第38話 十五日目 果たして、リンゴでホーンラビットは作れるのか?
異世界生活が始まって十五日目の朝が来た。
昨日は途中でみんなから離れて、シェリルと話をして……そのまま戻らず寝ちゃったんだよな。
何とか寝れたけど、今何時だ?
そう思って体を動かそうとするが……両サイドから何か柔らかいものに挟まれてて動けない。
いや、片方ならシェリルと一緒に寝たから分かるけど……なんで両サイド?
何となくなくだけど、左側から加わる力より右側から加わる力の方が強く感じる。
不審に思い恐る恐る目を開けて、まずは左側へと視線を向けると……。
「あ、おはようっ――大樹くんっ!」
「へ? ミムル!?」
まさかの人物が俺に抱きついていた。
あれぇ……そこにはシェリルが居たはずでは?
あ、もしかして寝相が悪くて右側に移動したのかな? だとしたらこの右側の感触がシェリルって事か。
そんな感じに自分なりの推測を立てて納得していると、シングルルームのお風呂場へと繋がる扉が開き湯気を立たせながらお風呂に入っていたのであろう人物が顔を出した。
「……ん? 起きた?」
「え゙っ……」
肩紐の白いワンピースは水気を帯びた肌に張り付き彼女の小柄な体型をシワを作りながらなぞっている。
長いプラチナブロンドの毛先からは水滴がポタポタと垂れていて、その小さな手で髪を拭いてはいるが追いついていない様子だ。
そんな彼女の綺麗なオッドアイは、真っ直ぐに俺を見つめている。感情的になっていた昨日とは打って変わって表情は読み取り難くはあるが、お風呂上がりで赤くなった彼女の姿は……その容姿から考えられない程に艶かしく見えた。
……いや、ちょっと待って。
なんでお風呂場から彼女――シェリルが出てくるの!?
え、じゃあ右側にいるのは……。
「――おはようございます。ますたー」
「あー……思った通りの展開に呆れた方がいいのか、それともツッコミを入れた方がいいのか……まあ、とりあえず――おはよう」
俺の右側に居たのは、シェリルの姉妹なのではないかと疑ってしまう程によく似ている少女、リディだった。
別に恋人同士だから朝から抱きついて来るのは良いんだけどね? 寝起きに混乱を招くような事をするのはやめて欲しいなと思う。
二人には一旦離れてもらって、俺も昨日お風呂に入らずに浄化の魔法で済ませただけだったので入る事にした。
「……あ、一緒に入るとかはナシね? シェリルも居るし」
「「がーんっ!?」」
「……ん、お構いなく?」
「そんな絶望的な顔をしなくていいだろうに……。後、シェリルも気を使わなくていいから」
考えてる事が丸分かりなんだよなぁ……タオルセット手に持ってるし。
そうして不貞寝をしだした二人に苦笑しつつもお風呂場へと移動し、サクッとシャワーを浴びて寝汗等を流す。
シャワーを浴びた後はとりあえず黒のTシャツ短パンを着て髪をタオルでゴシゴシと拭きながら部屋へと戻った。
「……シェリル、ちょっとこっちにおいで?」
「……なに?」
「シェリルの髪を乾かそうと思って。髪が長いから大変だろ? ドライヤーの使い方は分かるか?」
「……どらいやーってなに?」
「……」
そ、そうか……。そういえばシェリルって昨日まで素顔を隠してたから、みんなと大浴場に行ってないのか。
俺はコテンっと可愛らしく首を傾げるシェリルの頭を軽く撫でてから、ドライヤーを見せて使い方を説明した。ただ、シェリル……というか、こっちの世界の女性は髪が長い人が多いので、自分でドライヤーをするのは大変そうだ。現にシェリルも苦戦している。
そしてとうとうドライヤーを洗面台へと置いて帰ろうとしたので、慌てて抱き上げて鏡の前へと連れ戻した。
「……ん、面倒」
「でも、髪が濡れたままってのも気持ち悪いだろ? 今日は俺がやってあげるから、とりあえず手順は覚えておけよ?」
「……むぅ」
ちょっとむくれるシェリルの頭にドライヤーで風を当てていく。
確か、根元から毛先にかけて〜だったかな?
シェリルが火傷しない様に、少しだけ頭から離してドライヤーをかけ続けて乾かしていった。
そして10分くらいかけて漸くシェリル髪は乾き切り、ちょっと頭を振るだけでサラサラと揺れて煌めく美しい髪へと進化を遂げた。
「……」
ブツブツと文句は言いつつもやっぱりシェリルも女の子なのか、鏡の前で体を動かしてはサラサラと流れる髪を嬉しそうに眺めている。
「お気に召したかな?」
「……ん、大満足」
「それは何よりだ」
「…………あなたは、私を見てどう思う?」
俺が微笑ましくシェリルを眺めていると、彼女は鏡に向けていた体をくるりと反転させてこちらを見上げながらそう聞いてくる。
オッドアイの瞳には微かな震えが見えて、まだまだシェリルの心の中から不安は消えていないのだと……直ぐに理解した。
俺はシェリルと目線を合わせるようにしゃがみこみ、優しく右手でシェリルの頭を撫でながら不安がる彼女を安心させる様に嘘偽りのない感想を述べる。
「凄く綺麗だと思うし、可愛いと思う。シェリルは美人さんだな」
「……ん、ありがと」
数回の瞬きをした後、シェリルはジーッとこちらを眺めて一言だけそう呟いてから洗面台を後にしてしまった。
なんか、顔赤くなってたし……恥ずかしかったのかな?
まあ、これで身支度は終わったわけだし、そろそろ朝食を食べに1階へ――
「アータイヘンダー、オミズガー」
「な、なんということでしょー。ますたーだけをねらったはずが、わたしたちまでびしょぬれにー」
「…………オイ」
色々ツッコミたい事はあるけど、そのガトリングタイプの水鉄砲は何処に隠してた!? しかも2丁も用意しやがって!! あと、演技がわざとらしいんだよ!!
幸いだったのが、ここが脱衣所で綺麗に乾かしたシェリルが出た後だったという事だろう。いや、シェリルが出て行くのを見計らってたのか?
「ささ、ますたー。このままでは風邪をひいてしまいます。私やミムルルートがサポートしますので、一緒にお風呂へ行きましょう」
「えへへっ、大樹くんとお風呂に入って〜、お風呂から上がったら私も髪を乾かして貰うんだ〜」
「あー、それが狙いかぁ……」
普通、髪を乾かしてもらう為にガトリング(水鉄砲)を用意するか?
二人の行動力にやや呆れつつも、俺はあれよあれよという間に服を脱がされ、そしていつの間にか服を脱いでいたリディとミムルに引き摺られるようにして本日二度目のお風呂へと向かうのだった……って、時間も無いのに湯船にお湯を入れたのはどっちだ!?
♢♢♢
あ、朝から疲れた……。
やましい事は一回もしてないんだけど、二人からの誘惑を振り払うのに苦労した。後、二人の髪を乾かすのにえらい時間が掛かった。
世の髪のケアを頑張る女性達の苦労が少しわかった気がする。いつもお疲れ様です……。
二度目のお風呂が終わり、漸く……本当に漸く準備が終わった俺たちは現在、1階へと転移してみんなと合流する為に歩いている。
先頭にはミムルとリディがツヤツヤとしたニンマリ顔で並び、俺とシェリルはその後に続いて歩いていた。
「……ん、大丈夫?」
「あー、うん。俺はちょっと気疲れしただけだから。それよりも……シェリルの方こそ、大丈夫か?」
俺の右隣りを歩いているシェリルは外套を脱いでいて、リディが用意した白と黄緑のチェック柄のオシャレなワンピースを着ている。
外套を脱いで居るので、当然ながら見られることを恐れていたオッドアイも丸見えの状態だ。
これはシェリルが言い出した事であり、俺としては心配だったんだが……昨日の一件でなにか思うところがあったらしい。
それでも、1階に来てからは少し緊張気味で不安そうな顔をしていた。俺と手を繋いでからは幾分かマシにはなっているが、みんなが集まっているらしいレストランが近づいてくると握られた手の力が強くなっていく。
「別に無理して素顔を見せる必要はないと思うぞ? 今までだってそうしてきたんだろ?」
「……でも、このままじゃ何も変われないと思うから。それに……あなたみたいに、私の全部を受け入れてくれる人が居るって知れたから」
そう語るシェリルの口元には少しだけ笑みが浮かんでいる様に見えた。俺が彼女の支えになれているのなら、それは大変光栄な事だしその言葉に恥じぬ様に心がけようとも思う。
「そっか。なら、俺はシェリルの隣でシェリルが頑張っている姿を見守ってる事にするよ」
「……ん、ちゃんとそばに、居てね?」
「もちろん。まあ、そんなに不安がる必要は無いと思うけどな。転移者達にとってオッドアイは忌避の対象じゃない筈だし、アリシア達だってオッドアイってだけでシェリルの事を避けるような人達じゃないだろうからさ。それに……何度でも言うけど、シェリルの瞳は宝石みたいで綺麗だから。自信を持って――ん?」
話している途中で、シェリルが繋いでいる手をギュッギュッと二回程強く握ってきたので中断してシェリルへと視線を移した。
そこには頬から少し尖った耳先まで真っ赤になっているシェリルの姿があり、恥ずかしそうに俯いてしまっている。どうやら、褒められるのは慣れていない様子だ。
「……も、もぅ、だいじょぶ」
「そ、そうか。なんかごめんな?」
「……謝らなくていい。その……ぅれしかったから。ありがと」
「どういたしまして」
「…………(ずっと)そばにいてね」
「……? もちろん、隣に居るよ?」
「……ん」
なんか、最初の方は声が小さくて聞こえなかったけど、朝食の時はなるべくそばに居た方が良さそうだな。
そんな風にシェリルと会話をしていたら、レストランの前に到着していた。
中からは既に賑やかな声が聞こえてきていて、朝から元気だなぁと苦笑してしまう。……まさか、お酒は飲んでないよな?
「……レオニスは酒豪。ドワーフ族の血が流れているのではと疑った事がある」
「つまり飲んでいると?」
「…………アムルニアを信じるしかない」
「oh......」
恋人が止めてなければ飲んでるって事ですね? 酒豪にも色々なタイプの人がいるけど、出来れば酔っ払いながら飲み続けるタイプではない事を祈る。
シェリルとの会話が終わると、リディとミムルが俺達……主にシェリルの方を見ながら両開きの扉に手をかける。
俺もシェリル方を見て確認すると、彼女は俯き小さく深呼吸をしてから顔を上げリディとミムルに対して頷いて応えた。
そうして、シェリルの反応を見たリディとミムルによって両開きの扉はゆっくりと開かれる。
扉が開いた事で中の会話がピタリと止まり、扉の向こうに居る全員がレストラン内に入って来た俺達へと視線を向けていた。
『……っ!?』
「……ぅっ」
最初はリディやミムル、俺なんかに視線を向けて笑顔を浮かべて居た面々だったが……シェリルへと視線を移した全員――特に、アリシア達が一番驚いた表情をしていた。レオニス、そんなに何度も目を擦らなくても現実だから……。
ただ、みんなの表情を見ていたシェリルは過去のトラウマを思い出してしまったのか少しだけ後ろへと下がってしまった。
でも、ここで逃げてしまったら勿体ない。
何より、シェリルは緊張やら不安やらで気がついていない様子だが……女性陣の目がですね? ハートになってまして……あれはもうシェリルの愛らしさにやられているんだと思う。
なので、俺は逃げようとするシェリルの背後に回り両肩に手を置く。
「……みんな、見てる」
「大丈夫、みんなシェリルが可愛くて見蕩れてるだけだから。ほら、その証拠に……覚悟しろよ?」
「……ん? 一体何を『きゃああああああ!!』――ひぅっ……な、なに……?」
顔の青いシェリルの不安を解きほぐす様に肩に置いていた右手を頭へと移動させて優しく撫でていると……我慢の限界に達した女性陣が一斉にこちらへと駆け寄ってきた。
そしてシェリルを素早く囲み包囲網を完成させると、じわじわとその距離を詰めて行く。
大丈夫だぞ、シェリル。俺はちゃんとそばに居るから……女性陣の外側に。
なんか、"裏切られた!"みたいな表情をしていた気がするが気のせいだろう。シェリルはあまり表情に出ないタイプだし、俺のミマチガイダナ、ウン。
あんな連携プレイをアドリブでやってのける女性陣に立ち向かうなんて、ただの自殺行為だと思うんだ。
「シェリルノートさん、だよね?」
「……ん。そ、そうだけど……?」
「か、可愛い……まさか、ローブの下がこんなに可愛い素顔だったなんて……!」
「妖精さんみたいだね〜、ギュッてしてもいい〜?」
「……き、聞く前にもうしてるのはなんむぅっ」
「ず、ずるいですわ、ウイ! わ、私にも抱きしめさせて下さいまし!」
「お嬢様! 先ずはメイドたる私がシェリルノート様の抱き心地を確かめてからです! 異論は認めません!」
「がうーっ♪ シェリルお姉ちゃんかわいいよー!!」
「エルフとは聞いていましたが、リディさんに似ていますね……? でも、小柄なのもあるんでしょうがお人形さんみたいで本当に愛らしいです」
『何より、色違いの瞳が神秘的で綺麗〜!!』
なんだろう、この男子禁制な雰囲気のある光景は……鑑賞料は何ポイントですか? 魔力払いで!!
シェリルは女性陣から質問攻めにあい頑張って答えてはいたものの、彼女が可愛らしい声や愛らしい仕草で答える度にそれが女性陣のハートをにぎにぎと鷲掴みにして大騒ぎに……それを何回も繰り返していた。
ただ、悪い事ではない……と思う。
あれだけ嫌われるのを恐れていたシェリルもすっかり毒気を抜かれている様子だし、みんなが離れずにそばに居てくれることが嬉しくて嬉しくて……嬉しすぎて、困ってる?
いや、あれはきっと喜んでる……よな?
うん、大丈夫なはずだ。なんかこっちを見て感極まった表情してるし、幸せ過ぎて泣きそうになって……ん? なんかシェリルの口が規則性のある動きを繰り返してる様な……。
――――"た・す・け・て"。
………………楽しそうだな!
とりあえず親指を立てて突き出しておいた。
結局、女性陣の熱気が冷めるまで30分以上もの時間が掛かり。女性陣が落ち着きを取り戻したと同時に、シェリルは疲れ果ててその場に座り込んでしまった。
女性陣が離れたのを確認した後、俺は直ぐにそばに駆け寄ったのだが……俺がしゃがみこんでシェリルの頭を撫でると、シェリルは頬を膨らませながらポカポカと両手で俺の胸元を叩いてきた。
「……むぅ!」
「いや、シェリルさんや……あの女性陣の中に飛び込むのは無理だって……」
「……裏切り者。騙された。何度も助け呼んだ。罰が必要」
「えぇ……?」
罰の内容は『一度だけ私のお願いを叶えてくれること』だった。
中々に重い罰で正直断りたかったんだが、断ろうとする度に「裏切り」と連呼されるので『俺が叶えられる範囲で』という条件付きで渋々承諾する事に。
罰の執行はシェリルの判断で行われる為、何時になるかは不明。
これは早まったかな? とも思わなくもないが、シェリルの機嫌が戻りもう怯えた様子もなくなったのを確認できたので良しとしよう。
こうしてシェリルの乱は幕を閉じ、俺は漸く朝食を食べ始める事が出来るのだった。
「……シェリルさんや、膝の上に乗っているのは何故?」
「…………ふんっ」
「わー、見事な怒りっぷり。ほら、リンゴで作った兎さんだよー?」
「……ホーンラビットはない?」
流石にリンゴで角を表現するのはハードルが高いです…………爪楊枝をぶっ刺せばいいのか?
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