第28話 十四日目 ここは無難にパンを咥えた方が良かっただろうか?
異世界に来て今日で十四日目。
二週間……あっという間だったなぁ。
あの巻き込まれ転移からここまで、今までの自分からは考えられないくらい充実した日々を過ごしている。
「すぅ……すぅ……」
「うへへっ……だいきくん……」
「…………」
……うん、ちょっと充実し過ぎだな。特に夜が!!
おかげで寝不足気味だ……。
基本的に三人とも眠る必要はないらしいが、許容量を超える衝撃を受けると精神的に疲労が溜まり気絶する様に眠る事もある様だ。それでも普段は長くても数十分、最短で一分程眠れば十分らしい。
だが、俺と生活をしていく上でその状況は一変する。ただ"俺と一緒に寝たい"というだけで余程の緊急事態でも起きない限り、三人は俺と一緒に眠るようになった。
今もマルティシア、ミムル、リディと仲良く三人で眠っている…………気絶しているの間違いかな?
夜のマルティシアはスイッチが入ると執拗に俺を求め続ける様になり、気を失うまでそれは止まらなかった。そうして漸く終わりを迎えた深夜に、今度は様子を見に来たリディとミムルが参戦。そしてそのまま朝方まで戦い続けて……全員倒れ込むようにして眠りついたのだった。
「……朝の10時か。まあ、遅刻しなかったから良しとしよう」
一番に目が覚めた俺はとりあえずシャワーを浴びる為にベッドから降りる。一応眠る前に魔法で綺麗にはしたけど、起きてからのシャワーはここに来てからの密かな日課となっているので浴びないと落ち着かない。
幸いな事に、メインベッドルームにはシャワー室も設置されていたのでなるべく足音を当てないようにしつつ俺はシャワー室へと移動する。
「ふぅ……いよいよか」
頭からシャワーを浴びつつ考えるのは、今日の予定について。
今日の昼――遂に"リゾート"に同郷のお客様がやって来る。この世界の住人も。
リディと相談した結果、最初の転移ポイントを北エリアにある噴水広場に設定する事となった。北エリアはこの世界を参考にして作られたので、いきなりホテルを見せるよりも混乱は抑えられると判断したからだ。
まあ、リディの話ではそれでも十分混乱はするらしいので焼け石に水ではある様だが……。うん、見た目はこの世界を参考にしていても、建物の中とかはハイテクな様だ。
宿屋の全部屋に最低でもユニットバスがついているらしい。普通はないんだそうだ。ちょっと今の俺には耐えられない仕様である。贅沢になったなぁ。
仮に宿泊をする場合は領主館を利用してもらう予定である。流石にメイドさんとかは居ないので、食事は外で食べてもらうことになるだろうけど……そこは我慢して欲しい。
掃除などは必要ない。この空間はリディが設計した管理システムで常時監視されている為、一定の時間になると建物全体が"浄化"の魔法で綺麗になる様だ。
「――時間指定での清掃は、あくまで普段使いをしてない場所のみです。グランドホテル周辺は常に清潔な状態をキープしています」
「…………それは凄くありがたいと思うけど、平然と入ってくるのはやめような?」
「広いので私も一緒に入れると思いますが?」
シャワー室は浴槽がないので広い。広いんだけどさ……そういう問題じゃないんだよなぁ〜!!
目のやり場に困るんですけど!?
「……ふっ、ガラス張りのシャワー室を利用しておいて何を今更」
「寝てると思ってたんだよ!! 見せびらかすのが目的じゃないから!!」
そしてさりげなく近寄って来るのやめてくれませんかね? あたってる! あたってるから!! 朝方までしたのに元気だな!?
「おはよぉ……私もいーれーてー!」
「お、おはようございます……」
そして起きてきたのはリディだけではなかった様だ。当然の様に裸になったミムルとマルティシアもシャワー室の中へと入ってきて、俺の方へと近づいてくる。
くっ……全員と恋人同士だし問題がないといえばないんだけど…………これで約束の時間に遅れたりなんかしたら俺はスケベの称号を得ることになってしまう。
「おーけー、分かった。四人でシャワーを浴びる事については納得しよう。でも、このまま俺の理性が失われでもしたら間違いなく約束に遅れる事になるだろう事が予想できるので、とりあえず俺の体……特に下半身に触ろうとするのは禁止な?」
「だいきくーん! お背中流してあげるー!」
「話聞いてた!?」
ポンコツなのかな? いや、お風呂用の椅子を用意してる辺り確信犯だなこの女神様!?
「そ、それなら私はその……腕を洗わせて頂きましゅ!」
「マ、マルティシアまで……」
うん、一夜を共にしたからかマルティシアが積極的になっている気がする。相変わらず赤面しているので恥ずかしいのは変わらないみたいだけど。
「では、私は前を洗います」
「「あーー!!」」
「いや、その手があったか!? みたいな反応しないでね? アウトだから! 背中や腕でも危ういのに前とかダメに決まって……ちょっ、だから触っちゃダメだって!? 早い者勝ちとかじゃないっ――――」
結局、必死の抵抗も虚しく俺は全身を綺麗に洗われてしまった。多勢に無勢な状況では俺に勝算はない。
尚、俺の理性が耐えられたかどうかだが…………ご飯を食べる時間がなくなったとだけ言っておこう。
洗い方がですね……ちょっと丁寧過ぎたんです……めちゃくちゃ気持ちよかった!!
♢♢♢
……お風呂場では何もなかった。いいね!?
そんな訳でこんにちは。
森を全力疾走中の大枝大樹です。
まだまだ時間までは余裕があるけど、一応招待する側ではあるので30分前には着いておきたい。
だから外套を纏いフードを深く被った状態にも関わらず全力疾走してる訳だが……暑っつい!
ミムルの話によると、この世界にも季節の概念はちゃんとあるらしい。現在、俺達が転移したエムルヘイム王国は残暑を迎えていて真夏日に比べれば涼しくはあるものの日中の気温は高い。
俺達は夏を想定した荷造りをしていたので真冬に転移させられるよりはマシだが……それでもこの暑さは中々に堪える。
そう言えば昨日も汗だくになったからなぁ。森から戻った直後にミムルが抱き着いてきたので慌てて魔法で綺麗にしたけど、こんなに暑かったんだと改めて実感した。こっちの世界にはエアコンに似た魔道具とかあるんだろうか?
【上からではなく下から冷気を送る魔道具はありますが、とても高価な魔道具ですので上流階級の人間しか買えないと思います。ですが、この世界の人々は慣れていますし、何より日暮れ以降は涼しくなりますので特に問題はないそうです。今は太陽が真上にあるのでより暑く感じるのでしょう。】
「なるほどね……」
どうやら平民の場合、川遊びや水浴び何かをして陽が出ている内は暑さを凌いでいるらしい。魔道具はやっぱり高いみたいだ。
うーん、こんなに暑くなるなら待ち合わせ時間をもう少し早めにした方が良かったかな?
【そうですね。まあ、そうしていた場合……間違いなく遅刻していましたが】
いや、遅刻する様な事態を誘惑してきた本人が何言ってんだ。積極的に攻めて気やがって……ありがとうございました!!
【――今度はちゃんと浴槽のあるお風呂でしましょうね?】
…………お手柔らかにお願いします。
あ、マルティシアの様子はどうだ?
ちょっと蠱惑的な雰囲気を感じさせるリディの声に戦々恐々としながらも、俺はマルティシアについて聞いてみた。
実は、マルティシアは興奮とシャワー室の気温の高さにやられて倒れてしまったていた。あれは本当に焦った。一応直ぐにベッドへと運んで寝かせたから大丈夫だとは思うけど、俺は直ぐに森へと転移したのでその後の容態についてはわからない。
【先程回復しました。今はベッドの上でますたーの寝ていた場所のシーツを抱きしめています。あれはもうますたーにメロメロです。】
……知られたくないであろう情報まで混じってた気がするけど、まあ元気そうで良かったよ。
それじゃあ――ミムルはどうだ?
【……多少の不安は残っている様子ですが、転移者の方々と会う覚悟は出来たみたいですね。】
昨日の夜中から、ミムルの様子がおかしい事には気づいていた。
いつも以上に俺にべったりで、何処か甘える様な幼児退行に近い状態。それは恐らく今日"リゾート"へ訪れる転移者達との邂逅に対する不安から来るものだったのだろう。
一部の転移者達から言われた罵詈雑言の数々は、優しいミムルの心に深く大きなトラウマを植え込んだ。だからといって、精神が壊れる様な事はないだろうけど……そのトラウマを解消するには時間が掛かる。本来であれば転移者達と会わせるべきではないと思うが、これはミムルからお願いされた事だ。
『桜崎ちゃん達の言葉を信じてみる。いや、違うね。私はきっと……まだ心のどこかで期待してるんだと思う……。だから、桜崎ちゃん達の言葉を信じたいんだ』
儚げに笑うミムルを、俺は優しく撫でて抱き締める事しか出来なかった。こればっかりは、俺では解決してあげられない。全てはミムルが自分自身で乗り越えるしかない問題だから。
俺に出来るのは、ずっと傍で支えてあげる事だけだ。
だからそれとなく気にしてはいたんだけど……問題なさそうだな。
【はい。今もマルティシアからますたーが頭を乗せていた枕を簒奪してご満悦の様子です。】
大人気ない……子供かっ!!
マルティシアのしょんぼり顔が目に浮かぶ様だ。泣いてたりはしないだろうけど……泣いてないよね?
【はい。全力で死守したシーツが残ってますので】
あ、そう……。
てか、最近紛失し続けてる俺の寝巻きってもしかしなくてもミムルとマルティシアの仕業だったんじゃ……?
【あ、それは私です。いつもご協力感謝致します。】
いや、お前かよ!?
あれ地味に着る服がなくて困るからやめてくれないかな!?
【毎回着替え用の服は一組残している筈ですが?】
そう言う問題じゃないんだよなーーっ!? 服が全くなとか不安になるんだよ。俺の精神的なゆとりを維持する為にも、服は持って行かないでくれますかね?
【…………。】
え、無視!?
もしもーし? リディさーん!?
【……おや、どうやら先方は既に到着している様ですよ? さあさあ、ますたーはお客様である皆さんを安全に連れてきて下さい。】
えっ!? まじか……それは確かに急がないとな。
ただ、持ち去った洋服については後できっちりお話をするので覚悟しておくように!
【…………はい。】
不貞腐れた様なリディの声にがっくりしつつも、俺は視界の先に広がる森の出口を目指して駆け続ける。
出口を過ぎたその先には左右に伸びる馬車道と正面に広がる広大な草原地帯が姿を現した。
そして馬車道から少し奥へ進んだ草原地帯に……桜崎さん達は待っている。
「――――っ!」
「――っ!? ――!!」
目的の場所が目と鼻の先にあるのを確認した俺は速度を落として歩き進める。
やがて俺の姿を視認した桜崎さんがこちらに手を振り始め、如月さんが何やら声を上げて騒ぎ出した。その声を合図に集まっている人達が各々に声を出して話している。
「おーい! だいきくーん!」
「おーそーいーぞー!! ダッシュだ〜だいき〜!!」
桜崎さん達まで50mを切った所で、嬉しそうに俺を呼ぶ桜崎さんと楽しげに俺を揶揄ってくる如月さんの声が聞こえてくる。
……果てさて、"リゾート"を見た二人はどんな反応をしてくれるのか。ちょっと楽しみだな。
元気にはしゃぐ二人の声を聞きながら、俺はそんな事を考えていた。
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