第7話 一日目 俺……これが終わったらBBQをするんだ。
あの後、スキル『リゾート』は俺の頼みを聞いてくれた。
【……………………はぁ。】
めっちゃ不満そうだったけど。
さて、となれば早速神像を設置しに行きたいんだが……その前に、二つ程問題がある。
一つ、神像を置く場所は何処にすればいいのか。
二つ、そもそも神像をどうやって受け取ればいいのか。
場所に関しては本当に困る。なんせ、俺は擬似神域である"リゾート"に先程訪れたばかりな訳で……当然ながら地理なんて把握していない。それどころか、まだここに来てからまともに歩いてすらいなかった。
神像に関しても……受け渡し方法が分からない。手紙に書いてあればなと思って流し読みしてみたが、特に記載はなかった。
と言うか、神像を置かせて欲しいと言うくだりの後は『リゾート』が女神様のコンタクトを悉く拒絶している様がそれはもうツラツラと書かれているのみで、最早俺のイメージしていた女神像は崩れ去ってしまった。
「さて、神像の設置には場所の選定と神像の受け取りが必要な訳だが。場所はまあこれから歩き回るとして、神像に関してはなぁ……こっちから女神様に連絡が取れれば良いんだけど」
【神像に関しては問題ありません】
「はい?」
【女神ミムルルートの手紙を受け取った直後から現在まで、再三にわたり女神ミムルルートが神像を送り付けようと試みていましたので…………私は受け取りたくありませんでしたが、大枝大樹の願いを受諾しました。既に『簡易収納』に送り付けられている筈です】
うん、段々と声に感情が乗せられ始めているのは、多分おれの勘違いでは無い筈だ。いや、手紙を受け取った直後から今に至るまでって……今しかチャンスが無いって思ったのかな?
姿を見たことは無いけど、必死に神像を送り付けようとする女神様を想像して心が痛くなって来た。手紙の文面から察するに、感情に関しては普通の女の子っぽい感性をしていたから拒否られ続けて泣いていたかもしれない。
……うん。神像を設置したら、ちょっと謝罪の意味も込めて定期的に祈りに行こうかな。
「さて、それじゃあ『簡易収納』の中を確認……よし。ちゃんと【ミムルルートの神像】ってアイテムが入ってる。後は場所だけど……」
【オススメの場所があります】
「…………まだ太陽は上の方にあるし、色々と見てみてからにしようかなー」
【是非、オススメしたい場所があります】
あ、圧が……神像を設置する場所を決めようとしてからの圧が強いんですけど!?
不安だ。凄く不安だ。食い気味に言ってくるあたり怪しさが満点だ……!
「えーっと……ちなみに、そこってどんな所?」
【行って見てからのお楽しみです】
「…………はぁ。分かったよ。どっちにしても此処の案内もしてもらわないと行けなかったし、散策しながらその候補地に行く事にするよ」
まあ、不安要素派相変わらず拭えないんだけど……それでも、勝手に設置されるよりはマシだからな。
「と、いう訳で早速この"リゾート"の中を案内して欲しい。と言うか此処の地図みたいなものはあるのか?」
【御座います。ですが、実際に目視しながらの方がご理解頂けると思いますので……早速移動しましょう】
「はっ? 移動って……まさか!?」
此処に来た時の事を思い出した直後。俺の足元が光出し、あっという間に視界は真っ白な光に包まれた。また転移かよ!!
♢♢♢
【到着しました】
いや、到着しましたじゃなくてさ……はぁ、もういいや。うん、こういう奴なんだって腹を括ろう。
「それで、到着したのは良いが……此処は一体どんな場所なんだ?」
心の準備をする暇もなく変わった景色。
広い室内で、恐らく円状に造られた建物だ。
ローファー越しでも分かる柔らかい絨毯の様なものが敷き詰められている床に、快適な温度が保たれているのであろう空調設備。どれもが見慣れている構造でありながらもその高級感は未体験のものだった。
何より目がいくのは張り巡らされた一枚ガラスの壁だ。どうやって作ったんだよ、こんな円状に……現代風でありながらもその細かな構造自体はファンタジー。感嘆するのを通り越して呆れてしまう技術力だ。
【擬似神域"リゾート"の中央エリア。その中心地には大枝大樹の願望のシンボルでもある"グランドホテル―オアシス―"が建設されており、此処はその屋上にあります展望台の中です】
うん……ちょっと待って……いま、色々とツッコミたい事が多過ぎて頭を抱えてるから……。
【"グランドホテル―オアシス―"は20階建ての建物となっており、この建物とは別に広大な敷地には様々な用途に応じた施設も用意されています。また、屋上には展望台とは別にジャグジー付きの温水プール、更衣室、シャワー室、BBQ広場、ビアガーデン等が楽しめる構造になっています。温水プールに入られますか?】
やめてくれる!? 何で人が頭抱えてる所に畳み掛けて来るの!? 後、ジャグジー付きプールには入らないから! 良いなぁとか思ったけど今じゃないから!!
うん、ガラス窓に近づくと下の方に見えてるから。ブクブクしててちょっと楽しそうだな!?
改めてガラス窓に近づいて辺りを見てみると色々な事がわかる。
まず、ここがかなり高い場所なんだなと言う実感。20階建てのホテルの屋上から更に高く造られた展望台。そこから見える景色は絶景で…………くっ、温水プールの誘惑が!! お願いだから今だけジャグジーを切ってくれないかな!?
にしても、広い。
てっきり隔絶された空間で、この建物以外の空間は何も無いんじゃないかなとか思ってたんだけど……先が見えないくらいには大地が続いている様に見える。というか、さっきから下がァ……このホテルの屋上エリアだけでも凄い魅力があるんだが!?
【ジャグジー付きプールで泳ぎ、休憩したらBBQ広場で上質な肉串を食べ、食休みをしたらビアガーデンで至高の一杯をジョッキで…………如何でしょうか?】
うん、しないから。さっきからちょいちょいバカンスを勧めて来るのやめてくれないかな? 後、俺は未成年だからお酒は飲めません。
【ノンアルコールも取り揃えてあります】
そういう問題じゃないんだよなぁ!! 魅力的ではあるけど、今は此処の全体像を把握して女神様の神像の設置場所を決めるのが第一だから…………あ、でもお肉の準備はしておいて欲しいです。全部終わったら今日は屋上で過ごすから。
【かしこまりました。…………ふっ】
いま、鼻で笑ったよね?
勝ったな。みたいな雰囲気で笑ったよな!?
【では、早速この擬似神域のマップを表示させていただきます。】
こ、こいつっ……ほんと、いい性格してるわー。
イラッとしてツッコミそうになった自分自身にブレーキをかける。これ以上は本当に日が暮れる可能性があるし、もう早いとこ全体の把握とか女神様の神像の設置とか終わらせてゆっくりしたい。
そうしてその場で待っていると、目の前に横長の長方形の形をしたホログラムの様なものが現れた。うん、スマホに入ってるマップアプリに似ている。平面ではあるが、建物の形や地形なんかが線でしっかりと表記されていた。
「おー、見慣れた地図画面だ! 土地は全く知らない場所だけど!」
【こちらは擬似神域"リゾート"の大地のみを記した地図になります。周囲の島や海域は除外しました。】
確かに海は端の方にちょこっと表示されているだけで、映っていない。地図の中心地には小さな丸が表示されていて、それが俺の現在地の様だ。大地だけを移してる筈なのに丸がめっちゃ小さい。え、こんなに広いのか!? 移動とかは……ああ、転移が出来るのか。
【はい。この擬似神域に限り全権限保持者である大枝大樹は魔力の消費無しで自由自在に転移が可能です。】
魔力も減らないのは良いかも。このマップで気になる所があれば一瞬で移動出来るし、何回も使えるなら探索も楽になる。明日からの楽しみが増えたな。
【"グランドホテル―オアシス―"を中心に東西南北でエリア分けがされており、退屈はしないと保証致します。】
一瞬この神域はどれくらいの広さがあるのか気になったが……まあ、深くは考えない方が良いだろう。そもそも神域が何なのかも理解出来てないし。
【神域とは、決まった形が定められている訳ではありません。神が自らの神力を用いてあくまでも擬似的に世界を真似ているだけなのです。そこに動物を真似て作ることは出来ても、生命を交配させ"生み出す"ことは出来ません。そして、信仰を集める為に最も重要な高度な知能を持つ生命……人を生み出す事も神域では出来ないのです。惑星を創造できるのは卓越した力を持つ神のみ。それこそ、創造神と呼ばれる神々だけです。擬似神域"リゾート"の場合は、女神ミムルルートが支配する広大な宇宙空間の一角を不可侵領域としてりゃくだ…………間借りしています。なので間借りした宇宙空間が続く限り、この擬似神域は延々と拡張出来るのです。】
おい、今こいつとんでもない事実をさらっと報告してきたぞ!?
おま、不可侵領域にして間借りって……完全な侵略行為じゃねぇか!! あとギリギリで言い方変えたよね? 略奪とか言おうとしてたよね!?
前半の高次元で難しそうな話の内容が消え去るくらいの衝撃だった。いや、ほんと……お前は一度くらい女神様に怒られた方がいいと思うぞ? まあ、こんな願いを抱いてしまった俺にも言える事だけどさ……。
「……まあ、そう考えるとこの広さも納得出来る。それにしても不定形ときたか。あー、だから随時更新されると?」
【現在もより良い環境を作る為に随時改修作業中です。不在時を狙って改修作業は行っていますのでご安心ください。】
「いや、そこに関しては何も心配してないんだけどさ………あ、そうだ。お前が女神様の神像を設置するのにオススメしてた場所って何処にあるんだ?」
ちょっと想像していたよりも"リゾート"が広すぎたので、予定を変更して先に神像を設置する場所を決める事にした。探索する時間はたっぷりあるしな。
【オススメの候補地は"グランドホテル―オアシス―"の敷地内にあります。地図をご覧下さい。】
言われた通りに地図を確認すると。現在地の丸の近くに星マークが追加されていた。
「……これ、ズームとか出来ない?」
【このホログラムは大枝大樹の所持していた携帯端末を参考にしていますので、タッチ機能が搭載されています。】
「めっちゃハイテクだった!!」
おおー! 本当にスマホの画面みたいに拡大縮小出来る! ちょっと感動した。
そして星マークの場所を拡大して行くと……目的の場所が判明する。
「あれ、表記ミスかな? なんか星マークの所に"物置"って書いてあるんだけど……」
【私が表記ミスをすることはありません。遺憾の意を表明します。】
「うん、パスで! 女神様の神像を物置に置けるわけないだろ!!」
やっぱりロクでも無い場所に設置するつもりだった様だ。うん、もうこうなったら自分で決めよう。幸いにも便利な地図がここにあるし。
【撤回を要求します。是非、物置に神像を。】
はいはい、物置はちゃんと本来の利用目的に適した方法で使うから静かにしようね?
さて、探すとは言っても広すぎるからなぁ……それにいくら転移できるとは行ってもなるべく近くにあった方が心理的に安心する。となると、やっぱりホテルの敷地内だよな。
えーっと現在地の展望台から少しだけ縮小して、周囲を確認っと……あれ、なんかホテルの周りも結構広いな!?
【敷地内には現在地、西側に運動場とトレーニングルーム。東側にはガーデニング広場が配置されています。正面玄関から真っ直ぐ南にはヤシの木の道が作られており、その先は南エリアである港町が広がっています。……ちなみに物置は北側のホテルの影に作ってありました。】
あー、ヤシの木って……俺が最初に居たところか。というか、やっぱり物置は無いな。却下で。
そして南エリアがまた……っ。港町、海、海水浴、お魚BBQ……! 絶対探索の時に食べまくるからな!!
うん。とりあえずは神像の候補地を……あれ?
「なあ、この東側にあるガーデニング広場。なんか、最東端の中央付近に建物がないか?」
この地図は建物が建っている場合、その形を簡略したものが表記されて、その内部に名称が必ず記載されていた。それなのに、ガーデニング広場と書かれた広い区画の中にある建物らしき場所にだけ名前が書いていなかったのだ。
ここは何の建物なんだろう?
【…………】
「あれ? おーい。ここには何が建ってるんだ?」
【……そこには何もありません。きっと表記ミスです】
「いや、お前さっき自分が表記ミスなんてする訳が無いとか言ってただろうが!」
【地図に誤りがあった様ですね……そこには何もありません。さあ、他に候補地を探しましょう。】
怪しい。何があるかは分からないけど、あからさまに此処を避けようとしてるのは丸分かりだ。そしてそれは、恐らく女神様の神像が関わっている筈……候補地としてオススメしてきた物置とは逆の反応…………よし、転移!
【っ!?】
♢♢♢
ガーデニング広場のその奥に、その建物は建っていた。
綺麗な花々が咲き誇るガーデニング広場を抜けて、少しだけ傾斜の出来た道を進む。土で固められた道の両脇は綺麗に整えられた芝生が一面に広がっていて、豊かな自然の心地よい風が気持ちいい。
そうして緩い坂道を登りきったその場所には――教会が建っていた。
白を基調とした石造りの壁が、暖かみがある様に感じる。
大きな両開きの扉を開けて中に入ると、そこは何処か神聖な雰囲気が漂う空間だった。
扉を開けて正面に見えるステンドグラスは芸術的で、陽の光を浴びてキラキラと鮮やかに輝いている。そして最奥には、大きな何かを置けるスペースがあり……そのスペースを見た瞬間、この教会はまだ未完成なんだなと理解した。
【お待ちください。ここには大枝大樹の世界に存在する何れかの聖母の像を置く予定なのです。まだ、大枝大樹にとっての聖母のイメージが確立して居ない為何も無い空間となっていますが、必ず大枝大樹を癒す聖母像を――】
「いや、此処にする。此処がいいんだ」
俺の為に用意してくれてるのに申し訳ないとは思うけど、正直俺は聖母……母と言う存在に癒しを求めてないんだ。
俺にとっての母親は、自分の子供をリアリティのある人形くらいにしか考えていない。そんな印象しか無い存在。
ここに聖母像が置かれていたとしたら……俺は多分、どんなに此処が綺麗な場所でも二度と訪れようとは思わなかったと思う。
だから、俺は此処に設置する事にした。
『簡易収納』に眠っている【ミムルルートの神像】を。
「俺が今一番に感謝を伝えたい存在は、紛れもなくあなただから」
【…………はぁ。かしこまりました。【ミムルルートの神像】を、『簡易収納』から取り出します。】
そうして、俺の目の前に巨大な像が出現した。
姿は小柄で、若い女の子って感じ。幼子程では無いけど、中学生に見えるかどうかくらいの身長だ。
そして、神像の作り込みが凄い。多分後ろ側から後光をイメージした支柱をドッキングさせてるんだろうけど、女の子の像が宙に浮いている様に見えるその構造は、低い身長を上手いこと誤魔化せている…………不敬だったらごめんなさい。
そして特徴的なのはその髪の長さだろう。まるで浮かび上がりながら祈りを捧げる様に、つま先を伸ばし胸元で手を組む女の子の髪は二つ結びをしていてもその身長よりも明らかに長かった。
……歩く時とかどうしてるんだろう? 神力とで浮かせてるのかな?
残念なのは着色がされていない事だろう。白い石? で造られたその像だけでは本来の女神様がどんな色をしているのか分からない。
神像だけでも、こんなに可愛らしいのなら、実物は絶世の美女なんだろう。ちょっと会ってみたかったな。
まあ兎にも角にも、こうして無事に女神様の神像を設置する事が出来た。
後は感謝の祈りをこの神像に捧げて戻ろう。
そう思ってたんです。
なので、女神様。
自分の領域となった瞬間に、神像の前に手紙をヒラヒラと落とし続けるのはやめてくれませんか?
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