第29話 十四日目 大丈夫、眩しいのは一瞬で終わるから。
森を抜けた先にある草原地帯。
そこには18人の男女の姿があった。
俺から見て右側には見覚えのある制服やビジネススーツを着た10人が、左側には簡素なドレスや礼服を着たほぼ初対面の8人。ほぼと付けたのは、8人の中にシェリルが混じっているからだ。
左右の陣営は文化の違う装いではあるが、共通しているのは武器を携帯している事。日本にいた頃ではありえない光景だが、この世界ではこれが普通。例え休日のお出掛けだとしても、外で気を抜く事は許されない自己責任な世界。
今回はオークを殲滅したばかりの場所だから防具も装備していないが、普通なら外でそれは有り得ない事だ。
ただ、異世界組の8人はともかくとして……転移者組の10人を見ていると懐かしい気持ちに駆られる。制服は着なくなっちゃったからなぁ。
俺がそんな郷愁に近い感情を抱いていると、常時展開させていた『範囲索敵』に反応があった。
反応は20人程度。左って事は……街の方から来たのか。
珍しい服装をした転移者を見て興味を持った? いや、そうだとしたら敵意を持っている意味が分からない。……個人的な恨みか?
「あー……本日はお招き、頂き、誠に感謝、致します」
「レオニス……緊張し過ぎですわ。だから礼儀作法は学ぶべきだとあれ程……」
「仕方ねぇだろ!? 貴族の相手は基本的にお前達に任せてるんだからよ……」
レオニス……と呼ばれたオレンジ色のウルフ・シャギーカット風に整えられた髪を持つ若い男を、気品のある喋り方をする少女が咎める。
他の異世界組が何も話さないという事は、この2人が代表という事で良いのだろうか?
ならば早速、自己紹介を……と言いたいところだけど、そうもいかないんだよなぁ。
「改めまして。本日はお招き頂き――」
「あー、すみません。自己紹介は後でという事にしませんか? どうやら――敵意に満ちたお連れの方々がお見えになる様ですので」
「……敵意に満ちた?」
恭しく礼節を以て挨拶をしてくれた彼女には申し訳ないと思うが、俺が察知した反応は想像していたよりも早くに接敵しそうだ。馬でも使ってるのかな?
俺が話を中断した事で……もしくは、認識阻害の効果で変わった声に訝しむ少女だったが、俺の言葉の意味を理解すると驚いた表情を浮かべて周囲の警戒を始める。その隣ではレオニスさんも同じ様に背中に背負った大剣に手を掛けながら周囲を見渡していた。
適応力が凄いな。流石は冒険者。
ただ、申し訳ない事をしたなぁ……距離的に10キロ位は離れてるから流石にまだ見えないと思うよ?
総魔力量が14000になったから、索敵範囲が広がってるんだよね。……オーク・キングの経験値は美味しかった。
「……ん、今確認できた。オルフェの街から来てる」
お、どうやらシェリルも敵を捉えたみたいだな。という事はシェリルの総魔力量も10000は超えてる事に……あれ、結構強いな!? 見た目は子供にしか見えないのに……。
【彼女は古代エルフ――それも"始まりのエルフ"の末裔ですからね。】
「…………え゙っ゙」
「……?」
「ああ、すまない。なんでもないから」
リディからぶっ込まれたとんでもない情報に、思わずシェリルを見て変な声を上げてしまった。シェリルは俺を見て不思議そうにはしているものの、特に追求してくる事はなくそのまま街の方へ続く道へと視線を移した。
……ちょっと、リディさん? 絶対に知られたくなさそうな情報をサラッと漏らすのやめてくれませんか?
【本名はシェリルノート・メルジュ・オグマリオス。この世界でミドルネームが付くのは王族かそれに近しい立場の者……族長や元首、皇帝と言った一族のみ。つまり、そういう事です。】
いや、そういう事です。じゃないから!!
なんで追い打ちをかけてくるの!? 王女じゃん! エルフのお姫様じゃん!! あー……関わり合いになりたくないっ。
【まあ、彼女自体ミドルネーム所かファミリーネームすらも隠している様ですので訳ありでしょう。特にますたーから漏らさなければ問題ないかと思われます。】
じゃあなんで教えたんだよ!? 出来れば何も知らずに能天気に接していたかった……!
【…………暇だったので?】
よし、分かった。リディは三日間添い寝禁止な。
【っ!? そ、そんなぁ……横暴です! 発言の撤回を要求します!!】
しません!
本当は一週間にしようかと思ってたけどそれは可哀想かなって思って四日も短縮させたんだから、感謝して欲しいくらいだ。
【む〜!! 嫌です嫌です嫌です!! ますたーに抱き着いて寝るのは私の権利です! 義務です! とっけんです! やだやだやだやだやだやだー!!】
あー頭の中に声が響くからやめろー!!
その後も騒ぎ立てるリディに、結局俺の方が折れてしまい罰はナシとなった。俺って恋人に甘いのかなぁ?
俺が頭の中で響く声に苦悩している間にも事態は進んでいく。異世界組は直ぐに武器を構えて転移者組を守る様に左側の馬車道を見る。
そして転移者組もそんな異世界組の雰囲気を察知して遅れて武器を構え始めた。そんなみんなの様子を見て、異世界に馴染んでるなぁと心の中で思う。それは俺もなんだけどね……。
そうしてしばらく待っていると、やがて街の方角から砂煙が上げて馬が駆けてくる。
その風貌から見て……如何にもな感じの柄の悪い連中みたいだ。そしてそんな連中を率いているのは、レオニスさんくらいの見た目の青年だった。
【……ミムルルートに確認を取りました。どうやら先頭に居るのは、桜崎まこを突き飛ばした者の様です。】
えぇ……騎士が何やってんだよ……。
そう思ったのは俺だけではなく、敵の正体に気づいた他の面々も呆れを通り越して失望している。
折角の"リゾート"観光何だけどなぁ……邪魔だし、とりあえず捕まえるか。
そう決断した俺は異世界組の前へと移動して、こちらへ駆けてくる騎士たちを見据える。
……21人か。よくもまあこんなに集まったな。
「何をしている……のでしょうか?」
「ん?」
俺が敵の人数を数え終わった直後、後方から俺の隣に歩いて来たレオニスさんに声を掛けられる。
「別に敬語じゃなくてもいいですよ? 俺の方が年下ですし」
「お、そうか? 話がわかるやつで助かる!」
「あはは……。えっと、何をしているのかと言う質問には敵の人数を数えていたと答えます。それで、一応聞きますけどあれは友達って訳では……」
「ねぇな。すまん、どうやら昨日ヘマしたアホ騎士が逆恨みして来たらしい」
「……そうなんですか」
……まあ、知ってるけど。
とりあえず友達ではないと確認も取れたし……補足開始。
「……ん、魔法なら近くで見たい」
そう言ってレオニスさんとは反対側へやって来たのは、俺が魔力を使い始めたのを察知したシェリルだった。
古代エルフのお姫様って聞いてから敬語に戻そうか悩んだけど、本人が要らないって言った訳だし大丈夫だよな? 逆に戻したら怪しまれそうだし……。
「……そんな派手な魔法は使わないよ?」
「……いい。魔法が生み出した結果を観測して考察したいだけだから」
「そ、そっか」
……本当に魔法が好きなんだな。
邪魔する様子もないし、見てるだけなら良いか。
そうして視線を前へと戻せば、元騎士である青年が馬上で剣を掲げている所だった。そして元騎士の青年に続くように他の連中も各々が武器を掲げだした……。
「あれはもう、襲って来てるって言っていいよね」
「……ん、完全に野盗」
「例え反撃されようが文句は言えないわな」
「おーけーおーけー。まずは……馬だな」
ただ、馬を殺すのはちょっと可哀想かなと思うので上に乗っている人を降ろしてもらうだけに済ませよう。
「そいじゃあ、とりあえず……ビリビリっと」
「はぁ!?」
『ヒィィィィィンッ!!』
シャーペンの芯くらいの細さの、微弱な電気を纏った追尾機能付きの脆い針。それを21本作り、目の前に居る全ての馬の片脚を標的にして飛ばした。
レオニスさんが驚いて声を上げたけど、その後直ぐに馬の嘶きが周囲に響き渡りかき消されてしまう。結構うるさいな!?
針から微弱な電気が流れた為に馬は驚き鳴き声を上げて暴れ、次々に上に乗っている連中を地面へと叩き落として逃げる様に去っていく。
そして落とされた連中はと言うと……。
「うわぁっ!?」
「うぎゃあっ」
「ぐへっ」
受け身をとる余裕もなく地面へと叩きつけられ、汚い声を上げながらその場で痛みに転がっていた。
「……精密な魔法の操作。それに見たことも無い魔法……雷属性?」
「まあ、そんなとこ。そしてそして……最後は落とし穴っと」
『ぎゃああああああっ!?』
地面に干渉し野盗達が転がっている周囲の地面だけを対象に地面を絶対に登って来れない深さに陥没させる。
突如として地面がなくなったことで野盗達は為す術なくそのまま急速落下。まあ、当たり所が悪くなければ死んだりはしないはずだ。
確実に大怪我はするだろうけど、それは自業自得。俺は別に容赦したりするつもりはないので、例え運悪く奴らが死んだとしても何とも思わない…………事にする。
実際はめちゃくちゃ気分は悪いし、いくら自業自得だとはいえ多少思うところはある。
でも、そんな甘い気持ちで見逃した所でこういう輩はその甘さを油断と捉えて襲ってくるんだ。それが俺だけに向くのであれば構わない。
けど、それがもし桜崎さんや他の転移者組……そして大切な恋人達へ向いたとしたら。そんな懸念があるからこそ、俺は甘さを消して己の体を敵の血で染める。
例え人殺しだと軽蔑されようとも……守りたいものが俺には出来たから。
「……とりあえず、これで終わりかなぁ」
「……ん、素晴らしい魔法。良いものが見れた。ありがとう」
「あはは、どういたしまして?」
満足そうに何度も頷きながらそう言ったシェリルは……何故か俺の右手を小さな左手でぎゅっと握って来る。
「えっと……?」
「……大丈夫。覚悟と本心は別物。その恐れは忘れてはいけない。」
「…………あっ」
最初は何を言ってるのか分からなかったけど、更に力を込められ握られた右手を見て分かった。
――ああ、初めて人を殺めたかもって……俺は震えてたのか。
「……私も初めて奴隷狩りを殺めた時は体が震えた。沢山泣いて、沢山吐いた。だから保証する。あなたは正しい事をしたと。あなたは優しい人だと。私はあなたを――ダイキを肯定する」
「……ありがとう」
シェリルの言葉がじんわりと心に染み込んで来る。認めてくれる人がいる。それは何よりも心強くて、小さな手か伝わる温もりが、俺の震えを止めてくれた。
「よしっ! とりあえず野盗退治は終わったし、このまま俺の隠れ家に向かうか!」
「……ん。楽しみ」
『いやいやいや!! ちょっと待って(待て)!?』
やる事も終わったので早速全員で"リゾート"へ……と思ったんだけど、やっぱり止められてしまった。
そして各々が話を始めて収拾がつかなくなり……このままでは埒が明かないと判断したレオニスさんが代表者として俺に質問を始める。
「色々と聞きたいことはあるけどよ……あれは魔法か?」
「はい」
「……詠唱や魔法名を声にしていた様には見えなかったんだが?」
「それは職業が関係しています。ただ、ここで話すのはちょっと……説明するのは問題ないので、これ以上余計な邪魔が入らない内に俺の隠れ家に移動しませんか?」
「………………はぁ〜。分かった。これ以上はお前の隠れ家とやらに移動してからにしよう。だがその前に……アリシア」
「直ぐに用意します」
盛大な溜め息をついたあと、レオニスさんはアリシア……先程挨拶された際にレオニスさんの隣にいた少女の名前を呼ぶ。呼ばれたアリシアさんは直ぐにレオニスさんの意図を理解したのか、腰に巻かれた小さな巾着袋の中へ手を入れると、赤いピンポン玉のようなものを取り出した。
「あれは?」
「ん? ああ、そうか。お前も転移者だったな……普通に戦えてたから忘れてたぜ。あれは盗賊なんかを捕縛した際に使う"印玉"ってアイテムだ。あの玉に魔力を込めてから地面に置くと人体に無害な赤い煙が発生して、捕縛して身動きを取れないようにした犯罪者の場所を遠くにいる奴に知らせることがかできる。近くに大きな街なんかがある際に使うと衛兵が駆け付けて来たりするから、捕縛した犯罪者が多くて運べなかったり、急ぎ向かう場所があったりする連中が報奨金を受け取れなくなる代わりに後の始末を全部衛兵に任せたりする時に使われる事が多いな。ちなみに別の色の玉もあって救護要請やダンジョン発見用なんてのもあるぞ」
レオニスさんが詳しく説明してくれている間に、アリシアさんが慣れた手つきで"印玉"に魔力を込めて地面に埋め込んだ。するとたちまち赤い煙が空へと上っていく。確かにこれなら、天候さえ良ければ離れていてもよく見えるだろうなぁと思った。
「これでしばらくすればオルフェの街から捕縛隊が駆けつけると思います」
「よし、それじゃあ早速……隠れ家とやらに案内してくれるか?」
「はい。と、言っても一瞬で移動出来るんですけどね……」
「ん? どういう事だ?」
……説明するよりも、体験してもらった方が早いな。
よし、リディ。18人を"リゾート"へ招待だ。
【はい。直ぐに転移させます。それと……ますたー。】
どうした?
【私は……リディはますたーを愛しています。ミムルルートも、マルティシアも、ますたーを愛しています。ますたーから離れる事は絶対にありません……ずっとそばに居ますから!】
……ありがとう、俺も三人を愛してる。
突然のリディの言葉に驚きつつも、その言葉は何よりも嬉しくて愛おしいものだった。
「おいおい……な、なんだよこれは!?」
「……魔力を感じない。スキル?」
「いや、冷静に分析してる場合か!? そしてお前! えっと……確かダイキだったか? お前もちゃんと説明をしろぉぉぉぉ!!」
リディからの想いのこもった言葉を噛みしめていると、レオニスさんの叫び声が聞こえてきた。
「あー、大丈夫です。移動するだけですから」
うん、俺も初めて使った時はこんな感じだったなぁ……と、みんなの反応を見て懐かしく思う。説明と言っても、本当にそれくらいしか言うことがない。
本当に一瞬で終わるんで……許してください。
『きゃああああ!?』
「「「うわあああっ!?」」」
眩い光が俺達の周囲を多い尽くした直後。女性陣の可愛らしい悲鳴と男性陣の情けない絶叫を最後に、その場にいた19人は忽然と世界から姿を消した。
まあ、"リゾート"に飛ばしただけなんだけどね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます