第13話 五日目 一方その頃、隣のクラスは……。②





side 桜崎まこ



「おや、随分とお早い到着ですな?」

「爺さんが『至急、ご相談があるので』なんて言伝を頼むからだろっ」

「ほっほっほっ。それはすまないことをしたのぅ。まあ、話があるのは事実……さて、お呼びした来訪者の方々も含めて、こちらへどうぞ」


 大司教様に招かれるままに訪れたのは、大聖堂と呼ばれる大きな部屋。ここには女神様の姿を模した石像が置かれていて、いつも王都に住む誰がしかがここへ訪れてはお祈りを捧げている。


 なのに……今日は私達の貸切みたいだ。


「にゃー? 誰もいないよーっ?」

「……珍しいですね? 教会の方もいらっしゃらないとは」


 どうやら違和感を感じたのは私だけじゃなかった様で、ニナさんとノアさんも不思議そうに首を傾げている。


 そうして辺りを見渡していると、いつの間にか後方で待機していたシスターさん二人が開かれていた大聖堂の扉を仰々しく閉じてしまった。


「……さて、これで物理的な人払いは出来ましたな。シェリルノート嬢、人払いの魔法を頼めますかな?」

「…………ん」


 大司教様のお願いに短く頷いて答えたシェリルノートさんが、手に持っていた長い木の杖の先で一度……地面を叩く。


 無詠唱。

 私がやろうとしても不発で終わってしまうその技を、シェリルノートさんは容易くやって見せた。

 杖の先から魔力が放出され大聖堂を覆い尽くす。凄い。これが、熟練の魔法使いが為せる技……っ。


「――うむ、これなら問題なかろう。ありがとう、シェリルノート嬢」

「……ん」


 ま、全く喋らないけど、良いのかな……? "炎天の剣"の人達は特に反応してないし、大丈夫なんだとは思うけど心配になる。シェリルノートさん……その人、大司教様ですよ?


「まあ、時間も勿体ない事だし早速本題に入ろう――――今日の夜明け頃、神託が下った」

「「「っ!!」」」


 大司教様の言葉に転移者である私達だけじゃなく、"炎天の剣"の皆さんにも緊張が走る。


 神託が下った。


 それはつまり……大司教様は神の声を聞く事が出来るという事。そしてその内容は、この場に呼ばれた私達に関係がある。


「おい、爺さん。『神託』のことバラして良いのか?」

「ここに居る者たちなら構わんよ。儂が嫌うのは貴族連中に利用される事だからのぅ。まあ勿論、ここでの出来事は他言無用……よろしいかの?」


 その場に居る大司教様以外の全員が頷く。

 一瞬だけだけど、大司教様から強い圧のようなモノを感じた。スキルの一種かな?

 チラッと周囲を見てみると、驚いてたりビクビクとしているのは私たち転移者組だけで、"炎天の剣"の皆さんは特に変化は無い。あ、ニナさんのしっぽと耳だけピンッと張ってる。可愛い……。


 私達を眺めて満足そうに頷いた大司教様は咳払いをすると、再び話を再開させる。


「実はの……あなた方にはこの王都から離れて、国王陛下の弟君が領主をしている公爵領で活動して貰いたいのだ。"炎天の剣"は公爵領までの護衛と、ディオルフォーレ公爵への手紙を届けて欲しい。あ、ちなみにこの事は国王陛下と儂の二人で相談して決めた事だ。儂も直ぐに公爵領にある教会へと移ることになるから。よろしくのぅ」

「「「…………」」」


 ポカーン。そんなオノマトペが似合うくらいの急展開に私達は口を開けて黙り込んでしまう。

 そして私達をこんな空気にさせた張本人である大司教様は……呑気に笑っていた。


「ほっほっほっ。何を呆けておる?」

「いやいやいや、爺さんのせいだろうが!!」

「そうですよ、オーエン大司教!! もう少し詳しく説明して下さい!!」


 あんまりな言葉を投げ掛けてくる大司教様にレオニスさんとアルムニアさんがそうツッコミを入れると、大司教様は事の経緯に付いて説明を始めた。


「いやの? 創造神様のお話では、来訪者の中にどうやら良からぬ事を考えている者が居るらしくてのぅ」

「「「っ……」」」

「ふむ……その様子だと、心当たりがある様ですな? 特に……そちらの四人は」


 そう。それは二日目以降からずっと気にしていた事。日に日に増していく男子達の厭らしい視線と、一部女子達の蔑む様な視線。そして美夜子ちゃんの話では、私達を襲う計画を企てているとも聞いていた。

 ここに居る私達四人以外の転移者組……楽街らくがい千夜ちよさん、真壁まかべ紗帆さほさん、三山みやま陽菜ひなさん、沖田おきたすずさん、佐野さの雨月うづきさん、冴木さえきじんくんの六人は陰で謝ってくれたり、情報をこっそり教えてくれたりして助けてくれた人達。


 女神様の神託を信じるならば……いよいよ危なくなってきたのかもしれない。少なくとも、このまま王都では過ごせないくらいには。


「……選ぶのはあなた方です。ただ、残る選択をされた場合は全て自己責任となります。一応、この教会が逃げ道になる様には手配しておきましたが、それでも完璧に守り切れると保証することは出来ません。その事を考慮してお考え下さい。とりあえず、もう暫くすると国王が用意なされた馬車が来ますので……それまでにご決断を」


 さっきまでのフランクな話し方とは違い、丁寧な口調でそう話し頭を下げる大司教様。その後に"炎天の剣"の皆さんに「長期的に空ける事になるので、宿の解約をしておきなさい」と話す。

 そう言われた"炎天の剣"のシェリルノートさんを除いた皆さんは早々にこの場を後にして、宿を引き払いに向かった。


 シェリルノートさんは荷物などは全てマジックバッグにしまってあるらしい。宿の手続き等もアリシアさんがパーティー分を纏めてやっているので、行く必要も無い。なので、私達の護衛の為に残ってくれるそうだ。ありがとうございます……。


 さて、私の中では結論は出てるけど……。


 私は三人へと視線を送る。

 視線に気づいてくれた美夜子ちゃんは一度深く深呼吸をすると、一度だけ頷いた。

 残る愛衣ちゃんと笹川先生は……どうやら二人も同じ意見の様だ。肩を震わせ顔を青くしながら何度も頷いている。私達の中で特に笹川先生と愛衣ちゃんは視線を集めてたから……胸が大き過ぎるのも大変なんだなって思った。美夜子ちゃんはちょっと笑顔が怖いけど……うん。フォローに回れない。私も一応Dはあるから……ごめんね。


 こうして私達が相談をしているように、向こうの六人も相談をしていた。私達みたいに即決はせずに話し合いをしている様子だけど。


 私が見た時には楽街さんと真壁さんはもう話し合いを終えたのか、私と目が合うと真壁さんは一度だけ頷いてから目を閉じて、楽街さんは胸の辺りで小さく手を振ってくれていた。


 楽街さんは小柄でストレートの綺麗な黒髪が特徴的な美少女だ。胸は……凄く控えめだけど、それでも男子からニヤニヤとした顔で見られていたので、多分私達と同じ答えだと思う。

 真壁さんも美人さんだけど……剣道部のエースである彼女を襲おうと思う男子は居ないと思う。しかもここは異世界。真壁さんの職業は知らないけど、剣道部で培ってきた技術とステータスで強化された身体能力を使って剣を振られたら……男子くらいなら軽く斬り殺せるだろう。


 あの二人は表情を見ても落ち着いているし大丈夫そうだ。


 どちらかと言えば……次の二人の方が心配だ。


 三山さんと沖田さんは二人で顔を青くしながら俯いている。……沖田さんも大きいからなあ。

 三山さんの場合は誰とでも分け隔てなく接していたから、男子の変わり様にショックを受けている様だ。


 声を掛けた方が良いのかなと思っていたら、二人の様子を見ていた佐野さんが話し掛けに行ってくれた。もう話し合いは済んでいるのか、冴木くんはキョロキョロと周囲を見渡した後で、何もすることが下を向いてしまった。


 冴木くんって去年も同じクラスだったけど一度も話した事がない。だけど、男子から妬まれているのは知っていた。冴木くんにはお付き合いしている恋人が居て、その相手は……今三山さんと沖田さんに話し掛けている佐野さんだ。


 佐野さんは軽音部に所属していて、去年の文化祭ではアコースティック・ギターで弾き語りを披露してその歌唱力と演奏で観客を大いに観客を魅了していた。


 そんな佐野さんとお付き合いしている冴木くんは男子から妬まれている様で、思い返せばクラスで男友達と話している姿を見た事がなかった。二人は家族ぐるみの仲らしいので、付け入る余地なんて無いのに。祝福するでも応援するでもなく妬む意味が分からない。


 冴木くんも大変だなぁ。


 あ、佐野さんが冴木の所に戻って来た。視線を三山さんと沖田さんに移すと先程よりは幾分か表情が柔らかくなっている。うーん……どっちを選んだかは分からないな。


 そうこうしている内に"炎天の剣"の人達が戻って来た。


「よう、待たせたな。もう教会の敷地に馬車が止まってたぞ?」

「おや、どうやら時間切れの様ですな」


 どうやら思っていたよりも時間が経過していた様だ。

 運命の別れ道……なんて言ってしまうと大袈裟に聞こえるかもしれないけど、私にとってはそれ位には重要な決断だった。


「それでは……皆さんの回答をお聞かせ願えますかな?」


 答え合わせ。

 大司教様の問に対して最も早く答えたのは真壁さんだった。


「私と千夜は公爵領へ行きます」

「ここに居ると、魔物に襲われるよりも怖い目に遭いそうですから」


 そしてそれに続くのは三山さん、沖田さん、佐野さん、冴木くんの四人。


「わ、私達も……ここから離れたいです」

「……今の男子は、危険」

「そだね。ちょっと危ない感じがする……」

「ぼ、僕も……王都を出る事に賛成です」


 六人の答えを聞き終えた大司教様が、その視線を私達の方へと向ける。

 その視線を真っ直ぐに受け止めて……私達は、四人で頷き合い結論を大司教様へと告げた。


「私達も王都を出ようと思っています」

「うん。ちょっと男子の視線がね〜……怖いなぁ……」

「私も一部の女子生徒から嫌われているみたいなので……」

「教会にお世話になっていた様に、私達が王都で暮らして行けるとは思えません。大司教様からのご提案を受けさせて頂きたいと思います」


 私達10人の答えは一緒。

 王都を出て、公爵領へと向かう事で決まった。


 私達の答えを聞き終えた大司教様は、それはもう嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべて何度も頷いている。


「そうですか、そうですか。いやはや、正直に申し上げますと数人くらいは説得する必要があるかもしれぬと思っていましたので助かりました」

「おい、爺さん……。さてはどちらを選んだにせよ、此処に居る全員を連れていく気だったな?」


 胡乱な眼差しでレオニスさんが大司教様を見ながらそう言った。確かに今の言い回しだと、私達はどちらを選ぼうと公爵領へ連れて行かれていたかもしれないと思ってしまった。どういう事なんだろう……?


「いやいや、この教会が逃げ道として使えるのも、残ると言う選択肢があるのも事実だ。だがのぅ……それは過酷な道。儂も直ぐに此処を離れてしまうので、直接助ける事は出来なくなる。創造神様からなるべく手助けをして欲しいと言われた方々にもしもの事があれば……そう考えずにはいられなかっただけだ」

「そうですね……来訪者の皆さんは貴族からも目を付けられているでしょうし。オーエン大司教がこの場を去ったとなれば、僅かでも隙が生まれる可能性があります。残念な事に貴族というのは財力がありますから……幾らでも方法はあるでしょう」


 大司教様がそう話すと、アリシアさんが大司教様の話を肯定する。その後方ではノアさんがアリシアさんの話を聞いて何度も頷いていた。生まれが貴族であるからこそ、分かることもあるのかもしれない。地球で学生だった私にはよく分からない世界だ。


「まあそう言った事情もあって、出来ることなら全員を連れて行きたかったのだよ。さて……それでは馬車も来ている事だし、早速移動を始めましょう。シェリルノート嬢、結界を」

「……ん」

「馬車は大きめのものを三台。護衛として冒険者に扮した教会騎士も配置している。儂が直々に鍛えた者たちなので、まあその辺の魔物に負けることはないだろう」

「うわー、爺さんの直属かよ」

「あはは……いっぱい泣いたんだろうなぁ……」


 ニヤリと笑う大司教様を見て、レオニスさんとアルムニアさんの二人が遠い目をしだす。え、大司教様って親切で優しそうな感じなのに……訓練になると人が変わるタイプなのかな? ちょっと見てみたいかも。


「ああ、それと……これを」

「ん? マジックバッグか?」


 大司教様が手に持っていたのは袋に肩掛け紐を二つ付けた様なボロボロに見えるリュックモドキ。それを見て、レオニスさんは直ぐに魔道具だと分かったようだ。魔道具って見分け方みたいなのがあるのかな?


「その中には食料や資金、野営道具等が入っている。公爵領までは一本道でそんなに掛からないとは思うが、多めに入れてあるので好きに使って良いからの」

「ん、りょーかい! 爺さんも直ぐに来るんだよな?」

「うむ。走って行くからちょいと遅れるがのぅ」

「うわぁ……まあ、分かった。ちゃんとこいつらの事は守るから安心してくれ」

「頼んだぞ」


 なんか、途中でとんでもない内容が混じってた気がするけど……レオニスさんは聞かなかった事にしたみたいだ。一瞬だけ"マジかよ、この人"みたいな顔してたけど。


 そうして、私達は教会の敷地に待機させてある馬車の荷台に乗り込んでいく。私は一番最後になった。

 三台目の馬車に乗るのは美夜子ちゃん、愛衣ちゃん、笹川先生、アリシアさん、ノアさん、私の六人。

 先にアリシアさんとノアさんが乗り込み、笹川先生、愛衣ちゃん、美夜子ちゃん、私の順に二人から引っ張り上げて貰う手筈となっていた。今は笹川先生が既に乗り込んでいて、愛衣ちゃんがワタワタとしながら荷台へ乗ろうとしている所だ。


「――マコ・サクラザキ嬢、少しよろしいかな?」


 私が大司教様に話し掛けられたのは、そんな様子を眺めていた時だった。






♢♢♢





 ガタゴト、ガタゴト。


 今は、王都を無事に出て……私達が訓練していた草原を通り過ぎた辺りだろうか?


 目隠しがされた荷台の中で、私達はおしりの痛みに耐えながら馬車に乗る。

 アリシアさんとノアさんは御者のすぐ後ろの席に座り、正面に広がる景色を眺めつつ周囲の警戒を行っている。

 向かい合うように座っているので、正面に居るノアさん、笹川先生、愛衣ちゃんの顔がよく見える。ノアさんは慣れているのかいつもと変わらない表情だけど、笹川先生と愛衣ちゃんは辛そうだ。私の右隣では美夜子ちゃんが小さな声で唸っている。

 クッションもない木製の席に座っているので、馬車の揺れがダイレクトにおしりに響くのだ。私も辛い……後で休憩時間になったらタオルを敷こう。アリシアさん達の分も用意しておこうかな?




 …………はぁ。

 そんな風に、沢山の事を考えて気を紛らわせようとしてみるも、全く効果は無い。寧ろ、雑念を混ぜる事でより強く考えてしまう。


 あの時……大司教様から聞かされたことについて。




『――――あなたには、もう一つだけ伝えなければならない事がありましてな。少しだけよろしいか?』


 その言葉に頷き、私は美夜子ちゃんに一言声を掛けてから大司教様と一緒に少しだけ皆のそばを離れた。そして、ある程度離れたところで、大司教様の話が始まる。


『これは、創造神様があなたに伝えて欲しいと仰られた話です。一言一句違うこと無くお伝えしますので、是非聞き逃すことの無いように』

『……はい』


 私だけに伝えたいこと。

 この時は、正直何を伝えたいのか分からなかった。

 もしかしたら職業が"聖騎士"なので、何か特別な依頼をされるのかな?

 そんな事を考えていたと思う。


 でも、それは間違いだった。


 私はその答えを聞いて――――涙を流してしまう。


『それではお伝えします。"ゆっくりと公爵領へ向かって下さい。きっとその地で――転移に巻き込まれたくんにも会える筈ですから"』


 ……安堵、喜び、不安、焦燥。


 大司教様が心配するくらいに、私は混乱してしまった。


 ――大枝くんが、この世界に居る。


 生きていてくれた。

 それは凄く嬉しくて、事故で死んだ事になっていなくて心の底からほっとした。


 でも、巻き込まれてしまった。

 この世界に、一人で……っ。


 もしも、私があの時……大枝くんが隣に座るのを拒否していれば……。

 それが無理な事だとしても、考えてしまう。だって、私達の乗ったバスにさえ乗らなければ大枝くんは……巻き込まれずに済んだのだから……。


 会いたい……会って、謝りたい。

 そして守りたい。

 例えそれで美夜子ちゃん達と離れることになっても……私は大枝くんを守る。


 だって、大枝くんはきっと――"小枝さん"だから。

 虐められて傷ついた私の心を癒してくれた、魔法使いのゲーム友達。私が外に出る切っ掛けをくれた恩人さん。


 一年生の頃、スマホの画面を付けっぱなしでそばに置いて寝落ちしていた大枝くん。何の気なしに見えたその画面に映るあのキャラクターは、間違いなく私の知ってる"小枝さん"だった。


 ありがとうって言いたかった。

 あなたのお陰でこうして外に出れたんだよって言いたかった。

 ……大好きって言いたかった。


 でも、直接同い年の男子と話すのがまだ怖くて言えなかった。そうして一年が過ぎて……私達はクラスが別々になってしまった。


 ……もう後悔したくない。


 だから、待っててね。大枝くん。


 今度はちゃんと――私の気持ち、全部伝えるから!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る