第34話 十四日目 今後の方針と、後ろ盾。



 


 すっかり夜になった屋上のBBQ広場。

 ぶっちゃけマスタースイートよりも見慣れた場所に……今日は大所帯で訪れている。

 転移者組の未成年とお酒が好きではないニナ、シェリル達は、テーブルに置かれた調理済みの料理をジュースや烏龍茶で流し込むように夢中で食べていた。


「がうー! お肉美味しー!!」

「ニナちゃんニナちゃん、こっちのタレをつけたヤツも最っ高だから!」

「……ん、野菜にかかってるやつ。美味しい」

「シェリルノートさん、それはごまドレッシングって言うんだよ〜? うぅ……こっちの世界では諦めてたものがいっばい……嬉しいよぉ〜……」


 お肉を頬張り幸せそうにしているニナに、如月さんが焼肉のタレをつけた牛肉を食べさせ、野菜を中心に食べていたシェリルには物部さんが親切に……そして泣きながら説明をしていた。

 ただ、泣きながら食べているのは物部さんだけではなく、他の転移者組の面々も涙を浮かべていたのでやっぱり故郷の味が懐かしいのだろう。


 ちなみに、未成年組のテーブルから三つ程離れた席では成人組……笹川先生やニナとシェリルを除いた異世界組の面々がお酒を飲み交わしている。

 俺ら知らなかったんだが、笹川先生は大のお酒好き。午後の買い物に出た際も真っ先にお酒を買い漁っていたようだ。そして、地球産のお酒に詳しいと言うことでレオニス達に質問されたりして大人気の様子。

 あ、ちゃっかりマルティシアも参加してました……程々にね。


 ミムルとリディは未成年組の所で大人しく肉串を食べている。全部俺が焼いたやつだけどな!!


 幸いにして他のみんなの分は各々が楽しそうに焼き始めたので俺が焼かずに済んだのだが……リディとミムルはちゃっかり自分たち専用の炭火焼きグリルを確保していて、キラキラとした瞳で俺を見つめて生のお肉や野菜を差し出してきた。つまりは『焼け』って事である。

 くっ……今日はみんなが居るから自粛するかなと思っていたのに、そんな事は全くなかった!


 そうしてミムルとリディに催促されるがままに俺は串焼きを量産しつつ、宴会が始まる前の出来事を振り返る。





 ♢♢♢





 夕暮れ直後のロビーにて、今日招待した全員が異世界エリアにある領主館(仮)ではなくこのグランドホテルでの滞在を希望した。


 綺麗に土下座をする一同はお風呂に入ったのかほのかに血色が良くなって赤くなっている。というか、女性陣は買ったばかりの洋服に着替えてるし……あ、レオニス達もラフなTシャツとか短パンに着替えてる。おームダ毛も無いし、良い筋肉だ。流石は冒険者。


 そしてそんな一同は綺麗な土下座を披露したまま、一時的な滞在ではなくレオニス達を含めた全員が此処を拠点として長期的に利用したいと申し出てきたのだ。要は"リゾート"への移住って訳だ。快適だもんなあ、ここ。


 転移者組に関しては……まあ、そうなるだろうと思ってたし、元々こっちの世界での生活が辛い様なら誘うつもりではいた。

 俺は別に彼ら彼女らに対して忌避感はない。

 正直、王都に残っている奴らだったらぶん殴ってる所だが、桜崎さん達に関してはミムルが俺に抱きついてきて嬉しそうに「謝ってくれたんだぁ」と話していたのを聞いていたので、本当に誠実な人達だなと感心したくらいだ。流石は俺の天使……!


 だから、当然答えはOKの一択である。


 それにしても、まさか異世界組までもがそれを望むとは思っていなくて驚いた。やっぱり、こっちの世界での暮らしが当たり前なレオニス達でも住みたいって思える場所なんだな。いや、こっちの世界での暮らしが当たり前だからこそなのかな?


 レオニス達は普通に気のいい連中だし、俺としては特に反対する理由はない。

 ただ、冒険者として活躍しているレオニス達も滞在するとなると……これは早めに、色々と決めておいた方が良さそうだなと思った。


 そんな訳で此処を拠点として活動したいという皆の気持ちは理解したので了承する。そしてひとしきり皆が落ち着いてきたタイミングで、色々と決めていかないといけない事もあると言う話をして一先ずその場で簡単なルールや活動方針などを決めていくこととなった。



 と言っても、そんなギチギチにはしたくないので"厄介事を自ら持ち込んでこないこと"、"こちらに転移する際にはなるべく他人にバレないように"、"リゾートに関係する問題が起きた場合は即報告すること"。

 基本的にはこの三つを原則として守ってもらい、後は外で活動する際の仮拠点……要は"リゾート"へ転移する為の場所探しや拠点を移すことで変わる冒険者としての動きに関して話し合っていく事となった。


 仮拠点が必要な理由は、"炎天の剣"がオルフェの街で有名だから。特にいまは俺がオーク・キングの討伐者をシェリルに代わって貰った事で人気に拍車がかかっているらしい。


「元々近いうちにAランクに格上げされる予定だったんだ。俺達は何だかんだでB級ダンジョンも攻略できる実力はあったし、冒険者としての功績も大分あるからな」

「そして、シェリルノートがオーク・キングを単独で討伐した事と、大繁殖した上位種を含めたオーク達を殲滅した事も相まって……いい機会だからとオルフェのギルマスが仰っていましたわ」


 そう語る二人の表情は複雑そうで、なんだか悪い事をしてしまった気がする。そう思った俺が謝罪の言葉を述べると、二人は笑って許してくれた。

 ……というか、別に俺に対して何か思う事がある訳ではないそうだ。


「言ったろ? 元々Aランクには上がる予定だったって。今回はそれが早まっただけだよ。ただなぁ……オルフェに仮拠点を持つことになるとは思うんだが、この騒ぎで面倒事が舞い込みそうなんだよ」

「……面倒事?」

「実は昨日、公爵領を治めるディオルフォーレ公爵家へご挨拶に伺ったのですが……公爵家の末子であり唯一の娘でもあられるディオルフォーレ公爵令嬢がオーク・キングの討伐に関して懐疑的でして」


 思ってたよりも数段上の面倒事だった。


 公爵令嬢の名前はフレイシア様と言うらしい。

 年は18歳で仲の良い友人には"フレア"と呼ばれており、普段は貴族令嬢としての振る舞いも完璧。王都等のパーティーに呼ばれると様々な貴族の息子が求婚される程に人気のある人の様だ。

 しかし、それはあくまで表向きの顔であり、長く交友関係を続けているアリシアによるとフレイシア様はイタズラ好きで、戦うのが大好きな戦闘狂。

 イタズラ好きな公爵夫人と戦闘狂な公爵の血を真っ直ぐに受け継いだお転婆令嬢との事だった。


「表向きの態度だって、ディオルフォーレ公爵夫人から『普段は猫を被り、相手の油断を誘うのよ』と言われ習ったものですから……実際に頭の回転も早く、二人いる兄君からも良く領地経営について相談されている様です」

「な、なるほど……そんな公爵令嬢様が、シェリルを怪しんでいると?」

「怪しむっていうかなぁ……あれはもう確信してるんじゃねぇかな? 俺達は公爵様から結構依頼される事が多いからさ。多分、いつもと全く違う方法で討伐報告をしたのを不審に思ってたんだろう。一応、来訪者達を護衛しながらだったからシェリルに単独で動いてもらったと説明はしたが……オルフェに戻ってから呼び出されるだろうなぁ……」


 そう溜め息をつくレオニスの話を聞いて、俺はオーク・キングの後始末を適当に済ませ過ぎたなと反省した。

 公爵令嬢かあ……多分、そういうやんごとなき一族にとって"リゾート"の価値は高いと思う。豊富な資源でもあるし、最高の隠れ家でもある。奇襲や誘拐などといった危険から逃げれる場所があるというのは、ある種の安心材料でもあるから。


 うーん……。


「あのさ、レオニス達に聞きたい事があるんだけど」

「なんだ?」

「仮にだが、ディオルフォーレ公爵家に俺のスキルの存在がバレたとして……ディオルフォーレ公爵家は、俺の力を無理矢理にでも政治的に利用しようとするかな?」

「「ないな(ですね)」」


 アリシアとレオニスから真剣な顔で否定されて、俺はちょっとびっくりしてしまう。そんな俺の顔を見たアリシアはふっと真剣な顔を崩し笑みを浮かべながら話を始めた。


「ディオルフォーレ公爵家は寧ろ、そういった貴族だからと好き勝手する相手を毛嫌いしていらっしゃいますわ。対価を提示して依頼される事はあるでしょうが、それも内々に、例え断ったとしてもお断りを入れた方の悪評が出回らない様に細心の注意を払って行われるでしょう」

「あの一家に救われた貴族・商人・冒険者・平民は多いからなぁ。前にディオルフォーレ公爵家が『嫌いだ』と公の場で言った貴族なんて、あっという間に悪事がバレて潰されちまったぜ? だから、例えバレたとしても強制的に働かされる事はないと俺が保証する」

「がうー♪ フレアはねー、いっぱい遊んでいっぱい撫でてくれるんだよー? ニナ、フレア大好きー!」


 両手を目一杯に上げてにへらと笑うニナ。そんな彼女の顔を見れば……ディオルフォーレ公爵家が良い人たちだと言うのはよく分かる。


「……これから俺達はオルフェを中心に活動する事になるし、手土産を持参して挨拶はしておいた方が良いかな?」


 ここで言う手土産に関してはもちろん裏の意図もある。それを素早く理解したのは、アリシアの隣に立っていたノアだった。


「なるほど、確かにそれは良い案ですね。ここの品々はどれも素晴らしい物ばかりです。更には追加で入手する場合、必ずダイキ様を通さなければなりません。ある程度したら此方へご招待するのも効果的でしょう――ディオルフォーレ公爵家の後ろ盾があれば、何かと対処が楽になりますから」

「まあ、上手くいかなかった場合とか、もしも万が一ディオルフォーレ公爵家が強行に出たりしたら熱が冷めるまでここで過ごして別の国に行けばいいしな」

「……(創造神様の恋人に喧嘩を売るなんて、ディオルフォーレ公爵家がするとは思えませんがね)」

「アリシア?」

「いえ。なんでもありませんわ」


 凄く綺麗な笑顔に思わず見蕩れそうになるが、同時に誤魔化されている様な気も……まあ、良いか。


「それじゃあ、とりあえず街に行った時に接触があれば会うって感じで……あ、そういえばレオニス達にお願いがあったんだ」

「おうっ! こっちで世話になるし俺達に出来ることなら良いぜ?」

「無理ならいいんだけど、もしも門番とか冒険者ギルドとかで鑑定を求められる事態になったら助けて欲しいなって」


 一応、外套だけでは心許無いので対策としてミムルからステータスを偽装できるアイテムかスキルを貰う予定ではあるが……念には念を入れておきたかった。


「それくらいならお易い御用だ。つっても、門番では犯罪歴の有無を確認されるくらいだし、冒険者ギルドの方もあくまで自己申告制だからなぁ。ま、勝手に鑑定してくる阿呆は居るから鑑定阻害の効果が付いたアイテムを所持してれば大丈夫だろ」

「そっか、まあでも何があるか分からないから一応最初はレオニス達と行動は共にしておこうかな?」


 荷物持ちに扮して居れば目立ちはしないだろう。最悪の場合は姿隠しの外套の効果で気配を断てばいいし。


 そんな感じで、とりあえずの方針は固まったと思う。


 拠点は"リゾート"で、活動範囲は主に公爵領を中心に。

 "リゾート"への出入口として家を買うか借りるかして表面上はオルフェの街へ移住したと周囲に思わせる。

 レオニス達は指名依頼が入らない限り、基本的には俺達のダンジョン攻略を手伝ってくれるそうだ。


「ダンジョンはレベル上げとか、訓練の一環として通ってばかりで真面目に攻略した事はなかったからな。前回B級ダンジョンを攻略したのも、頼まれた薬草がそこのダンジョンの最奥にある場所に群生してるからだったし。これを機にダンジョン攻略を本格的にしてみるのもいいかもしれねぇな……こいつにポイントも入れておきたいし」


 そう言って笑うレオニスの右手には、皆が此処に住むと分かった直後に配っておいた"リゾートメンバーカード"が翳されていた。


 "リゾートメンバーカード"は所有者登録が必要な入場パス兼クレジットカードの役割を果たす移住者専用カードだ。

 このカードさえ持っていれば、リディが許可したエリアを自由に転移する事が出来る。支払いも部屋の登録もこのカード一枚で行えて、更にはカード同士を重ね合わせてお互いに登録し合う事で、登録したカード所有者と離れてても話すことが出来る"念話機能"が搭載された非常に便利なカードだ。


 あ、俺の"リゾートオーナーカード"にも当然この機能は付いて居たらしいのだが……「ますたーはぼっちだったので、説明は不要かと」と、リディにバッサリいかれてその場に伏してしまった。

 いや、確かにあの時は俺しか居なかったけど……解せぬ?


 ま、これからは使う機会はありそうだし、良いんだけどさ。


 レオニスの言っているポイントを入れておきたいというのは、要はダンジョンで魔物が落とす魔石をポイントに交換したいと言うことだ。今日は大盤振る舞いで大量のポイントを付与したけど、流石に毎日という訳には行かない。

 "リゾート"を運営していく為にも、魔石の供給は必要不可欠。一応ダンジョンで魔物を倒せるようになるまでは毎日ポイントをプレゼントするし、非戦闘職の人向けのアイデアも考えてはいる。

 けど、ひもじい思いをさせたい訳じゃないからこっそりとポイントを補充してあげて欲しいとリディには頼んでいたりする。


 ……多分、俺はダンジョンに潜りまくるだろうから魔石も大量に手に入るだろうしな。そのうち神力を消費しなくても"リゾート"の施設を運営できる様になるのが目標だ。


 転移者組もなんかダンジョン攻略にやる気を見せている様だし、一度ダンジョン攻略が始まれば供給が切れることはないだろと思っている。


 こうして話は進んでいき、ある程度纏まったところで俺達は夕食を摂るべく屋上へと移動したのだった。







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