異世界リゾート暮らし〜俺だけが使える【リゾート】スキルでのんびり過ごしてダンジョン攻略!〜

炬燵猫(k-neko)

第1話 プロローグ


 修学旅行。

 高校二年生になり、秋からは来年にある受験や就活に関する説明で忙しくなるからと夏休み前の7月中旬に北海道へとやって来た。


 今は空港に迎えに来てくれていた観光用バスに乗り込んで、ホテルに向かいつつ観光名所を巡ることになっている。


 窓の外には広大な牧草地が広がっており、バスに乗っている殆どの奴がわかり易く騒いでおり前の方に座る先生に注意されていた。


 一方で俺はと言うと……複数の理由から旅行気分で盛り上がれずに居る。


 寝不足の状態でバスに揺られた事で乗り物酔いを発症しているのと、バスに乗る際に起こったトラブルが原因だ。

 寝不足については俺が遅くまでスマホでゲームをしていたのが原因だが……トラブルの方は学校側に問題がある気がする。


 集合場所にギリギリ間に合い俺のクラスが乗る予定のバスに向かったはいいが、なんと俺の座れる席が無かった。


「すまん、大枝おおえだ。どうやら学校側が用意してくれていたバスが想定よりも小さかったみたいでな……お前が座る筈だった最後尾の席は見ての通り空きがない状態なんだ」


 バスの入口付近でポカンとしていた俺に担任の教師がそう声を掛けてきた。

 そして、俺が座る筈だった最後尾を見る。そこには俺と同じ班である男が左の窓際に座っており、更にその右側に二人の巨漢が狭そうにしながら座っていた。


横田よこた手綱たづなの相撲部コンビが座ったらあの様でなぁ。もう時間もないし……大枝には悪いが、他のクラスの空いている席に座らせてもらおう。念の為に手荷物とキャリーケースも一緒に移しておけよ?」


 そうして促されるままに俺は隣のクラスのバスに乗ることになった訳だが……まあ、知り合いは居ない。

 クラス替えはあったから去年同じクラスだった奴はチラホラ居るけど、友達という訳では無い。


 ……喋る人は居たよ? 「これ、先生が渡してって」とか「これ落としたぞ」とか「こ、これ、日誌です……」とか「あ、わりぃ。席借りてたわ」とか。


 うん、一年の頃はあれだ。色々あったんだ……家庭の事情で。そして学校では気力が湧かず積極的になれなかった。


 だが、二年生からは違う!

 ちゃんと班を組む時に呼ばれるくらいには話す奴もいたし、積極的では無かったが女子とも会話のラリーを繰り返したり出来ていた。だからこそ修学旅行でも男女混合のグループを作れたし、今度こそ友達を作るぞ! と楽しみにしていたんだが……はぁ。これはあんまりな結果だ。


 そして現在、俺は隣クラスのバスに乗り余っていた席に座らせて貰っている。あー気まずい。中に入った瞬間に感じる『誰だこいつ』な視線が心に痛かった。よし、教育委員会に電話だ!(しないけど)。


 なんて事を考えつつも、眠気とは違った怠さを感じて目を瞑る。バスが揺れる揺れる。俺の三半規管も揺れる揺れる。窓から飛び降りたい。


「あ、あの……だ、大丈夫?」


 ふと、小さくて怯えた様な声が聞こえる。声の聞こえた窓際の席へと視線を向けると。声の主である女子生徒の姿があった。


 確か……桜崎さくらざきさん。あんまり話したことは無いけど、去年は同じクラスだった。


 去年の印象では、どちらかと言うと控えめで人前に立つのが苦手そうな感じ。長い黒髪を結んでお下げにしていて、前髪は目元が隠れるくらいまで伸ばしている。

 教室に入る際に数人の女子生徒と話しているを見た事があったので友達は居るみたいだった。ちょっと羨ましい。


 そんな桜崎さんが、俺の方を向いて首を傾げている。相変わらず前髪で表情は分かりづらいけど、膨らみのある胸元で両手を組んで居る桜崎さんがちょっと可愛い……て、そうじゃない。返事をしないと。


「あー、大丈夫大丈夫。ちょっと乗り物酔いと寝不足が重なっただけだから。それよりもごめん。折角の一人席を邪魔しちゃって」


 そう、知らない奴が混ざろうとしているあのアウェーな空気感の中で、生贄と言われても仕方がない仕打ちを受けてしまった桜崎さんには頭が上がらない。


 だって、周囲が楽しげに会話している中で俺と桜崎さんの席だけが無言なのだ。何か気の利いた事でも言えれば良かったんだろうけど、俺にそんなコミュニケーション能力は無い。それどころが体調すらもままならない状態で、目を瞑る事でしかこの現実を耐え忍ぶ事が出来ないでいたのだ。


「あ、謝らなくて大丈夫だよ? お、大枝くんが悪い訳じゃないから……ね?」


 そんな俺の謝罪を受けて、オドオドとしていた桜崎さんが今度はオロオロと両手を左右に振り頭も小さく振っていた。


「そ、それよりも、大枝くんの体調の方が大事で……え、えっと……これ、市販の酔い止め。よ、良かったら……」


 ……天使か?


 微かに浮かべる笑みと、オドオドとはしているが優しさが滲み出ている様な声音に、思わずそんな感想を抱いてしまう。

 知り合いでもないのに気遣い、自分の持っている酔い止めまでくれるなんて……あんまり話さなかったけど、桜崎さんって優しい人だったんだな。


「ありがとう、桜崎さん。酔い止めは有難く使わせてもらいます」

「そ、そんなに畏まらなくても……こ、困った時はお互い様、だから」


 ……天使が大天使に昇格なされた。


 隠されていた目元が少しの動作で微かに見える。覗かせた顔には慈愛に満ちた微笑みが浮かんでいて、その顔を見ただけで気が安らいでいくのが分かった。


 あれ? もしかしなくても桜崎さんって可愛いのでは?

 まあ、それに今更気づいた所でもうクラスも違うし、そもそも一年の頃に仲良くも無かったやつが急にグイグイと迫ってきたら迷惑以外の何ものでも無い。これも旅行の思い出という事で心に刻んでおこう。


 手持ちであるリュックサックの横側に付いている伸縮性のあるポッケ。そこに突っ込んでおいた水入りのペットボトルを取り、酔い止めを口に含んでから水を飲み一息つく。


 改めて桜崎さんにお礼を言った後、俺は先程よりも晴れやかな気持ちに浸りつつ、襲い来る眠気を受け入れ意識を手放した。








♢♢♢





side桜崎まこ




「……寝ちゃった」


 さっきまで会話していた隣の席の大枝くんは、酔い止めのお薬を飲むと直ぐに寝てしまった。

 そう言えば寝不足って言ってた気がする。バスが目的地に止まったら、ちゃんと起こしてあげよう。



 今日、修学旅行で北海道にやって来た。

 周りの皆は窓の外を見て居たり、友達同士でお話したりして楽しそうにしている。時々、騒ぎすぎた人が副担任の笹川ささがわ先生に怒られてるけど、それでも楽しそうだ。


 バスでの移動。今は牧場に向かっているらしい。生キャラメルが食べられると聞いて、思わずニヤけそうになる口元をむにむに……甘いものが大好きだから、仕方がない。


「……夢みたい」


 こんなに穏やかで楽しいと思える日々が再び訪れるなんて、あの頃は思いもしなかった。


 中学一年生までは何も偽らずオシャレもして明るく元気に過ごしていた。

 でも、その結果イジメにあって不登校になった。


 よく分からない理由で叩かれて、隠されて、盗まれて、無視された。

 一年生の秋頃にイジメがあって、そこからは学校に行かないでリモート授業。


 苦しくて、悲しくて、何もかもを諦めた。

 いっその事、このまま……なんて、考えたこともあった。でも、お父さんとお母さんをこれ以上悲しませたくなくて、出来なかった。



 でも、中学二年生の夏に私の人生を変える出会いがあった。そして、外に出る為のリハビリを始めた。


 苦しかった。怖かった。体も震えた。それでも、外に出ようと思った。


 ……大切な友達が出来たから。


 それはゲームの中の友達。

 だけど知れば知るほど近くに感じる。

 物理的な距離では無いけど、優しくて心地良い心の距離。

 マイナスを全てプラスに変えてしまう様な、そんな存在。


 一度も会ったことも無いのに。

 それなのに、何気なく書いてしまったイジメの事を真摯に受け止めてくれて。電話は怖いだろうからってチャットで沢山の気遣いと優しさをくれた。


 だから、外に出る。

 会える保証なんて無いけど、それでも家に閉じこもったままじゃ不可能だから。外に出た。


 叶うかどうかも分からない、いつかの日を夢みて。


 そして、無事に外に出れるようになった。でも、根本的なイジメは解決してないから授業はリモートのままだった。大人だけで話し合いがあって、現状のままの方が良いだろうって事になったらしい。お母さんがそんな事を言っていた。


 高校は少しだけ遠い場所にした。同じ学年の人が誰も行かない高校にした。


 そして、私は私を偽る事にした。


 髪型を変えて、前髪をのばして、目立たない様に……ひっそりと。

 中学と同じ結末にならない様に、静かにしている事にした。


 ぼっちになっても仕方がない。そんな覚悟で入学式へと足を進めた。


 けれど、幸いにも友達は直ぐに出来た。

 イジメもない。

 お下げで前髪の長い初対面ではオドオドとした口調の私でも、笑顔で受け入れてくれる素敵な友達が二人。


 一年が終わり、二年生になってからも友達とは同じクラス。素直に喜んだ。


 ああ、幸せだなぁ。


「――なぁにニマニマしてるの?」


 嬉しくて、幸せを噛み締めていたら上から声を掛けられる。見上げるとそこには友達の一人……美夜子みやこちゃんが背もたれの上から顔を出していた。笹川先生に怒られそう。


「……してない」


 自覚はあるけど素直に認めたくなくて否定してみる。でも、そんな私の否定を美夜子ちゃんは否定しだした。


「いやいや、バレバレだから。まこって直ぐに顔に出るからね〜。頑張って隠そうとはしてるけど」

「……むぅ」

「ほら、不満があるとそうやって直ぐにほっぺた膨らませる」


 ……そんなにわかりやすいかな?

 普段はなるべく意識してるつもりなんだけど……友達からするとダメダメらしい。


「――もぅ。ダメだよ? そうやって直ぐ揶揄うんだからぁ」


 膨らんでいたと言うほっぺを両手で抑えていると、美夜子ちゃんとは別の……もう一人の友達の声が聞こえて来る。


「まこちゃんはきっと、牧場で食べられる生キャラメルが楽しみなんじゃないかなぁ? 甘いもの好きだもんね〜?」


 そう言って美夜子ちゃんの隣である窓際の席から顔を覗かせたたのは、二人目の友達である愛衣ういちゃんだった。


 基本的に、私はこの二人と一緒に居ることが多い。かけがえのない大切な友達。


「「ニマニマしてる〜」」

「……むぅ」


 その友情に、たった今少しだけ罅が入ったかもしれない。……もちろん冗談だけど。


「あはは。でも良かった。まこが大丈夫そうで」

「ん? どいうこと?」

「ほら、隣の席の男子。隣のクラスの奴でしょ?  一年の頃に同じクラスだったから初対面って訳じゃなさそうだけど……名前は確か、えーっと……」

「大枝大樹だいきくん」

「そうそう! って、まこは良く覚えてたね?」


 私が直ぐに大枝くんの名前を答えた事に驚いた様子を見せる美夜子ちゃん。

 確かに、一年生の頃から接点は無かったけど……ちょっと気になることがあって覚えてた。まさかとは思うけど……かもしれないから。


 でも、それは美夜子ちゃんには関係無い事柄なので、何か言い訳を考えなくちゃ。


「……一年生の時に同じクラスだったから、名前くらい覚えてるよ」

「確かにねぇ〜。私も大枝くんの名前くらいは覚えてたよ?」

「えー、覚えてなかったの私だけ!? まじかぁ」


 よし、上手く誤魔化せたみたい。


 二人の反応を見て安堵した私はふと視線を隣へ向ける。

 そこには心地良さそうに眠り続ける大枝くんの姿があり、私達が会話をしていても起きる気配は無い。


「ぐっすり眠ってるねぇ〜? ちょっと可愛いかも」

「乗り物酔いと寝不足って言ってたから、眠かったんじゃないかな?」

「ふーん。あ、そう言われると大枝って一年の頃は何か人付き合い悪くて、授業中以外は殆ど寝てる印象しかないわ。家で寝れない事情でもあるのかな?」


 確かに、一年生の頃の大枝くんはそんな感じだった。

 休み時間とかお昼休みとかはずっと寝てて、放課後になると誰よりも先に教室を出てた。それで誰も大枝くんを遊びに誘う事も出来なくて、クラス全員で行く事を計画していた遊びにも誘えず、いつの間にか大枝くんはひとりぼっちになっていた。


 でも、それにはちゃんと理由があって……私は少しだけ知っている。

 一回だけ席替えで隣同士になった時に、何の気なしに見えてしまったスケジュール帳。そこにびっしりと書かれていた習い事の数々を……私は忘れる事が出来ない。


 眠そうに目の下にくまを作りながら溜め息を吐く大枝くんを。

 閉じた手帳を丸めてぐしゃりと握り締めていた事を。

 何も出来なかったけど知ってる。あれはきっと……大枝くんが望んでやっていることじゃないんだと思う。


 そしてそれが、それこそが私が大枝くんを気になったきっかけ。

 ずっと探し求めていた大切な……かも?


 確証が……もっともっと決定的な証拠が出るまでって思ってたら……一年が終わってた。うぅ。


「まこ、大丈夫? 気まずい様だったら先生に頼んで席変わるけど?」

「無理しなくてもいいよぉ? 私も美夜子ちゃんも、人見知りとかしないからねぇ」


 黙ってしまった私を見て、心配そうに声を掛けてくれる二人。

 そんな二人の言葉が嬉しくて、思わず笑みが溢れる。


 だから、早く誤解を解こう。


 大丈夫だよ。


 そう、口にしようとしたその時――――私の体がつよい衝撃と共に浮かび上がった。

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