第40話 十五日目 パッカパッカと、お馬は走るよ何処までも。





『――よし、通っていいぞ。次、前へ!』


 来ちゃったよ……。


 あの後、何度かやんわりとお断りをしたんだけど……レオニスは何度も何度も頭を下げてくるし、アリシアやノアは足下にしがみつく勢いでお願いして来て……結局、俺が折れる形で街へ行くことが決定した。

 決めてはシェリルの『……あなたと一緒にオルフェに行きたい』と言う可愛らしい言葉と上目遣いだろう。


 あれを断ろうものなら、女性陣からのブーイングは待ったナシだった。

 だって、俺が答えるよりも前に"まさか、断ったりしないよな?"って空気が流れてたから……根負けしました。


 うーん、やっぱり嫌いな人から頼まれるのとは違うんだよなぁ。仲良い人からお願いって断りづらいし、何とかしてあげたくなってしまう。まさかそんな風に思える人達が出来るなんてなぁ。

 そういった点で見れば、俺の人生も良い方向に向かっているんだろうけど……面倒なのは事実だ。


 それでも今更断る訳にも行かず、レオニス達に促されるままに着替えてから"リゾート"を出て、オルフェの街に入る為の門前までやって来た。


 森を抜けて簡素な道を進んだ先には立派な城壁が建っており、中へはいる為の大きな門の前には複数人の兵士と朝から多くの人たちが並んでいる。

 少し離れた右隣では馬車が並び、逆側の左隣には右隣よりも明らかに豪華な馬車が何度か通って行った。

 恐らく左は貴族の為の出入口なんだと思う。……ちょっと右にズレよう。


「……ん、どうしたの?」

「いや、余計なトラブルを回避しようかと」

「……そう?」


 俺の左にはシェリルが居て、今は"リゾート"の外に出ているので初めて会った時のように素顔を隠している。まあ、それ以外にもはしてるのでシェリルが悲しむ様な事態にはならない筈だ。


 なんか、昨日の一件以降かなり懐かれてるよなぁ。"リゾート"の外に出てからずっと手を繋いだままだし、距離も近く感じる。心を許してもらっているのは嬉しい限りだが、"炎天の剣"としての活動に支障が出たら申し訳ないよなぁ。そこら辺はちゃんとシェリルと話した方が良さそうだし、タイミングを見て話してみるか。


「それにしても、全然進まないなぁ……」


 もうかれこれ1時間は並んでいるが、列の進み具合は良くない。正直ちょっと疲れてきた。


「どうやらタイミングが悪かったみたいだな。朝はよく混むんだが、今日はダイキみたいに滞在証明書を発行して貰う奴が多いのと、後は近くの村から大所帯で農作物を売りに歩いて来た奴らも居たらしい。ま、そいつらの番は今終わったから、こっからはサクサクと進むと思うぜ?」

「ならいいんだけどさ……」


 俺が動かない列にゲンナリとしていると、俺とシェリルの前にアルムニアと並んでいるレオニスが笑いながらそう声を掛けてきた。

 俺達の並んでいる列は基本二人ずつで並ぶのが暗黙の了解となっている様だ。

 レオニス達の前にはジールとレイミーが、ジール達の前にはアリシアとノアが、そして俺達の後ろにはニナと――桜崎さんが一緒に並んでいる。


 他のみんなは"リゾート"に待機だ。

 いざと言う時はスキル『リゾート』の座標設定機能を使いみんなをオルフェへ転移させる手筈になっている。まあ、それまでに家を借りるかしないとダメだろうけど……やむを得ない場合は路地裏とかで使うしかないかなとも思っている。


 今回は急ぎだった事もあり少数精鋭での移動が求められる。まだまだこの世界に慣れていない転移者組をゾロゾロと引き連れて行くのは、効率的ではないと判断したからだそうだ。


 ……俺もこの世界に不慣れな転移者組なんですが?

 頑張ってそう主張し続けたけど、いいから来いとレオニスに引き摺られてしまいダメだった。

 リディもミムルも特に引き止める様子もない。日頃からあんなにベッタリなのに意外とドライだなと思っていたら……終始監視してるので問題ないとの事だった。


『ますたーに行動不能な怪我が発生した場合は、強制的に此処へ転移される手筈です。一緒に居たいとは思いますが、ますたーを縛り付けるつもりはありません』


 心配性なのは相変わらずだけど、もう最初の頃のように何が何でもといったような雰囲気は無くなっていた。こういうのを丸くなったって言うのかな?


【ますたー、いま私達は何処にいると思いますか? そう、ランジェリーショップです。今は皆さんとは別行動していて、勝負下着と言うものを選びに来ました。ふっ、まあ私は既に大勝してるんですけどね】


 ……こういうところは全く変わっていないどころか、ますます積極的になって来てるけど。

 あの、こっちは外に居るんでそういうのは控えてくれませんかね!? 想像しない様にするの大変なんだよ……。


【……ふっ】


 ほんっとそういう所は変わらないよな!!


 まあ、過度に心配を掛けるよりは全然良いんだけどさ。あんまり悲しませたくないし。


 そんな訳で、留守番組は暇だと思うのでグランドホテルの施設を見学してもらう事になっている。

 実の所それは建前で昨日みたいに買い物を楽しんでって事なんだけど。案内役のリディが一番楽しんでいる様に思えるのは気のせいだろうか?


 それにしても……。


「桜崎さん、本当にみんなと残らなくて良かったの?」

「うん! 必要なお買い物は昨日のうちに大体済ませたし、私なんかが役に立てるか分からないけど、大樹くんともっとお話もしたかったから」


 そう、ここには桜崎さんも同行している。

 今回は戦闘がメインじゃないので、移動重視の革鎧に外套という装備。武器や盾は『簡易収納』に入れて貰い、桜崎さんと俺を"炎天の剣"のメンバーで囲む様にして移動してきた。

 同行した理由は俺のお目付け役。昨日、俺を正座させて詰問していた様子を見ていたレオニスやアリシアからの推薦もあり、一緒に来ないかと誘われていた。


 いや、確かに桜崎さんと話していると"こまちちゃん"として交流を重ねていた頃を思い出して背筋が伸びてしまうけど……そんなにやらかす様なタイプの人間に見えるのだろうか?

 どちらかと言えば、トラブルが向こうから押し寄せてくる感じなんだけどなぁ。


「なんだか昨日からバタバタしてて話せてなかったもんなぁ……色々落ち着いたら、ゆっくり昔話でもしようか」

「ほんとっ!? 嬉しいなぁ……」


 そう笑顔で言う桜崎さんは本当に嬉しそうにしてくれていて、見ているこっちまで心が温かくなる。後、俺の気のせいじゃなければだけど……桜崎さんって凄い美少女なのでは?

 いつの間にか前髪を短くして整えていた桜崎さんは、それ以外の髪型は全く同じなのに別人のように見える。少しだけ化粧をしているのもあってか、華やかになったなぁという印象だ。


 て、天使が大天使に進化した……!!


 そんな感じで、桜崎さんやシェリル達との会話を楽しみつつ俺は自分達の番が来るのを待っていた。






「――――――っちだ!」

「――――けたぞ!」

「――し! 急ぎお連れしろ!」


 …………なんか、騒がしいな?






 ♢♢♢






 パッカパッカ……パッカパッカ……。


 あー、お馬さんは偉いなー。

 いきなり乗せる事になった五人を文句も言わず目的地まで運ぶんだから。

 人参食べるかな? いや、勝手にあげるのはまずいか。

 膝上に乗せたシェリルの頭をフード越しにポンポンしながら、俺はそんな事を考えていた。


「――あ、あはは……まさか、アリシアさん達が戻ってくるのを待ってたなんて思わなかったね? しかも、馬車も2台用意してくれて……有無を言わさぬ勢いだったけど」

「「……大変、申し訳ございません」」

「いやいや、アリシアさん達が悪い訳じゃないから謝らないで? だ、大樹くんもそう思うよね?」

「あー、そうだねー……」

「うぅ……返事がおざなりだぁ……」


 うん、そう言って隣で落ち込んでる桜崎さんには申し訳ないとは思うけど、こればっかりは許して欲しい。


 だって……めっちゃ目立ってたんだもん!

 俺とシェリルは慌ててフードを目深にかぶったけど、周囲からの視線が集まって来てそれはもう落ち着かなかった。


 俺達のもとへやって来たのは、どう見てもただの門兵には見えない騎士。それも五名。

 だって、なんか肩口に剣と杖を交差させた青いエンブレムみたいなのが刻まれてたし……絶対やんごとなき一族に仕えてる人達だと思った。

 そしてそんな俺の予想は残念ながら的中してしまい……俺達は促されるままに二手に分かれて馬車に押し込められて、現在騎士たちが忠誠を誓っている一族が待つ場所へと運ばれている。


「……もしかしたら、かなり前から私達の存在に気づいていたのかもしれませんね。手配が早過ぎますし、事前に門前に私達が現れたらへ連れて来るように言われていたのかもしれません」

「私も、アリシアお嬢様の意見に賛同致します。元々向かう予定ではありましたが……まさか事前に御触れが出されているとは思いませんでした。このやり口は恐らく、の総意ではなくフレイシア様の独断だと思います」

「……あの子はずっと疑ってたから」


 はぁ……やっぱり公爵家だよなぁ。


 そして、どうやら今回の一件はフレイシア様という方の独断専行の様だ。あー、そう言えばレオニスが愚痴ってたな。公爵家の中で一人だけ、現当主の娘が何か裏があるんじゃないかと疑ってるって……それがフレイシア様なのか?

 そう思って聞いてみると案の定、フレイシア様と言うのは公爵夫妻の娘さんだった。


「現公爵であられるガルロッツォ様の剣の才と、ガルロッツォ様の妻であるオリエラ様の氷属性の魔法の才を受け継いだ天才……それがフレイシア・ルイン・ディオルフォーレ様です」

「学園では成績優秀で文武両道。異性が相手でも容易く倒してしまうその凛々しい姿は、異性のみならず同性からも人気がありました。かくいう私もお知り合いになるまでは、そう思っていましたし……」

「なんか、含みのある言い方だな?」

「あ、いえ、別に性格が悪いとかではないんですよ? 弱きを救い悪を滅する。ガルロッツォ様とオリエラ様の血を正しく引き継いだ御方だと私は思います………………ちょっとだけお転婆な気もしますが」

「あー……今回の件も独断専行だって言ってたもんなぁ」


 アリシアとノアから愚痴られ……ごほん。聞かされた内容は中々に衝撃的なものだった。


 どうやらフレイシア様は頻繁に領主館から抜け出して、街をブラブラと歩いて路地裏に悪党が居ないか探したり、高ランクの冒険者に素性を隠して模擬戦を申し込んだりしているらしい。もっと酷い時は勝手に街を出てダンジョンに潜りに行くそうだ。……戦闘民族なのか?


 一応こっそりと護衛は付いているそうなのだが……最近はAランクの冒険者と対等に渡り合う程に強くなってしまい、後を追うのも大変らしい。


 ……俺、いまからその人と会うんですけど?


 性格が悪い人ではないとは聞いてるけど、ぶっちゃけ後半の話が衝撃的過ぎて不安が募ってく。


 やがて馬車はゆっくりとその動きを止めて――扉が外から開かれる。


 馬車から降りた俺たちの前には立派な領主館が建っており、その玄関先では一人の女性が俺たちのことを待っていた。


「「フ、フレイシア様!?」」

「――元気そうね、待っていたわ」


 上品な言葉遣いで微笑みながら、アイスブルーの長い髪を靡かせる少女――フレイシア様はそう口にして俺たちを領主館へと招き入れるのだった。


 …………ご令嬢が待機してるとか、心臓に悪いのでやめてくれませんかね?





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