第35話 十四日目 エルフさんと展望台で①






 グランドホテルの屋上。

 BBQ広場では、まだまだ皆で大騒ぎしている。


 レオニスが酔っ払って恋人であるアルムニアに何かを言ったのか、小さな水の球を何発も飛ばされて逃げ続け、最終的には何故か道ずれにされていたジールと共にジャグジープールに落っこちていた。

 それを見ていた皆は大笑い。アルムニアは呆れて、ジールの恋人であるレイミーは苦笑していたけど。

 

 賑やかになったなぁ。


 あれからある程度リディとミムルにお肉を焼き続け、途中でフラフラなマルティシアを支えてやって来た笹川先生を手伝ったり、他のみんなにもお肉や野菜を配って行ったりしてそれなりに忙しくしていた。


 そして現在、俺はリディとミムルにマルティシアの事を任せて屋上にある展望台に一人で来ている。

 相変わらず床はふかふかで、汚したら駄目そうな見た目をしてるけど……まあ、ここは言わば私有地だしいいだろう。

 そう判断して窓際に置かれた背もたれの無い長めの椅子に座り、俺は一人で静かに串から外した肉や野菜を食べていた。


 別に賑やかなのが嫌いなわけじゃないけど、今までの人生でこんなに多くの人たちと一気に関わり合いになる事はなかった。

 だから、戸惑いと疲れが出てしまって少し休みたかったのだ。それに、こうして知り合った人たちが楽しそうにしているのを眺めるのは好きだなって思う。


 最初にこっちの世界で再会した時、心做しか皆が疲れているようにも見えた。

 きっと慣れない世界で頑張り続けて、心から休まる日がなかったんだと思う。


 だから安心した。

 寝起きに見たみんなの表情は凄く楽しそうで、凄く幸せそうで、存分にリラックスする事が出来たみたいだったから。見ているこっちまで嬉しくなってしまう。


 ここが皆にとって安心出来る場所になればそれでいい。ここは俺の許す人達しか入れない鉄壁の要塞。

 だから、皆はこうして幸せそうに笑っていてくれればそれでいい。


 辛い思いなんてする必要はない。

 悲しい記憶なんて忘れてしまった方がいい。

 ここは幸せな夢の中。

 楽しい事をして、十分に体を休めて……安心して眠りについて欲しい。


 そして皆が幸せな夢の中に居る間に――俺が全てを終わらせるから。

 魔石だって取ってくるし、皆の事くらいなら1年でも10年でも余裕で養える。そうリディには教えて貰っていた。


『別にミムルルートから新たに神力を貰わずとも、余裕で賄えるくらいには貯蓄はあります。ですので、ますたーはますたーの望むままに』


 俺に微笑みながらそう語るリディに、心からの感謝をしたのは言わずもがな。ただ、少しだけ悲しげに見えたのは…………きっと、俺が一人で全部やろうとしている事に気づいてしまったからだろう。


 うん、凄く迷惑をかけるし心配もさせるだろうけど、どうか許して欲しい。


「だってさぁ……まさか、選ばないとふんでいた残る選択をするなんて……皆は直ぐに帰りたい筈だと思ってたのになぁ」


 そうボヤきつつ、俺はガラスの壁の下に見える桜崎さんへと視線を向けた。





 ♢♢♢




『ねぇ、大樹くん。凄いわがままを言ってもいいかな?』


 それは、いつの日だったか……確か桜崎さん達が公爵領へと向かっていると聞いて直ぐくらいだったと思う。何処か不安そうな顔をしたミムルが、俺にあるお願いをしてきた。


 かなり大掛かりな計画。

 地球とこっちの世界を繋ぐ中継点として、此処を利用したいという話だ。もう既にリディにも話を通しており、リディは『私はますたーにお願いされたら動きます』と答えたそうだ。相変わらずの忠誠心――【愛です。】……あ、はい。俺も愛してるし、愛されてて幸せです。

 ま、まあそんな訳で後は俺が承諾するかどうかだけらしい。


 こんな大掛かりな計画を立案したのは、俺の為ではない。俺は地球に未練は無いし、帰りたいとは思っていないから。

 となれば、考えられるのは一つだけ。話を持ち掛けられたタイミングからしても、桜崎さん達の為なのは明白だった。


 当初は帰還する際にはこちらで過ごした記憶は全て消して、肉体の成長も元に戻してステータスも消す予定だった。あと、これは桜崎さん達も知らないらしいがこっちの世界で死亡した場合はその魂は一時的にミムルの神域で管理して保管する事になっているらしい。


『まあ、こっちでの活躍に応じて地球の女神が信賞必罰を行うらしいけど。元々ダンジョンが攻略出来なかったとしても、頑張ってくれた事実さえあれば帰してあげるつもりだったからねぇー。ただ、流石にステータスをそのままって訳にはいかないから、元の世界に戻った時にステータスが無くなってても問題なく生活できる様にする予定だったの』


 要は体裁が必要だったとの事。そして、欲を言えば帰す際に消費する膨大な神力を補填出来ればと思い未踏破ダンジョンの攻略を試練内容に決めたそうだ。

 なんか、星を創り出す際に必ず与えられるソシャゲの実績ミッションの様なものがあるらしい。ミムルの場合それがダンジョン攻略であり、現在はA級までチェックが入っている状態のようだ。


『私はまだ比較的若い女神だから、色々と舐められる事も多いんだ〜。だから今は余裕で勝てる相手にも、桜崎ちゃん達を帰して弱体化した後では勝てるだろうけどそれなりに面倒……油断すれば負けてしまう。それがちょびっとだけ怖くて、あわよくばS級ダンジョンを攻略してくれないかなぁ……ってね?』


 とりあえずS級ダンジョンさえ攻略してもらえれば、ダンジョン内に溜まっている豊富な魔素が解放され、星としての質が高まる? のだとか。星の質が高まれば創造神としての格も高まる。詳しい事は感覚的な部分も多いらしくて、創造神となったミムルにしか分からない事もある様だ。ただ、S級ダンジョンを攻略して貰えればそれだけで一応安全圏には入れるらしい。

 

 その話を聞いて、俺はS級ダンジョンはもちろんの事他の全ての未踏破ダンジョンも攻略する事にしたのは言うまでもない。


 話を戻すが、身体的にも精神的にもこちらでの記憶は消して文字通り何も無かった事にする。それが今回の異世界転移の最終プロセスだった。


 しかし、桜崎さん達がこっちの世界の人達と仲良くしている様子を見て考えを変えたらしい。

 今ならわかるけど、レオニス達の事だ。


 ミムルは違う世界の人と人が仲良くしているのを見て、素敵だなと思ったようだ。そして、こんな大切な思い出を消してしまう事が惜しくなった。


『正直に言うとね? 最初はそんな事考えることは無かった。ただ事務的に、友達にお願いされたからやる事だけやって無難にこなすつもりだったんだぁ。けど、大樹くんと出会えて、こうして幸せになれて考えを改めたの。せめて真面目に取り組んでいる子達にはちゃんと向き合っていこうって』


 そうして行動を開始したミムルが地球の女神様に話を持ち掛け……現在の計画が出来上がったらしい。

 ただ、ミムルがなにか隠している気がするのは気のせいだろうか? 言っていることは本当だと思うが、それだけではない気もする。他に理由はあるのか尋ねた時も露骨に視線を逸らしてきたし……なんだろう?


『……(い、言えない……桜崎ちゃんの方が先に大樹くんを好きになってたのに、後から好きになった私の方が先に相思相愛になって、このままだと桜崎ちゃんが大樹くんと永遠にお別れする事になるのが申し訳ないから。なんて……絶対に言えない!)』


 気になる事はあったけど、折角ミムルが桜崎さん達の為に計画している事だったので、俺としても応援してあげたい気持ちもあり許可する事にした。


 ただ、桜崎さん達がこっちの世界の記憶を残したいと思うかどうかは分からない。辛い思いだってするだろうし、何かの拍子に悪党とは言え人を殺める事になる可能性だってあるのがこの世界だ。

 だから、俺からの条件としてちゃんと一人一人にどちらを選択するのかを選ぶ権利を与える事を付けさせてもらった。


 ミムルはこの条件をのみ、俺達が帰る期限までには間に合わせると意気込んでいた。


 うん、それはいいんだけどね?

 毎回毎回俺には分からない専門用語みたいなのを並べ立てて愚痴ってくるのは勘弁して欲しいな……聞いてるこっちの頭がパンクしそうになるから。


 あと、地球の女神様に対する文句とかも俺に言わないでくれ。マジで反応に困る!! あー、聞こえない!! なんかこっちに来たがってるとか聞こえたような気がしたけど、オレハキイテナイゾ……。





 ♢♢♢




「……2,3人は残る人も居るかなって思ってたけど、まさか全員残る選択をするとはな」


 過去にミムルから聞いた話を思い出してそんな事を思う。現に昨日だってオーク・キングの率いるオーク軍に襲われて怖い思いをしたはずだ。

 地球にいた頃は何かに襲われるなんて経験滅多にする事じゃない。……楽街さんと沖田さんは変質者に襲われてたけど。あれだって相当レアなケースだ。こっちの世界とは起こる頻度が違う。


「忘れた方が楽だと思うんだけどな……」

「――例え辛い経験をしたとしても、忘れたくない記憶がある。それが。マコ・サクラザキ達の選択」

「シェリル?」

「……ん、創造神様に居場所聞いた」

「え……あー、ほんとだ」


 いつの間にか後ろまで来ていたシェリルに驚いてしまう。

 話を聞けばミムルが居場所を教えたらしく、ガラスの向こうを見ればマルティシアが横になっているデッキチェアの傍にミムルの姿があり、俺の方を見上げていたミムルは視線が合うと嬉しそうにその場で飛び跳ねて手を振って来た。

 ……そしてそんなミムルの隣ではリディが投げキッスの動作を繰り返している。いや、恥ずかしいんだが!?


 ミムル! リディの方を見て『その手があったか……!』みたいな顔をするな! そして投げキッスをするな!!


 俺は投げキッスなんて恥ずかしい事は流石にする勇気がなかったので、とりあえず笑顔で手を振り返す……いや、嬉しそうに投げキッスの速度早めるのやめてくれないかな!? 後ろからシェリルが見てるから……。


「……創造神様に愛されている。それにリディ様にも」

「あはは、嬉し恥ずかしいけどね……ん? リディ"様"?」


 シェリルがリディの事を様付けで呼んでいるのが気になりそんな返事をしてしまう。もしかしたら、リディの容姿が原因か?


「……ん、リディ様。ホムンクルスだと言うのも、御先祖様――"始まりのエルフ"をモデルにしてるのも聞いてる。でも、私にとっては書物の中の泡沫よりも……目の前のあの方こそが敬うべき方だから」

「っ……!」


 そんな俺の予想は的中し、シェリルは深々と被っていたフードを俺の前で外した。

 その小柄な体に見合う幼い顔立ちではあるものの、足元まで伸びた長いプラチナブロンドは正しくリディと同じ色合いに見える。そして展望台内の薄明かりに照らされたその右目には、確かに翠の瞳が宿っていた。ただ……左目だけは違った。


「……あ、左目は、生まれつき。これは……その」


 俺が左目を見ていたのに気づいたシェリルは、慌てて左目を手で隠してしまった。


 何故か声も震えているし……何か訳ありなのかな?






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