第46話 十五日目 訓練場にて、魔法のお披露目。




 オーエンさんの説得は割と簡単に出来た。

 相変わらず跪いて祈るオーエンさんの耳元で「……もしもミムルルート様に会いたいのなら、俺には普通に接して欲しい」と囁いただけだ。


 うん、思い返しても酷いセリフだな。


「――さて、儂は不肖の弟子達と話をしてこようと思いまする。オオエダ様はこの後どうなさるので?」

「あー……オーク・キングを倒せる実力があるのかの確認をする予定で、この訓練所に来たんだ」


 ……まあ、全く動かなかったオーエンさんを動かせたしいいか。


 俺の話を聞いたオーエンさんは人当たりの良い笑みを浮かべながら「それでは、儂も弟子達への説教と愚かな元騎士の若造がどうなったのかの確認をガルロッツォ殿へしてから、のんびりと見学させて貰いましょうかのぅ」と言い早速レオニス達が居る場所へと移動して行った。


 いや、レオニス……そんな捨てられた子犬みたいな顔をされても俺には止められないぞ?


 そうしてレオニス達へのお説教が終わると満足そうに頷くオーエンさん。オーエンさんの前方には屍のようになっているボロボロの男性陣と、ゼェゼェと呼吸を乱れさせて倒れる女性陣(シェリルと桜崎さんを除く)の姿があった。


「時間もないことじゃし、これくらいで勘弁してやろうかのぅ」

「く、くっそ……全く衰えてやがらねぇ……」

「ほっほっほっ、この老いぼれに遊ばれているようではまだまだ一人前には程遠いのぅ」


 そう言い残して、オーエンさんはレオニス達のもとを離れる。レオニスは悔しそうに呻いては居るが、その表情は何処か楽しげで……なんだかんだ言って稽古をつけてもらえるのは嬉しいんだろうなと思った。良い師弟関係だなぁ。


 レオニス達へのお説教……という名の稽古がが済んだお次は、ガルロッツォ様との話し合い。

 こっちは終始和やかに話が進んでいる様に……表向きは見えた。何となくオーエンさんから気迫のようなものを感じたり、ガルロッツォ様の笑顔が引き攣っていたりしている気もしなくはないが、話し合い自体は終わった様だ。


 ガルロッツォ様の話によれば、オルフェの街へ訪れた段階では領主としてのお咎めはなしの予定だった。これは別に無関心という訳ではなく、自分が罰を与える事が難しい案件だからというのとそもそも自分が何かしらの罰を与えなくても、桜崎さんを突き飛ばした騎士は騎士団からの追放処分が決定していたので、これ以上何かをする必要も無いと判断した様だ。


 しかしながら、事態はたった1日で急変することになる。あの野盗騒ぎが起きてしまっからだ。


 オルフェの街へと繋がる道での野党騒ぎ。

 その主犯格として捕らえられた元騎士の青年は尋問に即音を上げていて、野盗騒ぎがガルロッツォ様の耳に入る前に全てを自白していたそうだ。


 ガルロッツォ様は本当につい先程、俺達の前に現れる直前にその報告を受け取っていて、報告を読んだ際には大層お怒りになられた様子……。詳しい罪状については後々詰めて行くことにはなるが、犯罪奴隷として強制労働が待っているのは確実だそうだ。


「……ですか。まあ、そこが落としどろかのぅ。儂としてはこの手で屠りたい所ではあるが……まあ、儂も用事が出来たことじゃしな。そちらが確りと裁きを下すというのなら、これ以上は何も言いませぬ」


 ……めっちゃ渋ってたけど、最終的には犯罪奴隷の処分で納得した様だ。用事ってミムルの事だろうな。面倒事はさっさと済ませて早く会いたいのだろう。とはいえ、別に今日しか会えない訳じゃないんだけど……。まあ、ガルロッツォ様も安堵している様子だし、ミムルに会えると分かった事で話が纏まったのなら良かったのかな。



 こうしてオーエンさんの用事は無事に片付き、いよいよ俺の魔法を披露する時間となった。

 オーエンさんが話をしに行っている間に、俺は俺で柔軟を済ませて体と緊張を解し終えて準備万端の状態にしている。


 ガルロッツォ様からは何か的になるものを用意した方が良いかと問われたが、俺はどうせなら的も自分で作る事にしてガルロッツォ様からの提案を丁寧にお断りした。


 という訳で……俺以外の全員が後ろに離れた事を確認してから、早速魔法で的を作っていく。


「それじゃあ、まずは的を作っていきまーす」


 作る的の数は最初に四つ。これはデモンストレーション用の的で、四属性を同時に使える様子を見せる為の的だ。

 何となく人型の方がわかりやすいかなと思って、石で形を作っていく。それを5メートルくらい離れた距離に等間隔で並べてみた。


『…………』


 とりあえず的を無詠唱で作ってみたんだけど……この時点で後ろからの視線が痛いな!? 絶対に振り返らないぞ!!


 もう何か話すのも怖いのでこのままデモンストレーションまで終わらせる事にする。


 使う属性は火・水・風・土の四属性。

 リディにもちゃんと相談してから、今ならば『並列思考』の負荷にも長時間でなければ耐えられると許可を貰い、俺は四属性をそれぞれ武器の形で具現化していく。


 燃え盛る業火は片手剣。

 渦巻く水流は槍。

 吹き荒れる暴風は細剣。

 降下する岩石は大剣。


 周囲に浮かべた四属性の武器を俺を中心にグルグルと回るように移動させる。

 やがて回転は止まり、それぞれの武器がそれぞれの的に目掛けて飛んで行く。


 魔法使いの魔法。


 それは無限の可能性。

 それは夢幻の具現化。


 想像し創造する力の根源。


 その片鱗を少しでも理解して貰えたらそれでいい。

 だからこそ、本気の魔法は使わない。

 

 今日の魔法はあくまでもお披露目。

 魅せる為の魔法だ。


 4つの武器は同時に4つの的へと到達し……ごう音と爆風を生み出した。


 うーん……もう少し的の距離を離せば良かったかも? 火と水を隣同士にした所為で前がよく見えない。


 反省しても次の機会は無いだろうから意味ないけど……似た様な訓練をする際には気をつけよう。


「――"風の精霊よ、周囲の煙を消し去って"」


 心の中でデモンストレーションの反省をしていると、そんなシェリルの声が聞こえて来た……のと同時に俺の前方に広がる水蒸気やら砂煙やらが、突如背後から吹いて来た風によって空へ空へと流されていく。


 精霊って言ってたし、これが精霊魔法ってやつなのかな? 俺には精霊が見えるわけじゃないから、いまいち普通の魔法との違いが分からないけど……。兎に角、待ち時間を短縮できたのは助かったな。


「助かったよ、シェリル」

「……ん、次は時空間魔法? 本当に使っても平気?」


 俺はいつの間にか右隣へ来ていたシェリルにお礼を告げる。

 どうやら心配してくれているようだ。やっぱり魔法の研究をしていた事もあって、その危険性についても詳しかったりするからなのかな? その優しさが少しだけむずがゆくて温かく感じる。


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫…………ちゃんとリディにも許可は貰ってるから」


 照れ隠しの意味合いも込めてシェリルの頭をフード越しに優しく撫でながら小声でそう伝えると、シェリルは「……ん。念の為、少し後ろで待機してる」とだけ呟いて数歩後ろへ下がって行った。

 うーん……まあ、未熟な自覚はあるし今は周囲の人達の優しさを甘んじて受け入れよう。いつか恩返しは必ずするけど。


 視界が元に戻った前方には、無惨に崩れ落ちた4つの的の残骸だけが残っている。

 とりあえず片付けは後回しにして、俺は残骸の奥にオーク・キングを模した石の人形を作り出した。流石にそろそろ魔力ポーションを飲むか……。


 魔力ポーションを飲んだ後は、いよいよ時空間魔法のお披露目だ。少しだけ後ろがザワザワとしてるけど……振り返ったら確実に詰め寄られるので振り返りません!!

 どうせ詰問させるなら、まとめて1回で済ませてもらおう。

 最早逃げる事すら諦めた! 後が怖いからな!


「それでは、時空間魔法のお披露目を始めまーす!」


 そんな訳でレッツ・時空間魔法!


 標的……確認。

 発動魔法形態……確認。

 発動範囲と威力の設定……完了。


 時空間魔法……仮称名――"虚絶きょぜつ"、準備完了。


 虚ろの無すらも絶つことの出来る魔法だから、何となくそう名付けた。

 失われし厨二病魂が輝きを取り戻しつつあるな……くっ、もう一人の俺(左目)が疼きやがる……っ!!


 さあ、今回は控えめだけどちゃんと成功してくれよ…………"虚絶"!!


 魔法の発動を意識した直後。

 オーク・キングを模した石の人形の首から上の部分が、滑り落ちるようにして左へずり落ちていく。

 それは範囲こそ狭まってはいるものの、あの森でオーク・キングを倒した時と同じ現象だ。


 何の前触れもなく落ちたオーク・キングを模した人形の頭。


 そんなオーク・キングを模した人形に走りよっていく一人の少女。


「凄い。魔力の流れは確認できたけど、首が切断された瞬間は分からなかった。これが時空間魔法の真髄。"叡智の魔法使い"だからこそ扱うことの出来る型破りな魔法……魔法士の憧れにして極致。その一端をいま、私は見ることが出来た……!」


 シェリルはオーク・キングを模した人形の周囲を忙しなく動き回りながら、歓喜に震えた声でそう語る。


 うん、それは何よりだと思うし残骸も好きなだけ見ていいんだけどさ…………出来ることならこっちに戻ってきてくれないかなぁ〜?


 いやね? 俺は別に魔法の専門家でもなければ研究者でもないわけですよ。

 元々は魔法なんて存在しない世界から来たイッパンピーポーだし、この世界で手に入れた力すら未だに理解しきれていない未熟者何です……。


 なのでその――――俺の代わりに背後でプレッシャーを掛けながら近づいて来る人達に説明してあげてくれ!!

 コワイよ! お昼前なのにホラーな展開が始まる予感……くっ、ダメだ!! 左右の肩をそれぞれ違う人物から掴まれている!!


 右肩を掴んでいるのは誰か分からないけど…………左肩を掴んでるのは絶対にフレイシア様かオリエラ様だろ!? 何か掴まれた箇所から冷気みたいなのが漏れ出てるもん!!

 何で氷属性!? 俺が逃げようとしたら凍らせる気ですか!?


 必死に逃げようとするが、どう足掻いてみても両肩の手が外れる事はなく……冷や汗が止まらない俺に左側から声が掛けられる。


「……ねぇ、ダイキ?」

「は、はい?」


 声の主はフレイシア様だった。ちくしょうっ!! 究極の二択のうちアグレッシブな方に当たってしまった……!!


「ちょ〜っと聞きたいことがあるんだけど……答えてくれるわよね?」

「…………はぃ」


 当然ながら俺に打開策なんて思いつく訳がなく、せめてもの悪あがきに後ろへ振り返らずに……俺はフレイシア様の質問に答え続けた。


 時々、ガルロッツォ様やオリエラ様、"炎天の剣"とかからも質問されたりして、それにもしっかり答えていく。


 結果として俺はガルロッツォ様からオーク・キングの討伐者として認められる事は出来たけど、正直魔法のお披露目は二度としたくないなと思う。


 そう言えば、物腰柔らかくて穏やかな雰囲気のガルロッツォ様とオリエラ様も妙にテンションが高かったなぁ。ガルロッツォ様なんて"私"じゃなくて"俺"って言ってたし。

 流石はフレイシア様のご両親って感じだった。どうやらレオニス達から聞いていた話は本当らしい。

 家族揃って戦いに関する事には興味が尽きないようだ。


 あー……まだお昼前なのに凄い疲れたよ……。





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