第9話 ステータスにない項目

 扉を開けると、大歓声が待っていた。

 目に付くところに剣と盾の紋章の旗が何本も立てられている。

 数週間前は、のんびりと小麦の出来を見守っていた。


「こんなに多くの人を食べさせるには、とんでもない畑が必要…。あの人たちは何をやっているんだろ。もう収穫は終わったのかな…」


 現状をまだ知らぬ少年。

 置かれた立場も、浮世離れした感覚しか持っていない少年。

 ただ、…メメント・モリ。

 死は背後に迫っていて、明日には死が待っているかも。

 その感覚だけは、歓声を上げる群衆の誰よりも知っている。


「前触れもなく、お父さんが馬に蹴り殺された。お母さんが吹き飛ばされた。俺が生きていること自体、考えられないとガンズさんも言ってた…」


 死はそこで待っている。だから、何もせずに待つではなく、今出来ることを精一杯楽しむ。


運命の骰子ダイスロール


 大観衆の中でサイコロが回る。


【19】+精神力補正2…少年は群衆の前でも臆することがない。


 グレイは何度も聞いていているが、イスルローダは出目を決めているのは自分ではないという。

 それが、少しだけ焦りには繋がる。

 ここぞという時に悪い目が出るのではないか、と考えてしまう。

 とは言え、現状は正気度に問題なし。


「なんだよ。オーク・ミツイの二十連勝目はあんなひょろっ子か?」

「彼、オーテム教会の奴隷らしいわよ。マリス様の御加護を貰ってるとか?」

「何にしても、あの髪はメリアル人だろ?あの国のせいで、バレスウォードが火の海になっちまったんだ」

「ヨースター海も汚染させてるって話よ」


 一度、大デナン帝国が支配したから訛はあれど、人々の言葉は聞き取れる。

 どうやらメリアル人は嫌われているらしい。

 だから


「んじゃ、奴隷に大金持ってかれるのは癪だけど、オークにぶっ飛ばしてもらわなきゃなぁ」

「オークはまだなの?あの怪力で人間の体が引き千切られるの、見てて堪らないの!!」

「お、おい…、それはどっちの意味でだよ」

「どっちもよ!ゾクゾクするじゃない?」


 観客の殆どは少年が無惨に殺されるのを期待している。

 その殆どが金色の髪の人たち。


「でも、異国の人間もいるのか…」


 髪色だけで判断できないが、塊になっているからそうだと気付けた。


 【閃きダイス】…成功。


 絶対に偉い人が座るだろう席にも異国人が居ることに気がついた。

 戦うではなく迎合した国もあったということだ。

 もしも、メリアルの偉い人がその判断をしていれば…


「駄目だ。全然分からない。考えたこともなかったし、地図見たことないんだから分からなくて当然か…。でも、教会で見ようと思えば見れたのかも。あっちじゃなくて、こっちで事情聴取受けてた時に…」


 そんな無駄話をしているのは、対戦相手がいないから。

 先の女子が自分が対戦相手じゃない、と顔を赤くした理由の一つが、反対側に見える扉だろう。


 そして、その両開きの扉がバキッと内側から破壊された。


「オーーーー!」

「待ってたぜ、キングオーク!!」


 大歓声が上がった。

 扉の修理費は壊した彼が持つのか、それとも運営が持つのかは分からないが、グレイは目を剥いて驚いてしまった。


「嘘…、こんなの聞いてない…」

「ああ?俺様の記念すべき連続二十の死刑執行が、こんなガキだとぉ?オータム教会は、軍神マリス様は俺を試しているのかぁ?」


 名付けるなら、いや本当にあるのだろう、スキル威圧が発動している。

 そうに違いないと思える、3mはあろうかという巨体。


運命の骰子ダイスロール


 ここで威圧に対する抵抗、13以上。精神力補正+2。???+3。

 二十面ダイスが回る。


【9】+5。成功。グレイは冷静に巨漢鎧を分析することが出来た。


 え…、今の何?ま、いいか。こいつも光を放つ鎧を着てる。しかも、オーダーメイドなのか?コイツの体にぴったりと嵌って、兜もあって大きく見えるんだ。分析できたはいいけど、何の対策にもなってない…


「全くもって納得いかねぇなぁ‼お前も…」


 ドン‼


 同じく淡い光を放つこん棒が、大地を穿つと大きな穴が空いた。

 柄の長い棍棒は、途中で軌道を変えた。途中で折れ曲がる構造。つまりフレイルという種類の武器。

 可動部までで身の丈を越えているから、その部分を合わせると5mを優に超える長さの、やはり彼特製の武器だ。


「…そう思うだろ?あぁ?もう、ビビっちまったかよ」

「ビビってるよ。…アンタ、本当に人間なの?鎧の下に本物のオークがいるんじゃないの?」

「馬鹿にしてんのか‼俺はオークじゃねぇ‼」


 ダン‼

 トゲトゲに加工されたフレイル、モーニングスターと呼べそうだけど、あくまで棍棒の改造だろうソレが、再び大地を穿つ。


 そして、ここで世界の色が失われる。


     ⚀⚁⚂⚃⚄⚅


「さぁ、遂にバトル開始だよ。先ずはどうする?強そうだね、アイツ…」


 嬉々として登場したのは例の幼悪魔だ。

 グレイはまだ成長途中の160㎝、対するオーク・ミツイは2mを越える身長。

 しかもかなり恰幅がよくて太鼓腹、彼用に作ったと分かるのは、その体系にフィットしているからだ。


「俺、あんなのと戦うの?…本当言うと逃げたいんだけど」


 この円形の闘技場の広間内だったらいくらでも逃げて良いらしい。

 だけど、そこから逃げるとなると、その瞬間に処刑される。

 入り口に居た兵士に言われたことだった。


「へぇ…」


 サイコロの時は知らないが、今の悪魔は重力の縛りを受けていない。

 空中に体を漂わせながら、不敵な笑みを浮かべている。


「そうかなー。冷静に見えるんだけど?」

「それはダイスの…。っていうか、あのクエスチョン、何?アレがないと失敗だったんだけど」

「あー。あれね。ボクも分からないなー。神様の加護なんじゃない?ほら、あの神官は君に勝って欲しそうだし。で、どうする?君にとって、これは初めての対人戦だ。そして相手は十九連勝の巨漢。しかもあの装備はなかなか厄介だよ」


 何かをはぐらかされた気もするが、確かに今考えても仕方がない。

 あの巨漢と戦わされる。ダイスの導きがなければ、最初の一撃で気を失っててもおかしくない。


「一つ聞いていい?戦いのときは違うサイコロを使うの?」

「うん。十面ダイス2つ、攻撃の成否が決まる。それに数値によってはクリティカルだね。ダメージ量は体格と筋力、武器の力で決まるから、相当だよ?敏捷性でも当たるか当たらないかも決まってくるけど。詳しくは戦いながら教えて行くよー」

「こっちは最初から強敵なのに?とにかく躱すしかない。こんなことなら長槍を持ってくるんだったよ」

「じゃ、回避でいいね。回避ならいつもの奴で行こうか。相手の敏捷性より君の方が高い。でも、武器のリーチが違うから気を付けてね。成功は同じく十面ダイス二つ、合計値は75以上だよ」

「な…。そんなに高いの?」


 普段の回避なら20面ダイスで10以上で成功、補正値を考えたらもっと低くてもどうにかなる。

 やっぱり一対一の戦闘中だし、逃げられない状況では判定が全然違う…


     ⚀⚁⚂⚃⚄⚅


 色を取り戻した世界。

 グレイが最初に行ったのは、開いた左手で石を投げることだった。


「勇敢に戦ったって、こいつは俺を殺すに決まってる‼」

「がっはっは。そんな小物、何度も叩き潰しておるわ‼」


 そして。


運命の骰子ダイスロール


 灰色の髪の中だけで、賽の目が決定する。


【71】敏捷性優位補正値+3あり。回避失敗。


 バキッ‼


 オーク・ミツイのフレイルがグレイを襲う。攻撃判定は成功。

 オークが右肩から振り下ろしたギリギリの距離でグレイの左腕にヒット。

 バックラーが完全破壊されて、少年の左腕にも激痛が走った。


「くそ…。かすっただけで左腕の骨が折れた。バックラーも全然意味が無かった…。けど‼」


 そうだね。敏捷性で君の方が有利と出た。このままもう一度、ダイスを振るんだよ。君の場合は相当良い数字が出ないと…


 【90】敏捷性優位補正+3。攻撃ヒット。


 って、どうなってんだろうね。ボクは本当に何もやってないんだけど…


 とは言え、フルメタルアーマーに剣が通るか、という話だ。

 それでも、グレイは数字を信じて剣を突き立てた。


 ギュイーンと鈍い音がして、剣が弾き返される。


「だーっはー!痒い痒いイイイ!!丁度そこを掻いて欲しいと思っていたわぁ!!」

「クソ。当たったのに…」


 そして、そこで攻守が逆転する。


「まぁ、良いわ!!俺様特製の武器をとくと味わえ!!この為に5試合分の賞金を使ったのだぁぁ」


 そうだったらしい。

 オーク・ミツイがわざわざ途中で曲がる武器を使っていたのはこの為にだった。

 内側に入り込まれても、中折部分でぶん殴れる。

 これでこの試合を制して、ついには貴族に負けないほどの富を手に入れる。


 誰もがそう思った筈


 【06】更に敏捷性はマイナス3


 グレイは目を剥き、ミツイも目を剥いた。


 え?そのダイスって、あっちも振ってたの!?というのが、グレイの眼球剥き出しの理由。

 だが、ミツイは使い慣れた筈のフレイルを、持ち替えた拍子に落としてしまった。

 そんな焦りで目を剥いていた。


「今のうちに武器を!!」


 腕力補正値+2、二十面ダイス15以上で成功。


 【14】…成功。グレイはフレイルを蹴飛ばした。


 だが、ここで。


 【91】…攻撃命中!!武器の数字をマイナスした攻撃がヒット。


「ぐは……」

「ちょこまかと動き回るな!!これだから子供は…」


 レザーアーマーのお陰で致命傷にならずに済んだものの、灰色少年は金属鎧の腕の薙ぎ払いをモロに食らって、数m吹き飛ばされた。


「今のうちに武器を」というミツイと、同じく今のうちにと攻撃に転じるグレイ。


 そこで再び二十面ダイスが出現した。

 敏捷性チェック【20】クリティカル!!


「行っけぇ!!」

「馬鹿が!!背中も鎧だぞ」


 再びカンと金属音がして、武器を今度こそ手に取ったミツイが振り返る。


 100D【19】…失敗。慌てて振り回したフレイルは真後ろにいた少年の髪の毛を掠っただけ。


「ちょっと、イスルダース?」


 だから、ボクが聞きたいよ。で、そろそろ分かったでしょ?


 100D【10】…失敗。今回のグレイの攻撃は鎧に弾き返された。


「…え?今回のって…失敗?」


 当たり前だよ。残念ながら数値が悪くて失敗。


「じゃなくて‼失敗ならさっきからしてるじゃんってこと?」


 ん?攻撃は当たっているって判定が出てたけど?だから、さっきのが初めてのミスで、君の攻撃は毎回当たってるよ。その武器の攻撃力と君の腕力。そこからあの魔法鎧の耐久値を引いた数だけ、ダメージを2だけ受けてたよ。


「って、2って少ない…。だからか…」

「ぐぅ、痒い程度の痛みしか…、な、な、な、なんじゃこりゃ…、どどど、どういう」


 そして少し離れた場所で離れた方向に向かってミツイは声を荒げた。

 怪訝な顔でグレイが観察していると、大男の鎧の隙間を伝って、赤い液体が滴っていることが分かった。


 とは言え、グレイが流している血液の方が圧倒的に多い。


「おい!この鎧を着ていたら傷一つ付かない、そう言ったよなぁぁ」

「そ、そ、それは。そうですが。絶対は有りませんので…。それに、そう簡単には傷は」


 その瞬間、大男はガチャっと鎧を震わせた。

 顔は殆ど見えないが、あの気配をグレイは知っていた。


 ──スリップダメージ。正確には出血効果。君の剣は彼の体に当たっていた。鎧だって全部が固いわけじゃないしね。安物みたいだし?逆に君の剣はなかなかのものだよ…


「え?それって…」


     ⚀⚁⚂⚃⚄⚅


「忘れた?君はその剣をどうやった手に入れた?クリティカルって、それくらい凄いんだよ?」


 時間が止まる。グレイ自身の体も止まる。悪魔が戯けて剣を取り、その様子を観察した。


「君は武器選びのたった一回、そのダイスロールでピタリと20。確かに5%の確率だけどさ。武器を選ぶっていう重要な場面でそれをやる?」


 牙をチラ見せしながら、悪魔の指が刀身をゆっくりとなぞる。

 よく見ると少しだけ紫の光が漏れている。


「つまり、この剣は呪いが込められている。もしかすると…。もしかしなくてもあの男に対する怨念かな…。戦争とかじゃなくてさ、面と向かって19人を自らの意志で殺した男なんだ。それを偶々君が手にした…とか?」


 19人の恨みが詰まった剣。しかもこの国は悪魔の使役を許容している。

 人が人を殺すための場所、それも本人の意思に関係なく連れてこられた場所。

 在りえない話じゃない。しかも二十人目の死人になるかもしれなかった場面で、その二十の数字。


「で、でも…。やっぱりこれってイスルローダが」

「だーかーらー、ボクじゃないって。ね、グレイ。ステータスは教えたよね」


 無邪気な笑顔、だけど不気味な笑顔。愛らしくて、艶っぽくて、憎めないけど、悪魔の笑顔。

 そして、グレイは頷く。そこでハッとさせられる。


「ゲームだったらさ。ステータスに運の要素もあっていいけど、残念ながらその項目はないんだ。つまり…、このサイコロの目こそが運ってこと。少なくともこの試合は、君に幸運の女神がついているらしい…。次は知らないけれども、ね?」


     ⚀⚁⚂⚃⚄⚅


 闘技場は色を取り戻した。


 そしてグレイは、わずかな赤の差し色に驚き戸惑っている巨漢の男を見据えた。





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