第2話 未来カメラ
①----------もしかして未来が写った?----------
その日一馬は一人部室にいた。真理は友人とテスト勉強。翔子は撮影旅行との事だった。
外は雨が降っている。
灯油ストーブの匂いに包まれた室内は心地好く、一馬は長椅子の上でうとうととしていた。
小一時間ほど経っただろうか。
パチパチと窓をたたく雨音に起こされた。
一馬が起き上がり時計を確認すると18時を回った所だった。
雨音が静かに響く薄暗い室内、
ストーブから漏れるわずかな明かり。
ツリーの電飾が賑やかに寂しく明滅を繰り返している。
去年のクリスマスが思い出された。
ぼんやりとした頭で机の上の「カメラ」を手に取ると、構図を取り、シャッターを切った。
②----------もしかして未来が写った?2----------
「先輩散らかしすぎです」
翌日、一週間ぶりに部に顔を出した翔子の開口一番はこれだった。翔子はそう言うが否や腕まくりすると部室内を片付け始めた。
掃除機を掛け、散乱する雑誌を積み重ね、
アルコールを含むウェットティッシュで机の上を丁寧に拭いていく。
そんな様子をぼんやりと眺める一馬の中には得体の知れない「奇妙な違和感」が生まれていた。そしてそれは部屋が片付くに連れ、徐々に大きくなっていった。
「ふぅ・・・これでよし」
翔子はそういうと額を拭う
「汗かいちゃった」
そんな翔子のつぶやきを一馬は遠くに聞いていた。一馬の中に生まれた曖昧な違和感。それは今、明確な一つの形を成そうとしていた。
一馬は慌ててカメラの再生ボタンを押し、昨日撮った「部室の写真」を確認した。
「暗いな」
だが写真が暗く、カメラの画面では、細部まで判別する事が難しかった。
一馬は写真をPCに転送するとPhotoshopでそれを開きトーンを上げる。
その瞬間、一馬の目が驚きに見開かれた。
「PCに写し出されている昨日撮った部室の写真」と
「今、一馬が目にしている部室内の様子」が「とてもよく似ている」のだ。
机の上におかれた雑誌、ティッシュの箱、部屋の隅に立てかけてある掃除機、ゴミ箱、それら部室にある「物」とその「配置」が昨日撮った写真と奇妙な程一致している。
これは「昨日」撮った写真だ。だが写っているのは「今日の、今の、片付いた部室の光景」だ。
一体どうなってるんだ。これもAIの仕業だろうか?仮にそうだとしてもここまで一致する事があるだろうか。
その時、一馬の脳裏を掠めるものがある。
カメラのメニューにある「時間設定」だ。
ただ写る風景を朝の景色から夜景にしたいならば、メニューにある設定は「時間」だけ在れば良いはずだ。にも関わらずメニューには「西暦」「日付」「時間」と三つの値が存在する。
慌てて一馬はカメラのメニューを開き、時間を確認した。
するとそこには・・2023/12/11 18:37と一馬の「突拍子もない考え」を裏付ける
「本日今日」の日付が表示されていた。
その瞬間「一つの推論」が一馬の頭の中に組み上がる。
【もしかして、未来が写った?】
いや、未来が写るなどありえない。だが、「今日の片付いた部室」が昨日撮った写真に写っている事はどう説明する。
【確かめたい】
そう思った一馬はどうすればこの仮説を検証できるか頭を巡らせる。その時、部室に置かれたテレビが目に留まる。
そうかテレビ、テレビがいい。一馬は時計に目を向けた後、リモコンを操作して、番組表を確認した。
えっと・・現在の時刻は「1550」・・16:00から16:45に掛けてブラタモリが再放送されている。
一馬は液晶を操作し、時間を30分後の16:20に合わせた。そしてテレビをファインダーに収めると、シャッターを切った。
さてどうなる。
一馬は一つ息を吐きだすと再生ボタンを押した。はたしてそこには・・・タモリとにこやかに笑う女性アナウンサーが並んでいる姿が映し出されていた。
③----------もしかして未来が写った?3----------
目の前には片付けを終え、鼻歌を歌って、カメラの手入れをしている翔子がいる。
一馬は30分後にカメラの「時間」を合わせると「翔子」と短く呼びかけた。
すると翔子は目元にピースサイン決めポーズを取った。
おまえはいつのJKだ。と心の中で呟きながら、一馬はシャッターを切る。
背面のボタンを押し、今程撮った写真を確認すると、案の定、ドヤ顔の翔子はどこにも写っていない。
長椅子に腰掛け、テレビを見る。一人の女生徒の後ろ姿が写しだされた。これは真理だろうか。
人物が写り込むのは初めてであったが、一馬は驚かなかった。
このカメラが「未来」を写すことが出来るならば、
この後【真理が部室に入って来てテレビを見る】・・はずだ。
一馬は静かにその時を待った。
程なくして・・・・トントンという控えめなノックがされた。
「ブラタモリ~ブラタモリ見ていい?」
そう言い、のほほんと部室に入って来たのは真理だった。
④----------未来カメラ----------
「写真部!全員!集合!」
部室の中央に据えられた机の前で一馬が声を張り上げる。
「え、ブラタモリ」
「え、なんですか?それ、パワハラですか?後でいいですか?」
一部の部員からは不平が聞かれたが一馬はさらに続ける。
「いいから集まれ・・・たった今「世紀」の大発見があった」
「ブラタモリ・・」
「世紀の大発見・・」
二人は不平を言いながらも中央の机にと集まる。
「で、世紀の大発見って一体何ですか?」
口を尖らせた翔子が言った。
「まぁ待て、慌てるな」
二人が席に付いたのを確認すると、一馬は意味ありげに見渡した後。これだ、とカメラを取り出した。
「あ、AIカメラだ」
真理が声を上げる。
え、AIカメラですか?と驚いて翔子。
「ちちち。真理君。その情報は古い」
「え」
「あの後、俺が研究に研究を重ねた結果。判明したのだよ」
「は、判明した?」
「そう、このカメラのとんでもない機能が判明したんだ」
「へ~、とんでもない、機能ですか?」
これは一馬のいつものおふざけだなと踏んだ翔子、お手並み拝見と挑発的なポーズを取る。
他方、真理は興味深々と言った様子で文字通り身を乗り出した。
「ええ、なになに~?」
その様子に気を良くした一馬は、カメラを高らかに掲げると言った。
【このカメラは未来を写すことが出来るんだ!】
「未来を・・写すことが出来る?」
真理は呟くように繰り返した後、「ええっ」と驚きの声を上げた。
一方翔子はというと、これは残念とばかりに大きくため息をついた。
「はぁ~そういうお話でしたか。私はカメラのお手入れに戻らせて頂きます。」
「いやいや、本当だぞ。このカメラはな時間を合わせると、その時間の写真が撮れるんだ」
今、帰られては面白くないと慌てた一馬は、翔子にこんな提案をする。
「じゃあ、こうしよう。一つ賭けをしようじゃないか。」
「賭け、ですか?」
「そうだ。このカメラが未来を写せるか、それとも、写せないかだ。シンプルだろ?」
「・・・」
「そうだな、じゃあ、もし翔子が勝ったら、つまり、これが法螺話だったら翔子の言う事を何でも聞いてやろうじゃないか」
「ここ」だと感じた翔子は話の間合いを詰める。
「確認です。そのカメラは未来が写せる。これが法螺話だったら本当に何でも私の言う事を聞いてくれるんですね」
「ああ、そうだ」
自信ありげな一馬の様子にいささか引っ掛かりを覚えたが、
「からくり」があれば、看破できる。そんな自信が翔子にはあった。
「いいでしょう。その勝負受けて立ちます。私が・・・時間と対象を指定していいですか?
「もちろんだ」
それを聞いた翔子は目を瞑り、程なくして、目を開けると言った。
「そうですね。じゃあ、5分後のテレビ画面を見せて下さい」
「オーケーそれでいいんだな」
翔子はこくりと頷く。
「じゃあ、5分後のテレビ画面だ。撮るぜ」
一馬はカメラ設定を開き時間を合わせると「何も映っていないテレビに向かい」シャッターを切った。
そして黙ったまま再生ボタンを押すと、真理と翔子と共にモニターに目を落とした。するとそこにはタモリとアナウンサーの野口葵衣が何かの銅像と並び写るシーンが映し出されていた。
「ふふ、じゃあ、テレビつけるね。チャンネルは~?」
「変えなくていい。」
真理は待ち切れないといった様子でテレビにリモコンを向ける。
ただいまの時刻は16時10分。
テレビでは麒麟ビールのCMが流れている。
問題の映像が映る時刻は16時14分。三人は固唾をのみ画面をじっと見守った。
そして、1613分、CMが明ける。
はたしてブラタモリが始まる。
どうやら今回は世田谷を取り上げており。今はサザエさんにまつわるエピソードを披露しているようだ。
「そろそろ5分だ・・・」
一馬がぽつりと言った。
すると数瞬の後テレビには
タモリとアナウンサーの野口葵衣がサザエさんの銅像と並び写るシーンが映し出された。
「あっサザエさんだったか」
一馬がホッと一安心したといった様子で呟いた。
「ん~~~っすごい!すごいよ!ねっ?ねっ?!本当に未来が写ったんだ」
真理が目を輝かせ、興奮気味に言った。
対し翔子は目をつむり何事か考えている様子だ。やがて目を開けると静かにこう言った。
「先輩、1分後の私を撮って下さい」
それを聞いた一馬は黙ったまま「時間」を合わせるとシャッターを切った。
再生するとモニターには舌を突き出した翔子が映し出された。
「ふぅ~にわかには信じがたいですが・・・未来が写ったようです」
「・・降参するんだな?」
口元をゆがめ一馬がにやりと笑う
「あっかんべ~っです」
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