後編
それから数分後、俺は美聡ちゃんの案内で部室らしき場所にお邪魔していた。
整理整頓が徹底しているものの汗臭い男子バスケ部とは違い、汗の臭いは感じられない。それどころか、柑橘系の匂いすら漂っている。
「整っているじゃないか」
「そうでしょ? 部活が終わった後皆で掃除していますから、キレイですよ」
女子ばかりとはいえ、掃除が行き届いているなんて。どおりで塵ひとつ見当たらないわけだ。
それに、壁のポスターの写真を飾っている女子が華やかそうな衣装を着ている。
「ここって、チアリーディング部の部室か?」
俺の問いかけに、美聡ちゃんは無言で頷いた。
そういや、夏休みが終わるか終わらないかの時期に24時間ぶっ通しで放送するチャリティー番組がやっていて、そこにうちの学校の生徒が出てきていたなぁ。
「私を含め、先輩達もテレビに出ましたよ。見ましたか?」
「もちろんさ」
「良かったぁ! じゃあ……、ちょっとだけ後ろを向いてもらえますか?」
……なんだろう、制服を脱ぐ音が聞こえるな……。一体何をするつもりなんだろうか。
服を脱いでいるってことは、まさかここで「抱いてください」とでも言うのだろうか。学校で不純異性交遊なんてしてみろ、一発で俺たちは退学になるぞ。
と思ったら、いつの間にか服と肌が擦れる音に変わっている。気のせいかもしれないけど、美聡ちゃんの甘い吐息も時折こちらまで聞こえてくる。
それに何かを手に取るような音が聞こえるけど、気のせいだろうか?
「お待たせしました。こっち向いていいですよ」
もういいのか。いいんだな。
俺は勇気を振り絞って、後ろを振り向いた。そこには……。
「じゃーん! チアリーダーのユニフォームです! どうですか? 似合ってます?」
青色をモチーフにした大きなリボンで髪を留め、上は白と青基調で胸元に青と白のストライプ模様を交えつつもリボンがアクセントになっている丈の短いVネックのシャツ。
Vネックの先には結び目が見られ、その隙間からは白のストライプがアクセントとなっている黒のスポーツブラが見え隠れする。
箱ヒダが白で、青を基調として丈の当たりにある二本の白のストライプがアクセントとなっているスカートは丈が短く、ちょっとでも動けばスカートの中が見えそうだ。
左足には青のストライプが見えるレッグバンドを、両手には青地に白のストライプがあるアームリスト。
そして、首元にはアクセントとなる青のネックバンド。
手には青と白のツートーンのポンポンを持っていて、時折カサカサと響かせている。
スタイルの良さから可愛らしさよりも色っぽさを感じるけど、どう見ても……。
「すごく可愛いじゃないか」
それしか言葉にならない。ていうか、それしか言いようがない。
まずいな。あまりの可愛さと色っぽさに言葉を失ってしまうじゃないか。
「あぅ……、桜井先輩はすぐ可愛いとか言う……。嬉しいですけど、それ以上に恥ずかしいですって……。いや、まぁ確かに大会や応援の時はこの格好しますけど……。桜井先輩相手だと、その……、より意識しちゃうと言うか……」
ポンポンで隠した美聡ちゃんの顔を見ると、火が出そうなくらいに真っ赤になっていた。しかも、話していくにつれ、次第に美聡ちゃんの声は小さく、か細くなった。
ひょっとして、まずいことを言ったかな。
「な、何でもないです! とにかく! 元気のない桜井先輩を励ますために、今だけ特別に桜井先輩の専属チアリーダーになってあげますから……! い、いきますよ……っ!」
と思ったら、不機嫌で照れくさそうな表情のまま腰に手を当てた。
専属チアリーダーって……と思ったけど、ここは美聡ちゃんの好意に甘えよう。
「フレー、フレー、せ〜ん〜ぱいっ。頑張れ、頑張れ、せ〜ん〜ぱいっ……。うぅ~……、思った以上に恥ずかしいですね、これ……」
美聡ちゃんは俺に聞こえるかわからないボリュームで俺に向かってエールを送ったと思ったら、顔を真っ赤にして床に座り込んでしまった。
恥ずかしいって、何言っているんだ。そもそも、専属チアリーダーになってあげると言ったのは美聡ちゃんじゃないか。
「今更何を言うんだよ。それに、そんなんでよくチア部に入れたな」
俺がちょっと拗ねた顔で美聡ちゃんを見ると、美聡ちゃんは頬を膨らませながら俺のところをじろっと見た。
「わ、わかってますよ! 私が言い出したことくらい! それに、私だってチア部に入ったのは……、今度こそちゃんとやりますから……」
美聡ちゃんは立ち上がると、さっきと同じポーズを取り、すうっと息を少し吸ってから右手を高く掲げて……。
「フレー! フレー! せ〜ん〜ぱいっ! フレッ、フレッ、先輩っ! フレッ、フレッ、先輩っ! ……これならどうですか?」
少し大きめの声でエールを送りながら、両手を高く掲げたり、両脚を180度開脚して見せた。
なんだろう、ここまで心が熱くなるのは。美聡ちゃんのエールが効いているのか?
自然に俺も笑みがこぼれるよ。
「くすっ、桜井先輩嬉しそうですね」
「うん。君のダンスのお陰だよ」
「ありがとうございます! 練習していた甲斐がありました!」
胸が揺れたり、スカートのから見えるパンティみたいなものが気になるけど……。
「それで……、大丈夫なのか?」
「えっ? 何がですか?」
「その、パンティみたいなものを見せて……」
美聡ちゃんはポンポンをベンチに置くと、スカートを摘み上げてからパンティみたいなものを俺に見せつけた。
少し見た感じでは、スポーツブラと同じ柄に見えるけど……。
「クスッ、大丈夫ですよ。これはアンダースコートといって、見せてもいいパンツですから」
なるほど、そういうことか。さらにその下はどうなっているのかな……。
……イカン、イカン! 何考えているんだ、俺は! これだと単なるスケベオヤジじゃないか!
「もっと見たいですか?」
「いや、いい。そこまでされると、股間が……」
これ以上見てしまったら、俺の理性が保たない!
俺は一瞬だけ顔を背けると、また美聡ちゃんのほうを向いた。
「ここまで本気を出してくれるなら勇気が湧いてくるよ。もうちょっと頑張ってみない? チア部の部員なんだから」
「もちろんです! もっと応援しちゃいますね!」
美聡ちゃんはベンチにあったポンポンを手に取り、さっきと同じ構えを取った。
「行きますよ! 先輩、ちゃんと見ていてくださいね!」
「もちろんだよ」
美聡ちゃんは俺がゴーサインを出すと、すぅっと息を吸ってから……。
「……頑張れ、頑張れ、せ〜ん〜ぱいっ! ファイトー、ファイトー、せ〜ん〜ぱいっ!」
先ほどよりも声を高く上げ、さらに全身を使って踊りだした。
更衣室ということもあってあまりもの高さに飛び上がる動きはしないものの、躍動感があってこれはこれでいい。
「フレッ、フレッ、せんぱいっ! 頑張れ、頑張れ、せんぱいっ! Yeah!」
最後は左手を高く掲げて右足で四の字を作ってダンスを終わらせてくれた。
「はぁ、はぁ……、先輩、どうでしたか」
差し込んでくる午後の陽射しが美聡ちゃんの身体を照らす。美聡ちゃんの吐く息は荒く、額には汗がにじみ出ていた。
最初は恥ずかしさのあまりぎこちない動きをしていたのが、いつの間にか滑らかな動きをしていた。
チアリーディングやチアダンスに関しては全く知識がない自分でも、見ているだけで元気が出そうだ。
「ありがとう。元気が出たよ」
俺は美聡ちゃんに向かって拍手をした。
美聡ちゃん、本当に頑張っているんだな。
「ふふっ、よかった。少し笑ってくれましたね。やっぱり桜井先輩には、いつも明るく笑顔でいてほしいですから。少しでもお役に立てて嬉しいです」
美聡ちゃんにそう言われると、俺も悪い気がしない。美聡ちゃんの話を聞いて、引退した前の部長にいつも言われていたことを思い出したよ。
昨日の嫌なことが、美聡ちゃんのお陰で吹っ飛んでくれた。
「ありがとう。これからも俺のことを応援してくると嬉しいよ」
俺は照れ臭そうにそう答えると、美聡ちゃんは耳を傾けて「えっ、今なんて仰いました?」と聞き返した。
「これからも俺のことを応援してくれないかな……って。チアリーディング部にいる以上は、ね」
「それはつまり、私を独り占めしたいってことですよね?」
「もちろんさ」
チア部に居る以上は皆のことを応援しなきゃならないけど、美聡ちゃんは誰にも渡したくない。
人気が高いのは百も承知だ。イベントで引っ張りだこと聞く以上は、尚更だ。
「えへへ、やっと言ってくれた……。あの、もう一度言ってもらえませんか?」
「俺のことをずっと見ていてほしいな。チアリーダーである以上は公平にみんなを応援しなきゃだけど、俺のことは特に……ね」
そう答えると、美聡ちゃんの顔はあっという間に真っ赤になり、ポンポンで慌てて顔を隠した。
「どうしよう……、夢を見てるみたい……。ずっと私の片想いだと思ってたから……」
「片思いってことは、いつから俺のことを好きになったんだ?」
「部活見学の時ですね。先輩達がスリーオンスリーをやっていたのを覚えていますか?」
「ああ、覚えているさ」
あの頃は、引退を控えて必死になって練習していた三年生相手に負けてたまるかと頑張っていた時期だった。
受け取ったボールを赤坂にパスしてゴールをアシストするのに必死だったなぁ。
「あの時の先輩、かっこよかったですよ。それで先輩を応援したいと思って、チアを始めたんです。最初は苦労しましたけど、皆さんのおかげで今ではダンスは一通りできるし、スタンツもベースを任せてもらえるようになりました」
校門の前で走ってきた時と、着替えの前に少しだけ見た美聡ちゃんの手はちょっぴり赤かった。
美聡ちゃん、見た目だけじゃなくて努力を重ねているんだな……。
「ちょっと手が充血するようになったり、筋肉もついちゃいましたけど、お腹周りはキレイになりましたよ。それに……」
「美聡ちゃん……」
唐突に美聡ちゃんの話を遮ると、美聡ちゃんは「はい、なんでしょうか?」と俺の顔をまじまじと見つめた。
もう、我慢できない。
「大好きだよ、美聡ちゃん」
俺は美聡ちゃんに自分の思いを伝えた。
もう、それしか言いようがない。
「はい、私も桜井先輩が大好きです。『今だけ』ではなく、『ずっと』専属のチアリーダーになりますね」
チアリーダーは男女問わず頑張っている人全員を応援するのが普通だから専属は困るけど、美聡ちゃんがそこまで言うんだったら仕方ないな。
そして美聡ちゃんはというと……。
「大好き、大好き、せ〜ん〜ぱいっ! 大好き、大好き、せ〜ん〜ぱいっ!」
喜びを隠しきれず、さっき声援を送った時と同じ踊りを見せた。
またスカートの中が見えるじゃないか。目のやり場に困るぞ、これは。
一通りダンスが終わると、「……せんぱ〜い、だいすき〜っ」と美聡ちゃんが俺に抱きついてきた。
柔らかい胸が俺の胸元に当たり、汗とシトラスのデオドラントの匂いが鼻腔をくすぐる。
どうしよう、このままだと間違いなく美聡ちゃんを押し倒しそうだ。
「桜井先輩、私のことを強く抱きしめてください」
美聡ちゃんの香りが、甘いささやきが……。ええい、ままよ!
俺は力強く、美聡ちゃんの身体を抱きしめた。
「ふふっ……、桜井先輩、大好きです。困ったときはいつでも、応援してあげますからね」
「ありがとう、美聡ちゃん」
日が暮れ行く中、俺は美聡ちゃんのことを抱きしめた。
もう彼女を放さない、その一心で。
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