第2話 神界 転移の間にて





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『初めまして。私は創造神のミムルルート。この度は急なご招待になってしまった事を心よりお詫び致します』


 ……これで何度目の挨拶になるのでしょうか?

 私の上司であり、生みの親であり、有無を言わさぬ絶対者である女神様。


 創造神ミムルルート。

 世界を創造せし数少ない神々の一人にして、他の創造神から恐れられる存在。

 比較的にまだまだ新神と言う立場にありながら、喧嘩を仕掛けてきた全ての神々を滅ぼしその神格を上げ続けた最凶。いつしか挑んで来る神々がいなくなり、退屈しのぎに世界を創造した……らしいのです?


『本日は地球を管理する女神との契約により、あなたを私の世界へと転移させる運びとなりました事をお伝え致します』


 世界を創造するという事はその神力を使い自らの力を弱体化させるのに等しい。

 それは力のある神だからこそ出来る所業であり、余裕の表れでもあります。


 そして世界を創造し、ミムルルート様は世界の唯一神となりました。

 弱体化した力を取り戻すには、世界に生きる生命からの信仰が必要になります。いえ、まあ喧嘩を仕掛けてくる神々を滅ぼしても力は得られますが……普通は信仰を力に還元するものなのです。


 そして、弱体化した力を取り戻した暁には……次のステップへと進むことが出来るのです。


『まず、大前提としてご理解頂きたいのは……これはあなたを救うための救済措置でもあるという事です。あなたの乗っていたバスと呼ばれる乗り物、それが制御不能の事態に陥り転倒。そして漏れたガソリンと呼ばれる液体に火が着いた事で乗り物は炎に包まれ……運転手を除いた全員が亡くなりました』


 次のステップ。

 それは神格の進化。

 創造神となった神に与えられた世界を発展させる試練。その内容は多岐にわたり、世界を創造するまで分からないのだそうです。そして、ミムルルート様はまだ試練を突破されておりません。


『……落ち着きましたか? 申し訳ありません。ですが、この事実を知っておいて貰わないと"誘拐"等と喚き続ける方々が多くて……誓って言いますが、私は地球の女神と契約を交わしあなた方を招待したのです。そしてここからが本題なのですが……あなたにはこれからの未来を選ぶ権利があります』


 想定よりも世界を安定させる事が難しく、やっと安定してきたかと思えば争いを始めたり、厄災に見舞われたりとそれはもう大忙しで……私の様な天使族を生み出し仕事を分担させるくらいには忙しくなってしまわれたそうです。


 そんな時に知り合ったのが、先程からミムルルート様が口にする"地球の女神"と呼ばれるお方。

 名前は存じ上げませんが、ミムルルート様は直ぐに打ち解けて仲良くなったそうです。そして、本来の目的である試練が一向に達成されない様子を見て、それを地球の女神様に相談した所……今回の契約を持ちかけられたのだとか?


『……三年と言う期限付きではありますが、私の提示する課題を見事解決した場合――生きた状態で地球に返す事を約束致します。これは地球の女神も同意している事であり、地球に返す事になった場合は、少しだけ手心を加えてあなたが事故に遭わない様に手配してくれるそうです』


 それは、死ぬ筈だった運命を変えるチャンス。

 絶望に立たされた心に宿る小さな希望。

 諦めた様な顔で話を聞いていた少女の瞳に微かな光が見え始めた。


 そして事は進んで行き…………結果、今回招かれた者たち全員がミムルルート様の提案を受け入れて、ミムルルート様の世界へと向かう事となりました。


『――では、これよりあなたを私の世界へと送ります。送り先は他の皆様と同じ所にしていますのでご安心を。そして、この場で手にした力は転移後に使えるようになりますのでお忘れなきようにして下さい』


 そうして、口元に笑みを浮かべ慈愛に満ちた表情のまま最後の一人を世界へと転移させたミムルルート様。


「……ミムルルート様、お疲れ様でした」


 ミムルルート様の後方に控えていた私がそう言い頭を下げると、先程まで感じていた神力は忽ち消え去り、そこにはただただ静寂な真っ白な世界が広がるだけとなる。


「……はぁ〜、つっかれたよぉ〜」


 品が良く、厳かで、慈愛に満ちた響くような声は嘘のようにその姿を消し、今は見た目と同じくただただ幼い少女の声にしか思えない。


「26人の方々へのご説明と転移魔法の使用、本当にお疲れ様でした」

「ほんとだよぉ〜。いやね? 事前に資料は貰ってたけどさぁ〜……多いよぉぉぉぉ!!」


 そう叫びながら、ミムルルート様は手足をジタバタとさせて雲のような地面で暴れ回ります。……出来ることなら白装束で足をバタつかせるのは、はしたないのでやめて頂きたいです。白装束以外に身に付けていないので、丸見えなんです……肌色が。


「確かに早く試練をクリアしたかったよ? だから、『自分の世界の子達に過度な干渉は出来ない』ってルールから外れる地球の女神の提案を受け入れたけどさあ〜……それにしたって多いよ! 条件として死亡予定の全員にチャンスを与えて欲しいって言われても多すぎるよ!!」

「私に言われましても……」

「だってさ、だってさ、26人だよ!? 幾らダンジョンをクリアして欲しいからって言っても、流石に多いと思うんだよね……しかも、何か期待出来そうに無い子が殆どだしっ」


 ……ミムルルート様がご機嫌斜めになってしまっています。ですが、その気持ちは少しだけ分かってしまうんです。


 そもそも、ミムルルート様がわざわざ他の世界から人の子を転移させたのには訳があり、それこそが未だ踏破されていない高難易度のダンジョンを攻略してもらう事なのです。


 ミムルルート様に課せられた試練の内容は『世界に存在する異なる難易度のダンジョンをそれぞれ一回攻略させる事』。現在はA級ダンジョンまで攻略されていますが、その上に存在するS級・SS級・SSS級・X級のダンジョンは未だ攻略されて居ません。


 S級は何度か挑む方もいましたが、SS級以上になると誰も挑戦すらしないのです。それはミムルルート様にとっても、そして世界にとってもあまり良い事ではありません。


 ダンジョンとは、世界に魔力を送る装置でもあり、古く汚れた魔力を濾過して分離する装置でもあります。綺麗になった魔力はまた世界へと還元され、分離した汚れは魔物として利用される。

 それが永きに渡り不十分であると、大きな災いを呼ぶ原因となり、最悪の場合は世界滅亡の危機に陥る可能性だってあります。


 それを阻止する為にも、今回の契約によって転移なされた方々には頑張って頂きたいのですが……ミムルルート様的にはあまり期待は出来ないそうです?


「一応、死ぬ運命である者を生き返らせる行為ではある訳だから、地球へと帰る為にもそれなりの力をつけて英雄と呼ばれる偉業を成し遂げて欲しいんだよ。まあ、それにしたって26人の中の一人でも未踏破ダンジョンをクリアしたら帰れるって言うのは簡単過ぎると気もするけど……約束したからしょうがないかぁ」


 それが、死を覆す条件。

 他の世界で偉業を成し遂げ、褒美として生き返らせる。

 制約の中で編み出された、運命を切り拓く道。


 しかも、地球の女神とミムルルート様の神力を使い帰還に足りない力を補うと言う。

 制約を破らないギリギリの策は、お二方にとっても相当な負担になる筈なのに。


「……地球の女神様は、何故そこまでして死を覆そうとされるのでしょうか?」

「よく分かんないけど、あの中に地球の発展に欠かせない子が居るらしいよ? 正確にはその子の親がそうらしくて、息子が亡くなった事でその発展が消える可能性があるから、一応阻止しておこうかなって感じらしい」


 「ま、私が相談しなければ勿体ないけど諦める予定だったらしいけどね」と、ミムルルート様は言いました。

 成程、あちらはあちらで目的があって動いているのですね。


「私としても、せめてS級くらいは攻略して欲しいなって思ってるんだけど……何だかなぁ」

「……心中お察し致します」


 悲しげに溜め息を吐かれたミムルルート様に頭を下げつつそう声をお掛けします。

 私自身、もしあの方々が強力な力を引き当てたのだとしても……期日までに偉業を成し得るとはハッキリ言って思えませんでした。


「大体さぁ、私は何回も言ったよね? 地球の女神と契約して生き返るチャンスを与えるって。何回言っても理解してくれない子には、自分達の末路まで神力を使って教えてあげたのにさぁ……」


 そう、ミムルルート様が根気強く説明しても理解せず「帰せ!!」、「俺をどうする気だ!!」、「警察に訴えるぞ!!」と喚くばかり。そしてミムルルート様がそのまま帰ると起こるだろう結末を見せても「嘘だ!!」、「こんなのは作り話だ!!」、「ペテン師め!!」と感情的になるばかり……挙句の果てに泣き喚くだけの者も居ました。


「しかもさぁ〜? 納得したと思ったらやれ『支配の力を』とか『魅了して好き勝手できる能力を』とか、『世界を意のままに出来る力をくれ』とか……そんな力あげる訳ないでしょ!!」


 どうやら、思っていたよりもお怒りになられているようです。まあ、唯一神であるミムルルート様に暴言を吐く方など居ませんでしたからね。それも、直接だと尚更……。


「そもそも、もしも私の世界で悪事を働く事があれば、地球へ送る際に呪いとして魂に刻まれるんだよ? ちゃんと説明したのにその後で願った力が悪い事しか考えて無さそうで、気持ち悪い!!」

「……そう言えば、男性の中にはミムルルート様を厭らしい目で見ている者も居ましたね?」

「ひぃぃっ……無理無理無理無理。思い出しただけで気持ち悪いよぉ……」


 あれがまともな好意の上でならまだ許容できたのでしょうが、明らかに性目的の思考がダダ漏れでしたからね。私に向けてそう言う視線を送って来る方もいらっしゃいましたが……深く考えるのはやめましょう。


「うぅ……最悪の場合は何もかもを取り上げれば良いんだけど、ダンジョンを攻略して欲しい……もうっ、なんで変な人ばっかりなんだよぉ〜!!」


 ……これは時間が掛かりそうですね。


 はぁ……仕方がありません。ミムルルート様に仕事をお願い出来る状況では無いので、私は先に仕事に戻らせて頂く事にしますか。

 そう判断した私は、ミムルルート様に声を掛けようとしたのですが――ミムルルート様の後方にいつの間にか居た存在に気が付きました。


「……ミムルルート様」

「なんだよぉ……私はいま、寒気と倦怠感と寒気と寒気に襲われて――」

「後方にいらっしゃる……と言うか、眠られている方はどちら様でしょうか?」

「…………えっ!?」


 膝を抱えていじけていたミムルルート様が、私の言葉を理解するや否や即座に後方へと振り返ります。

 そして、視線の先に居るであろう少年を見つけた瞬間……その場に蹲ると頭を抱えてしまいました。


「なんでぇ? 26人じゃないの? 資料にも載ってない子って……どういうことぉぉぉ!?」


 白い空間にミムルルート様の悲痛な叫び声が響き渡りました。


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