第37話 幕間 猫かぶり令嬢、フレイシアの不満。




 side???



「――では、アリシア達はオルフェに戻ってきて居ないのですね?」

「は、はい! 私が確認した限りでは"炎天の剣"が街に戻った形跡はありませんでした!」

「そう……報告ありがとう、もう下がっていいわ。ご依頼した件――くれぐれもお願いしますね?」

「はっ! し、失礼致します!」


 ――私はネル。人族で16歳。現在は縁あってエムルヘイム王国にあるディオルフォーレ公爵家に仕えている。役職は専属侍女。

 私は今、この館の一番小さな応接室でお世話を仰せつかっている。お客様を案内し、紅茶を淹れる簡単なお世話だけど。


 そしてお客様を招き入れて僅か10分足らず。お客様は紅茶に殆ど手をつける暇もなく招待主……私がお仕えするお嬢様に質問攻めにあい、話し終わると即退室を促された。

 私は一応扉の外までお見送りをし、後のお見送りに関しては他のメイドに任せる。


 お客様の門番の人、顔が赤かったなー……お嬢様って外ズラだけは良いから。


 あ、これは悪口ではなく公爵家に仕える者ならば必ず思っていること。

 現に家令のゼファーさんなんて『私が天に召されるまでに、お嬢様のお子を見れる日が来るのでしょうか……』と、本気で泣いていたくらいだ。お嬢様は完全無視していたけど。あの時は使用人のみんなでゼファーさんを慰めたっけ。


「……ふぅ、やっぱり怪しいわね」

「はぁ……ご自身の満足する回答を得られて何よりですが、また奥様に無断でこんな事をして怒られますよ?」


 先程まではお客様が居たので、淑女らしくお淑やかにしていたお嬢様――フレイシア・ルイン・ディオルフォーレ様は、お客様が居なくなった直後に豪華な椅子に足を組んで座り背もたれに体を預ける。


 今日の急なお客様の来訪は、このフレイシア様の独断専行だった。


 だから、私はいつもの様に奥様の名前を出して注意をしてみたけど……フレイシア様もいつもの様に聞いていないフリをする。後で怒られるのは自分なのに……。

 一応、フレイシア様の独断専行が見られたらゼファーさんに報告する事になってるから伝えてある。今日は外に出る様な事はなかったので一安心だ。


「ねぇ、ネル。貴女はアリシア達の報告を聞いてどう思った?」

「どう、と言われましても……」


 私はそもそもその場に居なかったんですが?

 一応、話自体はフレイシア様からも旦那様や奥様からも聞いていた。


 フレイシア様の御友人。フレイシア様の表も裏も知っている数少ない、本当に貴重で希少な御友人であられるアリシア様とそのお仲間の方達。

 そんなお二方が所属している冒険者パーティー"炎天の剣"が、オークの大繁殖に遭遇しオーク・キングを討伐したという話は、ディオルフォーレ家が治めるオルフェの街では知らない者は居ない。


 オーク・キングの討伐者はエルフ族であるシェリルノート様で、アリシア様達はその配下の殲滅を行っていたようだ。

 当然、オルフェの街を救って下さった"炎天の剣"の皆様には報奨をという話も出ていた。ディオルフォーレ家としても、街を救った英雄に報いる為に声を掛けたらしいが……。


「大体、おかしいと思っていたのよ。慣れない護衛依頼に手こずったとか言っていたけど、それにしては怪我をした様子もないし。そもそも手こずったと言うのなら尚更救援要請を出せばよかったじゃない。そしてこちらが呼び出そうと思って遣いの者を宿屋に向かわせてみれば……昨日のうちに宿を引き払っていたわ。宿屋の主人の話によれば『戻るのが明日になるか、それよりも後になるか分からないから』と言って朝には出て行ったそうよ? 絶対隠してる事があるのよ……はぁ。こんな事になるのなら、昨日報告しに来た時にニナ辺りを懐柔すればよかったわ」


 ゼファーさんのお話によれば、何でも行かなければならない場所があり報奨等の受け取りに関しては帰って来てからにして欲しいと、功労者であるシェリルノート様が旦那様にお願いしたそうだ。

 彼女はエルフ族であり、旦那様よりも長い時を生きている。そして何より魔法の腕はこのオルフェの街で一番と噂される程の実力者だ。彼女自身が冒険者のランクに興味が無いのであまり目立ってはいないが、実力主義な旦那様と奥様はシェリルノート様の事を大層気に入っており、彼女の頼みならばとそれを快諾した。


 ……まあ、その話を後から奥様に聞かされたフレイシア様はむくれてしまいましたけど。


 そしてフレイシア様は、今回のオーク・キング討伐について疑問を感じておられる様子。ただ、それは不正を糾弾するとか、"炎天の剣"の皆様を貶める為などではない。


「むぅ……ズルいわ。アリシア達だけでコソコソと……友人である私にまで内緒にするなんて、あんまりだと思わない?」


 そう、フレイシア様は単純に――仲間はずれにされたのがご不満だっただけなのだ。

 現に今も、頬をむくれさせながら小さな声で「ズルい、ズルい」と呟き紅茶を飲んでいる。


「……危険な依頼だったのではありませんか?」

「いえ、アリシア達は大きな仕事の後は必ず数日はお休みを取るの。それはパーティーメンバーの精神的な疲労を回復させる為に必要不可欠な要素だと以前話していたわ。だから今回のオークの大繁殖を片付けた後なら休むだろうと踏んでいたのに……全く、油断も隙もないわ」


 アリシア様やノア様は今でこそ冒険者としてご活躍されているけど、成人するまではフレイシア様と同じく貴族だったとフレイシア様から聞いたことがある。

 ただ、お二方は多く居る子供の中の一番下の子で、ご家族との関係は良好ではなかったようだ。


 そんな家庭環境で育ったアリシア様とノア様は、幼い頃から普通の子供よりも大人びており常に研鑽と鍛錬を怠ることなく貪欲に強さを求め続けていたらしい。

 私はこの話を聞いた時、フレイシア様が好きそうな方達だなと思いました。


 幼い頃からフレイシア様は二人をお茶会と称して招待し、こっそりと訓練をしていた様で講師役には接近戦を旦那様、魔法戦を奥様が担当なされたと聞いた。

『あの二人はお父様には頭が上がらず、お母様には怯えているわ』そんな事を語っていたフレイシア様も、会話の途中で奥様がいらっしゃった際には震えていたけど……どうやらかなり厳しい教育だったみたい。


 そんな苦楽を共にしてきた御友人だからこそ、一緒に遊べないのがつまらないのかもしれない。普段は突発的な行動に困らされてばかりだが、こうして御友人に隠し事をされているだけで頬を膨らませる姿を見ると、年上ではあるけど可愛らしいなと思う。


「……ふん、まあいいわ。アリシア達が街を出て直ぐに"印玉"が森の傍で使用されたらしいから、森にいる事は分かってるわ。門番にはアリシア達が帰って来たら報告する様に頼んだし、帰って来たらたっぷり質問攻めしてやるんだから」

「はぁ……(これは、ゼファーさんに報告かな)」


 ディオルフォーレ家に仕えている者たちは、普段から無茶振りをされる事が多くその対応には全員が慣れている。


 私はニヤリと含みのある笑みを浮かべるフレイシア様を見て溜め息をついた。

 フレイシア様の専属侍女となって6年。

 ……今日一日、比較的大人しく過ごして下さった事にホッとしてしまう私は、もうすっかりディオルフォーレ家に染まりきっていた。



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