優しさ
西式ロア
優しさ
人生にはこういった瞬間もある。
「ぶん殴ってやろうか」と口が緩めば言ってしまいそうになるほどムカつく相手に、優しく接さねばならぬ瞬間もある。
私は目を閉じ、数秒にも満たぬ時間で「それ」を想像する。
そうすると相手に優しく接することができる。
私は、殺してしまいたいほどムカつく相手にも優しく接さねばならぬとき、脳内で相手を殺す。
それは、病死であったり、事故死であったり様々だ。
そうすることで、、、相手をもうすぐ死んでしまう可哀想な人だと思うことで、私の優しさを引き出せる。
相手がどれだけ怒っていて、罵詈雑言を浴びせられようと、優しくできる。
私は脳内で、彼が車に轢かれて死んでしまうところを想像した。
なんて可哀想な人。
暗いところを歩いているからだ。だから偶々飛び出してきた車に轢かれてしまうのだ。
会社で部下に怒鳴りつけていたときは想像もしていなかったのだろう。今晩死んでしまうだなんて。
もし想像していれば、もっと優しくしていたはずだ。自分のミスを部下に押し付けるなどしなかったはずだ。
驚きに満ちた間抜けな表情。それが彼の最期の表情だ。
ライトに照らされてくっきり見えた。
鮮明に描くことができた。すごく鮮明に。
なんて間抜けな顔だ。笑ってしまう。
私は、響きかえってきた私の笑い声に気付いて口をつぐむ。
職場の廊下は良く響く。夜だからなおさらそう感じる。
こんな時間まで残っている同僚はおらぬだろうが、用心せねばならぬ。
それでも音は出てしまう。仕方がない。
でももう少しだ。もうすぐゴミ捨て場につく。
私が引きずるブルーシートの塊が、シャカシャカと音を立てていた。
優しさ 西式ロア @nisisiki_roa
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