第21話 十日目 また会うその時に備えて。





 魔法の訓練で想定よりも体力の消耗が大きかった俺は、リディ達によるストップが掛かってしまい早々にマスタースイートへと帰ってきた。


 最初は広すぎて落ち着かなかったマスタースイートも、泊まり続ければ意外と慣れるものでこの部屋に戻って来る事に安堵感を覚えている自分が居る。


 とりあえず、汗で気持ち悪い身体をさっぱりさせる為にお風呂に入る。

 相変わらず豪華なお風呂だ。一人だと寂しくも感じるが、リディやミムルと一緒に入ると色んな意味で休まらないからなぁ……愛されるのは嬉しいけど、お風呂くらいは落ち着いて入りたい。まあ、応戦したけど。


 湯船に浸かり、体が十分温まったと感じた所でお風呂から上がる。

 用意されていたバスタオルで体を拭いて、同じく用意されていた下着、黒いTシャツ、黒い七分丈のズボンを着る。リディ、いつもありがとう。最初の頃は恥ずかしく思っていたが、毎回お風呂に入る度に同じことをされれば慣れる。

 別に俺の好みじゃない服を着せられる訳ではないので、リディのやりたい様にやらせる事にした。


 そうして浴室から出て通路を進みリビングへと移動する。リビングの中央にはローテーブルが置かれていて、五人掛けのL字型のソファーが一つと同じく五人掛けのI字型ソファーが一つ、ローテーブルの長い辺に対して向かい合う様に置かれている。

 リビングの右奥にはダイニングが広がっており、ダイニングには長めのダイニングテーブルが置かれており、それに合わせてダイニングチェアがダイニングテーブルを囲むように等間隔に置かれていた。

 貴族の食堂かな? テーブルクロスまで敷いてあるし……あのテーブルに幾つも置かれているロウソクは必要なのだろうか?


 そんな感じでダイニングは広すぎて持て余すのと、汚してはいけない雰囲気もあるので基本的に俺たちはリビングのローテーブルで食事をしている。四人で十人以上が座れる場所を使うのはちょっとなぁ……肩がこりそう。


 キッチンはダイニングの更に奥にある。アイランドキッチンだったかな? 奥の壁側には冷蔵庫や家電、食器や調味料なんかが置かれていて、その手前に独立した調理台が置かれているオシャレなキッチンだ。一回も使った事ないけどな!

 マスタースイートのキッチンよりも、BBQ広場の炭火焼きコンロの方が使いこなせる自信がある。

 生の食材が出でくるのって、全部BBQ広場なんだもん……いつか、あの広々としたシステムキッチンを使う日が来るのだろうか。


 そう言えば、このマスタースイートも空間拡張されてたりするのかな?


「――されていますよ。何なら現在進行形でこのホテルの全フロアを改築兼拡張中です」

「あ、リディ」


 後ろからする声に振り返ると、そこには両手に白いビニール袋を持ったリディの姿があった。

 黒いブカブカのフード付きパーカーに黒いリブレギンスというラフな格好をしているので、一瞬ここは地球なのではと錯覚をおこしそうになる。……それ、この世界に来たばかりの頃に持ってきた服が足りなくなって補充した俺のパーカーですよね?


「はい、そうですが?」

「……いや、まあ良いんだけどさ」


 俺でも結構余裕のあるサイズだったから、リディが着ると太ももくらいまでの丈になる。ただ、リブレギンスを履いてはいるものの何と言うか……。


「エロいですか? ムラムラですか?」

「人が敢えて言わなかった事をサラッと言うのやめてくれるかな!? あとムラムラですかって聞き方やめろ!」


 わざとらしく体を左右に揺らして、パーカーの裾を揺らすリディ。いや、パーカーの重さ的に捲れないのは分かってるし、そもそもリブレギンスも黒だから捲れたとしも中は見えないんだけどさ……リディの履いてるリブレギンスってピタッとしてるから綺麗な脚のラインがですね。思わずそっちに視線が……!


「ふっ……確かにますたーはおっぱい星人ですが、私の体にもうメロメロです!」

「いや、まあ隠し立てする様な事はしないけどさ! そうハッキリ言われるとちょっと恥ずかしいんだけど!?」

「さあ、このまま私とベッドルームへ移動して――」

「あー!! 二人でイチャイチャしてる〜!」

「くっ……時間切れですね。残念です」


 あ、危なかった……。

 ビニール袋を床に置いて、俺の首に手を回して来たリディは両脚で俺の右脚を挟み込むようにしながら擦り寄って来た。

 あと少しでリディが俺にキスをする……。そんなタイミングでリディの後方からミムルの声が響き、その声を聞き残念そうにしながらもリディは俺から離れていった。


 なんだろう……リディが俺から離れていったのを安堵する自分と、残念に思っている自分が居る。

 一応、毎晩の様にリディとは一緒に寝てる筈なのに……これが所謂"虜になる"って事なのだろうか?


「……ふふっ」

「〜〜ッ」

 

 俺の思考を読んだリディが、妖艶な笑みを浮かべてウインクを飛ばして来る。いやいや、流石に昼間から盛るのは……自重しろよ俺っ!


「も〜油断も隙もないんだからっ」

「リディ様……だから昼食を買う時に別行動を提案したんですね……」


 赤くなる顔を冷ますよう軽く頭を振り、リディの後方に立つ二人へと視線を向ける。


 一人は頬をプクっとさせてご立腹な様子のミムル。どうやら俺がお風呂に入っている間に三人でお昼ご飯を買いに行ってくれてたらしい。

 ミムルの両手にも当然の様に白いビニール袋が握られていて、右手に持っているビニール袋からはちょっとだけチュロスがはみ出している。ミムルはデザート担当なのかな?

 そしてミムルの隣には苦笑を浮かべるマルティシアの姿がある。……マルティシアも両手にビニール袋を持っている様だ。え、流石に多くないか?


 ミムルの服装は黒いノースリーブタイプのインナーの上からブカブカの白いTシャツというザ・部屋着なスタイル。白いTシャツの中央にプリントされている『女神様充電中』の黒文字が程よい残念感を醸し出していて、超絶美少女が着るとキャップが凄い。いや、そのTシャツどこに売ってたんだよ!?

 そしてミムルはミムルで白くて細い綺麗な脚がスラーっと…………履いてるよな? あ、良かった。Tシャツの裾が揺れてデニムのショートパンツがチラッと見えたので一安心。いくら俺達しか居ないとはいえ、流石に目のやり場に困るからな……。


 マルティシアは白いチュニックの上に脇腹の辺りで結ぶタイプのグレーのカットソー、下は脚のラインが綺麗に見えるスキニージーンズと二人とは打って変わってカジュアルで清潔感のある服装だった。

 うんうん、リディとミムルの服装にはハラハラさせられてばかりだったから、凄く安心感がある。


 だけどマルティシア……その右手に握られたビニール袋からはみ出しているワインのボトルは何かな?

 ざっと数えて5本くらいはみ出てるけど……まだお昼だよ?


「……? あっ……ち、違いますよ!? ちゃんと酔ってきたら回復するつもりですので、大丈夫ですっ」

「何も大丈夫じゃないよね!? 飲む気満々だよね!?」

「い、一応大枝様用にノンアルコールのシャンパンも買ってきましたけど……駄目ですか?」


 うっ……シャンパンは別に要らないけど、そのうるうるとした上目遣いはやめてくれませんかね……?

 あと、いつの間にかマルティシアの後方で瞳を潤ませてる二人! お前らは絶対にお酒はダメだから!!

 BBQの時に酔っ払って俺を窒息死させようとしたのまだ忘れてないから!


「……マルティシアだけ、ちゃんと体内のアルコールを回復させるなら飲んでよし」

「ッ!! ありがとうございますっ」

「「ブー! ブー! 横暴だー!!」」


 頬を微かに赤らめ、花のような笑顔を浮かべるマルティシア。うん、お酒の入ったビニール袋を抱き締めてさえいなければ絵になる光景だったのに……。


 リディとミムルに関しては無視します!

 ノンアルで我慢しなさい。


 そうして、お昼ご飯を買いに行ってくれた三人にお礼を言ってからローテーブルのある場所へと移動しそれぞれが買ってきた物を広げていく。


 サンドイッチ、ハンバーガー、おにぎり、唐揚げ、ハンバーグ、ステーキ、ポテト、ケーキ、チュロス、クレープ、たこ焼き、フランクフルト、ベビーカステラ、チョコバナナ…………あれ?


「こんなお祭りの屋台で出てくる様な食べ物売ってるところあったの?」

「いえ、さっき作りました。お嫌いでしたか?」

「いや、嫌いじゃないけど……」


 屋台料理も出せるって……ほんと、何でもありだな。


 折角だし、俺は久しぶりにたこ焼きを食べる事にした。買ってから少し時間が過ぎていたのか、熱過ぎず程よい温かさ。外はしっかり焼き目がついていて、中の生地はトロトロで蛸もきゅもきゅ。鰹節、青のり、ソースが上にかかっているザ・たこ焼き。

 元の世界でもあんまり食べた記憶は無いけど、味も見た目も大満足なたこ焼きだ。


 リディ――もとい原初スキルである『リゾート』の規格外振りは、こうやって事ある毎に更新されていく気がする。

 それを有難く思いつつ、俺はテーブルに並べられている料理をみんなで仲良く分け合って食べていった。



「……ちなみに、なんでマヨネーズがかかってないんだ?」

「よく分かりませんが、争いが起きる予感がしましたので……お好みでかけて下さい」






 ♢♢♢







「大樹くん」

「ん〜?」


 正面……ローテーブルを挟んだ向こうにあるI字型ソファーに座るミムルが、微かに緊張した様子でそう切り出して来た。そんなミムルの隣では、マルティシアがワインを飲んで酔っ払っては自分に回復魔法をかけている…………4本目だなぁ、それ。


「あ、あのね? 実は言い忘れてたことがあって……」

「言い忘れてたこと?」


 満足いくまでお昼ご飯を食べて、ウトウトとしつつもL字型ソファに寝っ転がり久しぶりにスマホを弄る。

 そんな俺の頭は「ジャンケンで勝ち取りました」と自慢げに話すリディによって膝枕されている訳で……リブレギンス越しに感じる体温と柔らかさが最高です。


 ミムルには申し訳ないけど、このまま眠って――


「――桜崎ちゃんがね……大樹くんが最初に転移した場所の近くに来そうなんだ」

「へぶっ!?」


 驚くべき内容を聞かされた事で、両手で掲げる様に持っていたスマホを落としてしまう。そして落ちたスマホはそのまま仰向けで寝転がっていた俺の鼻先へと直撃し……二つの理由で驚き、その後に激しい痛みが俺を襲った。


 おぉぉぉ……!!

 めちゃくちゃ痛いんだけど!? 同じ様な状況になった人の話を聞いて「そんなに痛い訳ないだろ」とか馬鹿にしてごめんなさい……泣きそうなくらい痛いです。


「本当に幸運値が最大なんでしょうか? スマートフォンの鋭利な角がますたーの鼻先へ寸分違わず真っ直ぐ落ちていったので、ギャグ漫画的には運がいいとも言えますが……」

「わー!? ご、ごめんねぇ、大樹くん……話すタイミングとか考えればよかったよぉ……」

「これ……回復魔法で、良いんですかね?」


 リディの太股から飛び起きて、そのまま前に倒れる様にして蹲る。なんか、三人の話し声が聞こえるけどそれどころじゃない。

 は、鼻がぁ……これ、鼻血とか大丈夫かな……。


「――"ヒール"」


 鼻を押さえて蹲る俺にマルティシアがそう呟くと、温かい光が俺の体を包み込み段々と痛みが引いていく様な感覚を覚えた。その感覚はどんどん強くなり、遂にはあんなに痛かった鼻の痛みが綺麗さっぱり消え去った。


 おぉ……もしかして回復魔法か!? 初めてかけてもらった!


「これで大丈夫だとは思うのですが……どうでしょうか?」

「うん、さっきまで痛かったのにもう全然痛くないよ。えっと……回復魔法であってる?」

「ええ。"ライト・ヒール"もあったにはあったんですが、仮に骨折していたりしたら"ライト・ヒール"では治せませんので通常の"ヒール"をかけました」

「そっか。ありがとう、マルティシア」

「ふふっ、どういたしましてですよ」


 俺がお礼を告げると、ほんのりと頬を赤らめながらマルティシアがにへらと笑う。

 ……まさか、自分にかける予定だった"ヒール"を俺にかけただけってオチじゃないよね?

 あんなに無邪気に笑うマルティシアを初めて見たんだけど……あ、"ヒール"使ってる。

 ま、まあ、治してもらったのは事実だしいいか。激レアスマイルのマルティシアも見れたし。


 そんな訳で、先程から俺に対して謝り続けているミムルを宥め、俺が鼻を傷める事になった話題へと戻ろう。


「ミムル、確認だけど"桜崎ちゃん"って言うのは……俺の知っているあの桜崎さんで合ってるのか?」

「うん。大樹くんと同じ様に地球からこの世界へと転移してきた、あの桜崎まこちゃん」


 あ、下の名前はまこって言うのか……初めて知った。いや、多分高校一年の頃に自己紹介があったから知ってた筈なんだけど……クラスどころか高校に在籍している人の名前、殆ど覚えてないんだよなぁ。

 覚えてるのは桜崎さん、サエキ、ラクマチ……いや、ラクガイだったかな? 最後にオキタで四人くらいか。


 桜崎さんは言わずもがな。こんな俺に優しくしてくれた唯一の同級生だから、当然覚えている。怪我なく元気に過ごせているだろうか?


 サエキって奴は、一年の頃に校舎裏で先輩に囲まれてたのを一度だけ助けたことがあって、その時に名前を告げられたので覚えている。

 最初は妙にキョドってて、『ぼ、ぼぼぼくは、さ、さ、ささささ……』と言った感じに、何を言ってるのかよく分からない奴だった。おまけに悩みがあるとか言うから、助けたついでに聞いてやったんだけど……ただの恋人の惚気だったんだよ!!

『彼女はいつも、元気で明るくて可愛い』とか、『歌が上手くて、僕が徹夜とかしてフラフラしてると、こ、子守唄代わりに膝枕をしながら歌ってくれるんです』とか……一瞬、ほんのちょっとだけ、追い返した先輩たちを引き摺って来ようかなって思った。あいつは……そもそも隣のクラスだったのだろうか?


 ラクガイとオキタに関しては似たような理由で覚えている。

 習い事の帰り道、夜遅くにそれぞれ別日ではあるが……どちらも変質者に追われている最中だった。

 ラクガイの方が太ったおっさんで、オキタの方がガリガリの大学生くらいの奴。

 どっちも背後からの金的蹴りで行動不能にしてからお巡りさんに捕まえて貰ったけど、正直面倒で仕方がなかった。

 別に助けるのが面倒だったのではなく、夜遅いという事で家に電話をされ警察署まで迎えに来た両親が面倒だった。あの両親に俺が褒められることなんてない。寧ろ危ない真似をするなと叱られるくらいだ。自分達の大切な人形が傷付くのが嫌で、護身術は襲われた時の事を想定して習わせているのに自ら危ない事に足を突っ込む俺の事が許せないのだろう。

 助けた二人は俺が怒られている光景を眺めて何とも言えない表情をしていたっけ……両親の叱り方は異常だからな。思わずお巡りさんが止めに入ったくらいだし。

 まあ、そんな訳でラクガイとオキタは見られたくない一面を見られてしまった二人で名前自体も変質者を捕まえた時に一度聞いただけだから、苗字くらいしか印象に残っていなかった。


 ……うん、高校生活において友人なんて居ませんでしたよ? 今年は友達を作るぞーって意気込んでいたんだけど……異世界に来ちゃったからなぁ。

 まあ、変わりにかけがえのない人達に出会えた訳だし全然良いんだけどね。今なら俺もサエキに惚気返しを出来るかもな……生々し過ぎて殆ど話せないだろうけど。


「……ちなみに、今ますたーが思い浮かべた人物でしたら転移者の方々の中に居ましたよ?」

「えっ、まじで?」

「冴木迅、楽街千夜、沖田涼……はい。間違いないです。現在は桜崎まこを含めた四人、同じグループで行動している様です」


 いつの間にかテーブルの上に置かれていたクリアファイル。そこからリディは写真とその下に名前の書いてある紙を4枚取り出して俺に見えるように並べていった。

 そうかぁ……桜崎さん以外にも一応知っている奴らも来てたんだなぁ。


 冴木……お前は彼女と離れ離れになってしまったのだろうか? 安心しろ、俺がなるべく早い内にS級ダンジョンを攻略して、お前を彼女の元へ帰してや――


「あ、ちなみに冴木迅の恋人と同じ様にこちらへ転移して来ています」


 よし、お前と再会する事になったら今度は俺の惚気をたっぷり聞いて貰うとしよう。逃がしはしないぞ……!


 って、そんな下らない事を考えている場合じゃなかった。


「ごほんって……それで? 桜崎さんが俺が最初に居たあの森の近くに来そうってのは、本当なのか?」

「じ、実はね?」


 そうして聞かされたのは、桜崎さん達の今日に至るまでの軌跡。中にはミムルと本でやり取りしていた頃に聞いた内容もあったが……まさか笹川先生グループの移動先が。俺の転移地点の近くだとは思わなかった。


「てことは、俺が転移した森って公爵領の側だったのか?」

「側というか、あそこは公爵が管理している土地みたいだよ? 大樹くんの居た場所から北に向かって歩けば、数日で公爵が治める街に辿り着けるね」

「まあ、あの森にはオークやスタンプボアと言った魔物も居ますので、簡単にとは行きませんが」


 ……あそこって魔物とか居たんだなぁ。そして、俺は公爵様が管理する森に不法侵入していた訳か。怒られないかな?


「問題ないでしょう。管理していると言っても、土地開発を行っている訳ではありません。勝手に森を切り開き建物を建てたりしたらまずいでしょうが、そうでなければ咎められる事はない筈です」

「そうだねぇ。街にある冒険者ギルドから依頼を受けて冒険者も森で狩りをしたりするだろうし、ただそこに居ただけで怒られる事はない筈だよー?」

「そ、そうか。そらなら良かったよ」


 いきなりお尋ね者コースとか洒落にならないからな。ただ、もしそうだとしても俺は街には行かなかっただろうなぁ。多分、鑑定の魔道具とかあるんだろうし。


「なあ……街に入る為にはやっぱり身分証とかが必要なのか?」

「んー、その地域にも寄るけど……公爵領だったら身分証が無くても入れるよ? 犯罪歴が無いかを魔道具で調べて、問題がないようだったら銅貨5枚を払う事で三日分の滞在許可証を発行して貰えるのっ。それで、滞在日数を延長したいなら滞在理由を門番に説明した上で、一日につき銅貨2枚を納める事で延長する事が出来るんだ〜。まあ、殆どの人が滞在日数が残っているうちに自分が入れるギルドに加入するか領民になるかを選ぶみたいだけどね〜」


 そうすれば、残っている滞在日数に応じて銅貨を1枚返して貰えるらしい。

 うーん、それならスキルや職業まで鑑定させる事はなさそうだ。ちょっと警戒し過ぎだったかな?


「いえ、転移してきたばかりのますたーが街へ入ろうとすれば、明らかに浮いて居た事でしょう。そうなればますたーは門番に別室へと連れて行かれ、『鑑定』スキルを持つ者か鑑定の魔道具によって詳しく調べられていたかもしれません」

「……ありそうで怖い展開だな」


 今となってはもう手放せないステータスだけど、安易に見せられないのは困ったものだ。

 まあ、今だったらやりようはある。要は怪しまれなければいいのだから、如何にもこの世界の旅人と言った服装や滞在料金をリディに用意して貰えばいい。

 問題はギルド登録だけど、ミムルから聞いた話によれば登録事態は自己申告制らしい。

 有名になってくると立場が上の者との繋がりも出できて、ギルドのまとめ役であるギルドマスターや指名依頼の依頼主なんかにステータスの開示を求められる場合もあるが、Dランク辺りまでなら特に問題はないそうだ。


 今は考えられないけど、そのうち街にも行ってみようか? 桜崎さん達の目的地も公爵様が治める街みたいだし。


「ミムル、桜崎さん達はいつ街へ到着するんだ?」

「少しずつ小休止を入れながら馬車で進んで来たから、あと二〜三日って所かな? もしも気になるなら、その位のタイミングで街に行ってみる?」

「うーん……」


 桜崎さんに会いたい気持ちはあるけど、せめて会う前に森の魔物くらいは倒せる様になっておきたいかな。

 それに、どうやら桜崎さん達はこの世界の住人……現地人である冒険者達と行動を共にしているらしい。


 これは桜崎さん達にも言える事だけど、俺はヘタに人を此処へと招いて此処の存在を外で話されるのは避けたい。まだ俺と同じ転移組なら、此処が知れ渡る事の危険性を早くに理解して貰えると思うので大丈夫だと信じたいが……現地人には刺激が強過ぎると思っている。


 それに現地人という事は転移したばかりで他に知り合いも居ない俺達と違い、この世界に広い繋がりを持っている可能性だってある。

 そんな人物に此処の存在が知られ、あまつさえ権力者や商会の人間に言いふらされでもしたら……最悪の場合、俺のダンジョン攻略にも支障が出るかもしれない。


「もう少し様子見してからでもいいかなって。俺自身もまだまだ強くはないと思うから。せめて自分の身は守れるくらいになってからかな」

「そ、そっか〜(いや、そもそも大樹くんって近接戦でも十分活躍出来るくらいには強いんだけどなぁ)」

「ん? 何か言ったか?」

「ううん、なんでもないよ! あ、言い忘れてたけど桜崎ちゃん達と一緒にいるこの世界の子達は、みんな私の信者にお願いして集めて貰った子達だから安心してね? 事前に調査済みだからっ」

「あ、そうだったんだ」


 なら、そこまで警戒する必要はないかな? まあだからってホイホイ見せる事もないだろうけど。


 その後はミムルにもう言い忘れた事がないかの確認をし特にない様子だったので、桜崎さん達にまた大きな動きがあったら教えてもらう様に頼んでこの話はおしまいとなった。


 根っこにある生活スタイルは変わらないけど、もう少しだけ本気で訓練をした方が良いかもな。明日か明後日には一度森に出てみて魔物を倒せるか試してみよう。


 そんな事を思いつつ、俺は再びリディに膝枕をされながらL字型ソファーの上で横になり食休みをとる事にした。













 ――まさか、あんな形で桜崎さんと再会する事になるとは露知らずに……。




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