第18話 七日目 BBQは続くよ、何処までも。
「――いや、違うんです。別に忘れていたとか、無視していたとかそう言った訳ではなくてですね?」
「……へー、そうなんですね?」
正座。
それは古来より、正しい姿勢で座る事を指す言葉であり、特に日本では膝を揃えて畳んだ座法の事をそう呼んでいる。
しかし、近代では叱られる時にする姿勢の表現方法として用いられる事が多く、親しい人から「正座」と声を低くし単語のみで言われた場合は十中八九お説教が待ち受けている。
…………今の俺のようにな!!
日が暮れて既に満天の星空が綺麗……な筈の夜。辺りはミムルが『属性魔法(光)』を使いライトアップしてくれている。
そんな中、俺は正座をして両手は膝の上に置き、顔を下に向けていた。というか、上を見ることが出来ないでいる。
返ってきたリディの声がね……ちょっと怖いんです。
原因は寝惚けてミムルルート……ミムルに抱き着いたからなんだろうけど、違うんですよ……まさか"リゾート"内に俺とリディ以外の存在が居るとは思わないじゃん!?
リディも誰も入れたくない的な事を言ってたし、ミムルの神像を置くのですらめっちゃ嫌がってたから、リディがミムルを連れて来るなんて思わなかったんだよ。
「……はぁ。ますたー、顔を上げてください」
反省の意味も込めて小さく纏まって居ると、リディが溜め息を吐きながらそう言った。
言われた通りにゆっくりと顔を上げる。そこにはジト目のリディの姿があり、その後方にはミムルともう一人の姿があった。あ、もう一方居たんですね……。
「まず初めに、私はそこまで怒っていません」
「は、はいっ」
それってちょっとは怒ってるって事ですよね? ……すいません、黙ります。
「それに、別にますたーが私以外にも愛する者を増やしても不満は…………そんなにはありません」
「いやいや、ちょっと待とうよ!?」
リディ以外に愛する人って何!? それってつまり浮気って事だよね? 流石にそれは法律的にアウトなんじゃ……?
「……あぁ、そう言えばますたーの世界では不特定多数の異性と交際する事はいけないことでしたね?」
「あー、だから大樹くんは慌ててたんだ。そう言えば私も地球の女神から聞いた事があるかも。あれって要は男女比がほぼ釣り合ってる地球ならではの習慣だろうねぇ〜」
なんか、ミムルが話に入ると途端にスケールが大きくなって困惑するな……。確か、地球の男女比ってちょっとだけ男が多いけどほぼ同じなんだっけ? 授業でちらっと習っただけで調べたことはないから確かなことは言えないけど、そうだったような記憶がある。
「……え、もしかしてこの世界では男女比が同じじゃないのか?」
「はい。この世界の男女比はおよそ三割が男性で残りの七割が女性。度重なる戦争の影響で男性の数が不足しているのです」
「正直、私からしても何とかならいなかなぁって頭を抱えちゃう問題でねぇ〜……今は落ち着いて来てるけど、今後また大きな戦争とかが起きればどうなるか……」
どうやら、俺が思っていたよりも異世界の男性不足は深刻な状況らしい。
戦争か。
地球でもなくなった訳ではないんだろうけど、大規模な……それこそ世界大戦の様な戦争は今のところ起きていないから、男女比が狂う様な事態には陥っていないんだろう。まあ、それはそれで別の問題が浮上していそうではあるが……それは今は置いておこう。
「……要は、男性の数が少ないから複数の女性を愛するという事が認められていると?」
「寧ろ推奨されています。地位が高いものは当然ですが、経済力のある男性も複数の妻を娶る事は珍しくはありません」
「勿論、中には女性が複数の男性と結婚……なんてのもあるよ? まあ、相当な権力者か強者でないと厳しいけどねぇ。要するに、私の世界では当人達が納得しているのであれば何人と結婚しても良いって事だね! あ、勿論国によっては禁止にしている所もあるから、そこは地球と同じかもねぇ〜。地球とは逆で一夫一妻制の方が少ないけどっ」
「そもそも、一夫多妻や一夫一妻などと言うルールは神が定めたルールではありません。様々な理由からその土地に住む人々にその土地の代表が定めているだけなのです。なので、地球での法律などは一旦忘れてしまった方が良いと思いますよ?」
……まあ、リディの言いたいことは分かる。地球に帰る事はないだろうし、これからはミムルの世界で生きて行く事になるのだから、価値観を変える必要もあるのだろう。
でも、気持ち的にはやっぱりリディに対する罪悪感がなぁ。嫌われたくないし……。
「……大丈夫ですよ。ますたー」
「リディ……んんっ!?」
心の中でウジウジと考え事をしていると、唐突にリディからキスをされる。
ちょっ……リディ……長い!! 息が……し、死ぬっ……。
舌を絡める長い長いキスは、結局俺がリディの肩を叩いてギブアップ宣言するまでずっと続いた。いや、急にどうしたんだ!? ミムル達に見られてちょっと恥ずかしかったんだけど!?
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……それで、何が大丈夫なんだ?」
正直、キスを楽しむとかそんな余裕はなかった……もしかしたらこのままリディに窒息死させられるんじゃないかと恐怖したくらいだ。
そんなリディはと言うと、後方で顔を赤くしているミムル達の事なんて見向きもせず、放したばかりの唇を舌でペロリと舐め回していた。
「ふっ、私がますたーに愛想を尽かす事も、傍を離れる事も有り得ません。それでも不安だと思うのでしたら、その分ますたーが今よりも私を愛して下さい」
「俺が、今よりも?」
「はい。多数の妻を娶る者の中には、正妻以外を雑に扱う方も居ると聞きます。ですが、私はそれを望みません。そして、ますたーがそんな扱いをする人だとは思っていません。ますたーは優しく、一度自分の懐に入れたモノに対する愛着が強い性格ですので」
じ、自覚は全くないけど、そうなのかな……?
確かにリディの事は大事に思ってるし、手放したいだなんて考えられないけど……。
「ですので、ますたーは不安に思う度にその深い愛情をぶつけて下さい。それだけで私は幸せです。自分が強く愛されているのだと感じられます。ますたーはますたーらしく、愛して下されば良いのです」
「俺は俺らしく、か」
「はいっ」
朗らかに笑うリディに俺は苦笑を浮かべて返す。
正直、この不安はずっと消えないと思う。
リディと恋人になり、その先の関係性も望んでいたりするが……そこに辿り着くまでリディが一緒にいてくれるのかは分からない。今ここでは大丈夫だと言ってくれているけどこの先……ほんの数秒先の未来では変わっているかもしれない。それが数日後、数ヶ月後、数年後と……不安は未来がある限り続いていくのだ。
でも、だからこそ、俺はリディを求め続けるのだろう。愛を知る為に、愛を伝える為に、愛を感じる為に……この命が続く限り、リディを愛すると誓えるのだろう。
愛されていると知る度に心が満たされる。
リディを守りたいという想いが誓いへと変わる。
「……はぁ。正直、誰かを好きになる事なんてないと思ってたんだけどなぁ。本当に、この世界に来れて良かったよ」
きっと、前の世界では誰かを愛する事なんて出来なかった。
両親への感情で手一杯で、恋人を作る余裕すらなかっただろうから。
「ますたー。もう、この世界には……少なくともこの"リゾート"にはますたーを苦しめる存在は居ません。どうかこれからは、新しい人生を謳歌して下さい」
「そうだよ! 残念な事に私の世界は平和な……とは言えないけど、この原初スキル『リゾート』の中の安全は保証しますっ。なぜなら、女神である私ですら許可なく入れないからねっ!」
「リディ、ミムル……ありがとう」
この二人には、もう何度も救われてきた。
どれだけの感謝を伝えれば、この気持ちを示すことが出来るのだろうか?
リディ、俺を守ってくれてありがとう。
ミムル、俺をこの世界へ受け入れてくれてありがとう。
生まれた世界で愛を教えられなかった俺は、巻き込まれて転移した異世界で――愛を知ることが出来た。
壊れたキャンバス。
血塗れのアトリエで命を削る存在証明。
そんな俺の手を、リディが止めてくれた。
『やり直しましょう』と、血で汚れる事なんて気にもとめず後ろから抱き締めてくれた。
壊れたキャンバスと血塗れのアトリエは、ミムルが綺麗に直してくれた。
『さあ、やり直そうか』と、見た事もない形のキャンバスと数えるのが馬鹿らしくなるほどの数の絵の具を用意してくれた。
もう、一人で頑張らなくて良いよって。
ひとりぼっちのアトリエに、リディとミムルが入り浸る様になった。
先のことは分からないけど、どんな結果になろうとも……この幸せを、忘れる事はない。
「――と、言う訳でさっさとミムルルートと大人な関係に進み、あんな事やそんな事をする仲になっちゃって下さい。第2ラウンドは私です」
「ふぇっ!? お、おおおとななななかんけいっ!? そ、それは大樹くんが望んでくれるなら私は最後まで……うぅ〜ッ」
「ミムルルート様!? 大丈夫ですか!?」
……リディ。
今ね? この世界へこれた事に対する感謝とか、リディ達に出会えた幸せとかを噛み締めてる最中なんだ…………せめてあと10分くらいはこの感動に浸らせて欲しかったよ!!
え、ハーレムルートは確定なんですか!? ミムルも顔を赤くしてなんかノリノリ出し、あの称号の"好意"ってLIKEじゃなくてLOVEの方の好意だったのか!?
あと、ミムルを支えている貴女は誰ですか?
感動的な空気はあっという間に消え去り、"リゾート"は今日も今日とて平和で楽しい空間へと戻りましたとさ。めでたしめでたし。
「え? あの、私の説明とかはないんですか……? まさか、これでお話も終わりですか!?」
…………大枝大樹先生の次回作にご期待下さい!!
「それ終わっちゃう奴ですよね!? ミムルルート様が地球の女神様より教わった打ち切りの際に用いられる常套句ですよね!?」
後ろから支えていたミムルを芝生へと寝かした金髪の美女が、泣きそうな顔をしながら詰め寄ってきた。
ちょ、ちょっと近いです。リディよりも大きなお胸がですね――「ますたー?」……あっ、なんでもないです。
とりあえず、金髪の美女を宥めつつも俺達はリディの提案で落ち着いて話が出来る場所へと転移する事となった。
……まあ、ホテルの屋上だったんだけど。
え、これってもしかしなくてもまたBBQなの!?
うわ、リディを見たらニンマリとした顔で食材用意してる!! また俺に焼かせる気だな!?
ぐぬぬ、負けないぞ……次は俺が恋人の焼いた肉串を食べるんだァァァ!!
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