チアリーダー姿の後輩に励まされたら

上谷レイジ

前編

「はぁ……、今日は何をやっても上手くいかなかったな……」


 昇降口で、俺は独り言を呟いた。

 昨日から勉強に力が入らず、肝心の部活でもスリーメン中にパス周りやレイアップシュートが上手く決まらなかった。しかも、ディフェンスをかいくぐろうとしたらあと少しで転びそうになった。


 シュートが決まらないのはともかくとして、転んで怪我したらシャレにならない。

 休憩に入ったところで顧問の安藤先生に相談したら、今日は大事を取って休んだほうがいいとアドバイスしてくれた。生徒思いで助かったよ。

 ただ、昨日のことを思い出すとへこんでしまうんだよな……。


「どうして村上さんが板橋なんかと付き合っているんだよ……!」


 そう、俺は昨日の帰り道に同じクラスの村上さん――フルネームは村上むらかみ歌穂かほ――と隣のクラスの板橋いたばし尚登なおとが並んで歩いていたところを見てしまったのだ。

 村上さんは胸元まである髪をふわっとした感じで三つ編みにしているが、顔はどことなく清楚な美少女そのものだった。

 俺と彼女は図書室で出会い、それから何度も言葉を交わした。俺は知らぬ間に村上さんのことを好きになっていた。


 それなのに、村上さんと板橋が並んで歩いている所を見た瞬間、彼女は俺よりもカッコいい板橋と付き合っていたなんて――! と板橋を憎らしく思った。

 よく考えてみたら、板橋はサッカー部でミッドフィルダーとして活躍している上に悪い噂を聞かない。そう考えれば、二人はお似合いのカップルなのかなぁ。


「俺なんて図体がでかくて、やや厳つい感じがするからなぁ……」


 俺は今の男子バスケ部部長にも似て身長は180センチオーバーで、丸刈りの上に不良のような厳つい目つきをしている。

 スポーツしか目がいかないと思われるのが嫌で練習の合間を縫って勉強をしたり、読書をしている。そのおかげで学業成績は中の上をキープしていて、読書を通じてクラスでも友人が居る。


 しかし恋愛はというと……、まるっきりダメだ。

 中学、高校と三度片思いをしたけれど、告白するどころかそれ以前にフラれてしまう。しかも、相手はどいつもこいつもイケメンばかりだ。


「はぁ……。やっぱり俺にはバスケと勉強しかねぇのか……」


 俺は柄にも似合わないため息をつきながら、昇降口に向かっていった。

 通学用の靴に履き替えると、俺は校舎を後にした。あとはバスに乗って、地下鉄に揺られて家に帰るだけだ。


「あ~あ、俺を慰めてくれる子が居ればなぁ……」


 またため息をつきながらとぼとぼと肩を落としながら校門に向かって歩いていると、後ろから「先輩!」と甘くふんわりとした声が聞こえてきた。

 誰だろう、声の主は? 俺はすぐさま後ろを振り向いた。


「桜井先輩、待ってください!」


 視線の先には、腰までありそうなライトブラウンのポニーテールと胸を揺らしつつ走ってくる女子生徒が居た。

 背丈はクラスの女子に比べると割と高く、170センチメートルくらいはありそうだ。

 身長が高く、体つきはスポーツをやっているせいもあって引き締まっていて、胸も見た感じではFからGはありそうだ。


「はぁ……、はぁ……。よかった……、まだ帰ってなくて……」


 後輩女子は俺に追いつくと、大きな胸を上下に揺すりながら肩で呼吸をして前屈みになった。

 息を整えると、彼女は俺の顔をじっと見つめた。


 細く整った眉毛に、長く整った睫毛。成熟した身体の割には丸くて可愛らしく、優しい瞳。そして、これまた成熟した身体には不相応なピンク色の唇。高身長でありながら可愛らしい顔をしているのって意外だな。


 ……いかん、いかん! 見とれている場合じゃない!

 まずは彼女がどうして俺を追いかけてきたのか聞かないと!


「どうして俺を追いかけてきたんだ?」

「桜井先輩、ちょっと気になったことがありまして……」

「なんだ?」

「いつもスリーメンをしていた時にはテキパキ動いていたのに、今日はずっと様子がおかしかったじゃないですか! パスをミスって相手サイドに渡したり、あと一歩で転びそうになったり……」


 彼女は急に真面目な顔をして、今日の俺の様子をそのまま俺に言い聞かせた。ここまでつぶさに見ているのであれば、何も言えないや。

 いつもって話すくらいだから、まさか体育館で活動をしている部活に入っているのだろうか。もしくはチアリーディングチームに居るか、だな。


「そこまで詳しく知っているってことは、チア部に居るのか?」


 すると彼女は顔を真っ赤にして、「そ、そうなんです! 私、チアをやっていまして、それで……」と答えた。それから通学用のカバンを両手で握りしめて、うつむき加減で俺から視線を遠ざけた。

 それならば納得だけど、残念なことに名前を知らないんだよな……。


「君の名前は?」

「申し遅れました。私、一年の高橋です。高橋たかはし美聡みさと。チアリーディング部所属です!」


 ミサト、か……。彼女らしい名前だな。

 美聡ちゃんはポニーテールと大きい胸を揺らしながら俺に向かって軽くお辞儀するや否や、パーソナルスペースぎりぎりのところまで詰め寄った。


 俺の目の前には美聡ちゃんの顔しか見えない。だけど、美聡ちゃんの大きな胸が俺の胸元あたりに当たっている。


「バスケが取り柄と聞いている桜井先輩が練習でミスするなんて、何があったんですか? さあ、早く白状してください!」


 美聡ちゃんの身体からは、シトラス系の芳香剤の香りが鼻腔をくすぐる。

 胸元の当たりにある謎の重力……というか、美聡ちゃんの胸の柔らかさに自分の理性が奪われそうだ。だけど美聡ちゃんの表情はそういうのを求めていない……、よな。


「……だから何にもないって」


 俺は視線を反らして、そう答えた。


「むぅ、嘘ついていますね。いくら私でも、桜井先輩に何があったか分かりますって!」

「何にもないって言ってるだろ。だから帰してくれよ」


 秋分が過ぎて日が短くなっているけど、まだまだ練習している運動部もあるだろう。だけど、今日は部長と顧問の好意に甘んじて早く帰って休みたい。

 しかし、俺の気持ちを知ってか知らずか、美聡ちゃんは強張った表情で俺を見つめて通せんぼをした。


「桜井先輩が素直になるまで逃がしません! 早く吐いて楽になりましょうよ」

「楽になれって言われても悩んでいることが、ねぇ。だから……」


 俺はそう答えて通ろうとすると、急に美聡ちゃんの表情が曇った。


「先輩……、たまには私も桜井先輩の役に立ちたいんです……。先輩、いいでしょ……」


 そこまで俺のことを考えてくれているんだな。美聡ちゃんがそのつもりなら、その好意に甘えよう。

 俺は覚悟を決めた。


「それじゃあ、ちょっと何があったか話すよ。だけど、ここで話したことは誰にも言わないでくれ。いいか」

「あ……、はい。ぜひお聞かせ願いますね」


 俺は彼女の耳元に寄せてから、昨日の出来事をつぶさに伝えた。

 俺には片思いの人が居たこと、その人がイケメンと歩いて行ったことを。

 しかも、相手は図書室でいつも顔を合わせていた村上さんだからなおさらだ。


「ふむ、ふむ……、要するに桜井先輩が片思いしていた人が他の誰かと付き合っていて落ち込んだ、ってとこですね……」

「分かってくれたか?」

「あ〜、分かります。村上先輩、確かに板橋先輩と付き合っていますよ。同じ部活の先輩から聞きました」


 美聡ちゃんはそのことを話すと、俺は大きく肩を落とした。

 やっぱり失恋かぁ……。俺って恋とは無縁の人間だな。見た目も厳ついから仕方ないか。


 おとなしく家に戻って、部長に勧められた『Rock’n Dream It's MyTurn!』を見ようかな。赤坂部長、ああ見えてアニメ好きで昔から特撮ものが好きだった俺にも「いいから見ろ!」と迫ってくる。人は見た目に依らないとはいうけど、困ったもんだよ。


 諦めにも似た気持ちを抱えていると、「ところで……」と美聡ちゃんが話しかけてきた。

 一体何を考えているんだろうか、美聡ちゃんは。


「桜井先輩、まだ時間はありますよね」

「まぁ、あるけど」


 帰りのバスまでまだ時間はあるから、歩いて地下鉄の駅まで行こうかな。


「それじゃあ、私が元気づけてあげます。来た道を戻るかもしれませんが、私についてきてください」


 すると、美聡ちゃんは踵を返して帰り道とは反対方向に向かった。

 美聡ちゃん、俺を一体どこに連れて行くのだろうか?

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