One true love〜本当に愛していたから…

@yasushimiki

第1話 One true love 〜本当に愛していたから

「愛を諦めて死んだように生きるより

 この愛を胸に抱いたまま死んでしまいたい」

 憔悴した彼女はそう書き残すと

 緑の小瓶に入った液体を一気に飲み干した…


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レオンとメアリーは物心がついた時からの幼馴染


だった。


二人はケンカする事もなくいつも一緒だった。


ともに笑い、ともに泣く。


互いの事を思いやり互いに重なる夢を語り合う。


双方の両親も認めていて幸せそうな二人はともに


一緒に進む将来を信じて疑わなかった。


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メアリーの父親のヨハンは興奮していた自分の


商売の読みがことごとく当たるのだ。


彼の仕入れた商品は倍の値をつけても飛ぶように


売れた。


波に乗る彼のグレゴール商会は支店を2つ増やした


元々は親が営む小さな雑貨屋を自分の才覚だけで


ここまで大きくしたのだ。


自分の才覚と幸運に酔いしれていた。


ある日ヨハンはメアリーを伴って大邸宅にきていた


大地主で大株主でもあるワイス・ゲーリック様の邸


宅だ。


ワイスは芸術品や骨董品などを収集しており最近は


ヨハンを、その眼力を気に入っており、良いものが


あれば是非とも持ってくるように言われていたのだ


今回はこれはと思わせるアンティークの茶器セット


を見つけ是非ともワイス様にお買い上げいただこう


とメアリーと二人で持ってきたのだ。


メアリーを連れて来たのにはもう一つ理由がある。


一人娘のメアリーもしくは配偶者とともにいずれ


自分の商売を引き継いでもらうつもりなので、今日


は顧客との顔繋ぎも兼ねているのだ。


信じられないくらいに座り心地の良いソファーに


落ち着かない面持ちで待っていると この邸宅の


主であるワイスが現れた。


横には留学から戻った息子のミハエルもいた。


「持たせたなヨハン、これは息子のミハエルだ

 

 会うのは初めてだったな」


一見穏やかそうでいて意思の強そうな瞳の青年だ


「お初にお目にかかります、ゲーリック家の長男


 ミハエル・ゲーリックです」


差し出された手を握り


「お父様には大変お世話になっておりますヨハン・


 グレゴールにございます。そしてこれは娘の


 メアリーでございます」


ミハエルがメアリーに目を向けると


「メアリー・グレゴールにございます」


楚々とした美しい娘に一瞬見惚れたミハエルは


すぐに我に返るとメアリーの手を取り口づけをした


挨拶が終わり商談に入ったがミハエルはメアリーの


事が気になる。


ヨハンの商品の説明を時折補足し、その工房の特色


や発祥の由来などを淀み無くスラスラと話す知性的


なメアリー…華美な装飾などないがどこか上品さを


感じる佇まい。


ミハエルの周りにいる貴族の子女のような我儘三昧


の娘達とは大違いだ。


上の空で聞いていた商談も終わり いとまをしよう


と立ち上がるメアリーに


「お会い出来て良かった、また会いたいですね」


と思わず声をかけてしまう。


「ありがとうございます」


と微笑みだけを返し去って行ってしまった。


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グレゴール親子が帰った後にミハエルは父親に


「私はメアリー・グレゴールがとても気に入りまし


 た、とてもです」


と興奮気味に打ち明ける。


息子の普段には見られない様子に驚きながら


「ああ、確かに良い娘にではあったな」


と答えるワイスも認めていた。


淀み無くなスラスラと説明する教養、質素にも見え


そうだが気品ある佇まい。


ゲーリック家の嫡男を任せるに足る女性だとは思う


「彼女なら僕とともにゲーリック家をもり立てて


 行けると思います」


珍しく前のめりに話す息子に


「そうかわかった、先方には私から話をしておく」


その後はにこやかに談笑する


ゲーリック親子であった。


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ゲーリック邸で商談をした3日後、再びヨハンは


呼び出されていた。


何かお売りした商品に問題があったのだろうか


などと緊張した面持ちでワイスを待つ。


現れたワイスは予想に反して笑顔だった。


「ヨハンよ、良く来たな。今日はお前に頼みたい


 事があって呼んだのだ」


「そうだったのですか、それで頼みというのは?」


「先日連れてきたお前の娘メアリーを息子の嫁に


 貰おうと思ってな」


「えっ、メアリーをですか?」


「ミハエルがいたく気に入ってな、勿論私も気に入


 っておる。それでどうなのだ?」


「大変喜ばしいお話なのですが、娘には好いた相手


 が居りまして…」


「うぬぅ、その相手とは婚約でもしておるのか?」


「いえ、幼き頃から付き合っており将来は一緒に


 なりたいと…」


「ヨハンよ、ようく考えてみよ、惚れた腫れたは


 気の迷いのようなものだ。十年も経てば忘れる


 十年も貧乏な苦労をさせれば憎まれる事あるぞ 


 息子の嫁になればそんな苦労とは無縁になる 


 お前はどうだ?今でも嫁を昔と同じように愛して


 おるのか?」


そう言われてヨハンは考える…嫁のことは今でも


好きだ…と思う?いや、確かに大事には思うが…


今は事業も成功をして良い暮らしをさせられている


が、もしも貧しい暮らしをさせていたらこんなに


円満で居られただろうか?


ヨハンは迷い始めていた。


その様子を見てワイスは


「息子の嫁になればお前も家族になる。そうなれば


 家族には協力もするだろう。そうだな、支店を


 あと5つ増やす支援をしよう」


「えっ、それは本当ですか?」


「ああ、家族になるのなら当然な、そうなれば


 娘も嫁も更に幸せになるさ」


ヨハンは想像する、今の倍以上の規模になった商会


を…良いことにしか思えなくなっていた。


「わかりました。娘を説得いたします」


「おお、それでこそ我が家族だ」


レオンとメアリーの知らない所で幸せな未来は


奪われてゆくのだった。


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「何ですってお父様!」


メアリーは普段出さない大きな声で父親に問う。


「だからなあ、ゲーリック家のミハエル様とお前の


 婚約が決まったのだ」


「嫌よ、私はレオンと結婚すると小さな頃から


 言っていたじゃないの」


「何度も言わせるな、これはお前の為なのだ」


「酷いわ、私に何も言わないで…ウゥゥ」


「もう決まったことだ。マーベリック家には私の


 方から伝える。もう、会うことも許さん」


メアリーはその場に泣き崩た。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「それはどういうことですかっ?」


レオンは父親に聞き返した。


「私もよくわからんが、ヨハンの使いの者の話では


 メアリーに良縁の婚約が決まった。だからお前と


 会うことは許さないと一方的に言ってきた」


「それでメアリーは何と…?」


「それは私にもわからんよ」


「メアリーに直接聞いてみます!」


レオンは家を飛び出した。


グレゴール家に着いたが商会の使用人に断られて


メアリーに会わせてもらえない。


家の前で揉めていると二階の窓があき、そっと


メアリーが顔を覗かせた。


彼女の手まね口まねの通りに諦めた振りをして


1度その場を離れた。


使用人が家に戻るのを隠れて確認したあと、戻ると


二階の窓からメアリーが飴を包んだ手紙を投げて


よこした。


…親愛なるレオンへ


私が愛しているのは貴方だけです。


もう、家族も捨てます、私と一緒に遠くへ


行きましょう。


明日の朝、1番早い乗り合い馬車で


二人で旅立ちましょう


           貴方だけのメアリー


窓を見上げメアリーと目が合うと


無言で頷くメアリー…レオンも頷き返すと


旅支度の為にその場を後にした。


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まだ夜も明け切らない薄明かりの物陰で二人は


身を寄せ合っていた。


隣の街へ向う1番馬車までもう少し時間がある。


少し冷たくなったメアリーの手を握りレオンは


「大丈夫かいメアリー?」


そう優しく問いかける。


「貴方と一緒なら大丈夫」


そう言って手を握り返した。


ほんの何日か前までは幸せしか無かった…


何でこんな事に…


理不尽な出来事に堪らなくなりレオンは


マリーを後ろから強く抱きしめた。


「帰りたい…みんな笑っていたあの頃に…


 明日また、貴方に会えることが楽しみだった


 あの頃に…何でこんな事に…」


レオンの手を強く握りしめた。


朝1番の乗り合い馬車がきた。


二人は急いで馬車へ向かう…とその時


物陰から3人の男が飛び出してきた。


二人がかりでレオンを抑え付け、もう一人は


メアリーをレオンから引き離した。


「さっ、お嬢様、お父様がお待ちですよ」


「いやっ、離して、私はレオンと…」


レオンも何とかメアリーを取り戻そうともがくが


暴れた為に二人がかりで殴られ蹴られる。


「メアリーを…かえ…せ…」


何度殴られても、何度蹴られても諦めない。


目は腫れ上がり、口からは血が出ていた。


だがそれでもレオンは諦めない。


このままではレオンが死んでしまう…


「もういいわ、レオンもうヤメて!」


メアリーは泣きながら叫んだ。


「言う通りにするわ、レオンごめんなさい」


レオンは男達に連れて行かれるメアリーの後姿を


見送り地面に崩れ落ちた。


「メアリー…何で…」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


部屋の外から父が私に話しかける。


「街で聞いてきたんだが二、三日前からレオンが


 街から消えたそうだ。誰にも何も言わずに消え


 たそうだ。」


それだけ言うと父親は部屋の前から離れた。


誰にも何も言わずに…レオン、生きていて…


レオンが街からいなくなったことで私は見張りは


付けられたが外に出ることが許された。


今日はあるモノを買うために出掛ける。



……


1か月後、明日はもう私の結婚式だ。


でも…私に明日が来ることはない。


メアリーは宛て先のない書き置きを残し


緑の小瓶の液体を飲み干した……


遠くなっていく意識の中で…レオンの笑顔が……


「旦那様、お嬢様が、お嬢様が大変です!」


メイドが私の所に飛び込んできた。


急いでメアリーの様子を見に行くと、意識のない


蒼白い顔色のメアリーが横たわっていた。


「医者だっ、早く医者を呼べ!」


かろうじて命は取り留めたが、医者の話では


何らかの後遺症が残るだろうと言われた。


メアリーは三日三晩目を醒ますことは無かった。


四日目に目を醒ましたが、何も話せずただ悲しい


目をして虚空を見つめるだけだった。


1週間が過ぎた頃、ゆっくりなら話すことは


出来るようになった。


だが彼女の両手には障害が残り、利き手の右手は


全く動かせず、左手は動くがふるふると震える。


そんな彼女を見てヨハンは


「私はどこで間違えたんだ。メアリー、お前の


 幸せを望んだだけなのに…」


泣き崩れる父親をメアリーは哀しげに見るだけで


何も語ることはなかった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


メアリーが自殺未遂を起こした直後、ワイスは


あっさりと結婚を反故にした。


ミハエルはメアリーの自殺の原因を調べその真実を


知って、愕然とした。


彼はメアリーに結婚を約束した恋人がいることを


知らなかったのだ。


彼はただ、彼女を幸せにするそんな未来を夢見て


いただけなのだ…それがこんな事に。


すぐさま彼はメアリーのもとに向かった。


ベットに横たわるメアリーを前に彼は床に手を付き


「貴女に結婚を約束した人がいることを僕は


 知らなかった。誰も教えてはくれなかったんだ」


何も語らずメアリーはただミハエルを見ている。


「貴女をこんな目に合わせたのは僕だ。許されない


 かもしれない。だから、一生かけて償わさせてく


 れませんか?」


その言葉を聞いてメアリーは口を開く


「貴方を許します。けれど償いの必要はありません


 貴方の為にこうなったのではないのだから…私は


 私の為に死にたかっただけなのです」


そう語るメアリーの目はすでにミハエルを見ては


おらず、ただ哀しげに虚空を見つめていた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


メアリーを連れ去られたレオンは何も考える事が


出来なかった。


自分にはもう何も無い。生きる希望さえなかった。


たが、死ぬ勇気もなく、嘆くだけ…忘れよう


いや、忘れられるわけがない。


街を出よう、メアリーの思い出に溢れたこの街は


メアリーを失った僕にはつらすぎる。


レオンは誰にも告げることなく静かに街を出た。


街を出たレオンは思い切って海を渡った。


誰も自分を知らない、誰の事も知らない所に


行きたかったのだ。


暫くはただ生きているだけのような日々が続いた。


しかし、ある日思い立ったのだ。


自分を裏切ったグレゴール家を見返したい。


ヨハンを上回る商人になってやる。


それから彼は寝る間を惜しんで働いた。


余計な事を考えないように寝て起きて働いてを


ひたすら繰り返した。


気が付けば2年以上の日々が過ぎていた。


いつしか小さいながらも商会をもち、金も仕事に


おける自信も手に入れた。


あの街に帰ろう。


心配をかけた両親に謝ろう。


そしてあの場所からもう1度頑張ろう。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


2年以上振りに戻った街を歩く。


見知った場所を見るとチクリと心はいまだに痛むが


耐えられるようになっていた。


家に着くと泣き崩れる母親、父親は肩を抱いてきて


よく帰ってきたと喜んだ。


こんなにも愛してくれる両親…心配をかけて


済まなかったと頭を下げる。


色んな話をしていると父親が恐る恐る語った。


メアリーの事だ。


メアリーが僕と離れた後、結婚式の前夜に


毒を飲んで自殺を図ったこと、命は助かったが


両手に後遺症が残った事、結婚式は反故された


こと信じられない話に目の前が、暗くなる。


気が付けば、グレゴール家の問の前に立っていた。


不意に出てきたヨハンはレオンを見つけて驚くが


追い返すことは無く


「こんな事言えた義理ではないが娘に会ってやって


 はくれないか」と頼まれる。


部屋の前まで行きメアリーに話しかける。


「僕を許さなくていい、ただ側に…貴女の側に居さ


 せて下さい。僕を一生貴女の両手にして下さい…


 お願いします」と叫んでいた。


部屋の中でのメアリーは


生きていた、レオンが生きていてくれた。


こみ上げる喜びも感じたがもう一緒に居られない。


こんな身体になってしまった私とでは幸せには


なれないだろう。


また、2年以上も安否もわからずに苦しめられた


事にも怒っていた。


色々な事が頭の中に渦巻く、部屋の外から


レオンの叫びが聞こえた。


部屋のドアが開き涙を流したメアリーが立つ


「貴方を…レオンを一生許せないかもしれない…


 だけど一生…愛してる気持ちは変えられないの」



……


30年後…目の前でご飯を食べる孫を優しい目で


見守りメアリーは微笑む、彼女の口に食事を運ぶ


レオンも微笑んでいた。


優しい時間が流れていた。


                ………完





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