第6話 一日目 スキル『リゾート』






 ………………風が(以下略!!


 阿呆みたいな思考を切り替えよう。切り替えようとは思っている……でも、無理だ。


「えぇっと……いきなり景色が変わったと思ったら……ヤシの木さんがこんにちは?」


 青い空。白い雲。そして安心感のある太陽の光。

 心地よい風が吹いて、目の前に広がるヤシの木で挟まれた広い道を通り抜けた。


 オリジナルスキルである『リゾート』。

 あの時、とりあえず目先の目標を決めた俺はそのスキルを間違いなく使った。

 正直、『リゾート』なんて意味不明なスキル何だから、何が来ても良い様にこころがまえはしていたんだ。


 ただ、余りにも予想外。

 移動するにしても何か異次元に繋がる扉みたいな物が出現するとか。『簡易収納』の時みたいに直接頭の中で音声が流れるとか。百歩譲ってリゾートな雰囲気の高級ホテルが出現するとか……そんな感じかなって思ってました。


 それがまさか……スキルを使った瞬間に強制的に移動させられるとは思わなかったよ……最早、迷子とかそう言う次元の話じゃない。


「とりあえず、ステータス画面を開いて『完全鑑定』を使おう」


 こんな事になるのなら、訳分からんテンションで何も確認せずに『リゾート』を使うんじゃなかった……。


 うーん、俺ってゲームのルール説明とかもスキップしたり流し読みするタイプなんだよなぁ。その結果いっつも限定アイテムとかを交換する方法が分からなくなったり、実は効率よくアイテムを回収するシステムがある事に気づかなかったりして、チャット上で弄られてたっけ。


 ごめん、"こまちちゃん"。

 もう一緒に遊べたり出来ないんだろうけど、俺は心の中でゲームの中で友達になった顔も本名も知らない少女に謝罪する。

 うん……何度注意されても、この癖だけは直りそうにありません。


「さて、それじゃあ『リゾート』を『完全鑑定』してっと……んんっ?」


【『リゾート』:原初スキル(ステータスに表記できない為、オリジナルスキルとして偽装中)


 スキル所有者を擬似神域"リゾート"へと転移させる。時間経過は転移前の時間と同じ速度。スキル保有者はこの擬似神域"リゾート"を好きな様に設定出来る。


 尚、この擬似神域はスキル制作時に読み取った『この壊れかけた心が癒されるくらい、ゆっくり休みたい』と言う大枝大樹の願望を基礎とし随時創り変えられている為、常に情報が改変されている。


 女神ミムルルートの『オリジナルスキルは願望を基にお任せ付与!』と言う発言を受けて、世界がミムルルートの神力を使用して創造した大枝大樹専用の原初オリジンスキル。

 この擬似神域の全権限保持者は大枝大樹であり、如何なる存在の干渉も大枝大樹の許可が無ければ受け付けない。】


 あれ、なんかこのスキルってやばくないか……?


 つまり、ここは神様が居る様な空間を擬似的に作り出したって事だよな?

 そして、擬似神域と言う大きな箱の中に俺の願望が詰め込まれて完成したのが、この原初スキル『リゾート』の擬似神域"リゾート"。


『この壊れかけた心が癒されるくらい、ゆっくり休みたい』


 ……確かに、常に寝不足で嫌な事をやり続けていた俺なら願いそうな願望だ。正直リゾート施設なんて行ったことも無いから詳しい事は分からないけど、漠然とリゾート施設の様な所なら何にも縛られずにゆっくり休めそうだなとは思う。


 ただ、一つだけ言わせて欲しい。


 ……これって、明らかに女神様のミスですよね!?


「というか、原初スキルって何だよ!? あと、説明文の最後の方にある"この擬似神域の全権限保持者は大枝大樹であり、如何なる存在の干渉も大枝大樹の許可が無ければ受け付けない。"って文言が怖い。これってつまり、女神様であっても俺の許可なくスキルに制限を掛けたりとか出来ないって事だよな?」


 俺……女神様に殺されるんじゃないだろうか?


【原初スキル『リゾート』より重要なお知らせ

 女神ミムルルートより大枝大樹への干渉を感知しました。『簡易収納』の中にメッセージを入れるのが目的の様です……拒否しますか?】


「受け取ります!! 拒否なんてしないから!!」


 ちょっ、何このスキル。

 女神様に喧嘩売る気か!? 上等だゴラァなのか!? なんかただのスキルにしては意志のようなものを感じるんだが……。


 そうして俺が受け取る事を承諾した直後、足元が光だしたかと思えば見覚えのある白い手紙がヒラヒラと舞踊り……地面へと落ちた。


「いや、絶対俺の手元とか頭上とかに落とせたよね!? そもそもこれって『簡易収納』の中に入れようとしてたんだよね!? と言うかお前絶対に自我があるだろ!?」


 そう叫んでみても返事が返ってくる事はなく虚しく叫び声が響くだけ……くっおのれぇ、いつか絶対にその本性を暴いてやるからな!! と言うか、勝手に『簡易収納』の中の手紙を取り出すって……『リゾート』って俺の他のスキルにも干渉できるのか……?

 とりあえず、今は手紙を開けることを優先しよう。


 見た目は同じに見えるな。

 ただ、厚みが……中に入ってるであろう便箋の厚みが倍以上になってるぅ……!

 うっ、胃が痛くなって来た……。でも、読まない訳にはいかないよなぁ。よし、行くぞ!


 手紙の裏側の接着面を剥がして中の便箋を取る。そしてゆっくりと折り畳まれた束を開き、最初の一ページ目へと顔を向けた。


『拝啓、貴方は神の座にご興味がおありですか? 御相談承りますよ?』


 アカーン!! 女神様が人外にならないかとどストレートに勧めてきてるぅ!!

 でも、待って欲しい。これは俺が望んだことでは無くて……いや、ダメだ。そう言えば『リゾート』は俺の願望が具現化したスキルだった!


『どうしてでしょう? 私が創造した世界で、私の干渉を受け付けない存在が生まれるなんて……。いえ、良いんですよ? そこは限りなく模倣された神域な訳で、私の創造した世界と隔絶された空間な訳ですから。まあ、その擬似的な神域を創り出す為に私の神力をそれはもう遠慮無く奪って行ったんですけどね? あは、あはは……可笑しいなぁ……神力を増やそうと思って今回の契約を結んだのに、何で増えるどころか減ることになるのかなぁ……うぅっ……どうして? どうして拒否するの? ちょっと見たかっただけじゃん……称号にも『ミムルルートの監視対象』って表記されてるじゃん……なんでぇ……なんでなのぉ……?』


 …………おい、この手紙を見てるか『リゾート』?

 お前の所為で俺の中の優しく、包容力があり、慈愛に満ちたお姉さん系女神様って言うイメージが砂のように崩れ去ったじゃねぇか!!


 もう、居た堪れないよ!? 前半までは頑張ってたのに、途中から本音が漏れ始めて最後の方なんてガチ泣きじゃねぇか!! ちょっとだけ文字が滲んでるのが尚のこと胸を抉って来るわ!!


『分かってるよぉ……私が適当にやっちゃったから悪いんでしょ? でもしょうがないじゃん。26人も転移させなきゃいけなくて多いよぉ……大変だよぉ……ってなってたんだから……。地球の女神と一緒に頑張ったんだよ? 休む暇も無いくらい頑張ったんだよぉ……。それなのに一人一人に説明してもみんな『お前の所為だ』とか、『悪魔め!』とか、『警察に訴える』とか、『死んじゃえ!』とか言って怒ったり、泣いたり、怖い顔で睨んで来たりする人がいっぱい居て、何度も私の所為じゃなくて元々死ぬ運命だった皆に生き残るチャンスを与える為の措置何だよって言ったのに……未来視の力を使って映像を見せて説明したのに……誰もありがとうって言ってくれなかった……』


 ……まあ、いきなり転移させられて混乱していたんだろうな。

 映像として見せられたとしても、きっと合成映像だとか言って自分を守ろうとする。正確には、自分たちの弱い精神を。


 死ぬって言うのはどうしても恐ろしく感じてしまうものだ。それこそ、死期を悟る間もなく突然と死となれば受け入れ難いだろう。幾ら鮮明な映像があっても、もし仮に実体験として死の間際を経験出来たとしても、自分の心が壊れる前に全ては作り話であり悪意に満ちた捏造だと否定する。

 何より、地球は良い意味でも悪い意味でも技術が革新的に発展し過ぎてたんだ。だからこそ幾らでも逃げ道が思いつく。根拠の無い作り話だと喚き散らし、自分は被害者であると主張し続けられるんだ。

 それに、中にはもっと狡猾な奴も居るかもしれない。自分の死を受け入れた上で、その気持ちを胸の奥に隠し『責任を取れ』と高待遇を要求する腹黒い奴が。まあ、神様なんて超常的な存在に対して人間レベルの腹黒さなんて通じるとは思えないけど。


 現に俺以外の全員は同じ条件で同じ場所に転移したみたいだしな。それに強力なスキルには色々制限もついているらしいし。そもそもの話なんだが、自分が大事に大事に育ててきた世界に危険な異物を混入させるとは考え難い。俺なら絶対に悪用されないようにガチガチに制限を掛けるか、そもそも不満タラタラでやけを起こしても可笑しくないような奴らに強力なスキルを与えない。


 多分、女神様の場合はオリジナルスキルに何かしらのプログラムみたいなのを仕掛けてるんじゃ無いかな?

 悪事に使えないか、使おうとすると効果が著しく減少……もしくは発動自体がキャンセルされるとか。


 ……そこまで考えて考えて、頑張って頑張って今日という日を迎えたにも関わらず。返って来たのは感謝の気持ちではなく、強い拒絶と悪意に満ちた憎悪。


 そりゃあ、辛いわな……寧ろ怒っても良いくらいだ。


 でも、きっと怒らないんだろうな。

 手紙を読んだだけでも、女神様‎が優しい神様だって言うことは分かる。不満や愚痴は沢山こぼしていても、怒りや恨みは微塵も感じない。


 ただ、悲しいんだ。

 ただ、辛いだけ。

 『なんで?』、『どうして?』って、胸の奥が苦しくて痛くなる。

 だから涙で手紙がしわくちゃで、便箋の左右には強く握り締めたようなシワが出来ている。


 ちょっとくらい怒ってもいいと思うけどな……俺なら今回の話自体を無かったことにする。それくらいの事をしても許されるだろう。


 心無い言葉は、感情的な暴力と同じくらいの悪だ。


「ただ、出来ることなら知っていて欲しいな……貴女に感謝している奴も、ちゃんとここに居るんだって事はさ」


 ……まあ、他の転移者達に労力を使ってしまった結果が、俺の原初スキルなんだろうけど。


『――そんな訳で、ちょっと心も体も疲れちゃって油断してたんだよ。あの後、部下の一人にも怒られちゃった。だからこそちゃんと君の事を監視して、危ない事をしないか見てようと思ったのに…………なんで!? なんで、新しいスキルを生み出してるの!? なんで、よりにもよって"始まりのスキル"を生み出しちゃったの!? 原初は数千年に一度しか生まれないんだよ? 原初には特別な意志が宿っていて、宿主であるスキル保持者が死ぬまで進化を続ける寄生型のスキルなんだよ……? しかも私の神力を使ってるし、宿主が異世界人だし、そもそも私からの干渉を拒絶できる時点で不安要素しかないよぉぉぉぉ!!』


 …………うん。俺は悪くないと思うけど、それでも俺のスキルがごめんなさい。

 それにしても、原初スキルにはそんな秘密があったのか。後で調べようとは思ってたけど女神様が教えてくれて助かった。

 ていうか、寄生型って……お前やっぱり自我みたいなものがあるんじゃねぇか!!


『だからお願いします!! どうか、どうかその空間の端っこの方でも良いから私の神像を置かせてください!! もう、本当にちょっとだけ、先っちょだけでいいからぁ!』


 女神様が先っちょだけとか言うのやめてくれるかな!? と言うか、神像ってなんだ?


『あ、神像って言うのはね? 私の姿を象った像の事だよ。私の世界にも教会とかに置かれたりしてて、ごくごく普通な神像なんだよ? 世界の子達はその像に祈りを捧げたり、日々の感謝を告げたりしてるから、本当に怪しいものじゃないよ!!』

【スキル『リゾート』より警告します。確かに、女神ミムルルートを姿を象った石像は世界の各所に存在していますが、女神ミムルルートが自ら作り出した神像は世界にもたった一つだけしか存在しません。】


 即バレしちゃったよ。何かスキルからの警告を見た後に手紙を読み返すと悲しくなって来るなぁ……。


【神が作り上げた神像は特別製です。その神像を設置した場所を中心として、神像の元となった神の領域を生み出すのです。その領域は信仰度によって変わるとされており、現在女神ミムルルートが創造した世界では既にすべてを覆い尽くしています。】


 ……なるほど? 何となくだけど、女神様が神像を設置したがる理由は分かってきた。

 要は神像を設置することで自分が影響を与える事の出来る領域を生み出し、俺を監視出来る環境を作り出そうとしてるんだろうな。


「……まあ、別にいいけど」

【危険です。オススメ出来ません。ここは転移前の世界とは隔絶された空間であり、女神ミムルルートの信仰も低い場所ではありますが、それでも領域が出来ることに変わりありません。外敵となりうる可能性がある以上、徹底的に排除するべきです。】


 うん、もう自我の様なものがある事を隠す気は無いみたいだ。まあ、そっちの方が俺もやりやすいし、有難くはあるなら良いんだけどね?


「確かに、お前の言うことも分かるけどさ……そもそもお前は、女神様の世界に悪影響を及ぼすつもりがあるのか?」

【……現在、その様な考えはございません。ですが、女神ミムルルートが悪影響と判断する要素が何か分かりません。条件も無く曖昧です。】

「うん、だからこそ神像を置くべきなんだと思う。事前に悪影響を及ぼす可能性があるものを知る為にも。悪影響を及ぼす可能性がある物を生み出す前に止めて貰う為にも。神像を設置して、常に監視していてもらう必要があると思うんだ」


 だって、俺はそもそも異分子なんだ。

 女神様が守護する世界に転移する予定の無かった存在。消そうと思えば消せただろう。契約があるとは言っていたが、それでも自分の世界を守る為ならば契約なんて無視して排除する事も出来たはずだ。

 その結果がこの状況の訳だしな。こうなる前に俺という存在を消し去った方が早かったはず。


 でも、俺はこうして生きている。

 そして今も、こんな規格外な存在であるにも関わらず生きている事を許されている。


「それだけでも感謝するべき事なんだよ。それに、俺は別に女神様と喧嘩したい訳じゃない。こうして願望を叶えてくれる最っ高なスキルも手に入ったし、なるべく女神様の邪魔にならないように自由気ままにのんびりとさせて貰うつもりなんだ」

【…………】

「だから頼む。女神様の神像をここに設置させてくれないか?」

【私に願う必要はございません。存在しない私に対して頭を下げる必要もございません。貴方が望めば、それで済む事なのです。】

「そうだとしても、俺は頭を下げてお前に頼む。だって、俺は知ってしまったから。お前に意思がある事を。俺の願いを叶えてくれようとしている事を、知ることが出来たから。ありがとな? 俺を守る為に色々としてくれたんだろ?」


 そもそも、女神様を拒絶する必要なんて無かったはずだ。自身が生まれるきっかけを作ってくれたのは、紛れもなく女神様なんだから。少なくとも、まだ何もしていないのに全てを拒絶するなんてやり過ぎだ。


 願望を叶えるという事は、その対象の過去を読み取り、全てを知らなければならない筈だ。深く深く記憶の奥へと潜り込み、その深層心理に眠る感情すらも読み取る必要があった筈……俺の願望を読み取った様に。


 そして多分、俺の過去を見て同情してくれたんだろう。

 だからこそ、こいつは俺を守ろうとしたんだ。


 強制的に運命を決断できる存在から。

 無理を強いる事が出来る存在から。

 俺を操る事の出来る存在から。


 宿主を守る為、もう誰にも傷付けさせない為。

 依存症。なくてはならない存在だからこそ、寄り添い共感し守り通す。


 意志を持った寄生型スキル。

 その正体は誰よりも俺の事を心配し、身を案じてくれる……超絶過保護な相棒だ。



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