第7話 いきなりコロシアム

 全身ボロボロで乱雑に扱われている灰色の少年は知る由もないが、帝国についての簡単な説明は必要だろう。


 ガンズの話にも出てきたが、北部地域は平均記憶が低く、耕作地を求めての戦いが繰り返された土地である。

 更に歴史を紐解くと、彼らが暮らすデノーリア大陸より西部に位置するオリービア大陸からの民族流入し、騎馬遊牧民が暴れまわった歴史もある。

 それらは全て中央から北のデノーリア大陸で行われている。


 その戦いの歴史では、女神デナ信仰の考え方は通用しなかった。

 だから多くの王や公は戦いに重きを置く神に祈りをささげることになった。

 そして、軍神マリスは天魔大戦での戦いの成果もあり、彼らに受け入れやすい存在であった。


 そんな中で、南端にあるデナン神国の反対側、大陸北端にマリス神を主神と崇める一族が誕生してもおかしくなかった。

 デナン神国は多くの王を各地に配置してはいたものの、生きるのにも厳しい北端は、最終的に見逃されることになった。

 その隙に誕生したのが、軍神マリスを主神とする北の教皇だった。


 マリスは人間の守護神であるとともに、悪魔をひれ伏した軍神。

 因って、悪魔は人間の下で扱われるべき、という考え方は戦い続きの北部に置いて、圧倒的な支持を集めて、改宗が相次いだ。


 とは言え、一枚岩ではなかったマリス信徒たちを纏め上げる為、マリスの枢機卿団は、デナ神族がデノーリア大陸大陸を征服した時、一時的に設けられた皇帝の座を復活させた。

 皇帝は世襲制ではなく、枢機卿団によって選出されるもの。

 慣習ではそうなっていたが、時代と共に選出する集団が枢機卿団、元老院、そして七候と呼ばれる貴族院に移り変わっていった。


 そして、現在は七候の時代であり、七人の侯爵によって選出されたのが、現在の皇帝であり、その皇帝が元々納めていた地がテルミルスである。


 因みに、この歴史をイスルローダは知っていて、グレイは全く知らない。


「ほら、アナタたち。お兄ちゃんに挨拶をしなさい。お兄ちゃんが頑張ってくれるから、アナタたちは修道院で生活できるのよ」


 片足を失った幼い女の子の名はロコ、片腕を失った幼い男の子のモコ。名前が似ているからと言って、二人の両親は違っている。

 勿論、グレイとの血縁もない。


「お、お兄ちゃん…、ありがとうございます」

「お兄様…、ごめん…なさい」


 訳が分かっていないのか、それともまだ慣れていないのか、ぎこちない挨拶をした幼くして四肢の一部を失った二人。


【15】…神官アリアの感情を読み取る行為、失敗


 良い目が出ている筈なのに、アリアという女の表情が読み取れない。

 あのヴェールに秘密があるのか、それとも魔法の一種なのか。


「おい。神官を見るな。奴隷風情が…」


 光り輝く鎧に身を包む騎士、彼はアリアの兄のアルス。

 

【14】…失敗。あの鎧が何か分からない。


「下賤な奴。俺の鎧を物欲しそうに見るな」

「お兄様、そんなにツンケンしないでください。奴隷とはいえ、人間ですよ?そして彼は神聖なコロシアムで神聖な戦いに励むのです。笑顔で送り出しましょう。必要な話は聞けたことですし」

「必要と言ってもだな…。あの程度の話では…」


 メリアル王国の旗を掲げた馬車の上にローブを纏った誰かが居た。

 その程度しか、あの時のグレイには分からなかった。

 あれが人間だったのか、それとも魔物だったのかさえ、知らなかったのだから何も気付けない。


「さ、それでは少し揺れると思いますが、剣闘士たちが暮らす地下街へ行ってください。ちゃんと稼いでくれないと、この子たちがどうなるか…」

「分かってます。俺はこんなところで死ねない…、ちゃんと戦いますよ」


 少年グレイは奴隷となった。所有者はオーテム教会ということになっている。

 因みにオーテムは国境を越えて、北の海に沿って走った先に会った大きな街の名前であった。

 それまでの道のりで時々漁村を目にしたが、南部は荒野が広がるばかりで、帝国がハバド地区を欲した理由が何となく分かった。


「軍神マリスに捧げる聖なる戦いです。貴方が奴隷だからって気を使う必要ありませんからね!」


 不気味な程の爽やかな笑顔、ヴェール越しでのそれは分かった。

 そして軍神だから、戦いこそが供物、それがマリス教の考え方らしい。

 それがマリス信教の特別な作法、コロシアムで人間同士が戦うこと。


「アリア、近づきすぎるな。コイツには捨てるものがないんだぞ。さぁ、乗れ。心配しなくても、障碍者を野垂れ死なしたりはしない。だからお前はさっさとマリス様の為に死んで来い」


 光り輝く鎧の男に背中を押され、とっても強く押されて荷馬車に乗せられる。

 ロープで繋がれ、鈍色の鎧兵に引っ張られる。

 確かに一度失言したが、これではあんまり。とは言え、逆らうことは出来ない。

 だって…


 あの女、怖いねー。グレイを奴隷身分にしたの、あの子じゃん。それに戦う奴隷が剣闘士なのにねー。まぁ…、好き好んで人と戦うって奴もいるかもだけど?


 数日前は子の存在にかなりムカついたが、今の発言は悔しいが頷いてしまう。

 神官が怖いのか、あのアリアが怖いのか、神の名のもとに簡単に子供たちを殺してしまいそうだった。


「先ずは勝って来てね‼そしたら、この子たちと会わせてあげるから‼」


 因みに、二週間くらいの移動と尋問で、一つの事実には気付いている。

 同じ人間、だけど髪の色も目の色も肌の色も違う。

 グレイは灰色の髪、モコは少し薄い灰色でロコは黒色の髪。

 一方の彼らは金色の髪。肌も彼らの方がずっと白い。それもあって、何となくだけどモコとロコが家族のように思える。


 だから、あの煽りもちゃんと意味を持っている。


 あの笑顔が怖い。なんであんなに優しい顔で笑えるんだよ。


 確かに‼ボクなんて、いつも真剣なのにねー


 いや、お前も大概だぞ。…そういう意味で、あの女は悪魔みたいって言えるのかも


     □■□


「んじゃあな、少年。ま、死なないようになぁ。」


 オーテムの街は教会が中心にあり、海に向かって街が広がっている。

 地図なんて見たことがないからグレイには分からないが、この海はヨースター海と言い、外海と繋がっている内海である。


「なんか…、俺の立場ってあんまり良くないってこと…かな」


 この内海の出入り口でメリアル王国とテルミルス帝国はバチバチと戦っている。

 だから、今の港町は軍用船が並ぶ異様な光景をしていた。

 教会は小高い丘にあって、来る途中にそんな風景を見ることが出来た。

 道行く人々が奇異の目、もしくは白い目を向けていたのは戦っているからか、それとも奴隷の焼き印を見たからか。


『気にすることはないよ。それにボクは君に期待しているからね』

「は?よく言うよ。俺のこと死ねって思ってたじゃん」

『死んでもいいとは思ってたけど、やっぱり考えを改めたの。偉いでしょ?』

「偉いとか意味が分からないんだけど?考えを改めるも何も、俺はこの通り…」

『そう‼その通り、無能なんだよ。何度も何度もサイコロが回ってたよね。それでも、君は何も得ることが出来なかった。勿論、街並みとか人種の違いとかは分かったみたいだけど。それは誰でも分かることだしねー』


 路地裏、というか地下街?いや、地下通路のような道を歩かされる。

 このまま突き当りに案内人がいるという話だった。


「誰でも分かること…。それでも新鮮だったけど。こんな世界もあるんだなって。だから俺にとっては良い経験なんだけど、あんなんじゃダメか」


 こんな不気味な通路を一人で歩けるのが、悪魔の話し相手がいるからという事実。

 それが何とも言えない気持ちにさせる。もしかしたら奇異の目を向けられたのは一人で話をしていると思われたからかも。


『まぁまぁ。それも君の糧になってるって。…それより、あの神官の女、その兄貴、それから黒騎士について調べようと思っても、何も出てこなかったでしょ?勿論、あの時の反省を活かして、ツッコんだ会話を避けたのもあると思うんだけど…』

「それはそうだよ。どこに地雷があるか分からないし。俺だってつまらないことで死にたくないし。…それに意味が分からないものばっかで」


 ただ、ここでグレイはある意味で目を剥くことになる。

 良い意味でも、悪い意味でも。


『うん。あれはね。彼らのステータスとスキルが高いからだし、装備類も一級品だからなんだよ。低レベルの人間には何も分からないってこと。見えなくて、分からなくて当然だったんだ』

「…悪かったな。レベル1で。でも、そういうことか。サイコロの出目なんて通用しないほどの相手。補正値もかなり高いってことか。そりゃ、俺がどれだけ頑張っても分からない訳か。…で、それと考えを改めるのと何の関係があるんだよ。どうせつくなら、レベルが高い奴の方が色々出来て楽しいんじゃ…」


 理由は分からない。今は色を失っていない世界なのに、イスルローダが首を横に振ったような気がした。


『思い出したんだよ。ボクが魔法具に封印されっぱなしだった理由の一つ』

「魔法具って、あの四角い石?何かに紛れてたとかじゃ」

『そうそう。あんな小さい石、直ぐになくなっちゃうよねー。…って、違うし‼ボクもちゃんと高級な箱に入ってたんだよー。爆発でどっかに行っちゃったけど』


【ハバド地区生まれ、知性補正+】


「あ、そか。行きは一台の馬車だけだったのに、帰りは一杯並んでた。で、最初の馬車は爆発した…、ってことはメリアル王国にとっては爆発させても気にならないもの…。じゃあ…、やっぱ大した魔法具じゃ、…って痛いし‼なんで痛いの⁉」

『知らなーい。っていうか、ボクはそれなりだよ?でも、…レベルが高い人たちはあんまり使いたがらなかったんだ。自分の力だけでなんとかなるってさ』


 何故か痛みが走った。とは言え、憑りつかれているからこんなこともある。

 それに加えて、少しの寂しさが心に萌した。


「あ…、さっきのとそれが繋がるのか。俺みたいに運に賭ける、なんてことをしなくていいから」

『そういうことなのかなー。だーかーらー、ボクは改心したんだよ。奴隷で失うものが何もない君の方が、ボクを有難く使ってくれるんじゃないかってね。って、人が見えてきたよ。変な目で見られないよう、ボクは引っ込んでおくからねー』


 持つ者は失敗の可能性のある魔法具を使わない。確かにその通りな気がした。

 その時は、そんなものかなって思っただけ。、急に開けた場所に出て、そこが余りにも奇妙だったから考えは全部吹き飛んでしまった。


 そして。


「聞いてるよー。神官様の指名が入ってんだ。さっそくだけどねぇ…」


 これまた【運命の骰子ダイスロール】で何も見えなさそうな、真っ黒いローブの老婆。


 彼女は不気味な笑みを浮かべながら、いきなり俺に


「あの扉を抜けて、殺し合いをしてきてくれる?」


 舞台に上がれと言ってきた。

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