第31話 十四日目 女神様降臨……いや、充電中?





 最後は冴木の所為で締まらない終わり方になっちゃったけど、とりあえず自己紹介は済んだ。


「いや、何度でも言うけど大枝くんが元凶だからね!?」


 じゃかあしい! 駆け込み宿の場所をチクるぞ!


 そうして最強の脅し文句を手に入れた俺は、一瞬で口を噤んだ冴木をスルーして今後の事について説明をする。

 ……じゃないとですね、冴木の彼女である佐野さんからの"さっさと宿屋を教えろ"っていう圧が凄いんですよ!! いや、怖いな現代女子!? 最強の脅し文句は諸刃の剣だった!?


 俺はちょっと気になったので冴木と佐野さんから離れて桜崎さんへ手招きをする……何故か如月さん、物部さん、笹川先生までついてきた。まあ、いいけど。


「どうしたの大樹くん?」

「……佐野さんって普段からあんな感じなの? ほら、俺って殆ど高校では誰とも関わらずに過ごして来たからそういう生徒の事情? って奴に疎くて。桜崎さんなら何か知ってるかな〜って」


 俺の知ってる佐野さんの情報は、全部彼氏である冴木から教わったことなので正直参考になるかどうか怪しい。そこで、同じ女子であり俺よりも交友関係が広いであろう桜崎さんに聞いてみる事にしたのだ。


 桜崎さんは俺の話を聞いた後、後ろについてきた7人へと視線を…………なんか増えてる!?

 いつの間に周囲をキョロキョロと見渡している異世界組と恋人同士イチャイチャ(と言う名の佐野さんからの宿屋へのお誘い)している二人を除いた全員がこちらへと集まっていた。いや、女子率高いな!?


「っ!? え、えっと……みんなはどう思う?」


 いま、桜崎さんもギョッとしてたよね? スルーですか? やっぱり突っ込んだらダメですかね?


 そんな桜崎さんからのパスを最初に受け取ったのは……真壁さんだった。顎に親指と人差し指を当てるその姿はクールで知的な出来る女って感じがする。


 …………マルティシアパターンですか?

 いや、お酒は飲めないだろうから大丈夫か。


「佐野は冴木以外の者には自分から話しかける事は滅多になかったと思う。大枝は知らない様子だが、彼女は私達が通っている高校では有名人なのでな」

「有名人?」

「一年生の頃に佐野さんは文化祭のステージで歌を披露したんです。その歌唱力は偶然いらしていた音楽関係者の方も舌を巻く程に素晴らしいもので、たった一曲の歌唱だけでその場に居た殆どの人達を魅了しました。今は本人の意向で削除されていますが、SNSに投稿された映像は素人が撮ったにも関わらず一日でハーフミリオン……50万再生を超えたそうです」


 真壁さんの話によればあまり自分から積極的に話す事はない性格のようだ。そして、俺は知らなかったがどうやら佐野さんはウチの高校ではかなりの有名人らしい。

 冴木がそれとなく『彼女は人気があるから』的な事は言ってた気はするが、楽街さんの話しぶりからすると知らないのが不思議って感じだよなぁ……すみません。


「で、でも、話した感じは普通だった、よ……?」

「そうだねぇ……少なくとも、あんな感じではなかったと思う」

「そうなのか……」


 うーん、沖田さんと三山さんの話からすると、やっぱりあれは冴木にのみする態度って事だな。なんか、夜のリディ達にそっくりだし……女の人って恋人に対してはみんなああなるのかもしれない。


「あの二人は幼馴染みらしいからね〜。小さい頃から一緒だったって聞いたことあるよ〜な?」

「それ私も聞いた事あるかも。雨月が有名になる前から付き合ってたみたいだし、将来の約束とかもしてたんじゃない?」

「……確か、佐野さんは進路調査票に『将来は迅くんの嫁さんになります♡』って書いて怒られてましたね。進路調査票にあんな事を書く生徒が居ることに驚いたのを覚えています」


 ……なんか、聞けば聞くほどにヤベェやつな気がするのは俺の気のせいかな?


 冴木……お前は良い奴だったよ……。

 殆ど関わった記憶はないけどな。


「なんか大枝くんから生暖かい視線が送られて来てるのは気のせいじゃないよね!? あと、なんでみんなして僕達から離れてるのさ!?」

『……後はお若いふたりで?』

「みんな同い年だよねぇ!? 息ぴったりなのは打ち合わせかなんかしたのかな!?」

「……よし、そろそろ移動しようか!」

「無視しないでぇ!! せっかく再会できたのに扱いが雑なのはなんでなの!?」


 いやあ、良い突っ込みが返ってくるからついイジりたくなるんだよなぁ。けど、流石にレオニス達を待たせ過ぎたので、そろそろ冴木イジりはやめにして先へ進むとする。


「お、もう良いのか?」

「うん。とりあえず、お昼ご飯食べる場所に移動しようかなって……あ、みんなってお昼ご飯食べちゃった? あと、今日は泊まってく?」


 レオニス達へ声を掛けてからそう聞いてみると、お昼はまだの様だ。一応お昼に集合だったので、用意されていようがいまいがどちらでも対応できるようにして来たらしい。待ち合わせの約束をする際にお昼は用意してるって言っとけば良かったな。申し訳ない。


 そして宿泊については、俺の方が問題ないのであれば是非にという事になった。

 どうやらレオニス達も桜崎さん達も特に明日からの予定はないらしい。と言うか、今日の為に急を要する用事に関しては早急に片付けてくれていたようだ。やっぱり急過ぎたよなぁ。有り難いような申し訳ないような……。

 予定を片付けて余裕のあるみんなはこの異世界エリアを満喫する為にも滞在が許されるなら泊まりたいとの事だったので、もちろん快諾した。


 ふっふっふっ……俺もちょっとしか聞いてないけど、宿泊先である領主館は凄まじいらしいからな。腰を抜かすなよ?


「大樹くん悪い顔してる……」

「絶対なんか隠してるわー」

「……さぁ! いざ、出陣!!」

「「あ、逃げた……」」


 ジト目で見つめてくる桜崎さんと如月さんの視線に耐えきれず、よく分からない掛け声と共に俺は北の大通りへと歩き出す。

 これは逃げではありません。道案内です。





 ♢♢♢





 北の大通りは石造りの道が真っ直ぐに続いており、道の両端には等間隔で樹木が1本ずつ植えられている。樹木の先には小道が作られていて、その更に奥には建物が建っており左右で区分けされているので景観は全く違うものとなっていた。


「アリシアお嬢様。左に見えます建物ですが……どうやら貴族向けの商品が多く売られている様です」

「その様ですわね。ぽいんと? というのが謎ですが、品揃えは文句なしで最高級品と言える品物ばかりです。それ以前に建物の一軒一軒に使われているガラスが素晴らしい……」


 やっぱり元貴族だからか、アリシアとノアの視線は左側――貴族エリアへ向けられている。

 あそこに並んでるのって最高級品なんだ……全っ然分からん。


「右側は冒険者向けの商品が多いな」

「あぁ、僕もそう思っていた。ポーションの種類は豊富だし、装備品に関しても上等な物が多いみたいだね」

「ねぇねぇ、レイミー! あの服可愛くない? 後で時間があったら見に行きたいなぁ」

「そうですね。私もアクセサリーが気になってて……」


 レオニスとジールは右側の冒険者エリアで冒険に必要なアイテム類を眺めている。

 アルムニアとレイミーは冒険者向けの服や特殊効果の付いた装飾品が気になるようだ。同じ冒険者でもやっぱり性別によって見るもの違うんだなあ。


 ……残りの2人はどうしたのかって?

 勝手に居なくなりそうだっから手を繋いで隣で歩いてるよ?


「がぅー……美味しそうな匂いがしてたんだよー! あれは良いお肉だから、食べなきゃ勿体ないんだよ?」

「……むぅ」


 いや、マジで焦った。

 ニナは急に「我慢できないよー!」とか言いながら来た道を引き返そうとするし、シェリルはシェリルで冒険者エリアの魔道具店にしれーっと入ろうとするし……待たせてるリディが念話を使って教えてくれなければ、危うく見逃してる所だった。


「後で自由時間を作る予定だから、その時まで我慢してくれ。それに、これから行く予定の場所でご飯も用意してるからさ」

「うぅ〜? ほんとに〜?」

「ああ、お肉だって沢山食べられるようにするから」

「がうー♪ 楽しみー!!」


 ははは……嬉しいのは分かるけど、手を繋いだままブンブンするのはやめてくれませんかね!? 右腕がつりそう……。

 俺もう力入れてないじゃん!? 勝手にどっか行かないなら手を繋がなくてもいいんだぞ?


「……魔道具は今しか見れない。ここで逃したら、もう手に入らないかもしれない。あと、書店もあった。ここで逃したら――」

「はいはい、魔道具店も書店も逃げたりしません。第一、買いそうなお客様なんてここに居るメンバーくらいだから売り切れる心配もありません」

「……むぅ」


 むくれてもダメです。そしてむくれる度にギュッと手を握ってくるのは、シェリルなりの抗議だったりするのだろうか? その可愛らしい態度に思わず頭を撫でたくなったが……俺の右腕はいま腹ペコな虎さんによって遊ばれてるので無理そうだ。とりあえず、今は大人しくついてきて欲しいなあ……。


「…………いいなぁ」

「いやいや、まこ。あれを羨ましがるのはどうなの?」

「あはは……あのシェリルノートさんが完全に子供扱いだもんね〜?」

「ニナさんの力に耐えられる大枝くんは、本当に凄いと思います。いつも元気過ぎて、アリシアさん達ですら苦労していましたから……」

「紗帆、大枝くんに勝てる?」

「……悔しいが無理だな。単純な剣の技術でなら負けるつもりはないが、純粋な戦いとなれば相手になるかどうかも怪しい……王都に残った男共とは違って大枝は努力を惜しまない立派な男の様だ」

「……王都の人達も、お、大枝くんみたいに、優しかったらな」

「そうだね〜。私、大枝くんがまこちゃんと美夜子ちゃんを助けたって聞いた時は感動したもん」

「ねえねえ、迅くん。ここでなら安全に錬金術に励めるんじゃない?」

「そうだね。大枝くんが良ければだけど……事情を話してお願いしてみようかな?」


 ん? なんか見られてる?

 そう思って後ろを見てみるが、各々が話をしているだけで別にこちらを見ている訳ではなさそうだ。

 でも、前に向き直るとやっぱり視線を感じる様な……なんだこれ?


 そんな感じで移動を開始してからかれこれ10分くらいが経過して……ついに大通りを抜けた先にある目的地が見えて来た。


 目的地が視界に入り徐々に近づくにつれて、小さく会話を続けていた面々から言葉が消えていく。

 教会の建っている場所の様に小高い丘になっているので、ちょっとした坂道を上がる頃には誰一人として会話をする人は居なかった。


「はい、とうちゃーく! ここがみんなが泊まる場所――領主館(仮)です」

『…………えぇっ!?』


 建物を囲う様に設置された石の塀。

 入口には大きな鉄製の扉が付けられていて、現在は内側へと開いている状態だ。

 開けられたその先には広々としつつもしっかりと整えられた庭があり、庭の向こうには立派な館が俺達を待つ様に佇んでいる。マジで立派だ。18人が泊まっても余裕で部屋が余るくらいには大きい。館というより……ちょっとしたお城だな。


「ちょ、ちょっと待ってくれ……。え、俺達あそこに泊まるのか?」

「……アリシアお嬢様。この館を見てしまうと、私が住んでいた屋敷が霞んで見えるのですが?」

「奇遇ね。私もいま、自分の住んでいた屋敷を思い浮かべてそう感じていた所よ。あまり大きな声では言えないけれど、もしかしたらオルフェの街にある領主館よりも大きいかもしれないわね……」

「がうー! お庭ひろーい!! 走ったら楽しそーだね?」


 はいはーい! 色々と言いたいことはあるだろうけど、とりあえず館の玄関まで進んでくれ。


 このままだと待たせている人達が来ちゃうから!!


 再びザワザワと話し出したみんなを引き連れてサクサクと足を進めて……ちょ、ニナ? 後で遊んでいいから、今は大人しくついてきなさい!

 がう〜って悲しそうに鳴いてもダメです!! はい、行きますよ〜。


 そうしてちょっとしたトラブルもありつつ、息も絶え絶えになりながらも何とか玄関までたどり着くことが出来た。いや、力強過ぎだろ!? ちょっとだけもう、放り出して遊ばせようかなって挫けそうになったぞ……。


 玄関の前に全員が辿り着き……足を止める。


 それと同時に目の前にある両開きの大きな扉が音を立て始め、まるで俺達を歓迎するかの様にこちらへ向かってゆっくりと開き始めた。


 先に言っておくが、別に館の扉は自動扉にはなっていない。


 では何故、扉が今も動いているのか?

 その答えは、もうすぐ姿を見せる筈だ。


 そんな俺の予想通りに、扉が開いていくにつれて中から扉を押している二人の人物の姿が顕になる。


 俺達から見て右側の扉を押すのは、完成された美しいプロポーションを持つ美しい女性。待ち人の一人――マルティシア。

 俺達から見て左側の扉を押すのは、光に反射してキラキラと光る金髪に宝石の様に美しい翠の瞳を持つ女性。同じく待ち人の一人――リディ。


 そして、扉が開いたその先――玄関ホールの中央上にある踊り場からひらりと降りてくる女の子。

 彼女を視界に収めてしまった全員が、その圧倒的な存在感に目を離せなくなる。


 異世界組はその場に跪き祈りを捧げ、転移者組は驚きのあまりその場に立ち尽くしていた。


「――初めましての方は初めまして。転移者の方々はまたお会い出来ましたね? ご存知ではあるかと思いますが自己紹介を……私はミムルルート。星の創造神です」

「――私はマルティシア。ミムルルート様をお支えすべく生み出された上位天使が一人。以後、お見知り置きを」

「……私はリディ。この擬似神域"リゾート"の管理者にしてますたーである大枝大樹様をサポートする為に生まれた存在です。どうぞよろしくお願い致します」


 静寂の中で響く三人の声。

 その声に返事をする者は……この場にはいない。

 というより、それ所ではないのだ。


 うん、なんか歴史的な名場面って感じの雰囲気を醸し出してはいるけどさ、ちょっと待って欲しい。


 ミムル、マルティシア、リディ。

 お前ら三人…………なんでよりにもよって現代ファッションを身にまとって現れたんだ!?


 その服ってあれですよね? 十日目にマスタースイートで買い出しに行った時のファッションですよね!?

 折角の神秘的なシーンが台無しだよっ!!


『…………?』


 ほら見ろぉ!! レオニス達が祈りながら首傾げちゃったじゃん!

 いや、ほんとどうするんだよこの空気……。


 とりあえず、さっさとミムルに降りてきてもらってからちゃんと事情を説明――――ひっ!?


「――大樹く〜ん?」

『…………』


 ガシッと肩を掴まれ、二の腕を掴まれ、手を掴まれ、足を掴まれ…………桜崎さんに背後から声を掛けられる。

 あの、怖いです。普通に怖いです。底冷えする様な冷たい声が耳元で聞こえて怖いです!!

 あと、恐らく転移者組の全員で俺を拘束してくるのやめてくれませんかね? 別に逃げたりしませんので……本当に。掴まれた箇所に凄い力が加わってめっちゃ痛いんだが!?


 くっ……こうなれば、我が最強の守護者達に救いを求めるしかないな。


 さあ! 元はと言えばお前らが現代ファッションなんかで姿を見せたのが原因なんだから、早く俺を助けてくれ! いや、助けてください!! ヘルプミー!!


「「「……(スッ)」」」


 うわ、目を逸らしやがった!? 酷くないか!?


「いえ、いくら恋人であろうとも出来ることと出来ない事がありますので……」

「いや、いまは三人が恋人かそう出ないかは関係なくてですね? 俺を守ってくれればそれだけで――」

「……コイビト? サンニン?」


 あっ…………ぼ、墓穴を掘ったァァァ!!


 リディの言葉に思わず反論してしまったが、それは火のついた導火線を引っこ抜いて爆弾に直接火をつける行為と等しい。

 現に俺の背後では桜崎さんの感情の抜け落ちた様な声がして、それと同時に俺の体を掴んでいる幾つかの手に更に力が入る。


 ちょ、リディ……ミムル……マルティシア!! もうこの際レオニス達でも良いから助けてくれ!!


『…………(サッ)』


 おい! こっちに背中を向けて見ないふりするな!!

 なんならそこで一緒になってこっちに背中を向けてる内の一人は、お前らが散々祈りを捧げてた対象だからな!?


「――大樹くん」

「は、はい!!」

「お話……しよっか?」

「……ぁぃ」


 桜崎さんの一声によって、俺を拘束していた幾つもの手が離れていく。

 やっと開放されたと安堵したのも束の間。俺の両肩が急に掴まれ、そのままくるりと反転させられたかと思った瞬間……そこには満面の笑みを浮かべる桜崎さんが至近距離に迫っていた。


 至近距離に近づいた事によって、普段は見えない前髪の先が少しだけ見えるようになる。

 うわ、まつげ長いなとか。肌綺麗だなとか。そんな事を思えたのは一瞬だけで……その全てを見据える様な氷の笑みを浮かべた桜崎さんの言葉に、俺はただただ小さく返事をしてその場に正座するのだった。


 こまちちゃんだ……チャット越しでも怖かったお怒りモードのこまちちゃんが、いま目の前に居る。

 そうして始まったリアルこまちちゃんによる尋問は――チャット越しの何倍も怖かった。





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