未来カメラ

白鷺弓子

第1話 プロローグ

①----------プロローグ----------


部室にある机の引き出しを引くと見慣れない「小さな箱」が入っていた。20cm四方の真っ黒な立方体の箱だ。


付いている上品な金の取っ手を掴み持ち上げてみると程よい重さがあった。興味を惹かれた一馬は箱の留め金を外すと、ふたを開けた。


するとそこには思った通り、小さなカメラが収められていた。初期のフィルムカメラを思わせる少しクラッシックな外見ではあったが液晶モニターがついており、デジタルカメラのようだった。


一馬は箱からカメラを取り出すと、その本体を回し上下左右から観察した。UIはシャッターの他、背面に二つのボタンがついているのみと大変シンプルなものだ。「変わったカメラ」というのがその第一印象だった。


何か撮ってみたいとそう思った一馬は被写体を探すべく部室内を見回す。すると窓辺に部員の真理が世話する観葉植物が目に入った。一馬はその観葉植物に近づくと構図を取りシャッターを切った。




②----------AIカメラ?----------


それから程なくして、部室のドアがノックされた。


「いいぞー」


一馬がそう応えると控えめにドアが開き、そこから首にマフラーを巻いた一人の女生徒がひょっこりと顔をのぞかせた。


「かず君、お疲れ様~」

「おう」


一馬は顔をあげると、短く答えた。入ってきたのは部員の鈴村真理だった。


「あれ、新しいカメラ?」

真理が目敏く見つける。

「俺のものじゃないけどな・・」

「じゃあ、翔子ちゃんの?」

「うん、たぶん翔子のだ」


一馬の言い回しが少し引っ掛かったが、カメラと格闘している一馬を見た真理はこれ以上、言葉を継がなかった、マフラーと鞄を机の上に置くと壁際の小棚へと向かう。


「コーヒー淹れるけどかず君も飲む?」

「うん、頂く」


それを聞いた真理は慣れた手付きで棚より二つのカップを取り出すとその中に一掬いのコーヒーを入れ、お湯を注いだ。


「真理」


その時、一馬が真理の名を呼んだ。

「うん?」

真理は上半身をひねり一馬の方へと振り向いた。その瞬間、カシャリというシャッター音が室内に響く。


「あ、気付いていたな」

「うん、かず君撮るかな~って」

真理がクスリと笑う。


真理は一馬の前に湯気の上がるカップを置くと一馬の後ろ回り込み、「見せて~」と一馬の手元を覗き込んだ。


「おう、ちょっと待ってな」

そう言うと一馬はカメラ背面の再生ボタンを押す。


すると・・そこに映し出されたのは、今程確かにファインダーに収め撮影したはずの真理の姿がどこにもない、背景のみが映る映像だった。


「あれ。どうってるんだ。」

一馬が首を傾げる。

「うわぁ最新式だね。マジック消しゴム?じゃない?」

「え、ああ、人物が消えたのか」


一馬はカメラ背面のボタンを押しメニューを開いた。しかし展開された項目は「時間に関する設定」と「無線通信」と「フォーマット」の三つのみであり、「不要物を消す」などの項目は何処にも見当たらなかった。


人物などを自動で消し「写真を背景化」するAI搭載のカメラなのだろうか。


一馬はカメラを操作し絵を拡大すると、「消えた真理の姿と背景との境目」を探し始める。だが結局それを見つける事は出来なかった。


「パっと見、分らないな、綺麗に消えてる」

一馬が感心した様に呟いた。


その日、カメラの持ち主とされた翔子は部室には現れなかった。




③----------やっぱりAIカメラ?----------


日曜日、ウェディングフォトのバイトを終え帰宅した一馬はベッドにゴロンと仰向けになると、写真部のメンバーがLINEのルームに上げた写真をぼんやりと眺めていた。


真理は毎回お馴染みの愛犬の写真で、今回はあくびの瞬間を捉えたものであった。

翔子はというと天体写真を人物のシルエットで中抜きした創作的な写真だった。


それぞれの写真にコメントを付けると、枕元にスマホを置いた。


その時、ふと机の上に目を向けると、「カメラ」が目に入った。

あの後、LINEで翔子にカメラについて尋ねたが「そんなカメラ知らない」との返事があり結局持って帰ってきたのだった。


一馬は立ち上がり、カーテンを開けた。眼下には武蔵野の夕景が広がっている。ファインダーを覗き構図を取るとシャッターを切る。そして、出来栄えを確認しようと再生ボタンを押した。


するとどうだろう構図や、映る建物などは目の前に広がる景色の通りであったのだが空が青く、朝の景色と思われる映像が映し出されたのだ。


始めはこれに面食らった一馬であったが、すぐさま昨日の出来事を思い出す。


「AIか」


一馬はカメラ背面のボタンを押下し、メニューを立ち上げた。設定の時間を確認すると思った通り「7:47」となっている。


人物などを自動的に消す写真の「背景化機能」に加え、時間設定により景色を朝にものにしたり夜景にも出来る。そんなところだろうか。


自分なりの結論に達すると今度は改めて時刻を現在の「16:00」に合わせ再びファインダーを覗き、シャッターを切った。


すると今度は一馬の思った通りの夕方の景色が映し出された。

茜色に染まる武蔵野の街に鉄塔が寂しくそのシルエットを並べていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る