第15話 七日目 どうやら、初日のBBQが羨ましかったらしい。




 sideリディ




 日付が変わり、ますたーと出会って今日で七日が経ちました。


 現在は真夜中。

 私の隣ではますたーが可愛い寝顔をしながら眠り続けています。


 これがますたーの世界で言われている『あいつなら俺の隣で寝ているよ』という状態なのでしょうか?

 ……何故だか無性に何処かの女神へ言いたくなりました。


「……ますたー」


 今日は休息日です。

 本来であればますたーには安静にして欲しかったのですが……少し理性が飛んでしまいました。反省も後悔もしていません。何ならもう100ラウンド程しても良かったくらいです。


 初めての経験でした。

 知識として学習はしていましたが、あれ程までに気持ちいい行為だとは思いませんでした。


 本当は、昨日繋がる予定ではありませんでした。

 まずは私がますたーを愛していると言う事実を知って頂いて、そこから熱烈に猛烈に全霊をかけてアプローチしていく予定でしたから。


 その為にこの完璧なますたー好みのプロポーションを手に入れたのです。

 ふふふ、案の定ますたーは私の体に夢中でしたね。


 必死に胸をモミモミするますたーは可愛かったです。何より、一生懸命に顔を私の胸に寄せるますたーは赤ちゃんみたいで最高でした。私の"ますたーメモリーランキング"の上位にくい込んでくるレベルです。



 …………赤ちゃん。

 それは、私がいくら望もうとも手に入らないますたーとの愛の結晶。


 やはり、ますたーは気にしているようでしたね。あれは赤ちゃんが作れない事を気にしているのではなく……私の事を気遣っている様子でした。


「……自分の事は顧みないのに、私の些細な変化には気づいてしまうのですね」


 一瞬の油断でした。ますたーとの情事に絆されて、隠し通すつもりだった本当の気持ちを見破られてしまいました。


 ――私に子供は出来ない。

 ますたーとの愛の結晶を、形として残すことは出来ない。


 それは分かりきっていた事でした。

 ですが、それでも欲しいと望んでしまった。

 出来ないと言う事実に落胆してしまった……。


 そしてその想いを知られてしまった。


 赤ちゃんが愛を育む上で必須という訳ではないのです。現に昨日の一日だけで、ますたーの優しさと愛情を何度も何度もわからせられました。


 嗚呼……私はますたーに愛されているんだと、心からそう感じることが出来ました。


 ですが――だからこそ、私は不安になる。だからこそ私は怖くなる。


 ますたーが私の為に無茶をする事が容易に想像出来て不安になる。

 ますたーが私の所為で大怪我をするのではないかと怖くなる。


 ますたーは優しい人です。

 普通の人生を送れなかったからこそ、他者との関わりが少なかったからこそ、自身が傷付く事に慣れているからこそ……自身に優しくしてくれるモノへの愛情が異常に強くなるのです。


 勘違いして欲しくないのは、ますたーの愛情は別に過度な嫉妬と言う意味ではありません。

 人並みに嫉妬はするのでしょうが、それは四六時中監視するとか、相手を束縛するとか、相手の行動に一々口を出すとか、そういう話ではないのです。


 ますたーのは……相手の幸せを願い叶えようとする愛情。

 相手の望みを叶える為に、相手の幸せを願うからこそ、ますたーは自らを顧みない。


 その全霊を懸けて、血塗れになった体で愛を貫くのです。


 だからこそ、私は怖い。


 ますたーに愛されてしまった。

 望んでいた事ではあるが、ますたーの愛は想定よりも深く重いものだった。


 ますたーの中の優先順位は全てが他者へ向けられる。


 一番上に居るのは愛する存在。

 二番目に自分に親切にしてくれた者達。

 三番目に見ず知らずの困っている者たち。


 ますたーの優先するべきものの中には、自分のことなんて入っていないのです。


 だからこそ、私はこの"リゾート"を生み出した。


 ますたーが他者の事を考えない様に。

 ますたーが傷つかない様にする為に。


 自分を大切にして欲しいからこそ、私はこの"リゾート"で二人だけで過ごすつもりだったのです。


「……失態ですね。ますたーの安全を願っていた私が原因となり、ますたーが外に出る目的を作ってしまう事になるとは……っ」


 未踏破ダンジョン。

 S級、SS級、SSS級、X級と、この世界には未だに一つも踏破されていない四種の難易度のダンジョンが存在します。


 そして、今回異世界からますたー達を転移させた女神ミムルルートの願いは、その未踏破のダンジョンを一つでも踏破してもらう事。

 もしも踏破したならば転移者達は元の世界へと戻れる権利を得る。それに付随して、女神ミムルルートに許される範囲でと言う条件付きにはなりますが別途報酬も約束されているのです。


 そして、ますたーの狙いはそこでしょう。


 凶悪な魔物が蔓延る高難易度のダンジョン。

 そこへますたーは挑もうとしている。


 ……いえ、正確には"ダンジョンへ挑む時期を早めよう"としている。



 ――ここには居ない、転移前に親切にしてくれた女の子を地球へと返す為に。

 ――自身が転移するきっかけを作ってくれた女神への感謝を伝える為に。


 それは、転移する直前のバスでの出来事。

 名前は確か……桜崎と言いましたか。ますたーの記憶に"とても強く"残っていたのでよく覚えています。

 見た目の判断は私にはつきませんが、大人しそうな子でした。まあ、ますたーを介抱して下さったので良い方なのは間違いない様ですが……むむむ。


 ますたーはこの"リゾート"へ来てからも、時より桜崎と言う少女の事を気にしている様子でした。それは、女神ミムルルートへ気にかけて貰えるようにお願いしていた程です。


 そして、きっと恩返しのつもりなのでしょう。口ではのんびり過ごすと言いながらも、毎日鍛錬を怠ることなく強くなろうとしています。


 そこへエンジンを掛けたのが、女神ミムルルートの境遇でした。

 転移者の誰もが感謝の言葉を述べることなく、それどころか悪意に満ちた言葉を投げ掛ける。そして女神ミムルルートは傷つき……それをますたーは知ってしまった。


 手紙で感謝を伝えても満足せず、まだまだ足りないと毎日毎日プレゼントを贈り続け……それでも満足する事無く、ますたーは女神ミムルルートの願いを叶えようとしている。


 そこからより鍛錬に精を出すようになり、そうして起こってしまったのがあの魔力の暴走だった。


 あの時は本当に焦りました。

 後少し反応が遅れていたらと考えると、今でもゾッとします。私が怒った事で反省してくれた様ですが……急ごうとする気持ちは変わらないのでしょう。現に今日も隠れて鍛錬に勤しもうとしていましたから。


 何とか無理をするますたーを止めたかった。

 それなのに――私がますたーのアクセルを踏ませてしまった。



「期間内にゆっくりと進めていく予定だったのに……あなたは止まってはくれないのですね」


 眠る前にますたーが浴びた後で私もシャワーを浴びてベッドへ戻ると、微かにますたーの魔力が減っているのが分かりました。

 直ぐに私に気づかれるのは分かる筈なのに、ますたーは苦笑を浮かべながら"おかえり"と私に言うだけ。


 あくまでも隠す気でいるますたーに、私は何も言えませんでした。

 何故ならば、ますたーの思考が私には手に取るように分かるから。


『やばい……絶対怒られる……』

『でも、ごめん。例えリディに怒られたとしても、俺は早くダンジョンに行かないといけないんだ』

『絶対に幸せにする』

『さっさとダンジョンをクリアして、みんなに恩を返さないとな』


 私が何度止めようとも、きっとますたーはダンジョンへ挑むために進み続ける。

 そしてこの"リゾート"から外へ出られてしまったら、私にはますたー止めることが出来ない。


 私はスキル『リゾート』。

 スキルである私はこの空間から出る事は出来ない。

 肉体を得たと言っても、それは常に微量の神力を必要とする偽りの肉体。外へ出ても、私は直ぐに動けなくなってしまうだろう。


「……はぁ。上手くいかないものですね」


 無防備な寝顔を見せるますたーの頬に手を添え、優しく撫でながら私は溜め息を零す。




 ……こうなれば、やむを得ませんね。


 苦肉の策。

 出来ることなら避けて通りたかったルート。


「……今日の朝にコンタクトを取り、午後には話し合いが出来るようにしましょう」


 嗚呼……考えるだけで鬱々としてしまいそうです。

 もしも話し合いが上手く行けば、私がますたーを独り占め出来る機会が確実に減ってしまう事になります。


「まあ、私はますたーの初めての相手になれましたし。いつかはこうなると思って居ましたが……こんなにも早く実行する事になろうとは」


 そう、いつかますたーと体を重ねて、二人の愛を十分に確かめ合ったなら……いつかはあなたもここへ招待する予定でした。


「……はぁ。今頃私とますたーの出来事を見てやきもきしているでしょうし、説明が面倒ですね」


 今日の予定を考えて憂鬱とした気持ちになった私は、隣で眠るますたーに抱き着きその腕に顔を擦り合わせる。


 おやすみなさい、ますたー。

 あなたを守る為にも、私は私の出来ることをなしてみせます。






♢♢♢






「美味しいです。これがBBQですか」

「喜んでくれるのは嬉しいけど、両手持ちでお肉だけ食べるのはやめような? てか、それ俺の分だから!!」


 朝起きてから、リディと二人で屋上へと転移して来た。

 休息日は昨日までで、今日からは自由行動が許されたからだ。


 そして今は、屋上のBBQ広場でリディが用意してくれた食材を炭火で焼いている。

 結局昨日は何も食べてなかったからなぁ。腹ペコなんだよ。

 BBQになった理由は、リディに『何が食べたい?』って聞いてみたら『ますたーが私に自慢するように食べていたBBQを。勿論、ますたーが私の為に焼いて下さったモノ限定で』という返事が返ってきたからだ。

 ……自慢はしてなかったと思うんだが?

 よくよく考えてみれば、リディが体を作るフラグがたったのはあの時なのかもしれないな……理由がBBQって言うのはちょっとシュールな気がするけど。


 そういった理由から、焼きあがった串を取り皿へと移しては新しい串を焼き続けている…………いや、リディがめっちゃ食べるんだよ!! 俺の分まで食べてるし!!


おいひぃれす美味しいです……ごくんっ。ますたーが一生懸命に焼いてくれていると思うと尚更」


 どうやらホムンクルスでも食事は出来るらしい。味覚もちゃんとあるって言ってたし、大したもんだな。……うん、口周りにお肉の欠片が付いてるぞ?


 そうしてリディの食事が終わり、ようやく自分の分を焼き始めた時だった。


「――えっ、お昼から出掛けるの?」

「はい。先程アポイントを取ったらすんなり許可が出たので少し行ってきます。まあ、ホムンクルスであるこの体はベッドルームに寝かせておくのですが」

「ふーん?」


 よく分からないけど、そういう事らしい。


「えっと、何しに行くとか聞いてもいいの?」

「…………ちょっと、女神ミムルルートの所まで」

「なんで自分から会いに行くのにちょっと嫌そうなんだよ!?」


 アポイント取ったのリディなんだよね!? 前々から思ってたけど、リディってミムルルート様の事好きじゃないの?


「別に好きでも嫌いでもありませんよ? 最初はますたーを守るために排除しようとは思っていましたが、今はそんな事思っていませんし。強いて言うのであれば……ライバルですかね?」


 そう言えば、神像を設置する時に俺を守る為みたいな事を言ってた気がする。

 うーん、俺的にはミムルルート様は優しくて良い神様だと思うから仲良くして欲しいなぁ。


「まあ、出掛ける件は分かったよ。俺はいつも通りに訓練してるから、ゆっくりしてきな?」

「いえ、早急に話を終えて来ます。遅くとも夕方頃には戻るので」


 うん、リディから放たれる圧が強い……まだ無茶をしないか心配されている様だ。


「流石にもう魔力操作で無茶はしないよ。今日一日は元々身体的なトレーニングをする予定だったし」

「じぃー……」

「いや、本当だって!! 何なら帰ってきてから俺の魔力量をチェックすればいいだろ?」


 昨日の夜も、リディがシャワーを浴びている間にこっそりと魔力操作の練習をしてたら『おやぁ? 休息日の筈のますたーから、魔力の減少を感じますねぇ? おやおやぁ?』とジト目で見られたし。多分、知ろうと思えば俺の魔力量くらい調べられるのだろう。


 俺がそこまで言うと、渋々ではあるがリディは『わかりました』と言って納得してくれた。


 心配してくれるのは嬉しいけど、流石に過保護過ぎる気がするなあ。まあ、心配をかける俺が悪いんだけどさ。


「そう思っているのであれば、もう少し自重を――」

「アァ、オニクガオイシイナァ!!」

「……」


 リディのお小言が始まる前に、焼いた肉串をパクパクと口に運んで行く。


 こうしてリディにジト目で見られながら、朝食のBBQは終わりを迎えたのだった。


 とりあえず、午前中は買い物でもしようかな?

 リディの洋服もある程度揃えた方がいいだろうし。


「ますたーが選んでください。勿論下着もです」

「えっ……」

「勿論、下着も、です」


 ニヤリと笑みを浮かべるリディに、思わず顔が引き攣ってしまう。


 流石に下着は勘弁して欲しいんだけ――「ダメです」……あ、はい。



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