第22話 十三日目 到着間近、轟く雄叫び。
side 桜崎まこ
今日で異世界へ転移してから十三日。
五日目に王都を出る決意をした私達は、大司教様や"
向かう先はディオルフォーレ公爵が治める領地。
街の名前は"オルフェ"と言うらしい。
魔法職の土魔法によって作られた頑丈な石材でぐるっと覆われた街の周囲には幾つものダンジョンがあり、冒険者には良い修行場となっているみたいだ。
複数あるダンジョンの中心地に冒険者が休める拠点を作りたいと王国が考えたのが始まり。それが先代の国王の代で漸く安定し、代官を置くのみで不在だった領主を決めようとなった時に手を挙げた……と、言うより勝手に馬に跨り数人の側仕えを従えて駆けて行ったのが先代国王のご子息である第二王子――現在、オルフェの街を治める公爵様だった。
『王弟殿下はその……全く政治には興味が無く、政は奥様や部下に任せて御自身は常にダンジョン攻略や森の魔物の討伐などしていると聞いていますわ』
これはアリシアさん言葉。
『確かに、気さくで平民にも分け隔てなく接してくれる変わり者の王族だよな。俺なんて、初めて会った時に模擬戦を申し込まれてボコボコにされたぜ? その後は急に肩を組んできたりして酒を飲み交わしたけどさ……いやぁ、あれはオーエンの爺さんと同じで全く勝てる気がしねぇよ』
これはレオニスさんの言葉。
『…………脳筋?』
これはシェリルノートさんの一言。
……何だか私の思っていた王族とは全然違う。チラッと美夜子ちゃん達の反応を見てみたが、みんなも私と同じ気持ちなのか首を傾げたり苦笑を浮かべたりしている。
きっとシェリルノートさんの一言がみんなを困惑させているのだろう。私もちょっと困ってしまった。
でも、話を聞いてみると領民にも優しい領主様の様だし、栄えてもいるみたいなので一安心。ただ、もしも街中で公爵様を見つけた場合は街を巡回している騎士様に報告しないといけないらしい。
公爵様の捕獲劇は街の名物となっているようだ。
『まあ、最近では公爵様の御息女までもが領主館を脱走して奥様を困らせている様ですけど……』
苦笑を混じえつつアリシアさんは言う。
今年で成人である15歳を迎える公爵令嬢様は、父である公爵様に似て秀でた才能をその身に宿しているらしい。小さい頃から貴族令嬢としての勉強をサボり、ダンジョンや森へ魔物を狩りに行っていたそうだ。
『流石に危険がないようにこっそりと護衛は付いて居たらしいですけどね。あと、公爵様だけに似たわけでもないですよ。あの御夫妻はその、おほほほ……』
……うん。両親揃って自ら戦場へ赴くタイプだったみたい。アリシアさんは伯爵令嬢だったみたいだし、何度か目にする機会も多かった様だ。でも、冒険者になってからの方がより交流する機会が増えたみたいだけど……今までの話の中に出くる公爵家のイメージで言えばそうなるのは必然なのかもしれない。仲間意識?
そんな戦う事が大好きな公爵家が管理する街。
――そこに大樹くんは居るんだ。
「あー、まぁたニヤニヤしてる」
「むっ……美夜子ちゃん、ツンツンするのやめて」
馬車の中。
隣に座る美夜子ちゃんが私の頬を指でつついてからかってくる。
ニヤニヤなんてしてない……筈だ。
「も〜、美夜子ちゃんは直ぐそうやってからかって〜」
「ふふふっ、でも安心しました。桜崎さんから焦りがなくなった様で」
正面に座る愛衣ちゃんが美夜子ちゃんを諌め、笹川先生が私を見てそう言うと優しく微笑んだ。
「……私ってそんなに焦っている様に見えましたか?」
『見えたね(ましたね)』
……美夜子ちゃん、愛衣ちゃん、笹川先生だけじゃなくて左隣に居るアリシアさん、アリシアさんの対面に座るノアさんにまで肯定されてしまった。うっ……気づかれてたなんて……恥ずかしい。
「あははっ! でも、本当に安心したよ。理由がまさか男だとは思わなかったけどさ」
美夜子ちゃん、その言い方はちょっと……間違ってはない、けどね? 恥ずかしいから……。
あの日、大樹くんがこの世界で生きていると知った時。流石に泣いているところを見られてしまっては隠し通せないと思い、私は馬車の中で大司教様から伝えられた事、そして私の過去と大樹くんへの想いについて話す事にした。……いま、私はその時と同じくらい恥ずかしくて顔が熱くなっていると思う。異世界組のアリシアさんやノアさん、大人の笹川先生までキャーキャーと黄色い声を上げて私の話を聞いていた。
うぅ……やっぱり話すんじゃなかったよ……。
「大枝くんだっけ? 去年は同じクラスだったけど、私はあまり話したなかったからなぁ〜」
「私もだよ。顔だってちゃんと見たのはあのバスの中でだったし」
「だよね〜? 笹川先生は大枝くんについて何か知ってることあります?」
「成績はかなり良い方だった筈ですよ? 真面目に授業も受けていたと思います。ただ、その……」
「ただ?」
少しだけ笹川先生が言い淀んでいたのが気になったのか愛衣ちゃんが笹川先生に尋ねる。
他のみんなも気になったのか、笹川先生が続きを話してくれるのを待っていた。
そうして、数秒程迷った末に笹川先生が話してくれたのは――大樹くんのお父さんとお母さんについてだった。
「大枝くんのご両親の話は保護者面談の時期が来ると必ず一度は話題に上がるんです。去年、大枝くんのクラスを担当していた先生が大枝くんの成績表をご両親へと渡して大枝くんの事をほめたそうなんです。学年で二位という順位を指差しながら『授業態度も良く真面目で素晴らしい、努力を怠らない生徒です』と」
「大枝ってそんなに成績良かったんだ」
「そういえば良く成績表に名前載ってたかも?」
美夜子ちゃんと愛衣ちゃんが笹川先生の話に驚いている。
……私は普通に大樹くんの事を知っていたから覚えているけど、確かに興味を持っている相手じゃなければ忘れちゃうか。大樹くん自身も特に目立つ存在って訳じゃなかったから尚更に。
「でもでも、それだったら大枝の両親も誇らしかったんじゃない? 自分の息子が成績上位者なんてさー、普通に凄いじゃん」
「……そうですね。普通であればそうなのでしょうが、大枝くんのご両親は誇るどころか――大枝くんの頭を殴りつけたそうです」
『っ……』
馬車内の空気が変わる。
美夜子ちゃんも、愛衣ちゃんも、先程まで私や愛衣ちゃんが説明してようやく話の内容を理解出来るようなっていたアリシアさんやノアさんも。
笹川先生の話の内容が理解できなくて、意味が分からなくて、言いようのない気味の悪さを覚えて、話を聞いていた全員が息をのみ、ただただ困惑してしまう。
しかし、笹川先生の話を聞いていた私の頭の中には……去年見た大樹くんの姿が過った。びっしりと文字が書かれたスケジュール帳を見て溜め息を吐く、あの目の下に隈を作った大樹くんが。
「ご両親とも、とても怖い剣幕で怒鳴りつけながら大枝くんを何度も、何度も、何度も、何度も……騒ぎを聞きつけた他のクラスの先生達が止め入るまでずっと殴りつけていたそうです」
「ちょ、ちょっと待ってよ……え? 大枝はなんで殴られたの!? だって……だって、学年で二位だよ? それって凄いこと……だよね?」
「ええ、凄いことですよ? あなた達の学年は6クラスでおそよ150人程でしたから」
「だったらどうしてっ……私がおかしいの?」
「違うよ美夜子ちゃん。私もその……変だと思うから」
先生の話に過剰に反応し、その異様さに震えて自分の体を抱き締める様にする美夜子ちゃん。そんな美夜子ちゃんを心配そうに眺めていた愛衣ちゃんが優しく美夜子ちゃんに声を掛ける。
私も美夜子ちゃんの背中を優しくさすって「変じゃないよ」と声を掛けた。
美夜子ちゃんはお父さんとお母さんを中学一年生の頃に事故で亡くしていた。その後は父方の祖父母と一緒に暮らしていたけど、祖父母の負担になりたくないと思った美夜子ちゃんは高校へ進学すると同時に一人暮らしを始めたらしい。
ただ……お父さんの弟さん――美夜子ちゃんにとっては叔父さんとなる人が祖父母と一緒に住みたがっていたと言うのも理由らしいが、そこに関しては深く聞いていないので分からない。美夜子ちゃんが話したがらなかったから。
美夜子ちゃんは両親の事を話す時、凄く幸せそうな顔をする。きっとそれは美夜子ちゃんにとって大切な思い出で、美夜子ちゃんが優しい両親に愛されて育ったという証拠。
だからこそ美夜子ちゃんには分からない。
その大切な記憶がある美夜子ちゃんにとっては、大樹くんの両親の行動は信じられなくてとても恐ろしいものに見えるのかもしれない。
「教師としてこんな事を言っていいのかは分かりませんが……その当時の話を聞いて私も異常だと思いました。何より恐ろしかったのは、殴られていた大枝くんが無表情で殴られ続けていたと聞いた時です。それはつまり……」
「――大樹くんは、日常的に暴力を振るわれていた?」
「あくまで推測に過ぎないですが、職員室ではそう噂されていましたね……」
ぽつりと呟いた私の言葉に、笹川先生は頷いて肯定する。
知らなかった……大樹くんが、職員室でそんな風に噂されていたなんて。
「ですので、最低な考えなのかもしれませんが……私は桜崎さんから大枝くんがこの世界へ来ていると教えて貰った時――安心してしまったんです。この世界では大枝くんは成人で大人です。日本ではまだ保護者の同意が必要で、大枝くんはあの両親から離れることは出来ない……大枝くんのココロとカラダが壊れる前に、巻き込まれたとは言えあの両親から離れられて良かったと。私はそう思ってしまうんです」
それは本心なんだろう。哀しげに、寂しげに笑う笹川先生の表情を見て……私はそう思った。
笹川先生は笹川先生で、色々と苦労していたのを知っている。この世界に来てから教えて貰ったから。
親の命令に背いて家を出た先生だからこそ分かる事が、何かあるのかもしれない。
そして、同じ親の問題を抱える笹川先生が驚き異質だと言う状態で生きてきた大樹くんは……この世界に来て何を思うのだろうか?
もしかしたら、大樹くんは地球には帰らないかもしれない。だって地球には、大樹くんを虐げる両親が居るのだから。例えこの世界が過酷だったとして、大樹くんは喜んでこの世界で生きることを選択するんじゃないかと思う。
そんな事を考えていたら、馬車が道をそれてゆっくりとその速度を落としていく。どうやら、最後の休憩に入る様だ。
「おーい、アリシア! もうすぐで公爵領だし、着いてからの事を……なにかアクシデントか?」
「……いえ、なんでもありませんわ。少し、込み入った話をしていただけですので」
馬車が停止して直ぐに"炎天の剣"のリーダーであるレオニスさんが外から声を掛けて来た。休憩をする為に馬車の荷台から降りる私たちを見て、レオニスさんは心配そうに声を掛けてくれた。
そんなレオニスさんに対してアリシアさんは問題ないと答えて、そのまま公爵領についてからの流れを確認する為にレオニスさんとノアさんを連れて他のメンバーのもとへと向かう。
私たちはその場で伸びをしたり屈伸をしたりして体の凝りを解し、残りの転移組メンバーも集まったところで昼食をとる事となった。
……昼食に食べるのは携帯食料。塩漬け肉に固いパン、それを口に水を含みながら柔らかくして食べていく。
この世界に来てからの食事は、正直に言うと微妙だ。
激マズって訳じゃないけど……味が単調?
お肉は塩漬けだったり、生肉が入荷すると塩を振り焼いたり……一般家庭では胡椒は贅沢品、香草も偶に使うくらいだ。あ、でもスープは一日目でやめた。申し訳ないけど塩味のスープは……無理だった。出汁という文化はないんだなって確信したよ……ラーメン……。
それでも不味いと感じないのは、元々の素材が美味しいから。この世界は空気中に魔素? と呼ばれる魔力の素となる物質を大量に含んでいる。それが食材となる生物の質を高め、そのまま食べても満足出来る味を作っているというのが大司教様からの説明だった。確かに、一回だけ食べた事のある新鮮な果物は美味しくて驚いた。
私たちがこの世界へ転移した記念という事で大司教様が用意してくれた物で、凄く高価な物だったらしい。それをアリシアさんから聞いた時は、ここに居る10人全員で大司教様に頭を下げたっけ。『なんなら、毎日用意しますぞ?』って言われた時はちょっと揺らいだけど、そこまで迷惑を掛ける訳にはいかないので断腸の思いで断った。
そんな記憶を思い出しつつも、私は頑張って塩漬け肉をあむあむと噛み水を飲む。
……うん、飽きた。
贅沢と言われてもこればっかりは仕方がない。日本の食事が恋しい……。
みんなも同じ思いなのか、食事中は最早作業の様に済ませている。まあ、そもそも道の左側には森があるので気を抜いて食事は出来ないけど。
……一応、私たちは他の転移者や転移者を狙っている存在から隠れて王都を離れなければならない。なので、近道ではあるものの魔物が襲ってくる可能性のある公爵領内の森のそば、人通りの少ない道を選んで移動している。
そのおかげで特に人には見つかって居ないけど……魔物は襲って来た。それも公爵領に入ってから何度も何度も襲ってきた。本当はこの世界に来て十日目くらいにはオルフェへ到着する予定だったのに、遅れているのはそれが原因だったりする。
どうやらタイミング悪く、魔物の不規則な繁殖期に当たってしまった様だ。
しかもその魔物が……オークだった!!
初めて見た魔物がオーク……イノシシさんじゃなくてブタさんだった。しかも一部のオークは皮鎧みたいなのを着てたのに、殆どのオークが腰布1枚で……うぅ……気持ち悪かった……そしてアリシアさん達の攻撃が過激だった。やはり異世界ではオークは女性の敵という認識で間違いない様だ。
『…………ころす』
シェリルノートさんが普段出さない様な低めの声でそう呟いていたのは……聞かなかったことにした。
レオニスさんやジールさん、護衛の騎士である男性一同は『素材がぁっ』とか言ってたけど無理です。諦めてください。アリシアさん達が下半身を中心に消し炭にして回ってるので……。
しかしながらこの遭遇頻度はこの世界においても異常であり、私達はこの事をいち早く知らせる為にも休憩を少なくして移動し続けていた。
下手をすると、森の奥でオークの大繁殖が起きているかもしれないらしい。なので、この道を選んだ事を後悔しつつも、なるべく早くオルフェへ移動しようとしていた。
レオニスさんとアリシアさんが打ち合わせをするのも、まずはオークの大繁殖について報告をしなければいけないから。……証拠品であるオーク自体は素材も採れない状態なので捨てたけど、魔物の心臓近くにあるという魔石だけは回収している。その膨大な数のオークの魔石を見せれば納得して貰えるだろうとのことだ。
そうして、私たちは早々に昼食を兼ねた休憩を終わらせて馬車に乗る。
動き出した馬車に揺られながら考えるのは、先程の大樹くんの話の続き。
果たして、大樹くんはこの世界から帰るつもりはあるのだろうか?
そしてもし大樹くんがこの世界に留まる選択をした時…………私は、どちらを選択するのだろうか?
馬車内ではみんながポツポツと会話をしている。そんな中で私は目を瞑り、帰るか留まるかの二択について考え続けた。
そんな時だった。
――――ブモォォォォ!!
今までにない大きさの雄叫びが、馬車の中にまで響き渡ったのは。
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