第32話 十四日目 忘れない為に、そばに居続ける為に。



 side桜崎まこ


 異世界に来て十四日目の今日。

 大樹くんに招かれて訪れたのは異空間……この空間の管理者であるリディさんの言葉を借りるのならば、疑似神域"リゾート"と呼ばれる大樹くんのスキルによって生み出された特別な空間らしい。


 そして現在、大樹くんを質問攻めにしてノックアウトさせた私達は女性だけで集まって領主館(仮)のお庭へと来ている。

 あ、恋人がいるアルムニアさんとレイミーさん、それと佐野さんは不参加。大樹くんをリディさんに教えてもらった小食堂へ運んでくれてるレオニスさん達について行った。

 逆に言えばそれ以外の全員が参加を表明した訳で、そこには今回集まった理由というか……張本人の方々も当然居る。


 リディさん、マルティシア様、そしてミムルルート様の御三方だ。


「改めましてこんにちは。私はリディと言います。ますたーのますたーによるますたーの為の存在……それが私です。あ、ますたーの恋人1号であり、"ますたーしゅきしゅき大しゅきクラブ"のナンバー1でもあります。メンバーは絶賛募集中です」


 最初にドヤ顔で胸を張りながら堂々と宣言しだしたのはリディさん。オーバーサイズのパーカーにレギンスと言う服装が可愛らしい彼女は、大樹くんの恋人1号さんらしい。

 色々とショックだったりビックリしたり感情がぐちゃぐちゃなんだけど……最後の"ますたーしゅきしゅき大しゅきクラブ"ってなんだろう? 大樹くんが考えたのかな……まさかね?


「改めましてこんにちは〜……で、良いのかなぁ? 私がミムルルートですっ。一応神託とかをする時は厳かな雰囲気を大事にしてるけど、普段はこんな感じなんだぁ〜。よろしくね〜? ふっふっふっ〜私こそが大樹くんの恋人2号っ! そしてそして"ますたーしゅきしゅき大しゅきクラブ"のナンバー2っ! 仲間は大歓迎だよ〜?」


 そして次に宣言を始めたのがミムルルート様。最初に出会った頃とは違い、本当はとても親しみ安くて可愛らしい女神様だった。

 でも、その服は一体……女神様充電中?


 そんなミムルルート様にはお庭へ移動する前に転移者組の10名全員で生き返るチャンスをくれた事……私達を見捨てず助けてくれた事に関して感謝を告げて、各々が抱いていた罪悪感を隠すことなく伝え、他の転移者達のあまりにも最低な発言の数々に対しての謝罪をした。

 同じ転移者として怒られるのも覚悟してたけど……ミムルルート様は笑って許してくれた。


『ふへへっ……本当はね? みんなとこうして会うのは怖かったんだぁ……。でもね、そんな私に勇気をくれた人が居た。オーク・キングを倒して疲れてる筈なのに、わざわざ桜崎ちゃんと如月ちゃんに私のことをどう思っているのかを聞いてくれた……そんな優しい人が居たの』


 それが誰の事なのか、私と美夜子ちゃんには直ぐに分かった。そっか……あの時の質問はミムルルート様の為だったんだと、優しい大樹くんに胸がときめいて……その優しさを受ける事が出来るミムルルート様が羨ましいと感じた。

 そして、ミムルルート様はそんな大樹くんの優しさに惹かれて…………恋しちゃったらしい?

 リディさんみたいな美人さんを恋人に選んでしまって悲しいとか、私の入る余地なんてないなぁとか、そんな事を思っていた自分の頭に雷を落とされた気分。


 二人目って言うのも驚きではあるけど、相手が女神様って……大樹くんは事の重大さに気づいてるのかな? 話を聞いていた異世界組のアリシアさん達がビックリして固まっちゃってるよ? 教国の人達にバレたらミムルルート様と同様に崇められるか、神への冒涜だーって指名手配されてしまうかもしれない事なんだよ?


 ……でも、二人目って事はつまり――そういう事だよね?


「えっと、こんにちは? 上位天使のマルティシアです…………うぅ、だ、大樹様の恋人3号で……ま、"ますたーしゅきしゅき大しゅきクラブ"のナンバー3でしゅ……っ」


 そして私の予想は正しく、最後の一人……マルティシア様も大樹くんの恋人さんだった。今は背中の空いていない洋服を着ているので消しているけど、本来はその背中に大きな羽を生やしているらしい。今後も大樹くんと居れば見れるのかな?


 顔を赤らめその青い瞳に涙を溜めているマルティシアさんは、他の二人に言わされてるのが丸わかりでちょっとだけ可哀想だなと思った。最後の方なんて噛んじゃってたし……逆らえなかったんだろうな……。


 地球では考えられない、三人の恋人が居る状況。

 それは、私達が転移して来たこの世界が一夫多妻を認めているから。繰り返された戦争の影響で、男性の数が減少傾向にあるこの世界では重婚が認められている。それを理解しているからこそ、目の前に並び立つ三人は険悪な雰囲気を纏うことなく穏やかに過ごせているのだろう。

 日本だったら間違いなる昼ドラばりのキャットファイトが開催されている状況だ。


 もう、ここまでくれば私だけではなくここに居る転移者組の全員が理解してしまう。


 ――大樹くんはきっと、地球に帰るつもりはないんだって。


「……やっぱり、大樹くんはこの世界に残る事を選んだんだ」

「まぁ、地球には大枝に酷い事をする親が居るんだし、そうなるよね……私は未だにそんな酷い事をする両親が居るって事が信じられないけど」

「美夜子ちゃんはい〜っぱい愛されて育ったもんねぇ……でも、大枝くんはその愛情すら貰えない人生だった……こっちの世界に来て、リディさん達に出会って幸せを見つけたんだねぇ〜」


 私の呟きに続くように美夜子ちゃんと愛衣ちゃんがそう呟いた。そして、愛衣ちゃんの言葉を聞いて優しい微笑みを浮かべる大樹くんの三人の恋人さん。


 ……その笑顔が眩しくて、胸がチクチクと痛む。

 私はどうすれば良いんだろう。どうしたいのだろう。元の世界に帰りたいと思う自分と、大樹くんと一緒に居たい自分がせめぎ合う。

 そうしてぶつかり合う度に、マイナスな考えが過ぎって……自分が嫌いになりそう。


「――大丈夫だよ。桜崎ちゃん」

「っ……ミムルルート様……?」


 いつの間にか自分の胸元でぎゅっと握り締めていた手を、ミムルルート様が自身の体を浮かせて優しく包んでくれる。


「まだ確定って訳じゃないけど……実はね、いま地球の女神と交渉中なんだ〜」

「交渉中……ですか?」

「うん! 私の世界と地球を行き来する許可をね、交渉中なの」

『……!?』


 ミムルルート様の発言に、私だけじゃなくてその場に居る転移者組と異世界組の全員が驚愕の表情を浮かべてしまう。

 そんな、そんな夢みたいな話が……。


 早くなる鼓動を落ち着かせるように深呼吸をして、私は恐る恐る聞いてみる。


「……可能、なんですか?」

「――出来るよ。まあ、ちょっと条件が厳しいけどね……」

「条件……教えてください! 可能性があるなら、私はっ」

「まこっ! 落ち着きなって……」


 ミムルルート様の手を強く掴み詰め寄る私を、後ろに回った美夜子ちゃんが抑えてくる。そうして私は我に返り、慌ててミムルルート様へ謝罪をするのだった。うぅ……は、恥ずかしい……。


「あはは、大丈夫だよ〜。ただ、条件に関してはまだまだ不確定な要素が多くて、話せることが少ないんだ〜……ごめんね? 今話せるのは、私の世界と地球を繋ぐ鍵となるのがこの疑似神域"リゾート"である事と、未踏破のダンジョンを幾つか攻略してもらわなくちゃいけないって事ぐらいかな?」

「……あの、答えられないならそう言って頂いて構いませんので質問をしてもいいですか?」

「うん、もちろん! 何かな、如月ちゃん?」

「もしも、私たちが地球とこの世界を行き来できる様になったとして……それはどんな形で行き来する事になるんですか?」

「うんうん、そこは気になるところだよねぇ〜。私と地球の女神が考えているのは、世界と世界の間に門のような役割をしてくれるナニカを設けて、そこを通って行き来してもらう感じかな? 何となく想像がついている子達も居るみたいだけど、その門のような役割をしてくれるのはこの"リゾート"にする予定ですっ」


 そうして語られる夢物語の様な話は……殆どが理解出来ない神様関連の内容ばかりで、要約すると地球とこの世界を行き来する為のアイテムをこの"リゾート"に設置して、私達はこの"リゾート"を中継する形で地球と異世界を行き来するらしい?

 現在は魂を保護した状態で肉体の成長を星毎に操作する技術と、この世界で手にしたステータスを地球ではどう扱うのかを、地球の女神様と協議中なのだとか。


「あ、ちなみに帰還の権利を手にした時点で今日"リゾート"に招待された子達は直ぐに帰還するか保留にして行き来できる様にする為に残るか選択できるようになるよっ。保留せずに帰還する場合は、こっちの世界での出来事を全て忘れた状態で帰る事になるから気をつけてね?」

「まあ、そんな選択が出来るのはますたーがここに訪れる事を許可した貴方たちのみなんですけどね」

「世界間を行き来する為には、現状この空間を中間地点にする案で決まりそうですからね。大樹様の許可がおりなければ選択の余地なく元の世界へと帰される事となります」

「あ、この話は小食堂に居る子達にも話していいけど、もちろん外では内緒にしてね? あくまでもこの"リゾート"に招待された君達だから話してるだけで、あまり広められたくない内容ではあるからね〜?」


 可愛らしく人差し指を立てるミムルルート様の言葉に、私たちは何度も首を縦に振る。


 世界間の行き来が出来る。それは私達……いや、私にとっては朗報だ。もしも未踏破のダンジョンを攻略して帰還の権利を獲得出来たとしても、私はきっと保留することを選ぶと思う。やっと大樹くんと仲良くなれるチャンスが訪れたのに、全部忘れてしまうなんて考えられない……!

 ……本当に行き来することが出来るなら……もう、迷う必要はないよね?


「――美夜子ちゃん」

「お、覚悟決まった感じ?」

「……うん、私はきっと保留する事を選ぶと思う」

「そっかそっか……よしっ! なら私も一緒に保留する事にする!」

「えっ!?」


 私は美夜子ちゃんの発言に驚き思わず声を上げてしまう。

 そしてそれは、もう一人の友達である愛衣ちゃんも同じであった。


「え〜!? まこちゃんはまあそうかなぁって思ってたけど、美夜子ちゃんもそっちを選ぶの〜!?」

「私もびっくりしてる……でも、どうして?」

「あー、ほら。私って両親はもう居ないし、正直言うとさ……最悪地球に帰れなくなろうがまこと愛衣が居ればいいかなぁって思ってたんだよね」


 ……そっか。美夜子ちゃんは両親を亡くしていて、どうしても帰りたい理由がなかったんだ。

 オーク・キングに襲われそうになったあの時、美夜子ちゃんは私と愛衣ちゃんの事を大切な存在だと言ってくれた。

 美夜子ちゃんにとって大事なのは……私や愛衣ちゃんがそばに居るかどうかなんだ。


「だからまあ……まこがここに残って行き来できる様になるまで頑張るなら、帰っても一人暮らしの寂しい部屋しか残ってない私が残って一緒に頑張ってあげようかな〜ってね!」

「美夜子ちゃん……」

「ちょっとちょっとー! また私だけ除け者なの〜?」

「「きゃっ!?」」


 私が美夜子ちゃんと見つめ合い感動に打ち震えていると、不満そうな声を上げた愛衣ちゃんがそんな私達の間に飛び込んできた。


「二人が残るなら、私だって残るもん!」

「いやいやいや、愛衣には優しい両親が待ってるでしょう?」

「それはそうだけどぉ……でも! このまま私だけ直ぐに帰る選択をしちゃったら、美夜子ちゃんとまこちゃんだけこっちの世界の記憶を覚えてて私は忘れちゃうって事だよね? そんなの嫌だよ〜……私だけ仲間はずれなんてぜ〜ったいにいや〜!!」


 そこから何度か説得を試みてみたけど、愛衣ちゃんの意思は固くて変わりそうにない。そして、そんな私達の会話を聞いていた笹川先生、楽街さん、真壁さん、沖田さん、三山さんも残る選択をする様だった。

 やっぱりみんな、愛衣ちゃんの様に記憶が消えてしまうのが嫌みたいだ。こっちに来てから仲良くなったクラスメイトも居るし、この世界で知り合ったアリシアさん達だって居る。どれも大切な思い出で、消さなくても済む方法があるのならそっちを選びたいと思った結果らしい。


 後はまあ…………早く地球へ帰りたいと思ってしまう問題が解決しそうだというのも、大きな要因の一つだと思う。


「私は元々地球には未練はありませんから……。正直、この世界の生活に耐えられるかと言う問題だけが気がかりでしたが――それに関しても、大枝くんが解決してくれそうですしね?」

『……ごくりっ』


 笹川先生の話を聞いて、先程大樹くんを質問攻めにしてしまったあの興奮が蘇りそうになる……。

 そしてそれは転移者組の私達だけではなく、今までは黙って私達とミムルルート様達の会話を聞いているだけに徹していたアリシアさん達も同様だった。


「……ん、その話に戻るのを待ってた。未知の文明や技術……早くみたい」

「う〜! おいしー食べ物がいっばいなんだよね!? お肉が一番だけど、甘いのも好きだよー?」


 そう。大樹くんを質問攻めにした際に私達は、話について来れず首を傾げていたアリシアさん達へ地球の食べ物や洋服、化粧品やシャンプー類などの素晴らしさをこれでもかと話してしまっていた。

 みんな文句は言わないようにしていたけど、やっぱり我慢してる部分は当然の様にあって…………それがミムルルート様達が着ている洋服を見た瞬間に限界を迎えてしまった。


 明らかに大樹くんが予め持っていた物とは思えないレディースファッション。それはつまり、大樹くんにはそういったアイテムを手に入れる方法があるということ。

 こんな空間を生み出せるスキルを持っている大樹くんだからこそ、私達が我慢していたあれやこれやを生み出してくれるかもしれない……!

 そんなチャンスを逃すまいと、女子達は一致団結して大樹くんに詰め寄った。


 そんなタガが外れた現代女子による説明会を受けてしまったアリシアさん達は、その未知なる魅力の溢れる話にあれよあれよと惹かれていき……最終的には私達に混じって尋問中の大樹くんの話を聞く様になっていた。


「あはは……これは早いところ移動した方がいいんじゃないかなぁ?」

「そうですね。本来の予定では昼食を食べてからこの領主館の案内をする手筈でしたが……まさかこのような事態になるなんて思いもしませんでした」

「見慣れた服装の方が安心感与えると言うリディ様の意見は正しいと思っていたのですが……安心よりも闘争心を与えてしまった様ですね……ちょっと怖かったです」


 ミムルルート様達が何か話している様だったけど、私達の耳には届くことなく……。

 我慢の限界を迎えたニナさんとシェリルノートさんが大樹くんのもとへと駆けて行った事で、突如お庭で始まった交流会? は終了となった。



「待て待て待てっ!? ニナがその勢いで飛びついてきたら支えきれなくて椅子から落ち――――ぐはあっ!!」

「がうー♪」


 二人を追いかけて皆で小食堂へと向かうと、そこには全力タックルを大樹くんへとお見舞するニナさんの姿があり。倒れた椅子の傍で地面に蹲る大樹くんの外套を、シェリルノートさんとニナさんが引っ張っていた。


 …………大丈夫?




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