「あ、これ詰んだわ」乙女ゲームのモブはモブでも、ヒロイン誘拐してヒーローに殺されるモブ転生ってあんまりすぎないか?!

霜月 零

「あ、これ詰んだわ」乙女ゲームのモブはモブでも、ヒロイン誘拐してヒーローに殺されるモブ転生ってあんまりすぎないか?!

「あ、これ詰んだわ」


 前世の記憶が唐突に流れてきて、俺は茫然と呟く。

 

 前世日本人だった俺は、いつもみてたネトゲの配信者が珍しく乙女ゲーの配信をやっていたのを観ていた。

 突っ込みどころ満載の乙女ゲーで、配信者もリスナーもばんばん突っ込み入れてて、それで俺も覚えていたのだ。

 

 動画に流れる突っ込みの嵐、あー、俺も突っ込んだわ。


――これ、モブの癖にイケメンじゃね?

――名前なんだよ、ランレックって。平民の癖に貴族みたいな名前じゃん。

――キャスケット被ってるけど、見えてる髪色金髪で赤目だし貴族の隠し子じゃねーかな。

――他のやつら『破落戸A』とかなのになんでだよw


 そう、その理由はあとでわかることになる。


――は? え、なんでここでランレックがヒーローに追い詰められてんの?

――うっわ、ひでぇ! なぶり殺しじゃん。

――病気が治った妹を娼館にぶち込むって、わざわざ宣言するぅ?!

――鬼畜系ヒーローって煽り文はガチだったw

――あー、なるほど、理解。これはモブAって名前じゃ盛り上がらんから、それなりの名前つけるわな。


 口々にリスナーに突っ込まれている殺されモブ系男子の名前がランレックで、そう、俺の名前なわけだ。

 鬼畜系ヒーローである氷の侯爵様ことヴァンデロン・ハーミッシェル侯爵に殺される役。

 

 殺される数か月前にヒロインであるユーナが攫われる。

 その時、ユーナは誘拐犯共に穢され、純潔を失うのだ。

 それでも、幼馴染のユーナを愛し続けるとヴァンデロンが抱きしめるシーンは、男の目から見ても格好良かった。


 そして、本来なら誘拐犯の一味であるランレックも殺されるべきだったんだが、ユーナが待ったをかけるのだ。


『その人は、わたしを助けようとしてくれたの! でも、逆に、返り討ちにあってしまって……』


 そう、誘拐犯の一味と思われたランレックは、ただ割のいい仕事に食いついてしまった貧乏人で、まさか誘拐の手助けとも思わず、さらに目の前で妹と似た歳のユーナが襲われるなんて耐えられなくて、止めようとする。

 けれど誘拐犯たちにボコられて意識を失い――気が付いた時にはユーナは穢され、遅い登場の侯爵様が破落戸を殲滅して救い出すわけだ。


 ユーナの説得で一命をとりとめたランレックには、病気の妹がいる。

 セラだ。

 彼女を助けるために大金がもらえる仕事に飛びついてしまったのだ。

 この仕事は半額前払いだった為、セラはなんとか生き延びた。

 そして数か月後。

 治療に足りない分を稼ぎ切って、セラの病気が完治した時。

 ヴァンデロンが現れ、ランレックは殺される。


『許されると思ったか? いいや、ありえないだろう! 

 ユーナの苦しみをその身で味わうがいい。

 お前なら、見張り役のお前だったら、彼女を逃がせたはずなんだ……っ』


『安心しろ、お前の妹はすでに高級娼館に売り払った。

 どんなに稼いでも決して出ることができないように、俺がきっちりとオーナーと話しを付けてある。

 あぁ、病気のままだったらすぐに死ねたのになぁ?』


 切り刻まれて息も絶え絶えなランレックに高笑いするヒーローの姿は、まさに鬼畜だった。


 でだ。

 なんでこんな事を思い出したかというと。


「あの……ここは、いったい……?」


 サラサラのプラチナブロンドに、ぱっちりとした藍色の大きな瞳を不安げに揺らすユーナが目の前にいるからだ。

 そう、誘拐されて。


「これ、詰んでね?!」


 俺はもう一回呟く。

 なんで思い出すのがいまなんだよ。

 やらかした後じゃん!

 妹助けてもその後の人生は高級娼館で一生慰み者として地獄をみせるとか。

 いやもう意味わからん。

 前世の配信者もこのイベントには割とマジで切れてた。


――いやこれ、クソゲーじゃね? 乙女ゲーってこんなんなの?

――いやいやいやいや、このゲームがやばいだけっすね。

――全年齢なのになんでヒロイン襲われてるかわけわからん。普通はぎりぎりで助かるだろ。

――イケメンモブの妹とばっちりじゃん!


 などなど。

 頭の中には当時の配信画面と突っ込みの荒らしがこれでもかというほど流れていく。


「あの、わたくし、ユーナ・フォルシュナーと申します。侍女とはぐれてしまって……」


 あ、いけね。

 あまりの衝撃に前世に意識飛びすぎてたわ。

 ヒロインがもう、泣きそうな目で俺を見上げてる。


 いや、ぶっちゃけ俺も泣きそう。

 なんでもっと早く思い出せなかった?!

 知ってたら絶対こんな仕事受けなかったよ!

 

「あの……よかったら、これを……」


 スッと差し出された真っ白なハンカチに戸惑う。


「えっと、なんで? あ、俺、泣いてるぅ?!」


 泣きそうと言うか、泣いていたらしい。

 差し出されたハンカチを使うのがなんだか申し訳ないけれど、受け取っておく。

 涙は手の甲でゴシゴシ拭った。


 いい子、流石ヒロイン、めっちゃいい子!

 俺のお世辞にも綺麗とは言い難い身なりから、どう見ても貧民なのわかり切っているのに、この対応。

 ふつー、貴族は俺なんか見たら舌打ちするぞ?

 泣いてんの見られたら、面白がって鞭で打たれるぞ?

 なのに、こんな明らかに高級品なシルクのハンカチ差し出しちゃうとかさぁ!


 あーもう、これどうすりゃいいんだ?

 ここで俺も他のやつらと一緒にぶっ殺されれば妹だけは助かるか?

 でも俺が死んだらどのみちセラも助からないんだよ。

 前金だけは既にセラの手元に置いてあるけれど、それだけじゃ治療費が足りないから。

 

 それに、いまは席を外している実行犯のやつらもそろそろ戻ってくる。

 そうすりゃ、このめっちゃいい子のユーナはずたぼろにされるわけで……。


 ちらりと、ユーナをみる。

 貴族のお嬢様らしく、レースがふんだんに使われた真っ白いワンピースは雪のように白い肌色によく似あっている。

 白なんて汚れが目立ってしょうがないけれど、この後のシーンの為にあえてそうしたんじゃないかと思う。さすがにいたしているシーンはカットされてたけれど、破れたワンピースとあちらこちらに暴行のあとを感じさせる痛々しい一枚絵はあるのだ。


 いや、無理。

 そんな目に合わせるとかマジで無理。

 だとすると、後はもう答えは一つしかない。


「あのさ。唐突だけど……一緒に逃げねーか?」


 俺は手を差し出す。

 どう見ても俺は誘拐犯の仲間で、ユーナに手を取ってもらえる立場じゃないんだけどさ。

 このままここに置いておいたら、悲劇待ったなしなんだよ。

 ほんとにもう、何考えてこのゲーム作ったんだ運営さん!


「……逃がしてくださるのですか?」

「約束はできねーけど。命懸けで守るよ。あんたを家まで送り届けさせてくれ」


 恐る恐るこくりと頷いて、ユーナが俺の手を取った。

 小刻みに震えているのがわかって、俺は絶対守るぞと心の中で誓う。


 きっと、ユーナを助けても冷酷侯爵様たるヴァンデロン・ハーミッシェル侯爵は報復に来るだろう。

 けれど俺には前世の知識がある。

 それと――チート。


「あっ、見張りが……どうしましょう」


 部屋の前には当然のごとく見張りが立っている。

 俺はゴクリ喉を鳴らす。


「……【深く眠れ】」


 力ある言葉をドア越しに見張りに向かって呟く。

 瞬間、糸の切れた操り人形のように、見張りはくたっとその場で力尽きた。

 そっとドアを開けて、様子を見る。

 大丈夫、完璧に寝入っている。

 ほっと胸をなでおろす。

  

 昔から、なんでか俺は相手を眠らせる魔法が使えたのだ。

 どんなにギャン泣きしている赤ん坊でも、俺が強く【眠れ】と呟けばすやすや寝てしまう。

 この世界には魔法があるし、俺の使える魔法といったら眠らせることだけだったからさして気にも留めていなかったけれど、平民なのに使えたのはたぶん転生あるあるのチートだろう。

 

 できればトラブル回避能力なんかのもっと使えるチートが欲しかったけれど、やむなし。

 ないものねだりするよりも、いまある能力を最大限使って、この死亡フラグに立ち向かって見せる。


 ユーナの手を握り、俺は正面の出口ではなく裏口に回る。

 確かこっちにいる見張りがとあるアイテムを持っていたはず。


――うっわ、冷血侯爵情け容赦ねぇ。全員切り刻んでるじゃん。

――あ、なんか破落戸光ってね?

――へー、切り捨てたモブが誘拐犯の手掛かり持ってんのか。


 前世の配信の記憶では、裏手の出口辺りに倒れていた破落戸が手紙を持っている。

 いまはまだ倒れずに元気に見張りをしているはずだけれど……いた。


 ぼさぼさの茶髪に使い古しの色褪せたバンダナを巻いて、俺と似たり寄ったりのコートにシャツとズボン姿。

 間違いない。


「お? なんだよ、お前その女……」

「悪いな、【眠ってくれ】」


 俺達に気づいて話しかけてきた男を、さくっと眠らせる。

 大いびきをかいて眠る男のズボンを漁ると、あった。

 色鮮やかな赤い蝋印が押された手紙をとり、さっと内容に目を通す。


 ……あー、やっぱり、セーペレナ伯爵令嬢かぁ。

 

 前世の配信情報通りである。

 俺はこれをそのまま自分のポケットにしまう。

 これでもうここには用はない。

 実行犯たちが帰ってくる前に逃げないと――――。


「おう、あの女はまだ寝てるかぁ?!」


 びくりとユーナの肩が跳ねる。

 実行犯達が戻ってきた。


 俺はユーナの手を握りなおして、裏口から路地裏にでる。

 その際、眠らせた見張りの男をずるずる引っ張ってドアに寄りかからせる。

 何もないより邪魔くさくて出るのに時間がかかればいい。


「これ被って。あと、これも着て」


 ユーナに俺が着ていたぼろぼろのコートを着てもらい、被っていたキャスケット帽を被せる。

 俺の金髪も平民の中じゃ目立つ方だけれど、ユーナの手入れの行き届いたプラチナブロンドはその比じゃない。少しでも隠せればと思う。


「汚い服着せてごめん」

「とんでもないです! むしろ、こんな寒いのにわたしなんかに上着を貸してくださって、ありがとうございます……」

 

 うるんだ瞳で見つめられると、どきどきする。

 駄目だ駄目だ、邪な考えは捨てろ俺。

 

「急ごう。大通りを目指すよ」


 彼女の家は知らないけれど、大通りに出て辻馬車を拾えればなんとかなる。

 ユーナはフォルシュナー子爵令嬢だ。

 辻馬車ならフォルシュナー子爵家はわかるだろう。


 大通りに出さえすれば人目も多いから、誘拐犯たちもおいそれと手が出せなくなる。

 迷路のようにごちゃごちゃと入り組んだ城下町の貧民地区だけれど、ここに物心ついたころから紛れ込んでる俺にとっては迷う事なんかない。

 ないんだけど……。


「見つけたっ! てめぇ、その女をどこに連れて行こうってんだ!」


 路地裏に実行犯の怒声が響き渡る。


「だよね、俺にわかるんだからあいつらにもわかるってもんだよ。走るぞ!」


 前半はぼやき、後半はユーナに向かって言う。

 大通りだ。

 とにかく大通りへ。

 近道は――


「こっちに来たぞ!」

「やっべ!」


 回り込まれた。

 俺だけだったら空き家の窓に足ひっかけて屋根の上にでも登って回避するけれど、ユーナを連れてだと近道を使うのは無理だ。

 近道を諦めて、別の路地裏に飛び込む。

 

「あ、あのっ、わたし……っ」


 一緒に走り続けていたユーナが、息も絶え絶えに座り込んだ。


「どうした?!」

「息が、苦しくて……」


 しくじった。

 生粋のお嬢様であるユーナにこんな全力疾走は無理だった。

 

「ちょっとごめんね」


 抱きかかえて、空き家に忍び込む。

 

「っ!」


 痛そうにユーナが顔をしかめて気が付いた。

 これ、足も怪我してないか?

 そっと床に下ろし、断りを入れてから靴を脱がせる。


「うわ……ごめんっ」


 ユーナの踵が酷い靴擦れを起こしている。

 治癒魔法なんて使えない俺は、さっきもらったハンカチを二つに裂いて、ユーナの踵に巻き付ける。 

 

「こんなになるまで気づかなくて、ほんとごめん」

「大丈夫ですよ。そんなに、痛くない、から……」


 無理に微笑もうとしてできなかったユーナに、申し訳なさでいっぱいになる。

 いや俺ほんと、何やってんの?

 転生者だろ?

 眠らせるしかできなくてもチート能力あるんだから、いたいげなヒロインぐらい守り切ってみせろっての!


 空き家の周囲にバタバタと人が集まってくる気配を感じる。

 見つかったよな、これ。


 動けないユーナを背に庇い、俺は立ち上がる。

 

「よぉ、ずいぶん手間かけさせてくれるじゃねーか。どんな手を使って抜け出したかしらね―が、なぁに、そっちの女を渡してくれれば悪いようにはしねぇよ。俺達ぁ仲間だろう?」

「へぇ? 事が済んだら処分するつもりだったくせに?」

「なっ」


 図星か。

 実行犯が明らかに狼狽えて数歩後ずさる。

 

 そうだよなー。

 普通に考えて、俺は処分対象だよな。

 だって犯人たちの顔がっつりみてるし。

 鬼畜ヒーローが破落戸殲滅していなかったら、普通に俺が死体で路地裏に転がってたんだろうな。


 ユーナが震える足で立ち上がる。

 なにをしようとしているかわかったから、俺はそれを片手で制した。


「わ、わたしが、行けばいいのなら……っ」

「聞いただろ? 俺は処分対象だから無意味だよ」

「で、でも! わたしを助けようとしてくださったからっ」


 健気か!

 必死で俺を守ろうとするユーナ可愛すぎだろ。

 

 ……もうこれ、出し惜しみできないよな?

 健気ヒロインに守られたままじゃ、男が廃るっての。

  

「お前には全部罪をかぶってもらうつもりだったんだが、仕方ねぇ。ここで仕留めてやるぜ!」

 

 実行犯がナイフを振りかざし、俺に飛びかかってくる。

 ぐっと、腹に力を入れる。


「俺達に害意あるものすべて【眠れ!】」


 俺の声が高らかに響き渡る。

 瞬間、目の前の実行犯はもちろんのこと、家の周囲を取り囲んでいたやつらもすべて倒れる音が響いた。


「邪魔者はいなくなったから、いこうか」


 めっちゃいい笑顔で俺はユーナを抱き上げる。


「わっ、あの、歩けますっ」

「駄目だよ、その足で無理しようとしないで。このままいくよ」

「あ、あううっ……っ」


 顔を真っ赤にして俯くユーナに微笑んで、俺は大通りに向かう。

 冷酷侯爵様たるヴァンデロン・ハーミッシェル侯爵にも、俺の声は聞こえただろう。

 ユーナを探し回っているはずの彼に、俺はすぐ捕まるはずだ。

 できればユーナを家に送り届けて、手に入れた証拠を元に命乞いがしたかったけれど仕方ない。


 せめて俺が殺されるところを見せなくて済むように、ユーナを辻馬車に急ぎ乗せる。


「あのっ、お名前を……っ」

「元気でね」


 聞かれたことに答えずに、俺は笑って馬車のドアを閉める。

 これから殺されるやつの名前なんて知っても、ユーナの心に傷が残るだけだろうから。


 見計らったように、ブーツの足音が近づいてくる。

 ヴァンデロン・ハーミッシェル侯爵だ。


 俺達に害意あるものすべてに眠るように力ある言葉を紡いだけれど、ヴァンデロン侯爵には効かなかったようだ。

 まぁ、そうだよな。

 派手に殺されるだけのモブに、ヒーローが負けるわけないっての。


 鬼畜冷徹侯爵は、漆黒の髪に氷のように鋭い水色の瞳に怒りを湛え、俺の前に立つ。

 

 俺は、死を覚悟した。



◇◇◇◇◇◇


「いや、なんで俺、こんな格好でこんなところにいるんですかね?!」


 ユーナ誘拐事件から数か月後。

 俺は生まれてこの方一度も着たことがないような上等なスーツを着せられて、自室で頭を抱えた。

 同じ屋敷には妹のセラもいて、伯爵令嬢として大事にされている。


 ユーナを誘拐したあの日。

 俺の声に眠らなかったヴァンデロン・ハーミッシェル侯爵は、俺を一目見るなりこういったのだ。


『お前は、ザットルード伯爵家のものか?』


 その昔。

 俺とセラは伯爵家から姿を消したメイドの子だったらしい。

 メイドは伯爵のお手つきで、亡くなった俺達の母である。

 つまり俺達はザットルード伯爵家の庶子、ということになる。

 

 いや、まさかね?

 転生チートだと思っていた眠らせる魔法が、ザットルード伯爵家独自の魔法だなんて思わないじゃん?

 前世の知識はあるけれど、この世界での知識は貧民レベルなんだし。

 

 まぁでも、納得できることではある。

 平民で文字をかけるやつって珍しいんだよね。

 ましてや俺達はまともに学校も行っていなかった。

 けれど母さんが教えてくれたから、俺も妹も読み書きができていた。

 物心ついた時からそうだったから、特に疑問を感じたことがなかったけれど、母さんが伯爵家のメイドだったからこそなわけで。


『――キャスケット被ってるけど、見えてる髪色金髪で赤目だし貴族の隠し子じゃねーかな』


 前世の誰かが配信のコメントで言っていた『貴族の隠し子』フラグが、まさかほんとに存在するとは思わなかった。

 俺のランレックって名前もそうだけれど、セラもほんとはセラフィーナって名前だからね。

 平民で考えたらおかしいって。

 

 俺の広範囲の眠りの魔法を感じ取った鬼畜冷酷ヴァンデロン侯爵は、すぐにその事に気づいたらしい。

 あ、探していたユーナには、当然辻馬車の周囲にヴァンデロン侯爵の部下たちが護衛に入っていたそうな。

 

 そしていま、ザットルード伯爵家に迎え入れられて即席伯爵子息になってしまった俺は、人生最大のピンチに瀕している。

  

 客間に通されると、いつも通り愛らしい微笑みを浮かべたユーナがソファーに腰かけ待っていてくれた。


「その、俺に、話があるって聞いたけど」

「はい……」


 言うなよ、言うなよ。

 俺は、心の中でそんな事を思う。

 ほんのりと顔を赤らめた彼女は、きっと俺に死刑宣告を持ってくる。


「わたしと、婚約してくださいませんか……? 助けて頂いたあの日から、わたしは、ずっと、貴方のことが忘れられないのです……」


 あぁ、やぁっぱりーーーーーーーーー!

 鬼畜侯爵は?

 俺、殺されるよね!

 だけど……。


 俺が死ななかった時点できっともう、原作から大きく離れてる。

 このまま、幸せになれたりしないだろうか。

 流石に伯爵子息を殺さないよね。

 セラも、伯爵令嬢になったから、そうそう娼館になんて落とされないよね?


「俺も。あの日からずっと君のことが忘れられなかった。好きだよ、ユーナ」


 言った瞬間、歓喜に目を見開き口元に手を当てるユーナ。

 あぁ、可愛い。

 ほんとは一目惚れだったんだ。

 

 真っ赤になるのが可愛くて、そっと、ユーナを抱きしめる。

 


 ――数日後。

 俺達の婚約を知った鬼畜侯爵が伯爵家に乗り込んできて、たまたま庭先に出ていたセラに一目ぼれ。

 毎日セラに薔薇の花束を届けに伯爵家を訪れ、鬼畜侯爵から薔薇侯爵と呼ばれるようになった。

 あ、でも、ユーナの誘拐を指示したセーペレナ伯爵令嬢は、家ごとなくなってたから、鬼畜な所もちゃんと残ってはいるらしい。


 もしこれが配信されているなら、きっとコメント欄はこんな言葉で溢れているだろう。


――無駄にイケメンのモブルートはいったー!

――隠しキャラってやつか。

――殺されなくてよかったじゃん。唯一侯爵がまともなルートだな。

 

 原作、いったいどこ行ったよ?

 そう心の底から突っ込みたくなるけれど、死亡フラグが目の前にあるよりずっといい。


 俺は、幸せをかみしめるのだった。

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「あ、これ詰んだわ」乙女ゲームのモブはモブでも、ヒロイン誘拐してヒーローに殺されるモブ転生ってあんまりすぎないか?! 霜月 零 @shimoduki

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