第4話 ステータス振り
「こいつ…、ある意味で凄いな。めちゃくちゃ運がいい、いや悪運の方か?」
帝国軍の若き将軍が見守る中、ハバド地区が俄かに騒然とする。
全身ボロボロの少年が兵士たちの手で引き摺り出されたが、彼の体は傷はあるものの、回復魔法さえ必要のないものだった。
「うん。深い傷はないから、簡単な消毒だけで大丈夫。でも、いきなり走ったりしたら駄目ですよ!」
「あ、ありがとう…ございます」
グレイは剣と盾の旗を見て、漸く彼らの信じる神がマリスであることを知った。
辺境地帯故に軍人の往来は結構あった。彼らにも人気の高い神。軍神マリスだ。
女神デナの紋章は世界を包み込む母親の両手。メリアル王国兵なら、その二つをセットで持ち歩いている。
「隊長、どうしやす?」
彼らは軍神マリスのアミュレットを持ち、マリスの紋章の旗を掲げている。
ほんの少しの違いだが、一番必要とされるものがないから違和感が強い。
「取り敢えず連れて帰って、話を聞く。この賠償は無効だという証拠になるかもしれないからな。」
「お兄様。生き残っている民が他にもいるかもしれません。神官…見習いですが、このまま放っておくのは、教義に反します。迷える民を見つけなければ…」
「アリア、駄目だと言っている。俺達の仕事は現地視察でしかない。」
【ハバド地区生まれ】
その時、グレイの目に、耳にある存在の救いの手が微かに届いた。
「あの‼その…、俺が上手ってたところに男の子と女の子がいて。もしかしたら生きているかも…」
「お兄様‼確かにこの子とその子はまだ生きています‼」
「駄目だ。片方は片足がない。もう片方は片腕がない。ここままでも死ぬ。こいつ一人で十分だ。それに——」
そこで世界は色を失った。
⚀⚁⚂⚃⚄⚅
突然、目の前に悪魔が現れた。
あの時のように、慌ただしくはないから、悪魔イスルローダの姿を落ち着いて見ることが出来る。
良い出自のお坊ちゃんか、お嬢ちゃん。
服装は男の子だが、可愛らしい顔つきだから、性別は分からない。
悪魔に年齢があるのか分からないけれど、もしかしたら15歳の自分よりも年下の見た目をしている。
その悪魔が口を開く。
「お話し中悪いけど、一先ず君の生存は確定した。これはおめでとうを言いたいね」
「あ…、ありがとう」
「違うよ。ボク自身におめでとうを言ってるの。こんなところで人知れず在り続けるのは、流石に勘弁してほしいからね」
悪戯っぽく笑う。愛らしくも見えるが、グレイ自身の心配は1mmだってしていないのは本当だろう。
「うんうん。いい心がけだね。簡単に信じちゃ駄目だよ。もっと観察をしてもらわないとボクも楽しくないからね」
「分かっているよ。悪魔と取引は…」
「そういうんじゃないんだ。ま、いいけど」
少しだけ不機嫌そうな顔で、悪魔は続ける。
「ここで君の性能を決めるよ」
「性能…って」
「体格は両親を見ちゃってるし、今の見た目もあるから7でいいかな。容姿も7だね。教養も変えようがないから今は5だね。」
「数字?それって…」
「後はやっぱり、これで決めようね。これを転がして‼」
【
右手に6つのサイコロが突然現れて、それぞれ全ての色が違っていた。
それらを一気に地面に放り投げる。すると。
「これらに基本数字の5を足すよ。つまり君のステータスは——」
【2】【3】【4】【1】【5】【2】
「これにさっきのを加えると…、体格7、筋力7、体力8、精神力9、敏捷性6、知性10、魅力7、見た目7、教養5、これが君の性能、つまりステータスさ」
「え…?俺の…ステータス?」
「あの時蹲ってただけだし、敏捷性が低いのは頷けるね。そして以外にも知力は高いんだね。筋力と体力はそのままって気もするけど、案外精神も強い。だから、あの時ボクを怖がらずにあっさり契約した…のかな?」
ここでグレイにとって、当然の疑問が湧いてくる。
「あのさ。このサイコロってイスルローダのサイコロだよね。その出た目って…」
「ボクじゃないよ。ボクは決めていない、っていうか決める権利がないんだ」
「…そういうもの…なんだ。」
「はい。もう時間切れだよ。君はどうにか説得をしたいんだよね。教養の補正は無し、使えるのは知性と魅力のみ。知性が案外高かったから、補正はプラス2くらいかな。それじゃ、行ってみよう。二十面ダイス、18以上だよ」
「ちょっと待…」
【
そして1から20までの数字が刻まれたサイコロが出現する。
こうなってしまったら、もう振るしかない。
言っている意味が全然分からないし、どうやって説得すればいいかも分からない。
だけど、グレイの動揺を他所に、サイコロは転がる。
【16】
「え…?君って、…マジ?ボクが疑われるレベルなんだけど。ピッタリって…」
⚀⚁⚂⚃⚄⚅
ここで世界は色を取り戻した。
考える時間はない。早くしなければ、助けられる命が零れ落ちてしまう。
「ま、待ってください。異国の方にこんなお願いするのは失礼と思います。だけど、俺が助かったのはこの子たちのご両親が覆いかぶさっていたからで…」
「だから、お前の強運は認めている。だが、それとこれとは…」
「お兄様、彼の話をもう少し…」
必死に頭を回転させる。この子たちの悲鳴は聞こえていた。
だけど、自分さえ助かれば良いと、あの時思っていたのは間違いない。
だから…
「俺、まだまだ働けます。なんでもします。この子たちの親にはなれないけど、頑張って働きます。迷惑はかけません‼」
自分だけ生き残るわけにはいかない。そんな使命感があった。
いや、…湧いてきたと言った方がいいかもしれない。
「だから‼そういう問題じゃないんだ。お前の処遇もまだ決まっていない状態で、重体の子供を二人も抱えられるか‼」
「私が、どうにか致します。この方はデナ信仰者ですが、悪い方ではありません。応急処置ですが、今から私が神聖魔法で…」
「それは駄目だ。お前、名前は?」
「グ、グレイです」
「そうか、グレイ。我が国では神官の神聖魔法には金がかかる。それはメリアル王国も同じの筈だが?」
「…はい。でも、今はお金も何も…。だから‼」
【
返事を待たずに魔法を行使する金色の髪の若い神官。
彼女が両手を翳すと、彼女の背後に女神らしきシルエットが浮かび上がる。
そして、腐りかけの足の断面、腫れあがった腕の断面が、水に包まれて綺麗な色に変わっていく。
「一万金貨、テルミルス帝国の金貨で必ずお支払いくださいね。頑張って働いて返してくださいね」
確かにお金はかかる。
それにグレイはここで彼らが何処の国から来た人間かを知った。
考えれば簡単に分かること、チラーズ川の向こうの国の人達。
とは言え、何があったかは全く分からなかったけれど。
「頑張ります。テルミルス帝国の金貨がどれくらいの価値か分からないけど」
「アリア。兄として言わせてもらうと、その金額をこの小僧が返せるとは思えないが…」
「大丈夫です。それも私がどうにかします。ちゃんとあてはありますから。それとグレイ君、それだけじゃ足りませんよ」
「え…。あ、あぁ。そうですよね。有難うございます。この御恩は…必ず…」
ヴェール越しだが、綺麗な顔をしていると分かる。
その綺麗な顔のまま、彼女はコテリと首を傾げた。
そして…
「お礼は結構ですよ。この子たちの生活費も稼いでもらわないといけません。だから、金貨一万枚では全然足りないって言っているんです」
とんでもない話になったと、心の中で頭を抱えたグレイ。
とは言え、今は【
その冷静さが告げていた。
本当なら自暴自棄になってもおかしくない。今の自分に必要なのは生きる為の目的なのだ。
それに、両親や親せきの仇が彼らではないとなんとなく分かった。
そして、どうしてこんなことになったのか、何も分からないのだから今はとにかく生きていたい。
後、付け加えるとするなら、悪魔と契約をしてしまったこと。
障害を持ってしまった子供たちの世話をする程度で、神様が許してくれるとは思えないけれど、それでもズルをして生き残ったには違いない。
「分かってます。これは俺の罪…なんですから」
「罪…、ですか。大変良い意識だと思います。お兄様、彼なら色々と協力をしてくれそうですよ。こんなに若いのに借金生活をしたい。敬虔な信徒になる素質は十分にあります」
同じ神を崇めていた、そう思っていた。
だけど、国によっては考え方も変わるらしい。
この時の俺には、哀れんだ目で見つめる彼女の兄と、ヴェール越しに嬉しそうに笑う神官の意味は分からなかった。
そういえば、サイコロを振らせる悪魔も顔を出さないが…、もしかしたら神官の前だから?神官ならイスルローダをどうにか出来るのか、なんて思っていると噂をすればだった。
神官にボクを突き出す?無理無理、止めた方がいいよ。ボクは君にしか見えないから、君が単に悪魔崇拝で火炙りにされるだけだよ。それに彼らが話している内容は、今の君には分からないこと。ボクはあくまで君の運命の分岐点を分かりやすく提示しているだけだよ。それにしても、…案外面白くなってきたね。君に憑りついて正解だったかもしれない。
「では、その子供たちは私の馬車で預かります。彼は…、ガンズ様!お願いできますか?」
本当に神官にも見えていないらしい。
憑りつくとはそういうモノなのか、それとも違う理由なのか。
やっぱり何も分からない灰色少年だった。
——グレイのステータス——
名前:グレイ 性別:男
職業:昔農民、今は???
レベル:1
体格7 筋力7 体力8 精神力9 敏捷性6
知性10 魅力7 見た目7 教養5
所有個性 ハバド地区の前の農村事情 生き残った罪悪感
所有者:悪魔イスルローダ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます