかしなくても色々バレてるんじゃ?
「ま、いいわ。それじゃあそろそろ自己紹介をしてくれないかしら――――異界からの来訪者さん?」
「うっ……」
「それとも、オーク・キングの討伐者さんと呼んだ方が良いかしら?」
「っ……」
ははは……マジかよこのお嬢様。
煌めくブルーサファイアの瞳が真っ直ぐに俺を見つめて、妖しげに微笑みを浮かべる。
そして彼女は、まるで確信でもあるかのように俺がオーク・キングを討伐したのだろうと直接聞いてきたのだ。
「私の名前はフレイシア・ルイン・ディオルフォーレ。私には『超感覚』というスキルを持っているんだけど、貴方に初めて会った時から私の『超感覚』が只者ではないと告げているのよ」
なんだその厄介なスキルは!? レオニス達も言ってくれればいいのに!
……いや、いくら知り合いだからって人のスキルをペラペラと話す奴は信用を失いかねない。レオニス達を責めるのはお門違いだな。
それでもアドバイス位は欲しかったけどね!!
しかし、『超感覚』かぁ……これはもう、下手に誤魔化すのはやめた方が良いかもしれないな。どこまでバレているのかは分からないけど、少なくとも俺がオーク・キングを倒した事は説明しても良いだろう。
「はぁ……わかりました」
そう判断した俺は、ゆっくりフードを脱ぎ去り自己紹介とオーク・キングに関しての説明を始めた。
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