第6話 国境を越えて

「正確には捕虜じゃない。けど、俺達の国で同じ境遇の者は多い。だから、捕虜扱いをしてんだよ」


 黒騎士が歩きながら、ザックリと解説してくれる。

 テルミルス帝国は現在包囲網を掛けられているらしい。


「大陸北部は領地の奪い合いよぉ。だから、自然と軍神マリスを崇めるようになる。デナ様に変わって最高神に君臨してるんだ。デナ様も偉大な方だが、神様も世代交代するんだよ」


【宗教学の知識0】…失敗


「最高神はデナ様です。神様って歳をとらないって」

「お前、気をつけろよ。もうすぐ国境だ。今すぐその考えは捨てることだな」


 教養が高ければ、もっと聞き出せただろうけれど、今の少年には何も言えなかった。

 とは言え、先日顔を蹴り飛ばしたおじさんはなかなか面倒見の良い人だった。


「捕虜…、つまり戦いの中で捕まったってこと…か。実際は難民だけど」

「難民扱いはしねぇのよ。デナ信仰の国で流行ってるのか、領地をズタボロにして、俺達に手渡すのが流行ってるんだよ」

「流行ってる…。それって」

「喋んな。そろそろチラーズ川だ」


 ロープの締まりがきつくなり、捕虜っぽさの演出がされる。

 ハッキリ言って、グレイはその意味が分かっていない。

 そして、それは緊急に作られたと思われる突貫工事製の橋を通った後も同じだった。


 だが、違う意味で少年は目を剥くことになる。


「え?国境の先、城壁の先…。まさか、そんな…」


 女神デナの乳房の一つと謳われるシロッコ山、そこから流れ出す母乳であるチラーズ川の恩恵。

 これが言うには恥ずかしい、如何にも神話と呼ぶに相応しいメリアル王国の一般常識だ。


 でも、今は違う意味で恥ずかしい。イスルローダの言ってた通りだった。


「川を挟んで風景が全然違う…。そんなこと…」


 チラーズ川は東西に流れて、最終的に北側の海に流れ出る。

 付け加えて、チラーズ川の南側も海ではあるが、標高が高くなって端は岩山になっている。


「気象学は0。だけど、何となく分かる。あの山は見えていた筈なのに…」

「これで分かったろ?国同士が仲良く肥沃な地を分けると思うか?」


 チラーズの源泉はシロッコ山、そこから流れ出る支流の殆どはハバド地区の北側に流れ出る。

 だけど、ここは本流の筈だから、あっちも同じだと思っていた。

 けれど、点在する畑を見ると理解できる。ほとんどがライムギ畑で、あっても大麦畑。

 丁度収穫時期だから、遠目にも分かる。こっちでは小麦の栽培が出来ないのだ。

 しかも、その畑も点々としか存在していない。


「…です…よね。でも、それだけじゃなくて…」


 肥沃な大地はメリアル王国が独占していた。

 こっちは乾いた大地で、耕すのも一苦労だろう。

 牧草地帯も少なくて、三圃式農業が出来るかどうかも怪しい。


 国境を跨ぐだけでそれ。

 そしてその畑に近づくと、とても奇妙な光景が見えてきた。


 【宗教学補正無し】


「オークが畑を耕してる。この国も悪魔を使役している」


 その瞬間、農地に居た人間たちの視線の矢が複数本飛んできた。

 と、同時に足に強い痛みが走る。


「捕虜っぽくしろと、信仰の敵っぽくしろは、この国だと意味が違う。分かったろ」


 そして、ここで。

 グレイは意を決して、帝国では絶対に敵に回したくない、今のところ良い人に質問をぶつけることにした。


 その時、頭の中に声が聞こえてきた。


 それ、大丈夫?本当に振る?補正値は1くらいだよ。


 そして脳内で返事をする。大丈夫、今のところ出目は良いから。


 仕方ない。それじゃ…


運命の骰子ダイスロール


 二十面ダイス、18以上で成功だよ

 18⁉そんなに?


 だが、あのコールが行われたら以上、サイコロは回り始める。


「ここでは悪魔を使役している。だとすると、この国もあの惨劇を起こせることになります。」

「…はぁ?お前、今なんて言った?」


 【5】+知性補正1…詮索失敗で相手を怒らせる


「ここでも悪魔は使役されている…と」

「馬鹿野郎、お前には信仰心ってのがないのか‼信仰心を愚弄する発言、それは俺でも庇いきれんぞ‼」

「チラーズのクソガキぃぃ。さっきからなんだ、てめぇ?ハバドの惨状は聞いてるが俺達のせいにするなんて我慢ならねぇ。俺達は敬虔なマルスの剣士なんだぞ‼」

「あれだけ言ったのに。あっちの二人が丁寧に話してくれる。コイツが死んで確かに構いやしねぇか」

「…え、いや。俺は単に可能性の話をした…だけ、くそ!」


 【13】+敏捷性補正値0…回避成功、一般兵の剣を避けることが出来る


 ガンズ自身は手を下していない。彼自身が相手なら、ダイスの目は足りなかった。

 彼の周囲の騎士たちの頭の血管が先に切れてしまったから、この目でどうにかなったのだ。


 だが、彼が動き出すのも時間の問題である。

 この少年は神官の慈悲で連れてこられただけ、神官様を愚弄する発言でもあった。

 グレイの発言は、信仰心の厚い彼らの逆鱗に触れるモノだったのだ。


「俺達はマリス様の教えの下、正しく悪魔と付き合っている。それを悪魔信仰している…と?農奴のお前に愚弄される筋合いはない。それに既に俺達の領地だ。神官様も御赦しになられる」

「だから、俺はそこまで言ったわけじゃ…」


 そしてあの時間がやってくる。


     ⚀⚁⚂⚃⚄⚅


「あちゃー、終わったね。全く…、何でも試せとは言ったけど、信仰心を煽る発言はどうかと思うよ?これは殺されてもおかしくないね。どうする?ねぇ、どうする?十面ダイスを三つ振って、全部が9じゃないと助からないと思うよ」


 悪魔の声のせせら笑う声も聞こえる。

 それくらい行き過ぎた発言だった、らしい。


「随分楽しそうだな。俺が死んだら、お前も困るんじゃないのか?」


 そういうことで、助けてもらったところはある。

 だけど、今回は両腕を鷹揚に広げて、楽しそうに笑っている。


「別に?ボクはあのスライム塗れの中で永遠に埋まると思ったから、協力しただけだし?悪魔の使役が当たり前の国に来れたんなら、君が死んでも構わないよー」


 やっぱり悪魔はあくまで悪魔。

 もしかしたら、早めに死んで欲しいからあんな発言をしたのかもしれない。

 唆したのかもしれない。


「そんな…」

「当たり前じゃん。ボクはね、悪魔仕様の厳しいメリアル王国の魔法具の一つに封印されてたんだ。そしてあの日持ち出されて、爆発に巻き込まれた。いやぁ、散々だったよ。でも、ここまで来ればどうとでもなるし、君よりも有効活用してくれる人が現れるかもしれないし。さぁ、行くよ。テルミルス帝国軍兵隊10人との戦いだ。さっきも言ったけど確率は千分の一。これでもおまけを…」


 それであの時、馬車から飛び出てきた…らしい。

 スライム塗れの土の中だと、本当に未来永劫見つからないかもしれない。

 でも、ここなら兵士の誰かが使ってくれるかも。


 確かに、その通りかもしれない。だけど…


「俺は戦わない…。戦う選択肢を取らないし、そんな賭けには乗らない」


 すると悪魔は面倒臭そうな顔を…、実はしていなかった。

 そして、ニヤついて聞き返す


「なら、どうやって切り抜ける?」

「何もしない。地面に頭を擦り付けて謝る。絶対に抵抗しない。ひたすらに謝る」

「たとえ殺されても?」

「殺されないように、懸命に謝る!!」


 悪魔は、鷹揚に広げていた手を重力に任せてダラリと垂らし、つまらなさそうにした。


 とは言え。


「確かに、戦うよりは死ぬ確率が減るかもね。それにその行為なら、まだレベル1とはいえ、精神力と知性の高さを補正値として使える。だけど、困難な道に違いないから、二十面ダイス、15以上にさせてもらうよ。補正値はプラス3から5くらいだねね」


運命の骰子ダイスロール


 そして、運命のサイコロは回る。

 悪魔はつまらなさそうに、グレイは必死の形相で出目を見守る。


 【5】+精神力補正2、知性3…合計10、謝罪失敗


「あぁあ…。それじゃ、さよなら、人間」


     ⚀⚁⚂⚃⚄⚅


 灰色の正面は必死の形相で額を擦りつけた。

 どんな出目が出ても、その通りの行動をすることになるらしい。

 サイコロを振った以上、やっぱり止めたは無しなのだ。


「この通りです!何でもします!靴も飲めます。命だけは助けて下さい!!」


 その瞬間、頭が地面にめりこんだ。

 前は顔を蹴飛ばされたけど、今度は踏みつけられたらしい。


「今更謝って済むかよ。お前はマリス神の軍を愚弄した」

「お、俺…、本当に…何も知らなくて…」

「何も知らないなら、なんでも許されるのか?」


 何度も蹴りつけられる。そして。


 バキ…


 地面につけた手を思い切り踏まれて指の骨が砕ける。


「この程度で済まないぞ。ここにはマリス神の教えを守って農業を勤しむ臣民がいる。異端者は…」


 スーッと、金属の擦れる音が聞こえた。

 国境を出るまでは、悪魔も引くほど良かった出目も、ここでは良い数字が全く出ない。

 やっぱり、余計なことはするもんじゃない。

 無知な者は大人しくするべきだった…


 ゴメンネ、ロコ、モコ。酷いことをされたら、俺のせいって…思って…


 両手、両足を踏まれて、首だけが動かせる状態。

 それはそう、首を切り落とすための体勢なのだから。


 そして、グレイの物語もあっという間に…


 だが、ここで。


「お待ち下さい、ガンズ様」

「アリア様…じゃなくて、神官様。流石にこれは待てません」

「でも、殺したら一銭にもなりませんよ?」

「どのみち、大して働けやしませんよ」

「あら、ここに丁度良く火鉢がありますよ?」


 パチ、パチと火の弾ける音、さっきまでしていただろうか。

 ダイスが回らなかったということは、知覚することさえ出来なかったのだろうか?

 そんなの死ぬ前に考えてもしょうがないのに。


「って!お嬢!!な、な、何を!?」

「何って…。あら、丁度よい体勢ですね。先ずは背中」

「熱…痛っっっっ!!」


 蹴られるよりも激しい痛みが背中を襲った。

 しかも肉の焦げる臭い、痛さで嗅ぐ余裕なんてないけれど


「私、思っていたのです。この子にお金がかえせるだろうかって」

「いやいや、それは最初から無理って…。ってお嬢?」

「左腕にも…、えい!!」

「うぐぁぁぁぁぁぁあああ」


 焼けるような痛み。いや、一瞬だけ視界に映った。

 なんの躊躇もなく、焼きごてを押し付けている女。


「って、奴隷にしちまったら、金を返すどころじゃなく…。いや、まさか…」

「そのまさかです。底辺の人間である奴隷たちの一攫千金といえば、剣闘士に決まってます。」

「そ、それは確かにそうですが、コイツは…」


 背中、左腕、そして次は右手の甲に嬉々として奴隷印を押し付けるアリア。

 少年はついに痛みで意識を失い、失禁までしてしまっている。

 右手の甲は目に見える場所、更には神経が多く通う場所に綺麗な焼き印が押されている。

 首を落とす方が圧倒的に楽だっただろう。

 それくらい、死んだ方がマシくらいの恐怖を感じたかもしれない。

 っていうか、やっぱりお嬢は…、この女は怖い…


 そんな彼女がはちきれんばかりの笑顔で言う。


「私ね、彼には剣闘士になってほしかったんです。どうやって説得しようかと考えていたのですが、これって天の導きですよね!!マリス様に感謝をしなければ、です!!」


 その様子を悪魔イスルダースは少しだけ目を剥いて眺めていた。

 そして、合点がいったのか、手鼓をポンと打つ。


 成程、成程。仲間がいれば補正値も変わる。躊躇なく奴隷印の焼きごてを当てる女が、仲間かはさておき。とにかく、死ななくて良かったね。我がご主人様?


【神の導き?、補正値+5】…15。奴隷階級に落とされるという選択により必要要件も10に引き下がって大成功。


 グレイの職業は剣闘士(奴隷)に決定した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る