第39話 十五日目 ミムルの信者が、裁きを与えにやって来る?





「――え、今日はオルフェの街に戻るの?」


 朝食を食べ終えた俺達は、レストランに置いてあったテーブルセットの幾つかを移動させて一つの大きなテーブルを作った。そして今はその大きなテーブルをみんなで囲むようにして座り、食後のお茶を飲みながら今日の予定について話し合っている所だ。


 現在、俺の右隣にはマルティシアが座り左隣にはシェリル、そしてリディが従者のように後方に控え……いや、なんか背中にピッタリと寄り添うように立っている。


 そして朝食の際にシェリルが座っていた俺の膝上には――ジャンケンで勝ったと言うミムルが座っていた。

 尚、このジャンケン……名前は教えて貰えなかったが参加者が非常に多かったらしい。俺がトイレに行っている間に決めたそうだ。

 俺の意見? そんなのある訳がないだろう?

 これが女性の方が多いグループの現実だ! まあ、いいんだけどさ……ちょっと参加者が誰だったのか気になるけど。


 予定の話し合い自体はつつがく始める事が出来たんだか、どうやら"炎天の剣"のメンバーはオルフェの街へ戻る様だ。


「実は、ここへ来る為に色々と無理を通してしまいまして……その時は一日だけこちらでお世話になる予定だったので、公爵家へ一度ご挨拶に行かないといけないんですよ……何より、創造神様からオーエン大司教がオルフェへと向かっている旨を教えて頂きましたので」

「そうなんだよぉ……! 爺さんが予定を早めて来てるとか、嫌な予感しかしねぇっ!!」


 アリシアは苦笑を浮かべ、レオニスは頭を抱えていた。

 オーエン大司教というのは、王都の教会で桜崎さん達がお世話になったお爺さんの事だ。レオニス達にとっては師匠の様な存在で……よくボコボコにされていたらしい。

 オーエン大司教はエムルヘイム王国のみに限らず、世界にその名を轟かせる有名人で、何より創造神ミムルルートの敬虔けいけんな信者としても有名な人なのだとか。


「でも、そのオーエン大司教がどうして予定を早めてまでこっちに来るんだ?」


 もしかして、王都で何か問題でも起きたのだろうか?

 そんな俺の予想は、膝の上で嬉しそうに紅茶を飲んでいたミムルによって否定される。


「あー、それはね? 桜崎ちゃんが森で危ない目にあった件で、私がちょ〜っとオーエンくんに事の顛末を話して元騎士くんの周辺関係について聞いてたんだけど、そしたらオーエンくんが『……私も直ぐに現地へ赴き詳細を調べたいと思います』って言って直ぐに王都を出ちゃったんだ〜」

「あー、なるほど……」


 何となく、レオニス達の気持ちが分かる様な気がする。

 俺も地球で暮らしてた頃は習い事の爺さんにボコボコにされてたし、あのジジイ……俺がちょっと使えるようになったら習い事の時間に勝手に警護の仕事へ連行したりして、警護対象……の周辺の警戒と雑務を任せてきたりしてきた事があった。

 トラブルで危ない場面とかは俺が先陣を切って対処にあたり、爺さんがいい所を持っていく。そのくせ、俺がミスって怪我なんかをすると『修行が足りんかったか』とか言って鬼の訓練が始まり……正直、あそこで忍耐と肉体は鍛えられたと思う。

 お金は貰えたけど、家に持って帰れないし結局は爺さんに預けることになって……。いつか、家から逃げ出す時にと思って貯金してたけど、もう二度と取りには戻れないだろうなぁ。


 そんな経験をしてきたからこそ、レオニス達が何処か気落ちしている理由が分かり同情してしまう。

 あー、きっとレオニス達もシバかれるんだろうなぁ……。


 ――だが、レオニス達の悲劇はどうやらそれだけでは終わらない様だ。


「――あ、そうだったそうだった! アリシアちゃん!」

「は、はい! どうされましたか、創造神様?」

「も〜固いな~! 昨日もみんなに言ったけど、ミムルルートで良いよ?」

「で、では今後はミムルルート様とお呼びさせていただきます……」

「はーい! あ、それでね? さっきオーエンくんから祈りが届いててね~」

「……オーエン大司教から、ですか?」


 呼び方の話まではみんな楽しげに二人の会話を見守っていたのだが、オーエン大司教から祈りが届いたと知らされた途端、レオニス達の表情は固くなる。

 ミムルは特に気にした様子もなくご機嫌な様子で話を続けるのだが……なんか、レオニス達の表情を見てると嫌な予感しかしないんだが?


「うん! なんかね~今日の昼頃にはオルフェに到着するらしいよ? 『神から与えられし使命を阻もうとした愚か者は、例え貴族や王族に匿われていたとしても必ずや裁きの鉄槌を下します』って張り切ってた! いや〜、前からそうだったけど本当に真面目な子だよね~」

『…………っ!?』


 おい、どうするんだこの空気!?

 ミムルが呑気な口調で話すから伝わりにくいけど、それってかなりの大事になりそうな予感がするんだが……。

 話を聞いていた"炎天の剣"のメンバー(シェリルとニナを除く)は、ガタッと音が鳴るくらいの勢いで椅子から立ち上がりその表情には焦りが見える。


「おい、それってかなりやばいんじゃねぇか?」

「……そうですわね。オーエン大司教はミムルルート様へ心からの信仰を捧げていましたから。公爵家への直談判も……いえ、流石にそれは……」

「……いいえ、アリシアお嬢様。オーエン大司教は普段から『創造神様より優先する事など、今の私にはありません』と仰っていました。今回の件に関してならば、神敵を滅するという名目で公爵家へ乗り込む可能性も……」

「と、兎に角。一度オルフェの街へ向かい、昨日ダイキが穴の中へ落とした盗賊達が現在何処に居るのか調べよう! まだ留置所にいるなら、比較的街の外周に近い場所だし被害も少なく済ませる事が出来るはずだ」

「ジールの言う通りだ! 先ずはあのクズ騎士の居場所を把握する事を最優先に! 次に公爵家への事情説明を! くれぐれも公爵家現当主であるガルロッツォの旦那と爺さんを戦わせたりするな! 最悪の場合、街が滅茶苦茶になるぞ!?」


 様子を伺っていた俺達を置いてけぼりにする勢いで話を纏めるレオニス達。ついでに公爵家当主の名前まで聞いちゃったよ……。

 なんか、思っていたよりも大事になってきたなぁ。


「大樹くん、大樹くんっ」

「ん?」

「このクッキー、紅茶と凄く合うんだー! はい、どうぞ? アーンっ」

「……アーン」


 嬉しそうな顔をしてクッキーを食べさせようとしてくるミムル。君の発言で慌ただしくなってるんだけど……俺の膝元に乗れたのがよっぽど嬉しかったのか、レオニス達の様子なんてお構い無しに俺に擦り寄ってくる。可愛いヤツめ!


 まあ、折角の好意を無下には出来ないし……差し出されたクッキーは有難く頂いた。


 それにしても、桜崎さんの話ではほんわかとした雰囲気のある優しいおじいちゃんって聞いてたので、聞かされていた雰囲気と行動が全く合っていないなと思う。

 今までの話を聞いていた桜崎さん達も困惑気味だし……もしかしたら普段は優しくても何かスイッチが入ると過激になるタイプなのかもしれない。

 オーエン大司教のスイッチは、間違いなくミムル関連だろうなぁ。


「――では私とノアはオルフェの街へ着き次第、公爵家へ事情説明に向かいます」

「僕とレイミーは門番にあの元騎士と野盗達がどういう処分を受けたのか聞いてみるよ」

「俺とアムルニアは冒険者ギルドだな。印玉を使った捕縛には緊急依頼として冒険者が駆り出される事もあるし、もし参加した奴らがギルドに居たら話を聞いてくる」


 俺がクッキーを食べて紅茶を飲んでいる間に、レオニス達は役割分担を決めて直ぐに出掛ける準備を開始し始めた。

 うーん、急ぎの用事とかがないのならレオニス達について行って冒険者登録とか済ませたかったんだけど……なんか面倒そうだし、今回は見送るかな?


「後は……あっ、そうだ。シェリルノート、お前にはジール達と一緒に門番のところで爺さんが来てるかどうかの確認を頼みたい。お前のスキルならかなりの範囲を調べられる筈だ」

「……ん、彼が一緒なら構わない」

「え……?」


 あ、あれぇ……? どうしてシェリルは俺を指さしてそんな事を言うのかな?

 ちょっと面倒そうだなって思ったから大人しくしてたんだけど……頼む、レオニス!! 断って!!


「は? ダイキを連れてくのか? うーん、今は爺さんの事とか、公爵家の報奨の件とかで忙しくなりそうだし。それが落ち着いてからって思ってたんだがなぁ」

「そうですわね。私も諸々の用事を済ませてからの方が気兼ねなくオルフェの街をご案内できると思いますわ」


 よしよしよし!

 レオニスとアリシアが真面目で優しい奴らで良かった……うん、左隣から凄い視線を感じるけどスルーだ! 俺は行かないぞ!


「…………彼を連れて行けば、大司教を止められる」

「ほぅ……?」

「詳しくお聞かせください」


 ……あ、あれ。なんか流れが変わった気がするぞ。

 ミムルさんや、ちょーっとお膝の上からどいてはくれないか? 俺はここに居てはいけない予感がするんだよ……いや、しがみつかないで!? くっ、逃げられない……!!


「……ん、大司教は創造神――ミムルルート様から神託を授かる事が出来る。そして、マコの話によれば彼の名前を大司教は知っていた。つまり……大司教はミムルルート様の神託で彼の名前を知らされていた可能性が高い」

「「……っ!!」」


 あ、シェリルが桜崎さんの事をフルネームじゃなくて名前だけで呼ぶようになってる。うんうん、順調に仲良くなっている様で安心した…………とか思ってる場合じゃねぇ!!

 ま、まずい……! レオニスとアリシアの二人が凄い良い笑顔で俺の方を見てくるぅ……。


「なあ、ダイキ……お前さん確か、街に行きたいって言ってたよな?」

「そ、そうだったかなぁ~? 言ったような気もしなくはないけど……で、でも! 冒険者になっても直ぐにダンジョンに潜れる訳じゃないって分かったから、今は街へは行かずに鍛錬に集中しようかと……」

「なるほどなるほど……では、私が公爵家へと話を通しておきましょう。元々、今回の報奨はどの様な形で受け取る事になっていたとしても、全てをダイキさんへ還元する事にしていたのです。今日はその報奨内容について決める為に赴くのですが……その報奨内容を討伐者となっているシェリルノートさんにこう進言して貰いましょうか」


 その報奨内容とは――『ガルロッツォ・ルイン・ディオルフォーレの名のもとに、ダイキ・オオエダの公爵領におけるダンジョン探索に関する制限の解除を認める。』というものだった。

 どうやら領地を持つ貴族には、領内に存在するダンジョンへ指名した者を自由に探索させる事が出来るという権限を持っている。それは領地の発展を円滑に進めるために用意された措置であり、あくまでの自身が治める領地のみに適応される権限らしいのだが、それを俺に与えて貰えるように公爵家へ掛け合ってくれるそうだ。


 ぐっ……た、確かに魅力的な報酬ではあるが……それには絶対俺が顔を出さないといけないだろうし、実力を見せなければいけなくなる。

 まあ、いずれは公爵家への挨拶も実力を見せる事に関してもしなくては行けないんだろうけど……今はちょっと面倒だなって思ってしまう。


「頼むぜ、ダイキ!」

「ちゃんと公爵家へは誠心誠意お願いしますので……ダイキさん!」

「……ん、一緒に行こ?」


 ぐ、ぐぬぬ……お、俺はそんな見え透いた誘惑になんて負けないぞ……!!







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