第8話 イベント開始、そしてクエスト受注

「あの…。剣闘士って、剣闘士の人と戦うってことですよね…」

「…何当たり前のことを言っているのじゃ。アンタ、教会の奴隷だねぇ?灰色の髪が入って来たのは最近だから、直ぐに分かったわよぉ」


 いや、だって…


「お、俺…。戦ったことなんて一度も…」


 怪しげな老婆は話を聞く様子もなく、スッと右手を横に突き出した。

 指の先には小さな空間があり、松明が鈍色のソレらを照らしている。


「お前さん、武器を持ってないなぁ。あの中でマシなの探してきー。ほんで半刻後に試合開始じゃからな」


 既に何人かの男たちが集まり、武器を物色していた。

 ダイスが回る必要がないくらい、男たちには特徴があった。

 変な特徴ではなく、赤い髪の毛に黒い髪の毛、それから茶色い髪の毛。

 つまり、彼らは神官や神官騎士たちとはルーツが異なる。


「やはり、奴隷か」

「お前だって奴隷だからここに居るんだろ。お前は俺達がここで良いのを見つけるまで待ってろ」

「こないだ殺されたペンスの武器…、あれがありゃ…」

「オーク・ミツイが持ってったに決まってんだろ」


 半刻なんてあっという間に経ってしまいそうな程、男たちは夢中で良さそうな武器を探していた。

 その時


運命の骰子ダイスロール


 こういう感じで、街中を歩くときは大抵二十面ダイスが現れる。

 そして…


【20】+神の導き補正5…クリティカルにより神の導きは無効


 これ…、どういうことだ?

 どうもこうも。ボクが聞きたいよ。あの神官はやっぱり君に何かをさせようとしている。だから、君はこっそり神の加護を得ている…

 そりゃ、お金を返して欲しいからじゃ…。ってか無効にされてるし。

 それはいいんだよ。結局出目によっては意味ないんだし。っていうか、なんでクリティカルが出ちゃうの?無効にされたんじゃなくて、クリティカルが強い数字だからだよ。ほんと、ゲームマスターのボクの立場を考えてよねー。

 ゲームマスター?それって…


 心の中で会話中。だけど、イスルローダの声色がここから変わった。


 グレイは男たちが必死に探している中古武器の中に、奇妙な剣を見つけた。

 その剣は刃こぼれしているものの、まだまだ使えそうだった。奇妙な程、真っ黒な剣。

 男たちの間を縫って、少年はその剣を手に取ってみた。


「これ、持ちやすい。それに…」


 ただ、その奇妙な黒剣を他の男たちに見せまいと、少年はそっとその場を後にした。

 すると、後ろから視線を感じた。彼が振り返ると、そこには先ほどの不気味な老婆が立っていた。


「なかなか良い目をしておるようだの。次は防具じゃ。あっちから選べ。まぁ、お前さんの相手、オーク・ミツイは巨漢の大男。どれを選んでも一緒かもしれんがの。ふぉっふぉっふぉ…」


 彼女が指差したのは反対側にあった灯された松明。

 その下には多数の死体が転がり、ひどい悪臭が漂っていた。

 ハエが群がり、ウジが湧き、近寄りたいとはとても思えない。


 って、さっきからなんなの?変な喋り方をして。


     ⚀⚁⚂⚃⚄⚅


 すると、世界の色が失われた。


「はぁぁぁ?GMだよ、じ・い・え・む!ボクの権能なんだから邪魔しないでよ。これを取られたら悪魔としての沽券に問題が出ちゃうから!」

「GMってなんだよ」

「ゲームマスターだって言ったじゃん。最初に、…っていうかもうイベント戦が始まってるんだよ。こんな時間は取れないし、興覚めでしょ。じゃ、そういうことで、ボクの話は素直に聞くように!」


 そして、


     ⚀⚁⚂⚃⚄⚅


 再び松明の炎は赤色に戻った。


「一体何なんだよ。…それにあそこの死体から剥ぎ取れって…。死体…あんまり見たくないのに」


運命の骰子ダイスロール


 だが、死体を見て現実を知ったのも確かだった。

 剣闘士、コロシアム。ただの噂話でしか聞いていなかったけど、そういう風習が昔はあって、それをやっている国もあると城門にいた兵士が話していた。


「死にたくは…ない…」


 嫌々ながらも探していると、二十面ダイスが現れた。


【18】+神の導き補正5…成功、君は自分と同じサイズの革の鎧を見つけた。


 頭部への打撲が死因なのか、それは比較的綺麗に見えた。


「左手についてるのも防具かな。兵隊さんがつけてるのを見たことがある…、って兵隊さんって…」


【11】+知性補正2+ハバド地区育ち1+精神力補正1…成功。


 グレイはじっくりとその遺体を観察してみた。

 すると彼の所持品からメリアル王国由来のものがいくつも見つかった。


「…ってことは戦争捕虜って、ここに送られることが多いのか。俺がどんなに歯向かっても、結局ここに連れてこられていたのかも」


 いや、メリアル王国兵だけではない。死体になり、顔や体がボロボロでも髪の毛、体毛の色は識別できる。

 やっぱりそうだ。


「金色の髪の人間が居ない。あいつら、他国に人間を連れてきて戦わせているってこと…?」


 いやいや。今更?そりゃ、探せば中にいるだろうけど、奴隷って言ったら普通は異国の人間でしょ?


「あ、普通に喋った」


 君があまりに無知だから。それに今気づいたんだからいいでしょ。


「それはそうか。イスルローダは俺が知っていることしか話さない。もしかして、こいつ馬鹿だな、とか思ってない?」


 思う訳ないでしょ。それを含めての能力値。ボクはとっても優しいんだよ?


「優しいって?あの時俺を見捨てようとしたこと、忘れてないからな」


 うわぁ。精神力の割に肝が小さい男だねぇ。今があるんだからそれでいいじゃん。今を楽しめればそれでいいんだよ。


 そんな悪魔のささやきを無視して、グレイは再び老婆が中に居る、鉄製の小屋に戻って来ていた。

 地下なのに小屋がある。それは案内人である彼女の自衛のためのものかもしれない。


「メメント・モリ」

「めめんと…?」

「なんじゃ、知らんのか。旅立つ新人の戦士にワシは言うことにしておるんじゃ。人間いつかは必ず死ぬ…」

「あ、あぁ。そっか…。死は誰にもに平等に訪れて…」

「はぁ?違う違う。そんな南の宗教と同じにするな。ワシが言いたいのはメメント・モリどうせ死ぬから楽しめということじゃな」


 この大陸に未知が多い時代。

 道を切り開いた人たち、戦いに赴く戦死が使っていた言葉だよ。

 それが転じて宗教的な概念に変わった。

 金持ちも貧乏人もどうせ、死ぬ。みたいなね。


 それは知らなかった。けど、…教えてくれるんだ?


 だって、今の君にはそっちの方が相応しいからね。

 楽しみなよ、戦いを。君自身の為に君がその身で戦うんだ。そしてその為にボクがいる。戦いをゲーム感覚で楽しんじゃいなよ。


「分かりました。メメント・モリ…。覚えておきます」


 少年は老婆にそう言い残して、大きな通路を目指す。

 戦いを楽しめ、殺しを楽しめ、教会で言ったら怒られるどころでは済まない言葉。

 だって、悪魔のささやきだ。


「ワシも楽しみに見ておるよ。相手は十九連勝中。あと一つ勝てば、多額の賞金を手に出来る。それほどのツワモノじゃぞ」

「え…、二十連勝したら…」

「今のお前さんには関係のないことじゃ。時間がないぞ、早う行け」


 そういえば神官アクアも言っていた。

 貧困層が金を得る為には、ここに来るのが一番だ、と。

 その二十番目が新人。そのオーク・ミツイがどんな奴かは知らないけど、ダイスの出目がクリティカルだったに違いない。


「ん…?」


 最低限の松明が灯っている地下通路は、少しだが上へと角度がついている。

 このまま登っていけば、丁度地上に出るのだろう。

 そこにとおせんぼする、一人の人間が居た。

 ぼさぼさで伸びっぱなしの髪で顔は良く見えないが、一目で女だと分かった。

 鮮やかな赤毛、それだけでも目立つのに、男しかいないと思っていたから顔や輪郭は暗闇で見えにくかったとしても、臭いだけで分かる。


「アンタが…グレイって男?弱そう…」


【4】教養補正なし、知性補正1、合計5…失敗


 色んな特徴を考えれば、彼女はそうではないと分かる筈なのに、暗闇のせいで彼は間違った選択をする。


「お前が…。オーク・ミツイ…」


 すると、真っ赤な髪と同じように彼女の顔の色が真っ赤に染まった。


「そんなわけないでしょ?女性に向かってオークって…、失礼な奴。アンタなんて負けて死ねばいいのよ…」


 その瞬間、今度は浅黒い少年の顔が赤く染まる。

 オークはイノシシの化け物。…でも、お隣のトンズさんは奥さんを…って、もう死んじゃったけど


「ごごご、ゴメン‼だって、ここが入場口って聞いてたから。ほら、オークみたいに強いのかもって…、そういう意味…で…」


 少女は鼻を鳴らす。


「もういいわ。勝て…って言いたかったんだけど、それじゃ無理そうね。…少しだけでも傷をつけてくれたら良いことをしてあげる」


運命の骰子ダイスロール


 閃きチェック10以上なら成功


 【9】知性補正2…成功。彼は今の言葉からおかしな点を見つけた。


「少し傷つけた程度じゃ、俺は殺されてる。何の為かは分からないけど、その取引はおかしい」

「あら。知らないのね。良い戦いをしたら、恩情で助かる場合もあるのよ?観客にこの戦士の戦いをもう一度みたいって思わせたらいいの」

「そ、そうなんだ。…それは確かにそうか。戦うのを見に来ているんだし…」

「そういうこと。だから…」


 ここで女の髪から色が失われた。松明の明かりも炎とは思えない色に変わる。

 つまり


     ⚀⚁⚂⚃⚄⚅


 少女の隣に白黒髪の悪魔が出現した。 


「イスルローダ?顔を出さないって言ってたのに。もしかして君も応援してくれるの?」

「応援は元々してるよー。でも、現れたのはそういう意味じゃない。君の為を思ってのことさ」

「違う意味…?でも、これから戦う。それだけだし…」


 すると悪魔はお道化て、少女の周りを何度も回った。


「おい。その子はオーク・ミツイじゃなかったんだ。だから…」

「あったり前でしょ?本当に失礼なことを言ってたねー。っていうか、これはお知らせなんだ。」

「お知らせって…?」

「分からない?クエスト発生だよ、クエスト‼今、この子は頼みごとをしたよね?」


 少女の頭を撫でる少女のような見た目にも見える悪魔。

 ソレが意味の分からない事を言った。勿論、クエストって言葉は知っているけど。


「傷つけたらいいって…やつ?」

「そう‼君は見逃していたけど、この子は嘘をついていた。観察眼をもうちょっと養った方がいいねー」

「って、また教えてくれるんだ。しかも、今度は俺が見抜けなかった…」

「どっちみちだから教えてあげるだけ。そのオーク・ミツイは間違いなく対戦相手を殺してる。だから、君も殺される。君が一度気付いたように、この賭けは成立していない」


 灰色少年の鈍色の瞳が剥かれる。暗がりとはいえ、表情の観察を怠ってしまった。

 そして、やっぱり殺される…


「メメント・モリ‼忘れた?ちゃんと楽しみなよ。いつかは死ぬんだし。って、思考時間は短めにだったね。ボクが言いたいのはね。これって、君にとって有利な交渉なんだよ。だって君はそのオーク・ミツイってのを倒さないといけないんだから。だから、傷つけたら以上の交渉をしておくべきだ。同じ道の上に転がっているクエストを放っておくなんて、勿体ないでしょ?…じゃね』


 そして、世界は色を取り戻す。


     ⚀⚁⚂⚃⚄⚅


 つまりクエスト発生。彼女は頼みごとをしている。

 しかも、今から戦う相手を倒せと言う、自分のメインクエストの目的になっている頼み事だ。


「だから…、少しでもいいからアイツを傷つけて…」

「分かった‼でも、あのさ。もしも俺がそいつを倒したら?もっと良い取引をしてくれる?」


 その言葉に女は肩を震わせた。


「と、突然何?それに声が大きいわよ。あ、アンタに倒せると思わないけど…、そりゃ…、アイツを殺してくれたら…、私は…なんでも…していい」

「なんでもしてくれる?約束だからね…ってこんな感じかな。まぁ、いっか…。これでクエストの受注になっているんなら。俺の名前はグレイ、君は?」

「へ…?えと、リリー…だけど」

「リリーね。うん、約束だよ。どっちみち、戦いを楽しまないとなんだし。死ぬなら楽しまなきゃ、メメント・モリ‼それじゃ、行ってくる‼」


 翡翠色の瞳が皿のように、満月のようにくっきりと浮かんだ。

 その中、少年は鈍色に光る剣を携えて、闘技場へと歩いていった。


「倒す…?あの体で?アイツって…、ううん。そんなに強くなさそう。期待なんかしちゃ駄目よ…。グレイ…って言った?何、あいつ…」

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