第28話

   *   *


 シュナンセン王国の若き国王チアラ三世は、帝国からの使者に笑みを向けた。

「来るのが少し遅かったっすね。西のセイガランからは和睦の申し出があったから受諾したっすよ。東のトーリは氏族間で内輪もめが始まっちゃって、もうガタガタだし」



 撃退後にトーリの弱小氏族をいくつか抱き込んで、トーリ公国内に内紛を起こさせたのはチアラ自身だ。しかし別に教えてやる必要もない。

 使者は表向きは何食わぬ顔をしているが、内心は動揺しているだろう。



「確かに貴国で何やらあったようでございますが、我が帝国は無関係でございます」

「無関係なんすね? トーリ軍に帝国の『六勇者』を名乗る連中がいたんすけど」

 玉座にゆったりと腰掛けたまま、じんわりと問い詰める。



「存じませぬな。『六勇者』は全て、帝国の安寧を守るためだけに領内におります」

 使者の声に微かに焦りがにじむ。

 すかさずブラフで追い詰めるチアラ王。



「りょっす。討ち取った二人については、帝国とは無縁の馬の骨として扱っておくっすよ。せっかくいろいろしゃべらせたのに、聞いたことが無駄になっちゃったっすね」

「そ……そうですな」



 使者がギクリとした表情をしているので、チアラはにんまり笑う。

「無関係なんすよね?」

「無関係でございます」

 実際にはシャシャもバンコフも何もしゃべっていないのだが、それを確かめる方法はないだろう。



(帝国の勇者を殺した件については、これで問題ないっすね。さて次は相手の手番っしょ)

 シュナンセン側の懸念は片付いたので、チアラは使者を促す。

「つまんない雑談して悪かったっすね。それで用向きは何系っすか?」



 使者が恭しく頭を垂れる。

「はい、実は大変畏れ多い話なのですが、陛下が魔王と結託しているなどという噂が帝国内に流れております。我が君もチアラ陛下はそのような方ではないと、噂を打ち消すのに必死なのですが……」



 いかにも心を痛めているような表情をしているが、もちろんチアラは信じない。

(その噂を流してるのはどうせ皇帝本人っしょ。笑えない冗談っすよ)

 しかし使者にそんなことを言っても否定するだけなので、チアラはうなずいておく。



「嬉しいっすね。で、真偽を確かめに来たんすか?」

「いえいえ、もちろん根も葉もない噂でしょうから……」

 なんとなく歯切れの悪い使者にチアラは笑いかける。

「そう思ってたら、わざわざ来ないっしょ。心配しなくても事実っすよ」



「そうでしょう、もちろん事実無根……はっ!?」

 うなずきかけた使者がギョッとした顔をする。

「事実ですと!?」

「うん」

「お認めになるのですか!?」

「そっすよ」



 なんだか楽しくなってきたチアラは、なるべくお行儀の悪いポーズを意識して足を組む。

「人類の宿敵たる魔王と手を組んだっすよ。だからトーリの勇者もセイガランの勇者も蹴散らしてやったっす」



 使者は真っ青になって半歩退いた。

「お、お気は確かなのですか!? 魔王は我ら人類の共通の敵ですぞ!?」

「だからそう言ってるじゃん」

「魔王側につくということは、シュナンセンは隣国全ての敵になるのですぞ!?」

「元から全部敵っしょ。実際に攻めてきたし」



 くっくっくと笑いながら、チアラ王は使者を見下ろす。

「魔王ウォルフェンタインは、オレの同盟者っす。そして盟約を守り、トーリもセイガランも退けてくれたんすよ。裏でコソコソやってるどこかの国よりは信用できると思うんすよね」



 使者はガタガタ震えていたが、さすがに使者として派遣されるだけあって弁舌を奮ってくる。

「お考えをお改めください! 魔王が人間に与するなどありえません! いつか必ず、貴国に災いをもたらしますぞ!」

「そうなったらそんとき考えるっすよ。ご忠告感謝っす」



 そっけなく応じてみせると、使者はさらに食いついてくる。

「魔王討伐のためなら、我が帝国は貴国に支援いたします。帝国の誇る『六勇者』もお貸ししましょう」

「トーリのときみたいにっすか? でも二人も派遣しといて倒されてんじゃん?」

「む、無関係にございます!」



 使者が悲鳴のような声をあげているので、チアラは苦笑しながら軽く手を挙げた。

「まあまあ、こういうのは相談して決めるのが一番っしょ。ねえ、ウォルフェンタイン殿?」

「えっ!?」



 使者が背後を振り向いたとき、謁見の間に大きな人影が入ってきた。

 黒いマントを翻した銀色の人狼だ。歩みを一歩進めるたびに、空気が震えるほどの威圧感があった。



 顔面蒼白になって、その場に尻餅をつく使者。

「じっ……人狼……!?」

「いかにも。余は人狼族の魔王、ウォルフェンタインである。見知りおくがよい」

 使者の前に立ち、魔王は狼の眼で睨みつける。



 チアラはフフッと笑いつつ、魔王に問いかけた。

「で、ウォルフェンタイン殿。この人、どうするっすかね?」

「使者殿に罪はあるまい。まずはもてなすのが礼儀かと」

 使者は卒倒しそうになっていたが、かろうじて声をふりしぼる。



「い、い、いのちばかりはお助けを……」

「案ずるな、使者殿に非礼はできぬ。まずは食事でもしながら話をしよう。ゆっくりとな」

 人狼が牙を見せて笑うと、使者はそのままパタリと卒倒した。



「気絶しちゃったっすね。せっかく歓待の席を設けたのに」

 衛兵たちに抱きかかえられて運ばれていく使者を見送りながら、チアラが苦笑する。

 人の姿に戻ったウォルフェンタインは渋い顔でつぶやく。

「やはり人狼の姿では交渉にならぬな」



 するとチアラが器用に肩をすくめてみせた。

「ま、後でオレがうまくまとめておくっすよ。オレとウォルフェンタイン殿の結束も見せつけたし、帝国も勇者を二人も失ってるし、しばらくは安泰っしょ」

「そうあることを祈るとしよう」

 あくまでも真面目に、魔王ウォルフェンタインはうなずいた。



「ところでチアラ殿、少し教えて頂きたいことがある」

「なんすか? 救国の英雄、ウォルフェンタイン殿になら何でも教えちゃうっすよ」

 嬉しげにチアラが答えたので、ウォルフェンタインも微笑む。



「かたじけない。ではユーシアの剣の師がどなたか、ご存じあるまいか?」

「あー……調べればわかると思うっすよ。戦技の修練は勇者育成の要っすからね。名のある武人のはずっしょ。なるはやで調べさせるっす」



 そう言った後、チアラはふと首を傾げた。

「でもどうしたんすか、急に?」

「少しな」

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